2020年牧師の週間日記
 つれづれなるままに書いています。
今年は忙しそうです。
 田舎牧師のつぶやきと所感です。
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2020年12月27日
 2020年最後の礼拝であった。いつもより少し少ない
礼拝である。中山は3人であった。数ヶ月ぶりである。
 ただし、フェイスのライブを聞いておられる方は、2名あったので、
5名の礼拝だったことになる。

 今年は、コロナに始まり、コロナにおわったと
いうところである。まさか礼拝をライブ配信にするとか
とんでもないことをすることになった。しかし一つの
技術を神様は与えられたとも受けられる。

 建築も、なかなか進まずである。しかし神様は
きっと計画を持っておられる。
 そこを信じて祈っていくしかない。
 ここに来て、読んでくださる方の上に、良き新年を祈る
のみである。今年もまた、年賀状は、年が過ぎてからに
なりそうである。

2020年12月26日
 昨日は唯一のクリスマスの行事で、児童クラブの
クリスマス会であった。昨年とほぼ変わらない。
 25人くらいであった。私の下手なギターでも
子供達は、クリスマスソングを歌ってくれるのが
嬉しい。
 教会の児童クラブの認可であるので、なんとか
月に一度でもお話しができればと願うが、なかなか
できないでいる。
 
 昨日、エルサレム神殿がAD70年に崩壊して、
その時の文書がほとんど無いと書いたが、
考えてみると新約聖書がそうなのである。
 新約聖書は、エレミヤ、エゼキエル、哀歌等の
位置を占めていることに気づいた。
  マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネから黙示録まで
考えてみれば、エルサレム神殿崩壊後の30年間に
みな書かれているではないか。(マルコは前かもしれない)
 神殿崩壊に沈黙されて神様の問いが、新約聖書
だったのでないか。


2020年12月25日
 クリスマス、おめでとうございます。
 昨日は、イブ礼拝もできず、バプテスマを受けて
44年間の中で、初めての体験でした。
 神様は何を示そうとされているのか、ただただ
祈って聞くのみです。
 唯一本日は、児童クラブのクリスマス会が午後
中山伝道所であります。足りない賜物で力一杯奉仕するのみ
です。どうか、祈ってください。

  昨日は病院の待合室で、ヨセフスの『ユダヤ戦記』を読んで
いました。秦先生の筑摩学芸文庫のものです。
 初めに、「AD70年のエルサレムのローマによる陥落は、
誰もそれについて書いた者がなく、祭司も律法学者も
何も残さなかった。神様はかならずエルサレムを救われると
いう確信が、エルサレムが炎上するときも、エルサレムの人々は
信じていた。神の沈黙は、あまりにも大きく、人々は
記録をする気力もなかったらしい。」
 とある。つまり記録はヨセフスだけが残したようなのである。
バビロン捕囚の時は、エレミヤ、エゼキエル、列王記、
歴代と多くの記録がある。このコロナと重ねて、どうしてか
私もよくわからない。少し考えたい。

2020年12月21日
 昨日はクリスマス礼拝であった。完全に密
であった。中山は2名であった。聞いている人は3名。

 今年は、祝会なし、イブ礼拝もなし、
ハレルヤの讃美もない。
 ないないずくしのクリスマスのである。
しかし児童クラブのクリスマスは25日にする。

 しかしなんとイエス様の実際のクリスマスに近づいて
いることかと思う。
 しっかり主のみ前に歩むしかない。
会堂建築もまだ、交渉中である。
 これも祈るしかない。コロナ感染は、祈れという
神様のメッセージかもしれない。


2020年12月14日
 先週は、鹿児島でクラスター起こり、
150人くらいが、1週間で感染された。
 もういつ自分が罹患しても、幼稚園、児童クラブが
罹患してもおかしくない。
 ただただ祈るのみである。
 教会は、30人くらい、中山は2名であったが、
2名のライブ視聴者がおられた。
 今週は祈るのみである。
 15年振りに尋ねてくれた方があった。


2020年12月7日
 教会礼拝は30人、中山は2名であったが、
なぜかライブで見て下さる方が4名あった。
 フェイスブックは、何人見ているのかを表示する
機能があるが、中山はいつもは1名であるが、
昨日は初めて4名となった。ただし、誰までは特定できない。
 変な話し、数字があがると力が入る。

 コロナ感染がが、相変わらずで、北海道の
病院では、クラスターが酷く、自衛隊の看護士さんが応援に
いかれるとニュースで言っている。
 何とか収まってほしい。祈るのみである。

 12月5日は、アフガンで活躍された中村哲先生の1周忌
であった。テレビが、いろいろな番組をしていた。
 先生のアフガンの用水路建設と息子さんの死が重なって
いたことを、テレビが放映していた。先生の息子さんへのとむらいだった
のかも知れないと言っていたが、そうとしか考えられない。
 それにしても、 アフガン人もまた5人も一緒に殺されて
いるとは、外国人への協力者は、外国人ということで
あろうか。
 彼らもまた貧しい中での協力であったろう。聖書にも
ペリシテ人に協力した他国人が、一緒に殺される
というのがあったかもしれない。
 部族世界の考え方は、現代になるとなかなか想像し、考える
ことが難しい。

2020年11月29日
 教会は30名くらい。中山は2名であった。
我慢の時である。

 皆がマスクをしているので、改めてどういう反応で
あるのかわからず、苦労する。
 どの先生もそうなのだろうと思う。
 コロナ感染で、主は何を教えてようとされて
いるのか。祈り求めるのみである。

2020年11月25日
 23日の休みは、教会の荷物を中山に引越であった。
NPO法人の方が手伝ってくださった。
大夫裁けて、後は、牧師室である。
ここは、大事なものとそうでないものの区別が
やはり牧師でないと行けないので、そのままの最後となる。
 27日の入札がうまくいくことを祈るのみである。

 自殺者が多いらしい。女性と子供達が多いと本日のニュースでも
言っている。仕事もないし、子どもは家にいるしで、
確かにストレスは溜まるのみであろう。
 ただどうやって支援したらいいのか。
自分のすることをするだけで手一杯である。 


2020年11月16日
 教会は、日曜登園があって、30数名の礼拝
となる。午後礼拝は、3名、中山は2名がつづく。

 コロナの中とはいえ、大変である。しかし、
会堂建築は、現場説明会を終えて、入札日に
備えている。
 ただただ、成立を祈るのみである。

 手術や療養や多くなっているが、それぞれ守り
があって、感謝である。

2020年11月9日
  午前礼拝は30人以下、午後礼拝は5名、
 中山夕拝は2名であったが、中山ライブ配信では2名が
見てくださっていた。
 変な話しであるが、ユーチューバーの気持ちが少し
分かる気持ちになった。視聴者がいるだけで、
なんだか馬力がでるのである。
 人間とは単純なものである。たった1名の視聴者でこんなにも
違うのである。

