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第50話 危険な台所

 その事件が起こったのは、日曜日の夕方であった。夕食のポトフを作っていたパートナーが、「てっ!」と小さな悲鳴を上げた。見ると、タマネギを切ったとき、誤って自分の手も切った模様。左肘の内側を親指で押さえ、負傷箇所を心臓より高くあげて、既に止血体制に入っている。しかし、その手は血塗れ。真っ赤な鮮血が、腕を伝い流しに滴り落ちている。
 あまりのことに思考回路が停止する。娘の方が先に飛び出した。「はい、絆創膏!!」
 止めどなく流れる血のために、傷口も定かではない。流水で洗いながら確認すると、どうやら、小指の先端から5ミリ程のところを、爪といっしょに、ざっくり切ったらしい。何とか絆創膏をまき、その上をテーピングすると、パートナーは、切ってあった材料を鍋に投入し、汚れた流しを簡単に片づけて、「後は煮込むだけだから、宜しく」とバトンタッチした。

 食事中、いつになく寡黙で蒼白な顔のパートナーに、「痛くない?」と尋ねると、「痛いよ」と即答。二の句が告げられず、お通夜のような夕食となった。味も分からず食事を終え、入浴。就寝。
 深夜、いつもは寝付きのいいパートナーが、転々と寝返りを打ち、布団の中で悶々としている気配に目を覚ました。「ちきしょう・・・」
 つぶやくパートナーに、どうしようもない私は、手を伸ばして、頭をなでた。

 翌朝、痛みでまんじりともできなかったパートナーは、会社の医務室に直行したが、「指先が壊死しかかってますよ!」とその場で2針縫われ、「痛かったでしょう、これくらいなら、救急車呼んじゃってもいいですよ!」とたたみかけられた。化膿止めやら、痛み止めやら、いっぱい貰って帰宅したパートナーは、「もう、痛みに、精神力で対抗しようなんて思わない!すぐさま救急車に乗ってやる!」と豪語した・・・。

 そもそもパートナーは、よく怪我をする。紙で手を切る、爪でひっかき傷を付ける、ぶつけて痣を作る、年中、擦り傷切り傷をこしらえている。しかも自分で気が付かないことが多い。「それ、どうしたの?」と聞かれて初めて、「おや〜?」と気が付いたりする。茶碗を落としたとき、とっさに足を出し、落ちる前にワンクッション入れようとするが、包丁を落としたときにも足を出しかけ、危機一髪の時もあった。

 パートナーが、料理をしてくれるのは、非常に嬉しい。作り手が違えば、味も違う。自分の仕事が減る嬉しさはもちろんだが、それ以上の喜びや驚きがあるのである。しかし、一抹の不安も、常につきまとう。いつか私は、自殺幇助の罪に問われてしまうのではないか・・・そんな、罪悪感にも似た思いである。パートナーが、包丁を持って、台所に立つ姿は、戦地に赴く兵士のようだ。
 台所には、危険がいっぱいだ・・・。

教訓

 救急医療機関は要チェック!

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