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第109話 尊敬の念、畏怖の心

 今年も、子供の誕生日はやって来る。普段作らない料理に腕をふるうため、ホームパーティーで何を作るか、頭を悩ます時でもある。多少の波風はあっても、子供が順調に成長している証拠、贅沢な悩みである。

 今回も、子供からメニューのリクエストが出ている。だけんどもしかし、私を無視して、パートナーと二人で、メニューをズンズン決めている。リクエストは、鴨のロースト。鴨ローストが好評なのはうれしいのだが、同じものでは、チャレンジャー魂の見せ場がない。前回とソースを変えてみようか、と提案してみたが、
「前と同じでいいよ!」
と、あっさりなお返事。
 それでは、ケーキは、シフォンケーキと提案すると、
「シフォンケーキいらない! キャラメルバナナタルト!!」
キッパリと提案は却下された。
「あのさあ、親に対する尊敬の念とか、畏怖の心とかは、ないのかなあ?」
「だってぇ、将来とか人生とかぁ、壮大なテーマについて熱く語っている時にぃ、足がつるような親じゃぁ、尊敬しろとか言われてもぉ・・・」

 子供に、足がつる親と蔑まれて、ベッコリとへこむ。ひしゃげたと言ってよかろう。だけんどもしかし、主賓に喜んでもらうのが一番かと、気持ちを切り替えて、そのキャラメルなんとかタルトは、どんな風に作るのか見せてみろというと、おもむろに差し出されたレシピには、タルト生地・カスタード・バナナ・キャラメルソース・ナッツの、それはそれは見事な茶色系5層構造建造物が、載っている。おおぅ、めまいがする。

 それにしても、やはりくやしいではないか。親の威厳というものを、何としても取り戻さなくてはならない。このままでは、一生足がつる親と言われ続けるに違いない。ここは、焦げて苦くなりやすいキャラメルをバッチリ決めて、尊敬されてやるのだ。

 パーティー当日。
 材料は、パートナーが滞りなく準備してくれた。土台のタルト生地と、1階部分のカスタードの準備まで終わっている。さりげないサポートが、ありがたい。
 すぐ、キャラメルクリームに取りかかる。砂糖に少量の水を加えて沸騰させ、水分が蒸発するにしたがって、適度に砂糖が焦げる。そこに、生クリームをジュワーッと加えて冷ますと、とろりと甘く香ばしいキャラメルクリームの出来あがり、という寸法だ。

 砂糖と水をナベに入れ、焦げないように弱火で煮る。いい感じに沸騰して、砂糖が溶ける。焦がさないように、木ベラで混ぜる。徐々に水分が蒸発し、ねっとりツヤツヤのシロップの泡に変わっていくのが分かる。ふふっ、良い感じ、このまま行けば、すぐにキツネ色に変わるはずだ。
 だけ〜んどもしかし、いつまで待っても、キツネ色になりゃしない。シュワワワッとかいう、聞きなれない音がする。
「ああぁ?」
私の奇声を聞きつけて、子供が駆け寄ってくる。
「なになに? ああっ、だっせえぇ」
溶けた砂糖が、また結晶に戻って、白っぽくカリカリとナベ底にへばりついている。焦げるのが怖くて、火を弱くしすぎたらしい。あははははははは、失敗。気を取り直して、再び水を入れて火にかけ、結晶を溶かしにかかる。この辺りの立ち上がりの素早さに、我ながら関心する。
 少し火加減は強め。今度は、い〜いキツネに化けてきた。すぐに火を止めて、すばやくクリーム投入、ジュワーッ。ここでちょっとなめてみる。う〜む、何となくビター。あははは。何事もなかったかのように、涼しい顔でキャラメルを冷ます。

 冷ましている間に、バナナをネロネロと輪切りにし、大量のバターで炒める。弱火で、ゆっくりと火を通すと、バナナの甘い香りが、ぶわっと際立つ。透き通ったバナナを、ゴロゴロとタルト生地に載せ、キャラメルクリームをダバダバっとかける。仕上げのナッツで5層タルトの完成だ。あたり一面、キャラメル・ナッツ・タルトの香ばしい香りが充満している。思わず、鼻から深呼吸。

 メインの鴨ローストも、ささっと作り終え、食卓にズラリと並べてやる。全て、ご要望どおり。さ、ぐっと食べてみてくれ。これで親の威厳を取り戻すのだ。がはははははは。
「うん! 鴨、おいしい!」
そうだろう、そうだろう。キャラメルバナナタルトも、ぐっと召し上がれってんだい。
「うん! バナナが、すっごく、おいしい!」
そうだろう、そうだろう。で、少しは尊敬したか?
「う〜ん、キャラメルちょっと苦いしぃ、途中で砂糖がカリカリになってだっせえしぃ、これで尊敬の念とか言われてもなぁ・・・」
 やっぱりぃ?

パートナーのひとこと

 畏怖の心を料理で???

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