 昨日は、建築のための臨時総会が入る。
 そんなに忙しいはずはないのであるが、なぜか、2週間振りの
更新になっていた。幼稚園の臨時理事会等もはいったが、
やはり忙しいのであろうか。

 昨日の午後、ある先生から電話有り、こちらかの転出会員の受入の
ことであった。本当に、誠意を尽くしてなされるので、頭が
下がる。自分を振り替えると、もうできないと思ってしまう。
 
 久し振りにバルトの和解論V/3を読んでいると聖書は
奴隷δουλοσから奉仕者διακονιαとなった、としていて
その違いは、奴隷には意思がないが、奉仕者は意思があると
あった。同じ「主に従う」でも、奴隷と奉仕者はずいぶん意味合いが違う
が、そういうことだったのである。
 私も、今頃そんなことを感心して納得しているのであるから、
この信仰の歩みはなんと遅々たることであろう。 

 ライブ配信は、マイクロエッジからもファイアーフォックスからもできる
ようになった。アカウントの変更の仕方だったのである。
これも今頃と思うが、仕方がない。本当に1つ1つしか進まない。

2020年10月26日
 8日間鹿児島市は感染がなかった。
 珍しい期間である。主の守りとしか言いようがない。
 教会礼拝は、日曜登園があって、先生方が残られて
30名をこした。午後礼拝は、7人であった。
 中山夕礼拝は昨日も2名であるが、ライブ配信をしていると
今見ている表示が、画面にでるので、1名あると
不思議であるが、何か一緒に礼拝している気分になる。
 残念ながら、どなたかわからないが、見ている人がいることは
わかる設定にフェイスブックはなっている。

 午後礼拝は今度から、12時20分はじまりとなり、
13時にはすべて終わろとなった。
 今日は午後の部の入園説明会となる。

2020年10月20日
 教会礼拝はいつもの通り。
中山夕礼拝が2名が続く。なかなか来れない。

 教会礼拝は、午前と午後に分けているが、
時間帯が悪いとして、14時からを12時20分に
したらどうかということで、試験的にしてみる
ことになる。
 コロナ対策が、続くことになる。試行錯誤である。

今日は、入園説明会となる。本当に1年間が早い。

 このHPの中にある「待て、自殺」を久し振りに
更新した。自殺が増えていることを受けてである。
 

2020年10月12日
 教会は、午前と午後礼拝を合わせて
30数名、中山は2名であった。
 段々、回復してきているが、
まだまだである。

 午後礼拝を覚えて来てくれる方も
あるのは、感謝である。
 4日間、鹿児島市の感染はなかったが
昨日は、2名あった。日進月歩であろうか。
 用心していくしかない。
 今日は、幼稚園の父母の聖書の学び会
である。

 不思議なことに、ライブ配信が、マイクロソフトエッジ
ではできなくなり、ファイアー・フォクスでできるという
事態になった。全く理由がわからない。
 解明できない。

2020年10月5日
 教会は、久し振りに30人、午後礼拝10人、
中山は、2名のみであった。

 県庁のコロナ感染記録によると今週は、
20人の方が鹿児島で感染されたが、ほとんど
鹿児島市の方である。感染経路不明も多い。
いよいよ市中感染が、広まっている。

 会堂だけでなくて、食堂でも礼拝がきけるように
1万円PCを買って、備えつけている。
 デスプレイ等は、家で使ってないものである。

 このところなぜか本を読む力がなく、ボットしている
いよいよ年なのであろうか。自分でもよくわからない。

 フェイスのライブは大夫上手になっていると
思うが、フェイスではライブの時に、見ている
人を知らせるしるしがある。誰がみているのかは、
わからないが、見ている人がいるのはわかるしくみ
である。不思議なことに、これは大夫、力になる。
あっ、聞いてくれていると言うわけである。
 暫く続けてみるしかない。

 密を避けるための午後礼拝も、用いてくださる方
があり、感謝である。


2020年9月28日
 昨日は、現会堂感謝礼拝で、堺教会の平良先生が
宣教してくださった。先生はここで求道、バプテスマ、
結婚、神学校の献身と、信仰の原点である。

 密にならないように教会員以外は誰も連絡
しなかったがそれでも多くの方がきてくださった。
特に午後礼拝は、2時からであるが、5時まで
話し込まれていた。

 また密になった時の為に、食堂にフェイスのライブを
受けるようにランコードを引いて、ノートPCで受けた。
 何とか旨くいった。
 
 後は、なんとか、ちょうどいいPCを、購入しようと
思う。

 それにしても平良先生は、適任であった。会堂の必要性
とその信仰を示してくださった。
 会堂は、一つの教会の信仰の現れであるといわれた。
確かにそうだ。そこに生きるしかない。
 祈って行くしかない。

2020年9月22日
 19日に無事に運動会が終わった。
 2日間の21日と敬老の日、今日の秋分の日は、また体を
休める日となる。
 20日は、27日の感謝礼拝に向けて、
ライブを受ける試験をしてみたが、残念ながら、
PCの能力が悪く、失敗であった。
 どうしてもライブが止まってしまう。またいろいろ
考えないといけない。

 コロナはいろいろなことを私達に教えてくれる。
罹患された方、今戦っている病院関係者には、
仕事を失う方々には、失礼であるが、
多くのことを教えてくれる。
  どんなに大変であっても、神様は、そこに
何か教えを置かれているのかもしれない。


2020年9月15日
 台風のために中山は、13日からの礼拝スタートとなる。
ライブ配信が用いられることを祈る。

 ここになかなか書けなくなった。
内閣の総理は、菅さんになったが、そのまま引き継ぐ
ようである。終わりの始まりかもしれない。
 神様の裁きに、手を離すのがある。
なかなか大変なのだろう。

2020年9月12日 
 6日に台風10号が来た。といっても、東に少しそれて
くれて、会堂への直接の被害はなかった。
もし、あのまま915ヘクトパスカルできていたら、
どうなったのであろうか。945まで上がってくれて、
力が弱くなったようである。

 しかし教会庭にあったアラカシという樫の木が
見事に根本からおれてしまった。
 すぐに造園業の方に撤去を連絡したが、
その手際の良さにおどろいた。
 チェーンソーで、15メートルくらいの木を
4つに分断して、クレーンでさっとトラックに載せ、
もっていかれた、その時間2時間であった。
余りの手際の良さに、びっくりであった。

 なぜか、この台風の時は、吉田兼好の
『徒然草』を本箱から出して、読んでいたのであるが、
その道の人の手際の良さに兼行も驚いているが、
私も驚くばかりである。
 
 中山は牧師館の屋根の瓦が1枚飛んだが、これは
業者さんが見て、すぐに直りますとのことであった。
 児童クラブのボールの飛び出しを守る網が数カ所
破けていたが、なんとか修繕した。

