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第100話 食べ物の値段

 「美味い寿司を食べに行こう!」

 パートナーの夏休み、早朝の築地市場に空腹を抱えて乗り込む。目指すは築地で一番の人気店だ。

 千葉に転居して数ヶ月。とあるチェーン店の寿司屋の厨房を覗く機会を持った。そこはコンビニ並の仕入れ・在庫管理で予約発注・大量仕入れすることにより安い値段を実現させている。安定供給のためマグロをはじめ、ほとんどの寿司ネタは冷凍で、いまひとつ有り難みがない。ひとは「産地直送」「とれたて」「新鮮」「生」の文字に弱いのだ。しかし、お安い解凍魚をバカにするほど、私の舌は確かなのだろうか。
 まあ私の場合、典型的な庶民であり、舌が肥えているとはとても言えまい。寿司屋のカウンターには怖くて座れず、塩竈の「すし哲」、気仙沼「あさひ鮨」など名店といわれる寿司屋に入ってもセットものを頼み、出されたものを有り難く平らげるばかりである。この辺で後学のために、築地の寿司屋で通をうならせる寿司を食べ、チェーン店と比べてみよう、というわけだ。

 店の前には既に行列が出来ている。ターレットという電動リヤカーや大八車が最優先で走り回る狭い市場場内で、待つこと1時間弱。カウンターに座り「お任せ」コースを注文する。
 ここの寿司は煮きり醤油が塗られて供される。マグロ、いか、中トロ、車エビ(ボイル)、アナゴ、ウニ、玉子焼き、はまちと巻物(いくら、ねぎトロ、鉄火)が、次々と目の前に置かれる。どれもネタが大きくて一口では食べきれないが、半分に噛みきると、優しく握ったシャリが崩れてしまう。追いかけるようにして二口目を頬ばると、口一杯に広がる魚の美味さ。脂が強くて、醤油の味が負けてしまう。それを補うワサビと酢の香り。そしてシャリの粒感、米の甘さ。
「あ〜〜寿司の美味さってこれだ」と思う。
 満足しきって退席。二人で7千円強の朝ご飯となった。

 「美味かった」しかし外に出て冷静になってみると、最も美味しかったネタは「マグロ」。冷凍である。そして気付く。これは冷凍とか生とか、そういう次元の話ではないのだ。良いネタには高い値段が付く、それだけの話なのだ。1貫あたり推定350円。チェーン店の3倍強である。勿論、ネタの大きさは1.5倍。満足度はさらに高い。隣のお嬢さん方が、来慣れた風情で寿司を注文し、「もう○っぱ寿司になんか行けないよ」と豪語する。いい年した私達は苦笑を禁じ得ない。

 確かに美味しいものは高かった。私が今までの人生で実感したのはまず、米。魚沼産有機栽培米である。それからウイスキー。贈答用の三輪そうめん、稲庭うどん。薩摩揚げや笹かま。そして年に一度の良いお肉「米沢牛」。高いものには高いなりの訳があると思う。一方、あらゆる食べ物で産地偽装が取りざたされている。そういうニュースを見るたびに、人の舌はあてにならない、と思う。

 結局、食べ物の値段を決めるのは期待度と満足度である。安くて美味しいものが喜ばれるのは、期待度に対して満足度が大きいせいである。期待度を測る目安が値段ということになろう。そして我が家において食べ物の値段を決めるのは心意気である。一人のランチで出せる値段と、家族のイベントで食べるディナーとでは額が違う。これが我が家の心意気である。経済観念とは、敢えて言わない。
 そして私達は食べ物の値段を自由に選ぶことが出来る。1貫50円のお寿司から、2000円のお寿司まで。食べ方、腹具合、懐具合、気分にあわせて。選択肢が多いということ、それは素晴らしく贅沢なことだと思う。

 いつも最高級のものを食べていたいとは思わない。回転寿司、B級グルメも大いに結構。そして時々、美味しいものを食べて、舌の保養が出来ればよい。
 そういえば、ここ数年で一番美味しかった魚は、女川のさかな市場の中にある魚屋で食べた、お刺身丼だったなあ。

教訓

 味覚障害防止には亜鉛を摂ろう。

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