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第73話 怖い話

 今回は、まじめに怖い話をしたいと思う。

 帰省ラッシュが嫌いなせいで、お盆に休みを取ったことはなかったが、今年、社会人になって初めてお盆に帰省した。両親は、墓参りもろくにしない親不孝者の孝行を喜んでくれたように思う。

 歓迎の翌日にはもう帰らなければならなかった。母親はいつものように、土産を持っていけという。今回は何とゴーヤーとズッキーニ。なぜ、北国青森で超南国的ゴーヤーだの、超ヨーロッパ的ズッキーニだのを栽培しているのかはともかく、これも孝行と思い車に積みこんで帰路につく。今思うと、これが全ての始まりだったかも知れない。

 太めの黄色いキュウリのような、カボチャの仲間のズッキーニで作る代表的な料理は、ラタトゥイユ。トマト、赤や黄色ピーマン、玉ねぎなどのカラフル野菜を1センチ角くらいに切り刻み、オリーブオイルとニンニクで炒めた後で、コンソメスープとハーブで煮るだけという、家庭料理らしいとてもシンプルなもの。でも、水気を飛ばすのに時間がかかるという難儀な代物。

 雨がシトシトと降り続く、暇を持て余した日、ラタトゥイユを作り始めた。スープで煮始めた後、90分間はただ待つだけ。

「でかけよう!」
 パートナーから、できたばかりの近場の健康温泉に行こうかという計画が持ち上がる。話はまとまり、瞬く間に出発の運びとなった。
 真新しいカラオケルームで歌い、健康温泉にだらりと浸かり、心も体もすっかり伸び切ったところで、帰りの車に乗る。

 はた。
「鍋の火は消したっけ?」
「え? いや?」
 あれから4時間以上。ふたはしてあるが。水分はないだろう。炭のように黒い野菜が目に浮かぶ。カチカチと焦げ付く鍋。もうもうと立ち上る煙。出火。消防車。サイレン。人だかり。放水。
 ニュースのような場面が、頭の中で渦巻く。冷や汗が、背中を伝う。

 私は、しっかりもののパートナーが、出かける前に家の中をひとまわりチェックしてくれたものと「思いこんで」いた。
「作った人が消したんでしょう?」
 ピリピリと刺すような言葉が返る。
「いつも最後にチェックしてるんじゃなかったっけ?」
 言い争っていても解決しないことは分かっている。それよりも急いで帰らないと。

 道のりがやけに長い。雨に吸い込まれたように、あたりの音も聞こえない。
 交差点で曲がる方向を間違える。以前にも間違えた所だ。パートナーは呆れて、何もいわない。分かっているのに、焦るとこうなる。キツネかタヌキにだまされた気分だ。落ち着け落ち着け。自分に言い聞かせる。今できることは、一刻も早く帰ること。
 車が家に近づく。サイレンは?聞こえない。消防車は?いない。煙は?見えない。
 到着。車からダッシュ。エレベータで7階まで。もどかしい。ドアのカギを開け、キッチンに飛び込む。
 鍋がプチプチと音をたてる。ふたを開ける。野菜たちがはぜる。水分はもうない。表面が乾きかかっている。危ない! 水はどこだ? 洗い桶! 鍋を放り込む。湯気が立ち上る。

 大事には至らなかったようだ。安堵で、また汗が吹き出す。深呼吸深呼吸。こわばっていた肩が、顔が、胃が、ゆっくりとゆるんでいく。ふう。
 パートナーが水から鍋を拾い上げて、のぞき込む。
「実は、美味しそうに出来ていたかも。もったいなかったかなあ」
 焦げ付いてはいなかったようだ。火の通った野菜たちが水浸しの鍋の中でふわふわしている。

 そうかも知れないと一瞬思って、すぐに考え直した。そう考えてしまったら、火を点けっぱなしにしたことも、なんでもないことだったかのように忘れてしまうだろう。台なしになって、失敗して、これでよかったのである。そうすればこの事が、ずっと自分の記憶とお話に残せる。その方がいい。

 今回は、まじめに怖い話。おしまい。

パートナーのひとこと

 他人に頼るな、火の用心。

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