 台風はやはり嫌なものである。今回は、
いつも締めない雨戸をしめて、教会員の方から「先生、
ひっかってしめられないので、助けに来てくれ」と言われて、
飛んで行った。近所の人を自分の家に、受け容れた方もいた。
 それにしても、幼稚園の先生方の片づけの手際のよさは、
すごいものである。慣れているとはいえ、
他県から来るとつくづく関心する。
 鹿児島に来て17年も経っているが今だにこれには、
感心している。



2020年8月27日
 昨日は、訪問日であるが、台風の雨で酷く、とても
出かけることができず、1日中、滅多に読まない
本を読んでいた。
 野田又夫さんの『西欧近世の思想家たち』で、
前この教会におられた方から頂いた本だ。
 10年ほど本箱の肥やしになっていた。
 ご存知の通り、デカルトとルソー、ヘーゲルの研究の
ものである。読んでみて、何も知らないことが分かった。
なんというか、全くの知識の不足である。

 デカルトの「我思う、故に我有り」は、9年間の試行錯誤の
なかで、デカルトが絶対に疑えない基盤を求めたとは知って
いたが、本当にデカルトは、9年間の放浪生活をして、
これを発見したようである。しかし、同じような定式は
例えば、「神がある、故に我有り」というような定式は、
スコラ哲学にあったそうである。

 デカルトは、神無しの哲学の筆頭のようにいわれて
いるが、どうも、中味は違っているようである。
それにしても、デカルトが解剖学に一時期専念したり、
数学の問題を解いたりで、あの時代の方はすごかった
ようである。下世話な生活は、どうしたのか、ですが、
デカルトは下級貴族出身で、遺産があったそうです。
1人の僕をやとって、一生くらせる遺産を受けたのだそうです。

 結婚はしませんでしたが、下女との間に1人の子が
あったそうです。結婚することになっていた女性の
方のフィアンセから突然、決闘を申し込まれて、相手の剣を
を奪って、お前が結婚したらいいと、投げ出したそうです。
 ソクラテスが、ペロポネソス戦争で、しんがりをつとめて
良く戦ったという伝承を思い出しました。デカルトは
背は低かったそうですが、頑丈だったようです。
 夢で自分は哲学に召されていると感得して、「我思う、
ゆえに我有り」にたどり着くまで、9年間考えつづけた
そうです。
 デカルトは「自分は、決して聖人ではない」といつも
言っていたそうです。
 すごい人生だったのだなと思います。
神様は、いろいろな人生を、人にあたえるのです。

2020年8月21日(金)
 ここに来られる方は申し訳ないが、礼拝と祈祷会の
動画配信のために、ここに書く時間を裂かれている。
改めてぎりぎりでしているのだとわかる。

 今日は、中山の児童クラブのお楽しみ会で、
ギターの賛美歌となぞなぞを持っていった。
コロナ感染対策で、イースター礼拝もお楽しみ会も
延びに延びて、とうとう今日であった。

 30分なので、お話しは、ヨハネ3章16節で、鳥栖の野中先生の
賛美歌の説明、新生570番を説明して終わった。
 野中先生の歌は歌っているときに、涙がでてくる
歌が多い。信仰から歌われたのであろう。
こどもたちは分かってくれたであろうか。
 夏休み保育はいつもは多くないが、今日は
35人であった。1,2年生が元気であった。

 子どもたちは聞いても、ハア〜、という感じであるが、
いつか、いじめや病気やに出会うのであり、
人生の苦難の時に、神共にいますと思い出し、
考えてくれればと思う。命は、与えられたものである
ということを考えるだけでも、魂(霊)があり、死が
主の元にあることを考える機会になればと
祈るのみである。

 時間があれば、聖書の話しをもっていきたいが、
コロナ対策があり、時間がつくれない。
 新しい先生方も元気でなさっていて、感謝であった。

 フェイスブックの礼拝動画配信はこれをクリックしてください。

https://bit.ly/3iRfUJU

 たったこんなことがわかるまで、1ヶ月を要した。
 SNSとは一体どのくらい私達の時間を
とるのかと思う。正直にいうと
呪われた道具であると思うが、道具であり、バランスである。

2020年8月9日
 礼拝休み継続中である。
 8月16日にこれからを決める臨時執事会の予定である。
   祈祷会と朝の礼拝、中山夕礼拝のライブ
録画を作り、フェイスブックで配信中である。
 しかし、使い方が分からず悪戦苦闘である。
投稿でなくて、イベントにアップしたり、
マイクの調子が悪いので、外部マイクにしたら、認識しなか
ったり、とうとうウエブカメラを買いにいったのは良いが、
今度はマイクの声が小さすぎて使い物にならなったり
その都度、専門の方に聞いて調整しなおしである。

 ものすごい時間を費やしたことになり、とうとう
ここの更新も、なんと2週間出来てなかったのである。
 もういい加減にして、適当なところでやるしかない。
 上をみあげれば、もう少しであるがキリがない。
動画の編集を考えたがソフトを立ち上げる時間と労力が見合わない。
 礼拝に来れない方が、今日は、こんな聖書の話しをしてくれたと
分かればいいのだとというのを、目的にしないと
いい動画とか、人の比較をし出すとキリがない。
 しかし他の教会のフェイスの礼拝動画配信も大いに
役には立つが、ここら辺が限界である。

 久し振りに『帰ってきたソクラテス』池田昌子著を
手にとって読んだ、なんかホットする。魂のこと、考えること
基本は何かを教えてくれる本である。
 基本は 生きるためにパンがある。パンのために
生きるのでない。

2020年7月20日(月)
 教会と中山夕礼拝の休みを、継続中である。

鹿児島は162名の感染となった。
 昨日はフェイスの礼拝ライブ中継で、マイクの
音が割れているので、マイクを外部マイクとしたが
なんと接続がされず、音無の録画となった。
 また、ようやく教会・伝道所からのフェイスの録画
ボタンを発見して、来週からは、教会
フェイスで、発信できそうである。
 しかしたったこれだけに、昨日の日曜日を
ほとんど使った。
 神様のことを考える主日になっていたのかどうか。
反省しきりである。
 他の教会の方はどうやってしているのであろうか。
やはり、少し得意の人がいないと時間がかかるものである。
 

2020年7月18日
 鹿児島は155人になっていました。
多くの方がこちらに訪問くださり、更新されていないので
がっかりであったと思います。すみまません。
 14日は、熊本震災支援会議やら、幼稚園の用事やらでした。
熊本の帰りに人吉教会によりました。
 先生とは会えませんでしたが、婦人は元気でおられました。
人吉教会は、回りより少しだけ高く、それで床下浸水で
収まったようです。
 テレビにうつる繁華街の方は、確かに低くなっているのが
初めて気付きました。 小さいことですが、すごい差になります。

