2020年牧師の週間日記
 つれづれなるままに書いています。
今年は忙しそうです。
 田舎牧師のつぶやきと所感です。
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2020年6月7日(火)
 鹿児島はクラズターにより、110人の感染とな
る。5日の執事会で、7月一杯の礼拝と祈祷会
の休みを決めた。
 前よりも鹿児島は酷くなったようです。

 この1年間はじっと我慢です。お医者さんや
戦っている方々の守りをいのります。

 熊本の球磨川流域の洪水は、60名近くの
死亡者となりそうで、まだ全体像がはっきりしない。
ただただ祈るのみです。

 昨日は一杯の方が訪問して下さっていました。
今回の洪水はここまでは、鹿児島地区の教会
は報告すべき被害はないようです。
 お祈りを感謝です。

2020年6月29日(月)
 中山夕拝は、最後のT夫妻との礼拝となる。
6年間に渡り、夕礼拝くださった。
 7月から常連の夕礼拝は、3人になるので、
インターネットライブにすることにして、中継を
実験してみた。
 いろいろな方法があるが、フェイスの動画配信が
どうも一番簡単そうである。

 しかし、教会フェイスを使ったつもりが
どうも自分のフェイスで配信したらしい。
 全くの素人とでしているので、失敗はつきもので
あるが、いつもように、又も失敗である。
 しかし自分のやり方は失敗しながらしか
できないので、これはもう、諦めてヤルしかない。
  
  ここに来られる方は、時間があれば、どうか、毎週日曜日の
午後7時からの鹿児島教会のフェイスに行かれて、
中山夕礼拝のライブ礼拝をみて、感想をください。
皆の意見を聞いて、少しづつ直していくしか、自分は方法を
知らないのです。ライブ配信のつもりですが、
どうも、今も残っています。いつまでがライブなのかも
よく分かりません。
 

2020年6月23日
 沖縄慰霊の日である。今週は、教会は30人
中山は、5人であった。徐々に回復と言ったところである。
 中山の常連さんが、転居になった。5人の常連さんは
3人となる。 幾人かの方が、中山夕拝を止めてもいいのでは
と言われた。
 しかし、主は示してくださった。中山夕礼拝のライブ配信が
できないか。やってみよと。一番簡単なのは、
フェイスブックのライブ機能である。
 なんとか挑戦してみたい。40分だからお金はかからない
はずである。
  ここに来る皆さん、毎週午後7時から40分、
フェイスブックの「日本バプテスト鹿児島基督教会」
のHPで中山夕礼拝をライブしてみます。
執事会の承認まで、実験してみ
ます。時間のある方は見てみてください。


2020年6月19日
 広島の国会議員、河井克行、案里議員が逮捕された。
元法務大臣の逮捕は珍しいので、
プロフィールをつい見たくなってHPでみたが、
河井克行議員は、司法試験は受けておられず、
弁護士さんでも検察でも無かったようだ。
 法務大臣というは、必ず司法試験に受かっているのが
当然だろうと思っていたが、そうでなく、
 慶応の法学部 政治学科だそうです。

 これでは、お金をばらまいて票をとりまとめるのは
苦にならなかったかもしれない。司法試験を受けた
方らな、まずこんな単純な馬鹿な違法をしないのでないか。

 それにしても、法律は「信義に始まり、信義に終わる」と
いった法律学者がおられたが、なんとも、法学部の
基本を知らなかったのであろう。

 またも、安倍首相の任命責任で、お友だち内閣がよく分かる
構図である。法務大臣くらい、自分の嫌な人、義人を充てて
いるべきと思う。自民にも、それほど人がいないの
だろうか。

2020年6月16日
 一昨日の礼拝は、教会27人、、中山5人で共に短縮礼拝で
落ち着いてきた。鹿児島に感染者がでたので
また自粛されたのであろう。

 一昨日は、鹿児島で11人目の感染者がでたが、
前のように、どこの人なのか、どこに立ち寄った形跡が
あるのか、一切報道無しであった。新聞にも載ってない。
 プライバシイの保護であろうが、こちらは、近くの人が
遠い人か、いつも行くスーパーに来る可能性が
あるのか、さっぱりである。
 この人のために70名ほどがPCRの検査を受けられて、
感染者なしとのことであった。
 
 娘達に聞いたら、それぞれ7万人以下の町に住んで
いるが、10万円が来たそうである。こちらは申請書
を投函して2週間経つがまだである。鹿児島市は、
60万都市あるので、2倍掛かるのかもしれない。

 それにしても、困っている人とそうでもない人を
一斉に補助するというのは、どういう思想であろうか。
 社会補償の観点からか、過失は国にないように思う。いや
あるのか。労働法の救済ではなさそうだ。いやあるのか。
なんともやっかいである。素人にはどう考えていいのか。


