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第58話 酒粕を探して

 10年前の話になる。珍しいくらいに寒い冬の日であった。
 スーパーで鮭のあらを見つけた私の頭は、「鮭の粕汁」でいっぱいになった。早速、なくてはならない酒粕の探索に当たったのだが・・・未熟な新米家庭人だった私はおよそ見当違いなところを探したのだろう、スーパーで見つけられずに、望みを託してやってきたのは近所の酒屋であった。
 店の親父に「酒粕ありますか?」と尋ねると、親父はめいっぱい怪訝な顔をした。
「漬け物でも漬けるの?」
「いや、粕汁にしようと・・・」
「どこの出身?」
「・・・・・・」
 出身地まで聞かれるに至り私は、酒粕を求めて酒屋を訪れるというのは、常軌を逸した行為であったかと狼狽し、曖昧に笑いながら出口へと後ずさった。
「ちょっと待ってな」
と親父は母屋の奥へと消え、しばらくしてビニール袋に酒粕を入れて戻ってきた。
「特別に分けてやるよ、大吟醸の酒粕だぞ」
 財布をだした私に、親父は言った。
「いいよ、やるよ。今度、酒買ってよ」

 目的のものをただで入手して、喜び勇んで帰宅した私は、すぐさま粕汁作りに取りかかった。内容的には大したものではない。大きく乱切りにした大根と人参を昆布出汁で柔らかく煮て、鮭のあらを加え、灰汁を取りつつ煮て、酒粕を入れ、塩で味を整えるのである。
 作りながら考えた。この吸引力は何だろう。子どもの頃に粕汁を食べて育ったのかというと、そうではない。この作り方も、料理番組で覚えたように思う。それなのに、なぜこんなに粕汁で頭がいっぱいになったのだろう。
 味見をしたときに、その謎は解明された。酒粕の香りとともに頭に浮かび上がったのは、裸電球の橙色の光である。
 田舎の真冬の夜祭り。「お鷹ぽっぽのお祭り」と呼んでいた神社の夜祭りは、毎年、冬の一番寒い時期に行われた。つるつるのアイスバーンに足を取られながら、あるいは、吹雪に身を縮こまらせながら、それでも親と手をつないでいく夜祭りは子どもの頃の楽しみであった。裸電球の下、笹野一刀彫の職人技を見ながら飲んだ夜店の甘酒は、凍えた体を温めて、心までほぐしてくれた。その記憶が、関東の空っ風に呼び覚まされ、身体が暖を求めたのである。鮭・・サケ・・酒・・というのは、とんだ駄洒落ではあったが。

 その夜は、酒屋の親父の人情も手伝い、鮭の粕汁で心も体も温まることが出来た。しかし、その酒屋には、あれ以来訪れていない。家庭人として熟成された私は、スーパーで酒粕を見つけだすことが出来るようになったのである。親父・・・覚えているかなあ。

教訓

 酒粕は豆腐コーナーを探せ。

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