 礼拝、祈祷会は7月一杯やすみなっています。
 フェイスブックの中継が上手にできずに、苦労しています。

2020年6月7日(火)
 鹿児島はクラズターにより、110人の感染とな
る。5日の執事会で、7月一杯の礼拝と祈祷会
の休みを決めた。
 前よりも鹿児島は酷くなったようです。

 この1年間はじっと我慢です。お医者さんや
戦っている方々の守りをいのります。

 熊本の球磨川流域の洪水は、60名近くの
死亡者となりそうで、まだ全体像がはっきりしない。
ただただ祈るのみです。

 昨日は一杯の方が訪問して下さっていました。
今回の洪水はここまでは、鹿児島地区の教会
は報告すべき被害はないようです。
 お祈りを感謝です。

2020年6月29日(月)
 中山夕拝は、最後のT夫妻との礼拝となる。
6年間に渡り、夕礼拝くださった。
 7月から常連の夕礼拝は、3人になるので、
インターネットライブにすることにして、中継を
実験してみた。
 いろいろな方法があるが、フェイスの動画配信が
どうも一番簡単そうである。

 しかし、教会フェイスを使ったつもりが
どうも自分のフェイスで配信したらしい。
 全くの素人とでしているので、失敗はつきもので
あるが、いつもように、又も失敗である。
 しかし自分のやり方は失敗しながらしか
できないので、これはもう、諦めてヤルしかない。
  
  ここに来られる方は、時間があれば、どうか、毎週日曜日の
午後7時からの鹿児島教会のフェイスに行かれて、
中山夕礼拝のライブ礼拝をみて、感想をください。
皆の意見を聞いて、少しづつ直していくしか、自分は方法を
知らないのです。ライブ配信のつもりですが、
どうも、今も残っています。いつまでがライブなのかも
よく分かりません。
 

2020年6月23日
 沖縄慰霊の日である。今週は、教会は30人
中山は、5人であった。徐々に回復と言ったところである。
 中山の常連さんが、転居になった。5人の常連さんは
3人となる。 幾人かの方が、中山夕拝を止めてもいいのでは
と言われた。
 しかし、主は示してくださった。中山夕礼拝のライブ配信が
できないか。やってみよと。一番簡単なのは、
フェイスブックのライブ機能である。
 なんとか挑戦してみたい。40分だからお金はかからない
はずである。
  ここに来る皆さん、毎週午後7時から40分、
フェイスブックの「日本バプテスト鹿児島基督教会」
のHPで中山夕礼拝をライブしてみます。
執事会の承認まで、実験してみ
ます。時間のある方は見てみてください。


2020年6月19日
 広島の国会議員、河井克行、案里議員が逮捕された。
元法務大臣の逮捕は珍しいので、
プロフィールをつい見たくなってHPでみたが、
河井克行議員は、司法試験は受けておられず、
弁護士さんでも検察でも無かったようだ。
 法務大臣というは、必ず司法試験に受かっているのが
当然だろうと思っていたが、そうでなく、
 慶応の法学部 政治学科だそうです。

 これでは、お金をばらまいて票をとりまとめるのは
苦にならなかったかもしれない。司法試験を受けた
方らな、まずこんな単純な馬鹿な違法をしないのでないか。

 それにしても、法律は「信義に始まり、信義に終わる」と
いった法律学者がおられたが、なんとも、法学部の
基本を知らなかったのであろう。

 またも、安倍首相の任命責任で、お友だち内閣がよく分かる
構図である。法務大臣くらい、自分の嫌な人、義人を充てて
いるべきと思う。自民にも、それほど人がいないの
だろうか。

2020年6月16日
 一昨日の礼拝は、教会27人、、中山5人で共に短縮礼拝で
落ち着いてきた。鹿児島に感染者がでたので
また自粛されたのであろう。

 一昨日は、鹿児島で11人目の感染者がでたが、
前のように、どこの人なのか、どこに立ち寄った形跡が
あるのか、一切報道無しであった。新聞にも載ってない。
 プライバシイの保護であろうが、こちらは、近くの人が
遠い人か、いつも行くスーパーに来る可能性が
あるのか、さっぱりである。
 この人のために70名ほどがPCRの検査を受けられて、
感染者なしとのことであった。
 
 娘達に聞いたら、それぞれ7万人以下の町に住んで
いるが、10万円が来たそうである。こちらは申請書
を投函して2週間経つがまだである。鹿児島市は、
60万都市あるので、2倍掛かるのかもしれない。

 それにしても、困っている人とそうでもない人を
一斉に補助するというのは、どういう思想であろうか。
 社会補償の観点からか、過失は国にないように思う。いや
あるのか。労働法の救済ではなさそうだ。いやあるのか。
なんともやっかいである。素人にはどう考えていいのか。


2020年6月8日(月)
 昨日は、転入の姉妹と転出の夫妻の手続きを
礼拝においてなした。次の礼拝もまた、転入が一人おられる。
 4〜5月はいつものことではあるが、今年は
多いと思う。
 昨日は30人に足りない礼拝であった。
中山はいつもの5人であった。

 主の晩餐は、袋ずめパンを用いた。なんだか、
コロナウイスルとの闘いである。と言っても、相手は
目に見えない。しかし、エフェソ書6章12節には、
「私達の闘いは血肉に対するものでない」とある。
すなわちキリスト者は見えない者との闘いにいつも
備えているのかもしれない。

2020年6月3日
 教会、中山礼拝共に、短縮礼拝が続く。ただ
短縮と言っても、賛美歌を一番だけとして、交読文
の省略くらいである。主の晩餐も約束唱和と讃美がない。

 昨日のNHKのプロフェッショナルは、青森(津軽)の
ササ餅ばあさんであった。一人で毎日130個の(年間5万個)
ササ餅を作られる。94才であった。
 自分でクマザサを山に取りに行かれ、小豆を自分で作り、
袋詰めも、すべてを一人でされていた。さすがに餅米は
市販だった。
 言葉は「仕事が仕事を教えるのです」と言われた。
お母さんからの言葉だそうである。
 60才の時、初めて施設に訪問に行き、自分が何の
気なしに作っていったササ餅をそこのお婆さん達が
涙を流して食べてくれた。それが嬉しくて、作り
始める。今は道の駅とローカル線の代表のお菓子になって
いる。自分の味を出すのに10年かかる。
 息子さん夫妻が、ガンになれてそれを介護しな
がらであった。

 正直すごいを越していた。何か自分の使命に仕えると
いうか、息子さんによると儲けはほとんど無いのに、と
言われていた。でも、あれは自分の使命なのであろう。
(菓子職人:桑田ミサオ 93才 1927年生まれ)
 ふっと函館のトラピスト会のクッキー作りに一生を捧げる神父
さんを思い出した。どこか儲けを通りこしておられるの
である。
 神様の召しに答えて生きるのみである。

