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第45話 あんこ賛歌

  好きな食べ物はと言われれば、団子、大福、あんころもちをあげる。あんこオンパレードである。お汁粉、タイ焼き、今川焼き、この辺のラインナップもすべからく好物。残業の夜食あんパンは実にうまい。口の中でほろりと崩れるつぶあん、疲れた体に甘いものがうれしい。

 今では、あんこはあまり苦労せずに手に入る。スーパーの缶詰コーナーに行けば、お安く美味しいあんこが簡単に買えてしまう。

 あまりにお手軽であるがゆえに、あんこを自分で作ろうという気にはならない。だけんどもしかし、魔が差したというか。天の声が聞こえたというか、ふと、それではあんこの本当のありがたみが分からないのではないか、という考えがよぎってしまった。よぎってしまったら、いつの間にか十勝産小豆100g袋を手に取っていた。

 当の天の声とやらはあまり長持ちしなかったらしい。おかげで、かなり長い間100g袋は、台所の奥深くに忘れ去られていた。そして、掃除をするたびに現れては、子供の頃の苦い思い出のように、再び忘れ去られるのであった。

 だけんどもしかし、これでは、十勝産小豆100g袋に申し訳が立たない。気合いを入れて、あんこでおはぎを作ることにした。前日から小豆を水に浸し、時間をかけて煮る。紫と茶色と灰色のぶつぶつに、それはそれは大量の砂糖を放り込み、甘いにおいをかぎながら、焦げ付かないようにかき混ぜる。汁けがなくなるにしたがってまぜる手は重くなるが、焦がすと苦くなってしまう。味よく頃合いよく粘りを出すためには、ていねいに混ぜないといけない。

 初めてのあんこ作りなのに、どうしてそんなことまで知っているのか不思議だ。かき混ぜながら思いを巡らす。
 イメージが浮かぶ。母親が30センチもある大なべ一杯に2日かがりであんこを作る姿、ばあちゃんの同じような姿。母親もばあちゃんも、お彼岸やお月見の団子、お正月のあんこ餅と、そのたびに大なべでぐつぐつ煮ては、えっしょえっしょとかき混ぜていた。ばあちゃんにいたっては、私に豆のさやはずしまで手伝わせていた。子供の頃、餅・団子は特別なお菓子には違いなかった。でも、そういった作業は毎年の恒例で、目新しいことではない。今よりも、もっともっとあんこ作りは身近だったのだ。
 あははは。つまみ食いもずいぶんやったという、よけいなことまで思い出してしまった。団子用にまるめたあんこ玉を、あんぐりとほおばる。生暖かく、やわらかな甘さ。餅・団子作りの時の大の楽しみだった。

 かき混ぜていたあんこも、頃合いよし。おはぎ用の蒸した餅米をつぶしていた時、今度は心の奥底から声が聞こえたような気がした。実は団子や餅などはいらない、あんこ玉さえあれば、私は幸せだったのだ、と。
 な〜るほど、これで納得がいった。私と同じような心の叫びを聞いた先人が、羊羹やきんつばを作り出したに違いないや。

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 塩が入ってないぞ!?

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