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第98話 オニオングラタンスープ

 雪の降る夜は楽しいペチカ ペチカ燃えろよ お話ししましょ
 むかしむかしよ 燃えろよペチカ

 雪国の冬は長く厳しく、そして静かである。雪が音を吸い込んでしんしんと冷える盆地の冬を年老いた両親は今年も迎えようとしている。それでも40年前に比べれば、降雪量も減り、除雪技術も向上し、ずいぶんと過ごしやすくなったものだ。
 子どもの頃は玄関の前に雪の階段が3段、5段とついていた。人通りの少ない私道は雪が積もり放題で、新聞配達がつけた足跡を辿って私達は通学した。除雪用のスノーダンプを滑らせるために、あえて地面まで掘り起こさず、道路は踏み固めた雪に覆われ、路肩には雪が積み上げられ、電信柱のてっぺんが子どもの背丈ほどに見えていた。
 日本海側の冬は晴れ間が少ない。連日どんよりとした雲が垂れ込め、容赦なく雪は降り続ける。夕暮れは早く夜は長い。家に押し込められた子どもたちはストーブに背中をあぶられコタツに足を突っ込みながら怠惰に夜長を過ごすのである。
 そんな時代にこの異国情緒漂う唄が憧れだった。「ペチカ」がどういう物かはしらなかった。なんとなく暖炉のような物を想像していた。そこには「膝掛け」を掛けて「揺り椅子」に座って編み物をしているおばあさんがいて、暖炉には薪が燃え、明るく温かく、ぱちぱちと火の爆ぜる音の他はおばあさんのゆるやかな物語だけ、という優しい情景を思い描いていた。
 オニオングラタンスープはその情景を鮮明に蘇らせるスープである。

 パン屋でバケットを買った私は唐突にオニオングラタンスープが食べたくなった。「よし、夜に作ろう」そう思って昼寝した私は娘に5時に起こされた。寝ぼけた頭でレシピを検索する。「薄切りにした玉ねぎを、出来れば2時間、最低30分炒める。」何だと?この瞬間に本格的オニオングラタンスープは、我が家風簡単オニオンスープに早変わりした。
 まずは玉ねぎの薄切り。鍋に油を熱し玉ねぎを炒める。焦がさないように玉ねぎがしんなりし、さらにきつね色、さらに飴色に変わるまでおよそ10分、炒め続ける。これに水を加え、ローリエ、ガーリックパウダー、コンソメ顆粒、酒を加えて10分ほど煮込む。塩コショウで味を調え、器に盛り、バケットの輪切りを載せ、とろけるスライスチーズを載せて電子レンジで1分半、チーズが溶けたら出来上がりである。バケットをスープに浸し混ぜ、アツアツのところをふーふー吹きながら頂く。「あつい、うまい」玉ねぎは炒めるとバナナくらいの糖度が出るという。その甘さをバケットが吸い、チーズの塩味が絡み、じんわりと胃袋にしみわたる。身も心も温める、これは食べるスープである。
 手間をこれだけ省いても、これだけ美味しい。だが、暖炉の傍で編み物をするおばあさんには、2時間掛けてゆっくり作り上げるスローフードこそ似つかわしい。
「今度は2時間、炒めてみるかな」と呟くと娘が、手伝わされることを機敏に察知し、私から視線をそらしカメのように首を縮める。娘に向かって大きな声で繰り返してみる。
「今度は2時間、炒めてみようかなあ」

教訓

 レシピは朝のうちに見ておこう。

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