2020年5月26日
 昨日、日本全部の非常事態宣言が解除された。
しかし、どこの知事さんもいっているが、第2波、第3波
は必須であり、備えるしかない。
 教会も暫くは、短縮礼拝、短縮祈祷会、短縮晩餐
となる。愛餐会は8月までお休みとなる。

 じっと息を潜めて、疫病の通り過ぎるのを
まつ、完全に過越状態である。
 
 有る先輩から、牧師としてよりも、信徒として
生きなさいと、言われた。なるほど、と思う。

2020年5月21日
 ニュースでは、黒川検事長さんが、賭け麻雀を
緊急事態宣言の中、新聞記者とされていた
そうである。
 定年問題で、渦中にあり、なおかつ賭け麻雀を
されるとは、またすごいものである。
 ここまで社会感覚が鈍るのであろうか。
 滅びの先に高慢と傲慢があるというが、
全く良い例のようである。
 正直理解できない。こんな方が、警察の
検察のトップに本当におられるのである。

 これでは、森かけ問題も、財務省の
自殺された方も、どうにもならないかもしれない。
しかしコロナ対策の最中である。
 神様の裁きには、そのままにしておく
があるが、それであろうか。

2020年5月19日(火)
 鹿児島は5月14日に緊急事態宣言が解けて、短縮礼拝を開始した。
正直皆ほっとされた様子であった。もちろんこれからまた
第2派、第3派がくるのであろう。しかし、なんとか受けて
歩みたい。

 今度の祈祷会は、言行録8章で、フィリポのサマリヤ
伝道のところである。聖書解説書によるとまさに、
ステファノの迫害によって、サマリヤ伝道は始まると
ある。確かにそうだ。
 時の権力にエルサレムの信者は散らされて、
しかしそこから伝道となる。
 新型肺炎も、もしかしたら、そう言うことがあるのであろうか。
 人々の命を脅かす疫病がある。しかし、それに
対して、また違ったところで、闘いがなされているのかも
知れない。
 聖書解説書には「ヨセフの原則」とあった。ヨセフは、兄弟に
奴隷として売られて、命を奪われそうになるが、
しかし、それが兄弟を飢饉から救う道であった。
こうなると、最後は、諦めてはならない。


2020年5月12日(火)
 主要都市以外の38県は、14日に、解除の方向というニュースを
している。鹿児島県もそうらしい。
 さっそく市役所の保育幼稚園係りに、解除後に、越県の研修会に
先生方が参加してもいいのか、と聞いたら「分かりません」で
あった。解除された県同士はどうですかと聞いても「分かりません」。
 今は、越県した先生は、2週間自宅待機をしてください、となって
いる。
 保育幼稚園係りによると、国が県に指示して、
県が市に指示して、それから市役所が、各子ども園に
知らせるのです、とのことである。
 つまり、市役所は、県の通知をみないと分からない
のだそうだ。ついでに、14日に県が解除をだすのか
どうかも、自分たちは知らないのです、とも言われた。

 なんか分かったのようなわからないような
の話である。
 地方自治で、国は県に命令できないとか、自粛であって、
指示、命令でないとか、素人には、今一よくわからない。
宗教法人は自粛の対象でないとか、あるとか。分からない
ことばかりである。
 また、自粛を要請したら、補償しなければならないとか、
命令でないから補償はいらないとか、どう考えた
らいいのだろうか。

 昨日YMCAの会議にでたが、本当に売上が9割へって
おられた委員の方があった。国会の議論をきいてラジオ
を叩いたそうである。教会も、小さい所は、
ラジオを叩く先生があるのでないか。

2020年5月4日(月)
 昨日も礼拝休み、中山も休みであるが、
やはり気に掛けてわざわざ来てくれる方が、数名ある。
 正直嬉しい。牧師は結局、間違って来られる方の
ために、礼拝時間の待機になるので、時間の使い方としては
あまり変わらない。
 
 中山はまず誰もこられないが、昼は、支援員と
事務方の協議会をして、20年度の予算方針を
今一度確認した。
 
 久し振りに中山のオルガンを触ってみて、
神学校の時に、(故)古澤先生におそわった
賛美歌を弾いてみたが、全く出来なかった。
 当たり前であるが、見事に忘れているもので
ある。

 昨日は、横浜のクルーズ船(ぷりんせす号)の感染の対策のドキュメント
をNHKでしていた。厚生労働大臣の反省の言葉はなしであった。
 確かに精一杯をなさったであろうが、クルーズ船の
感染者712名の事実は残ると思う。死者12名。1隻の船であるから
あの留め置く方針は本当に良かったのか。
 厚生労働大臣とは、よくやったと言う人なのだろうか。
 やはり検証してほしい。

 それにしても、何十万円も料金を払って、病気をして亡くなる
のであるから、どう捕らえたらいいのであろうか。
 惨いというか、酷いというか。熱を出して、39度あっても
3日間そのままだったというから、奥さんも感染のご主人も、
何のための旅行だったのだろうか。 せめてクルーズ船の
お医者がいなかったのであろうか。熱冷ましもあげられない
のだろうか。
 ここから何を汲み取ればいいのだろうか。定年の楽しみに
お金を貯めて、楽しいはずの結果がこうであったとすれば、
どう考えたらいいのか分からない。

  連盟の文書では、500万以下の教会では、献金が
昨年比で10%落ちたら、10万と20万の支援をしますとある。
多分牧師の食費支援のことであろう。
 該当される教会、伝道所は、どうかためらわずに、申請してほしい。

2020年5月1日(金)
 本日は1日で、早天祈祷会であったが、もちろん休みである。
しかし、もしかして、休みを知らない人が来るかもと準備をして
祈っていた。結果的に誰も来なかったが、それでいいのである。
 原稿を、主日礼拝のところにアップしている。

 ところで、たまたまであるが、早天の聖書は、ユダのヨシャファト王の
祈りであった、歴代下20章である。ここにもやはり、戦争と疫病、飢饉
が主の裁きとある。「疫病は戦争だ」というフランスかどこかの大統領
のことを、オーバーな人だなと思った。しかし、これは聖書的かも
知れない。戦争と疫病と飢饉は、同じレベルなのかも知れない。

 まさか教会が、礼拝、祈祷会が出来なくなるとは、
第2次世界対戦以来であり、戦争以来だったことになる。
やはりそれなりの対応が必要なのである。
 そして、関わっている食料デーの働きも根底には、飢饉が
ある。ということは、教会は、3つの戦争に関わっているのでないか。

