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第95話 あっぱれ、縄文人 第3回 片付け編(全3回)

 タヌキでも出そうな山の中、お祭り会場のダム小学校校庭。辺りはすっかり暗くなってしまった。それでもついに、定義(じょうげ)鍋が完成した。子供達は、手渡されたカップに、野菜や定義山名物三角揚げを思い思いによそい、思い思いの場所で仲間達と集まって食べ始める。あちこちから賑やかな声が上がる。我が子は・・・暗くてどこにいるのかよく見えない。まあいい。大人達も三々五々、カップを手に集まって来た。寡黙な縄文人は、集まってきた人から手渡されるカップに、黙々とよそっては戻す。本当に寡黙な働き者である。見かねて縄文人用のカップと割り箸を渡すと、ようやく自分の分をよそい始めた。ふう。

 巨大焚き火が眺められる場所で、私も並んで食べ始める。
このお祭り、神への祈りも踊りも儀式もない。でも、焚き火を眺め、夫婦、親子、仲間達との会話は、古代でも今でも変わらないだろう。人の営みは、そんなに変わりないものだ。

 外でのご飯は、やはりうまい。働いた後のご飯は、なおうまい。色々な材料の味がしみた鍋は、超うまい。だけんどもしかし、妙に古代米がプキプキと歯にこたえる。玄米をそのまま炊いているのだから仕方がないといえば仕方がないが、古代人が食べた古代米だけのご飯となると、ブキブキバキバキ、やだらと歯ごたえのあるご飯だったのだろう。豊穣の神に感謝しつつ食べたのであろうが、現代人の感覚からすると、美味しいとは言い難い。

 定義鍋のおかわりをよそいに行くと、子供が2人、大鍋をかき回している。
「何しているの?」
「肉を探しているの」
 ふむ。そう言われれば、私のカップには、ふた囓り位はいっていただろうか。大鍋をしばらくかき混ぜてみたが、見当たらないらしい。
「あった!」
「ほんと!?」
「あ〜、シイタケだった」
「え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
 ふっ、子供達よ、残念。

 おかわりも食べ終わり、お腹も充分に膨れた。鼓腹撃壌とはいかないが、満足満足。
 
 さて片付けまでやってお祭りである。大鍋の煤落としに取りかかる。
 古代人は土器底の煤を落とすなんて面倒臭いことをしたとは、とても思えない。だけんどもしかし、担任の先生の「借りたときよりも綺麗にして返す」という言葉が、頭にこびりつく。
 うーむ。タワシにクレンザー、文明の利器を使っても、なかなか落ちない。さらにこする。手も腕も真っ黒。疲れた手を休め、ふと顔を上げると、寡黙な縄文人が黙々と片付けに没頭している。まったくもって働き者、頭が下がる。宮沢賢治の「アメニモマケズ」を思い出してしまった。

 腕の感覚がなくなってきた頃、ようやく大鍋小鍋を洗い終わる。ずいぶん長い時間働いたような気がする。子供達と縄文人達は、さらに交流会があり、踊りや太鼓があるらしい。なんだよ。お祭りらしく、巨大焚き火のまわりでやって欲しかった。
 釈然としないが、私のお祭りは終わりの時間。担任の先生に挨拶をし、寡黙な縄文人に「お疲れ様でした」と声をかけ、学校を後にする。

 夜の大倉ダム。とうとう雨が降り出した。お祭りの後はやはり、寂しい。車でダムをまわりながら、遠くに見える巨大焚き火の赤い光が、ぼんやりと見える。気持ちの良い虚脱感がある。と、そんな感傷をうち破る、突然の横断者。大きい! 犬? え? タ、タヌキ? あらら、出そうなだけじゃなく、本当に出るのね、仙台市青葉区。

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 煙臭い。

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