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第82話 牛タンのシチュー

 仙台は牛タン発祥の地であるという。
街を歩けば至る所に「牛タン」の文字が踊る。食べ方は基本的に炭火焼きだが、店それぞれに、秘伝の漬けだれがあったり、特に柔らかい芯タンと呼ばれる部位を使ったりと、熾烈な生き残り合戦を繰り広げている。我らも何度か専門店に出向き、牛タン定食に舌鼓を打った。しかし、我々夫婦の牛タンの原点は、新宿、シチューの店「アキヤマ」のタンシチューなのである。

 その昔、結婚前の我々がガイドブック片手に地下1階のその店に入ったとき、田舎ものの私にとって、シチューは「ハウスのクリームシチュー」であり、ジャガイモ、人参、タマネギが入った汁物に他ならなかった。そのため、ガイドブックでおすすめのタンシチューを目の前にしたときは、カルチャーショックであった。「え?これって、シチュー?」
 幅の広いパスタの上に、厚切りのタンが、ソースに包まれて載っている。「タンって、舌だよね?」無知な2人がひそひそと囁き合いながら、恐る恐る口にした初めての牛タンは・・・口の中でとろける程の柔らかさで、タンの脂が、甘さを押さえた穏やかなデミグラスソースと絡み、胸がいっぱいになった。
「これは、うまい・・・」
 感動し、絶賛しながら、同時に我々は「タンシチューは、一般家庭では決して作れない」という思いを抱え込んだ。そして、作ってみよう、と思い立つまでに、15年の歳月を要したのである。

 それはパーティーメニューに困り果てた、子どもの10才の誕生日。「よし!タンシチューを作る!」と言い放ち、さっそく買い物に出かけた。さすが牛タン発祥の地。肉屋に予約しておかなくても、牛タンの固まりが手に入るのだ。デミグラスソースは缶詰で間に合わせ、目指すのは舌の上でとろける牛の舌である。
 作り方は、ビーフシチューに準ずる。2センチ厚さに切ったタンの両面に塩コショウをし、フライパンで焼き目を付けたあと、タンが重なり合わないように一番大きな鍋にタンを並べる。煮くずれしやすいため、煮ている間は極力いじらず、焦げ付かないようじっくりと、赤ワインで伸ばしたデミグラスソースで煮込んでいく。タンシチュー以外はお手軽メニュー。海苔のスープとタコのサラダ。シフォンケーキはパートナーにお任せだ。
 パーティー開始時間ぎりぎりまでタンを煮込み、塩コショウで味を調える。白い洋皿に緑のアスパラ、赤いプチトマトを添え、牛タン2切れを中心に、デミグラスソースを散らす。お誕生日おめでとう!ささ、召し上がれ。
 「んまい!!」
うむ、牛タン独得の風味が赤ワインとマッチし、なかなかいける。箸で裂けるほど柔らかく、急ごしらえにしては上出来だ。しかし、なんとなく荒削りな感じがする。アキヤマのシチューは、赤ワインの酸味も渋みも、牛タンの癖も感じられず、全てが溶け合って、まろやかに優しかったように思う。このまま、一晩、二晩かけて煮込めば、あるいはあの味に近づけるだろうか。
 いいや、やっぱりプロの味には敵わない。しかしだからこそ、外食は楽しみであり、特別な日の特別な思い出に、一役買ってくれるのだろう。

教訓

 「ありがたい」は、「有り難い」。

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たぶん12万