 第2次大戦時代の本は、あまり読んだ事がないが、辻宣道先生
(日本キリスト教団 元議長)の幾つかの本を読んだ時、
牧師家庭は食べ物が無くなったとあった。
非常によく記憶している。その本は今手元にはない。
 たしか一人の信徒が、辻先生のお父さんが(特高に)逮捕されて、
家族は路頭に迷い、有力信徒が誰も助けてくれない中で、
貧しい信徒が毎日大根を持ってきてくれた、とかあった。
 お米はどうされたのかと思うが、それがおかずだった
と書いてある記憶がある。
 もしかして今も同じでないか。鹿児島教会それなりに蓄えもあり、
いざと成ったら、会堂、記念堂、特別会計がある。
 しかし地方の小さい教会は、それこそ今の中小企業と
同じで自転車操業であろう。恐らく潰れる教会がでて
くるのでないか。ただただしっかり祈ろう。
 主よ、成すべき事を示してください。

2020年4月29日(木)
 礼拝と祈祷会が休みの中の牧師の過ごし方
は、なんともやっかいであるが、聖霊を
待つ弟子達のように、じっと事態宣言の解除を
待っている。しかし説教や祈祷会の原稿を印刷して
教会受付において、インターネットにアップして
週報を印刷して、必要な人への郵送の手順が大体分かってきた。
ルーティーンにすると確かに楽ではある。

 昨日は、3年ぶりくらいに牧師館の片づけを
妻となして、ほっとした。その休み時間に
『通販生活』2020年夏号という雑誌の最新版に、アフガンの
中村哲先生の追悼の座談会が載っていた。

 すでに知らされているのことであるが、
1,先生は、改めて、キリスト教の基盤をお持ちで、
  良きサマリヤ人の話を知っておられたが、
  アフガンにいかれたのは、高山の蝶を見付けるために
  であり、そこで、たまたま酷い生活のアフガンの人に
  出会い、ほっておけなかったのである。

2,先生はお医者であったが、お医者ではアフガンの人を
  救えないと農業に必要な用水路工事に邁進された。
  医者では救えないという転換点があった。

3,アフガンにこだわられたのは、誰もここで働こうとしない
  ということであった。有名な支援のところは、誰かがやるから
  自分はアフガンで、ということだったらしい。

4,先生の死は即死ではなく、暫く弾が体にあったまま生きておられたが、
  その間、一緒に襲撃された方4名の命を最後まで心配されて
  いた。自分と一緒に行動を共にしてくれたアフガンの
  仲間達の命を最後まで心配された。4人とも亡くなられた。
   何か私は、十字架の上のイエス様が強盗の救いを
  なさった平行を見る。又十字架上で母マリアを弟子のヨハネに
  託された姿も重なる。

   改めて、中村先生のすごさと人としての当たり前を知らされ、
 ここに書く次第です。

2020年4月27日(月)
 教会、中山共に礼拝休み中である。
しかし、献金をもってこられたり、お祈りに
来られたりがある。
 礼拝休みは、牧師にとって、休みになるのか
返って忙しいのかよく分からない。祈祷会と
礼拝の原稿を作って印刷し、準備している。
 75才以上の方と持病のある方には郵送している。
18名である。
 最低知らずにこられた方のために、又献金のために、
その礼拝時間はいることにしている。

 教会のすぐ近くにある赤塚学園の陽性のでた53名の
濃厚接触者は皆陰性だったそうだ。良かった。 

 25日に、臨時執事会を開いて、鹿児島の緊急事態宣言が
解かれるまでの礼拝、祈祷会休みを決めた。
 他の方法がない。高齢者が多く、守らないと
いけない。5月のいつになるのだろう。

 今日は、幼稚園の教育部は22名で、保育部も
10数名になっている。どうしても、看護師さんや
公務員の方があって、いくら保護者が保育できる方は
休ませてください、と言っても、無理がある。

 児童クラブも同じである。医療関係の方は
預けられる。仕事のある方は当然となる。
 半分くらいであるが、それでも開いて
いる。

2020年4月12日
 教会は2名、中山は1名の祈りとなった。

 イースターおめでとうございます。
 しかし、まさか2020年のイースターが礼拝休みの中で
行われるとは、誰が預言できたでしょうか。本当に、
神様のみ知るとはあるのだ、と改めて思います。
 何度も書いていますが、疫病は、2サムエル24章では
神の怒りになっています。
 何か知らせることがあるのだと思います。
 医療関係者が大変のようです。ただただ守りを祈ります。
   鹿児島は小中高とも4月6日から開校しています。
お母さん達に聞くと、安心と不安の中にあります。

 めぐみ子ども園、中山の児童クラブは、開いていいます。
ラサール高校生が、感染しましたが、16名の濃厚接触者は
陰性だったそうです。ラサールは5月6日まで休校になって
います。

 子供達の守りを祈るのみです。

 バルトの『教会教義学』第7章、「神の恵みの選び上」が
きました。今読んでいます。宮田光雄先生によると
神の選びと摂理の箇所は、是非読んでくださいとあります。
 和解論だけ読んでいましたが、神論も読んでみる
ことにしました。

2020年4月6日
 教会は22名、中山は4名であった。

 4月4日の臨時執事会で、12,19,26日の
礼拝の中止を決め、5月3日再開とした。

 教会は70を越えた方が、半分であり、
お年寄りが多く、命を守るためにという理由である。
 
 礼拝中止は、鹿児島教会では第2次世界対戦以来の
出来事と思う。
 21世紀は、本当に大変な時代になった。
 牧師はなんとか、各自の礼拝を家庭で守れるように、
主日の原稿と祈祷会の原稿を、HPに掲げ、印刷して
教会受付においておくことにした。
 献金は、もしもってこられたら、牧師か
財務執事が受けることにした。

 ピネハスの祈りを続けるのみである。(詩編103編30節)

 昨日は時々くる電話の来る方から、給料が半分に
なったとあった。マスクを配り、お金を配るよりも
ラジオが言っていたが、雇用というか中小企業の
倒産をふせぐことが大切である。
 主の導きを祈るのみである。

2020年3月30日
 この3日間は、東京の方では、感染者が一番多かったそうである。
いよいよ非常事態なのかもしれない。
 鹿児島は少し余裕があって、、
 感染は恐いけど、やはり礼拝に来ましたと
来られる方があった。

 早稲田の方の教団の教会の新型肺炎対策
を持ってこられる方があって、なるほどと思い。
それを元に、鹿児島教会用に作り直してみた。
 ここにも掲載しておこう。誰か来られる方には、
少しは、役に立つかもしれない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
     日本バプテスト鹿児島基督教会 新型肺炎対応について
                        2020年3月29日
                        文責:田渕 牧師

☆ 新型肺炎にむけて、鹿児島教会では以下のように対応をします。
   ( 2020.3.26に、鹿児島にも新型肺炎がやってきました。 )

1,    ご高齢の方、体調が万全でない方、咳(花粉症や持病の方を除く)の出る方、同居の家族が体調を崩しておられる方、感染に少しでも不安の方、御家族が心配されている方は、どうか遠慮無くご自宅で礼拝を献げてください。

