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第102話 キッシュ・ロレーヌ

 食べ物に裏切られることがある。

 甘くないパイを食べたとき・・・甘くないクレープを食べたとき・・・ミートパイやサーモンパイと書かれていれば、当然、中身は肉や魚であり、甘いはずがない。頭でそれが分かっていても、口に入れた瞬間に、求めていたものと違う、想像していたものと違うと、舌が激しく抵抗するのである。
 ほうれん草のキッシュを初めて食べたときも、私は感心しなかった。パイにほうれん草の卵とじが入っている。しかも味が薄い。甘いでもなく辛いでもなく、なんの主張も感じられない味だ。大いに物足りなさを感じた。その後、「パイ包み焼き」という料理に出会った。焼きたてのパイはその食感とバターの香りが良く、濃い目に味付けされた肉やスパイスを程よく包み込み、豪華さとボリュームとアクセントを加える素敵な料理だった。甘くないパイが私の中で市民権を得たのはそれからであろう。

 子供の記念日、何を作ろうかと思案していたときに思いついたのが残り物の冷凍パイ生地を使ったキッシュである。子供は小さい頃からピザなど食べつけているせいだろうか、食べ物に対する固定観念にとらわれることなく、お菓子でないパイ料理をありのままに受け入れることができる。それでも甘いものが好きなので、パイ生地を使うならばカスタードやチョコレートクリームを入れて欲しいはずだ。あえてそれを裏切って、とびきりおいしい食事パイを作ってやろう。そうして見つけたレシピがキッシュ・ロレーヌなのである。

 材料はパイ生地、フィリング(中身)は玉子、生クリーム、ベーコン、チーズ、塩コショウ、ナツメグ。実にシンプルである。本場では生ベーコンとグリュイレーヌチーズを使う。しかしベーコンを使うと脂っぽくなりすぎはしまいか。我が家風にはベーコンを賽の目切りのロースハムに替え、チーズは手近なプロセスチーズに替えた。玉子と生クリームを混ぜたものにハム、チーズを入れ、塩コショウ、ナツメグを加えて、パイ生地を敷いた焼型に流し込むのだが、玉子汁の分量がやけに多く入りきらない。宥めながらぎりぎりまで入れ、焼き上げる。バターの香りが漂い、玉子が膨らみ、表面がこんがりと狐色になり、チーズがとろりと溶けて出来上がり。熱々のままテーブルに運び切り分ける。
 その味は、淡白な玉子焼きに、チーズの塩味とかすかな酸味、ハムのスモークの香り、歯ごたえがアクセントを添えて、バランスが良い。焼きたてのパイ皮がさっくり美味しい。ワインが進む一品である。見ると子供がおかわりを切り分け、ぱくついている。「カロリー高いんだぞ」と脅しながらも気分は上々である。固定観念を打ち破ることで、幸せに出会えた良い例である。

 魔女の宅急便でキキが運んだ「ニシンのパイ」、孫には不評らしい。なんとなく子供向けではない味だろうと想像はつく。しかし彼女にも、おばあちゃんのパイの良さが分かるときがいつか来ることを希望する。味覚のストライクゾーンは広ければ広いほど、人生は楽しいのである。

教訓

 一度で懲りずにリトライしよう。

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