トップページへ

第72話 お気に入りのお店

 外食が好きである。美味しいものが好きである。しかし、美味しければなんでもいいと言うものでもない。私のお店選びは、結構、難しい。
 まず、経済的条件。素材にお金をかければ味も値段も釣り上がるだろうが、ランチで出せるのはぎりぎり3000円までである。また、体力がなく気力も続かないため、行列の出来る店には行けない。さらに、胃袋も小さいので、食い放題、バイキングも元が取れない。自分で焼く焼き肉や、お好み焼きも、嫌いである。
 狭い、小汚い、騒がしい、落ち着かない店も御免被る。店主が威張っていたり、怖かったり、客の目の前で従業員を叱っていたりする店は、食欲が失せ、気が滅入る。料理がいくら美味しくても、店員のサービスのマニュアル化された、ファミレスの方がまだましだ、と思うのだ。
 こうして列記するに、私は外食に味だけではなく、非・日常やサービスを求めていることがよく分かる。程度の差はあれ、家族のために下働きをしている人なら誰でも、たまにはガラスの靴を履いて舞踏会に行きたくなるものである。たとえそこに、王子様がいなくても。

 私のお気に入りの店は、例えばこうである。
 駅前の大通りから一本入った路地裏の、駐車スペースが2台分しかないフレンチレストラン。窓の下に置かれたプランターには、雑草と見紛うばかりにハーブが繁茂し、その可憐な花はそのまま、みずみずしいテーブルフラワーになる。静かな店内。厨房の物音は聞こえず、テーブルクロスは清潔である。サラダは季節ごとに、旬の野菜を使う。今日はカボチャの千切りやオニオンスライスをあっさりフレンチドレッシングで。カボチャのポタージュはなめらかで、クルトンの歯ごたえが心地よい。メインの白身魚は身は柔らかく、皮はこんがり香ばしい。バルサミコ酢がぴりっと効いて淡泊な味を引き締め、ハーブや粒コショウが脇を固める。付け合わせの温野菜の色は鮮やか。オーブンで温めた2種類のパンは小麦の甘さが噛むほどに美味しく、バターが可愛く絞り出してある。デザートは林檎のタルトとヨーグルトのアイスクリームの盛り合わせ。シナモンとバターの香りが紅玉の甘酸っぱさと溶け合い、ヨーグルトの風味がまた、口中を爽やかにする。添えられたミントの葉は明るい緑。そして淹れ立てのコーヒーにたっぷり入れる生クリーム。これで2500円・・・至福である。

 こういう店を見つけると、足繁く通う。この場合、足繁くというのは3ヶ月に1度である。今度また来よう、と心に決め、日々の雑事に取り紛れてふと気が付くと、私のお気に入りの店は、もう無い。そうなのだ、私が見つけてきたお店は、なぜかつぶれるのだ。美味しくリーズナブルなフレンチ、薄焼きピザのイタリアン、気の利いたパスタを出すカフェレストラン、観葉植物に占領されたフレンチの店も、田舎道に突然あるスペイン料理の店も、今はもう無い。
 味はいい、サービスもいい、そして、客が少ない。私のお気に入りの店は、そういう店である。かくして私が店を見つけると、「その店はもう、永いことない」という不吉な予言を、パートナーはするのである。

教訓

 ランチ友達、募集中。

トップページへCopyright (C) 2002 k-ogasa. All Rights Reserved.

たぶん12万