2,    できるだけマスクを着用し、礼拝中もマスクを付けておいてください。教会に入るときは、アルコール消毒液で手を消毒してください。(あるいはトレイの洗剤・石けんでもいいです)

3,    晩餐式をしていますが、できるだけ離れて受け取ってください。また、一度手を付けたら元に戻さないで、そのままその杯を使ってください。

4,    できるだけ1,5メートルほど離れて座ってください。前の席が空いています。挨拶は手を握らないでしてください。出来るだけ1座席に1人として、1座席に2人までとします。

5,    礼拝中は、時々窓側の人とサイドルーム側の人は、戸をあけて換気をしてください。

 ☆ 何か気ずいたことありましたら、牧師か執事に連絡ください。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 という具合である。
  出来れば礼拝を休むことだけはしたくない。神様に
お前は何をしていたかといわれそうである。
 誰かがフェイスブックに書いていたが、牧師だけは
礼拝時間に祈りを捧げていたいものである。
 しかしもちろん限界があるし、私が罹るかもしれない。


2020年3月23日
 中山は4人礼拝、教会は32名であった。
なんと、4月から鹿児島に引っ越されてくる方が礼拝
参加くださった。
 昨日は定期総会となり、19年報告、20年計画
20年予算を審議した、午後3時には終わった。
順調であった。

 新型肺炎は止まりそうにない。昨日は41名の感染であった。
聖書では、ダビデが戦争と飢饉と疫病とどれを刑罰と
して選ぶかと言われて、疫病と答えた箇所がある。第2サムエル24章。
 つまり、戦争、飢饉、疫病の内では、疫病が一番
被害が少ないという判断であろう。
 考え方によっては、神様は、ここにも恵みを
おいてくださっているとも言える。
 オリンピックも、延期の可能性がいわれだした。
確かに練習できる選手とそうでない選手がいるのは
おかしい。
  
 それにしても、人間の限界を知らされる。簡単に「人類の力
で、疫病を克服した大会をみせる」となどと馬鹿なことを言ってはならない。
 主のみ心ならば、あれもする、これもするとしか言えない。
 今回は、罹った方には、大変であるが、しかしやはり
神様の警告を思わされる。

2020年3月16日
 中山は5名、教会は28名礼拝であった。
先週は29名であったので、連続20名代と
なる。ここら辺が実力と言うことであろう。
 新型肺炎で、ご高齢の方の欠席は、むしろ
勧めている。

 じっと我慢である。中国は蔓延が終わるまでに
3ヶ月か係っているので、日本もここから5月末か6月には少し終息が
見えるかとと予測される。しかしそれぞれの国が時間差であるので
オリンピックはどうなるのかである。

 こうやって高校野球も中止、連合総会も中止となると
改めて、全てのことが神様の御赦しの中にあると
ひしひしと感じる。
 自分にできることをなして、後は感謝するしかない。
東北地震もそうであった。あんな大きな地震も予知できない。
人間はやはり、限界の中で生きているのである。
自然の一部として生きるしかないのである。

 助け合い、支え合い、励まし合って生きるしかない。
愛によって生きるしかない。生かされているのである。
だから感謝して生きるしかない。感謝することが赦されて
いる。

 ある姉妹が礼拝で倒れられ、救急車で運んだ、
応答讃美のところであった。疲れておられたようで、
脳、心臓、腎臓等のCTスキャンは何の異常もなく、
午後2時には帰ってくださいと、家に送った。御家族も揃われた。

 これもただただ感謝あるのみであった。
主を讃美せよとしか言いようがない。
 確か私の記憶ではAさんのお母さんの礼拝での搬送の
時があった。10年前だったと記憶する。2回目である。


2020念3月10日
 とうとう、南連合総会も中止になった。連合伝道研修会
も中止にした。
 100名に達しない会合であるが、仕方ないのか。
「 礼拝は、人間が中止できるのか」という
問いが、関西学園の神学部の在る方が言われていたが、
私もそう思う。主の招きを断れるのか。

 詩編106編30節を祈るのみである。 

2020年3月2日
 教会は30人ほど、中山は6名
先週と変わらず。

 児童クラブは、新型肺炎の学校休みに対応して、
朝から保育が始まる。市役所の担当の方が
直々に設置者に電話を掛けてこられた。よほどあわてておられる
らしい。何せ春休み保育の3週間前倒しである。
 給料補填は大丈夫ですかと聞くと、まだわからんので、
予算の範囲内でお願いしますとのことであった。
 政府の通達がまだ、自治体の末端まできていないの
であろう。

 それにしても余りにも準備のない通知である。しかも、
予算も計算してないらしい。また学校休みの効果ももともと
小学生は肺炎に係る子が少なく、重症化の例が少ないらしい。
 つまり、シュミレーションをせずに、お願いしたらしい。
 本当に困った安倍さんである。
  そもそも一人の人を大切にしない人が、安全対策をしても
またも恰好だけになるのである。
 自分は聞かなかったが、学校休業の要請のインタビューは
質問に答えずだったとか。どんな点が不備で、どこに問題が
あるのか、聞く耳を持たずで出したのである。
 交替の声があるのも段々当然になってくる。

2020年2月25日
 教会の礼拝は30人ほど、中山は6名であった。

 昨日の休みは、喉がやられて風邪引きそうで
あったので、1日中寝ていた。
 なんとか戻った。
 新型肺炎のために、連合少年少女会や
連合総会をどうするがあるが、執事会では、
なんとか参加し、会場提供を決めた。

 すでに鹿児島まで来てると思うが、
熊本まできたということで、執事会で
どうしましょうとなったのである。
 聖書の審判に戦争、飢饉、疫病があるが
こういうことかと改めて、考えさせられる。
 治療に当たるお医者さんや防御に当たる
公務員の方々の守りを祈るしかない。
 今日は平田仮設訪問日であるが、入園説明会に重なり
断念する。ニシザカ、アリカワさんらの
覚えた方々の名前が頭を巡る。

2020年2月20日(木)
 昨日は何を思ったのか、突然カルバンの
『キリスト教綱要』を引っ張りだして読んでみた。
序章の初めの王様への手紙のところである。
 カルバンもまた、自分から綱要を書こうとしたのでなく、
人々から請われて段々足していってこうなったのです、
と書いている。 
 教会の信仰告白や神学はどうも、最初からでなく、
応答性が非常につよいことが分かる。
 それでいいのだと思う。請われて、必要に迫られて
聖書をまとめていくのが原点でないのか。


2020年2月18日
 教会は飛び入りもあって、40名ほど。
中山ははやり飛び入りがあって6名であった。
 2月の飛び入りは珍しいと思う。
 本日、鹿児島は雪のために高速が止まっている
らしい。

