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第105話 遠くの親戚

 母が病を得、身辺にわかに慌しくなった。検査の結果が出るたびに家族、親戚の間で情報が飛び交い、一喜一憂。病と治療方針に対してみなが共通認識を持てるように、連夜の電話会議が開かれる。情報に遅れまいと3台の携帯電話が新たに導入され、電波は仙台、米沢、千葉、京都と全国を駆け巡る。おのおの知人、友人、インターネット、書店などから情報を収集、漢方の免疫療法を研究しだすもの、2世帯同居を決意し、家の建て替えを始めるもの、入院給付金の申請手続きを勉強するもの、それぞれがいま自分に出来ることを懸命に探し、母の闘病が少しでも快適になるよう動いている。

 入院先から遠く離れた次女の私は、日常的に病人の世話をすることが出来ない。それはそれで辛い。近くにいればしてあげられることもあるのにと己の無力を呪い、姉夫婦の負担を思っては罪悪感に苛まれる。救いは賢い母の気丈な態度である。自分のことより周りを気遣う母のため、せめて病人に心配をかけることはすまい、自分の生活と家庭を大切に守り、心と身体を健全に保ちつつ、何が起きてもすぐ動けるように身軽に日々を過ごしていこう、と私は決意した。

 そんな中、京都からクール便が届いた。叔母からの贈り物である。中には叔母が仲間と育てた採れたての玉葱や豆、鮎、京都の漬物などが入っていて、メモには一つ一つ丹念に調理法が書いてある。叔母とはここ何ヶ月か連絡網でつながり、家族内の悩みも聞いてもらい、相談し、意見を述べ合う仲である。もともと面倒見の良い気さくな叔母で、何年も会っていなくても我が子の悩み事などが出るたびに連絡しては、元気を分けてもらっている。私にとって駆け込み寺のような存在である。当たり前のことだが、叔母にとって母は実の姉である。母への思いもひとしおだろう。

 その叔母が母と遠く離れ、何も出来ないもどかしさを共有している。そして母のために祈り、励まし続け、母に代わって私たちに気を配り、カッコウの雛を育てるヨシキリのように餌を運んでくれるのである。

 叔母に感謝しつつ早速調理する。新玉葱をスライスし、塩ゆでした空豆、ツナ、プチトマトとともにドレッシングに漬け込む。具沢山のひろうすを出汁で煮て、小松菜を付け合せる。ツタンカーメンというエンドウに似た豆は豆ご飯にし、鮎は塩焼きに。
 京都のお漬物を器に盛り付け、瑞々しい初夏の食卓が整った。
 旬の無農薬野菜は味が濃く、歯ごたえがいい。焼いている間に滴るほどに脂の乗りのいい鮎は、身が柔らかく皮はパリッとしあがった。山や川、畑や太陽を感じさせるラインナップ。その食べ物は身体だけではなく、心に栄養をもたらすものである。

 母の病を機に、食事療法の類を聞きかじり、我が家の食生活を点検してみたりするが、本当に正しい食事はこういうものかもしれない。元気に育った採れたての野菜と穀物、生きのいい魚を感謝しつつ頂く。
 遠くの親戚より近くの他人と言うけれど、遠くの親戚もいいなあと、しばし浮世の憂さを忘れる初夏の宵であった。

教訓

 健全な生活は健全な食生活から。

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