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第108話 今もって、謎

 タイ料理が食べたくなった。タイ料理と考えただけで、その辛さ酸っぱさに、ダラダラと唾液が湧き出てくる。祝日でもあることだし、久しぶりにパートナーとタイ料理デートをすることにした。
 電車を降りて歩いて行くと、見たことのあるタイ料理屋の看板が見えてきた。唾液が湧き出し、胃袋がキュッとなる。
「あり? お休み?」
シャッターが、ピリッと閉まっている。さぁ〜て、困った。

何かを掴んだフォー
何かを掴んだフォー

 ここから歩いて行ける旨いもの屋を、あれこれ挙げる。蕎麦・寿司・タイ屋台料理。パートナーは、考えるふりをしながら、次々と却下していく。どうやら、行ってみたいベトナム料理屋があるらしい。
 ベトナム料理には、様々な思い出がある。料理好きの先輩と、料理が出てくるたんびに、どうつくるのだとアルバイトのお姉さんを、質問攻めにしたり、普通は食べないチマキを巻くバナナの硬い皮まで、知らずに食べてしまったり、広大な店内に一人だけの王侯気分で朝食のフォーを満喫したり。

 フォーは、ライムがふわっと香り、サッパリツルツルのビーフンと、バクチーの独特の風味が、朝のだるい心と体をシャキッとさせてくれる、すがすがしい料理であった。実は、作り方もそんなに難しくない。ナンプラーで味付けした鶏ガラスープを、茹でたビーフン麺にかけ、生もやし・あさつき・パクチーを散らし、茹でた鶏肉を載せる。ライムはお好みで。これだけ。
 だけんどもしかし、自分で作ると味がうすい。調べたレシピ通りなのに、全く塩味が足りない。ナンプラーをダバダバと追加するが、足りない。何かが違っている。う〜む。

 おっと、デートに話を戻そう。パートナーが言うベトナム料理屋のあるビルは、すぐに見つかった。だけんどもしかし、見るからに怪しい。ビルの案内板には4階は「ベトナム料理」とある。5階はキャバクラなんとかボーイ、6階はクラブかんとか、3階は消費者金融のどうにか君自動貸付け機が置いてある。とてもいかがわしいが、とにかくエレベータで上がる。4階。いきなり狭い通路。狭い入口から浅黒い外国人が見える。き・わ・め・て・入りにくい。一時退却。
 ビルの入口でもう一度確かめる。ランチやってます案内が見えた。値段もそれほど高くはない。再び4階。恐る恐る入口を入る。とたんに、広い店内に多数の女性客が目に入る。近くで働く店員さんたちや、ビールでご機嫌の老夫婦も見える。案内された席につき、メニューを見ると、ベトナム王宮料理とかまで書いてある。極めて大丈夫、らしい。

 アジア的香りを漂わせたスペアリブや野菜炒めを、満足のうちに平らげ、締めくくりのフォーが登場する。スープを口に入れる。
「うんまい!」
自然に、眉毛と瞼とほっぺたが上がる。コクのあるスープが、とにかくうまい。味が足りないなんてことは全くない。何が違うか。ビーフン麺をよけながら、調べてみる。
「これだ!」
スープの中に、パクチーが細かく刻んで入れてある。隠し味の生唐辛子も見える。これで、味が締まるらしい。なぁ〜るほど、ついに謎は解けた。

 近所のタイ食材屋に生パクチーが入荷するのを待って、フォーに再トライする。鶏ガラスープに、味を見ながらナンプラーを入れる。ビーフン麺はスープが絡みにくいので、少し濃い目。刻みパクチーと、生はないので乾燥唐辛子を、ほんの少し入れる。麺も茹で上がり、スープを注ぎ、ナンプラーのしょっぱい匂いを鼻一杯に吸い込む。あさつき・パクチー・もやし、そして茹で鶏をのせて完成。
 パートナーと子供と3人で、さっそく頂く。
「むっ! 掴んだな」
握りこぶしの中には空気しかないが、胸の内には確かな充実感がある。狙いどおりの味である。むふ、むふふ、むふふふふふ。

 グアムやサイパンに海外旅行に行こうと誘っても、怖いといって頑なに断るパートナーが、なぜ看板しか見たことがない、極めて怪しいベトナム料理を選ぶのか。それだけではない。路地裏の韓国家庭料理とか、とても狭いインド料理とかに、なぜ、ものすごい勢いで吸い寄せられるのか。長い付き合いだが、今もって、謎である。

パートナーのひとこと

 安心確実な、冒険がしたいの!

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