 新型肺炎は相変わらずであるが、
九州には時間の問題であろうか。
 ワクチンの製造状況やその他の薬の
情報がないのはなぜなのだろうか。

 宮田光雄先生の『カールバルト』岩波を
読み終わる。
 バルト自身は、神論の「恵みの選び」と
創造論の「摂理」のところが、中心ですと
考えていたらしい。和解論は当然であるが・・・。
 やはりバルトは改革派信仰であり、
カルバンの後継者なのである。
 和解論だけでなくて、せめてその2箇所は
読まないと思い、アマゾンでしらべると
どちらも中古本はもうないようだ。
 恵みの選びの方は、教文館のオンデマンド
であるようだが、摂理の方はどこにもない
ようである。

 ギルシュバウム女史が和解論に出ていないと
おもっていたが、和解論4の序論には、でていた。

2020年2月15日
 またも1週間遅れの更新である。
この時期は、報告、計画、予算の審議で
どうにもならない。これに、建築委員会が
あるので、半分あきらめで、行事を
こなすのみである。

 宮田光雄先生著『カールバルト』を
2015年出版であるが、今頃読んだ。
 神学の部分よりも、音楽の部分ところが
おもしろい。まだ全部ではない。

 しかし、バルトがひたすらイエス様を中心に
おいたことは改めて、示される。
 秘書のギルシバウムの働きが大きかった
ことも、改めて名前が教義学にでていないだけに
考えさせられた。
 しかし、私は、一人の人間を完全にするのは
賛成しない。人はいろいろな限界がある。

 バルトの音楽批評も、バッハを理解しなかった
らしいことも、それは限界である。モーツアルトが
好きだったで、神学者としては、それでいいと思う。
 バッハのマタイ受難曲に復活がないという見解を示した
というが、私も歌詞を見たときに、なんで復活がないの
と思ったことを、思い出す。しかし込められているのだ。
 
 とうとう沖縄、愛知、北海道に新型肺炎は広まる。
鹿児島も時間の問題であり、中国人が危ないとか
いうのは、もうあたらない。
 お医者さん看護士さんの働きを祈る。


2020年2月8日
 月曜の更新が、今日になってしまった。
1日1日が忙しいというか、やることがある。
 段々、新型コロナウイルスの肺炎が広まって
いる。いつ鹿児島に来てもおかしくない。
 アメリカは、客船のアメリカ人を救出するそうで
ある。昔のサンダーバードか何かを思い出す。
いや海底大戦争のスチングレーか。(年がすぐばれる)

 アメリカは市民であることを本当に大切に
するのかも知れない。言行録には、
パウロがローマの市民権をもっていたが故に、
守られて、福音が広まっていった経緯がある。
 日本人の私は最初、さっぱり意味がわからなかった。
しかし、こうして、自国民を救いに来るのである。

 日本も中国を助けられないのであろうか。
帰ってくるの支援は当然であるが、せめて、何か
できることはないのか。
 マスクの輸送も何もない。しかし確か中村哲
先生の本に、品物よりも現地の流通を動かす方が
支援になるのですという箇所があった。日本からは
義捐金が一番良いのかもしれない。

 オリンピックはありますと会長さんが
言われていたが、延期に備えますでも良かった
のでないか。しかし、本当に半年も続くのだろうか。
 それにしても、何もできないが、祈りはできる。

2020年1月31日
 中国の新型コロナウイルスがとうとう
WHOで緊急事態宣言となった。
 日本も各国も、自国民の輸送を始めた。
ただ、帰ってきた人が言っていたが、
中国の肺炎治療を支援するとかは全く言われないのは
当たり前だからであろうか。

 マスク支援でもいいような気がするが、
他の国はどうしているのであろうか。
 カフカの『ペスト』を思い出す。

 ラジオでもし肺炎が納まらないなら、オリンピックも
危ないですという解説者がいた。そのくらい
大変らしい。


2020年1月27日
 教会は日曜登園のために少し多め、
中山は4名であった。

  昨日は、礼拝の後、臨時総会、
愛餐会・誕生会、連絡会、執事会、
伊集院での新春の集いであった。
50人くらいの集いとなる。
 
 夜は、中山夕礼拝となる。
土曜には、幼稚園の研修会がはいる。
 この時期は仕方がない。
 ただ、西南神学部は、今年も、入学者0だった。
いよいよ働き人がいなくなる。
 主に働き人を祈る祈りが少ないので
あろうか。ただただ祈るのみである。
 主よ、働き人を送ってください。

  中国のコロナウイルスは、エゼキエル書を読んでいると
神様の成される審判を思い起こしてしまう。
 エゼキエル14章では、4つの厳し裁きの中に、
疫病がある。エゼキエルでは、主は、国が
主に対して、不信を重ね、罪を犯すなら、飢饉、
悪い獣、剣、疫病の4つのを送る、とされている。
  そして、その時「お前は私が主であることを
知る」とある。中国が何か、主に罪を犯したのが
あるのであろうか。
 むしろ無茶をしているのはアメリカのトランプさんのように
見える。どちららにしろ、裁きは、主に立ち返る
ためにある。
 日本は何か中国のコロナウイルスに対して、
支援できることはないのであろうか。邦人を助ける
ために、飛行機を飛ばすそうである。
 これは当たり前であろう。中国の疫病のために
祈ろう。
 

2020年1月21日
 教会は30数名、中山は4人礼拝であった。
昨日は、月曜礼拝に経営委員会、主日は、
一致祈祷会となる、今日は市民クリスマス反省会。
 その間を縫って、南連合の伝道部の報告と予算
食料デーの予算案を作る。
 平田仮設には今日はいけない。残念である。

 今年も、毎日何か在りそうである。
1日1日である。

2020年1月14日
 教会、中山共にいつもの通りであった。

 新年になっても相変わらず忙しい。
会堂建築があり、仕方ないかもしれない。
ある先生が、体だけは気をつけろと言われた。
 また、会堂建築はやはり若いときでないと
できないとも言われた。
 もう少し、なんとかならんかと思う。

2020年1月9日
 元旦礼拝、新年礼拝と続き、帰省もあって
とうとう、ここに書く時間が今になってしまった。
 やはり段々体が動かず、力が無くなっているのは
否めない。
  年賀状も返事がまだ終わっていない。
これが年をとるということであろうか。
 しかし、神様に赦されている体力と能力で
仕えていくしかない。

 イランとアメリカは戦争しないように、祈るのみである。
相手は「目には目を、歯には歯」を国である。
 中村哲先生の本を読むとよく分かる。
アメリカは、そのことを知ってしているのであろうか。

 ゴーンさんも、どこまでの罪になるのか、今一
ニッサンを私物化したことが、よくわからない。
 取締役で、報酬を200億にしますと決めていたら、
良かったのであろうか。
 とうとう出国の罪になるとか言っている。
その前の段階での問題が、素人にはわからないの
で、妻と会えないという訴えが、非常によく分かる。
 
 マロン派というキリスト教がシリアにあるらしい。
私は、全く知らない。日本だけの小さい教派を連想すればいいの
だろうか。