2020年6月8日(月)
 昨日は、転入の姉妹と転出の夫妻の手続きを
礼拝においてなした。次の礼拝もまた、転入が一人おられる。
 4〜5月はいつものことではあるが、今年は
多いと思う。
 昨日は30人に足りない礼拝であった。
中山はいつもの5人であった。

 主の晩餐は、袋ずめパンを用いた。なんだか、
コロナウイスルとの闘いである。と言っても、相手は
目に見えない。しかし、エフェソ書6章12節には、
「私達の闘いは血肉に対するものでない」とある。
すなわちキリスト者は見えない者との闘いにいつも
備えているのかもしれない。

2020年6月3日
 教会、中山礼拝共に、短縮礼拝が続く。ただ
短縮と言っても、賛美歌を一番だけとして、交読文
の省略くらいである。主の晩餐も約束唱和と讃美がない。

 昨日のNHKのプロフェッショナルは、青森(津軽)の
ササ餅ばあさんであった。一人で毎日130個の(年間5万個)
ササ餅を作られる。94才であった。
 自分でクマザサを山に取りに行かれ、小豆を自分で作り、
袋詰めも、すべてを一人でされていた。さすがに餅米は
市販だった。
 言葉は「仕事が仕事を教えるのです」と言われた。
お母さんからの言葉だそうである。
 60才の時、初めて施設に訪問に行き、自分が何の
気なしに作っていったササ餅をそこのお婆さん達が
涙を流して食べてくれた。それが嬉しくて、作り
始める。今は道の駅とローカル線の代表のお菓子になって
いる。自分の味を出すのに10年かかる。
 息子さん夫妻が、ガンになれてそれを介護しな
がらであった。

 正直すごいを越していた。何か自分の使命に仕えると
いうか、息子さんによると儲けはほとんど無いのに、と
言われていた。でも、あれは自分の使命なのであろう。
(菓子職人:桑田ミサオ 93才 1927年生まれ)
 ふっと函館のトラピスト会のクッキー作りに一生を捧げる神父
さんを思い出した。どこか儲けを通りこしておられるの
である。
 神様の召しに答えて生きるのみである。

2020年5月26日
 昨日、日本全部の非常事態宣言が解除された。
しかし、どこの知事さんもいっているが、第2波、第3波
は必須であり、備えるしかない。
 教会も暫くは、短縮礼拝、短縮祈祷会、短縮晩餐
となる。愛餐会は8月までお休みとなる。

 じっと息を潜めて、疫病の通り過ぎるのを
まつ、完全に過越状態である。
 
 有る先輩から、牧師としてよりも、信徒として
生きなさいと、言われた。なるほど、と思う。

2020年5月21日
 ニュースでは、黒川検事長さんが、賭け麻雀を
緊急事態宣言の中、新聞記者とされていた
そうである。
 定年問題で、渦中にあり、なおかつ賭け麻雀を
されるとは、またすごいものである。
 ここまで社会感覚が鈍るのであろうか。
 滅びの先に高慢と傲慢があるというが、
全く良い例のようである。
 正直理解できない。こんな方が、警察の
検察のトップに本当におられるのである。

 これでは、森かけ問題も、財務省の
自殺された方も、どうにもならないかもしれない。
しかしコロナ対策の最中である。
 神様の裁きには、そのままにしておく
があるが、それであろうか。

2020年5月19日(火)
 鹿児島は5月14日に緊急事態宣言が解けて、短縮礼拝を開始した。
正直皆ほっとされた様子であった。もちろんこれからまた
第2派、第3派がくるのであろう。しかし、なんとか受けて
歩みたい。

 今度の祈祷会は、言行録8章で、フィリポのサマリヤ
伝道のところである。聖書解説書によるとまさに、
ステファノの迫害によって、サマリヤ伝道は始まると
ある。確かにそうだ。
 時の権力にエルサレムの信者は散らされて、
しかしそこから伝道となる。
 新型肺炎も、もしかしたら、そう言うことがあるのであろうか。
 人々の命を脅かす疫病がある。しかし、それに
対して、また違ったところで、闘いがなされているのかも
知れない。
 聖書解説書には「ヨセフの原則」とあった。ヨセフは、兄弟に
奴隷として売られて、命を奪われそうになるが、
しかし、それが兄弟を飢饉から救う道であった。
こうなると、最後は、諦めてはならない。


2020年5月12日(火)
 主要都市以外の38県は、14日に、解除の方向というニュースを
している。鹿児島県もそうらしい。
 さっそく市役所の保育幼稚園係りに、解除後に、越県の研修会に
先生方が参加してもいいのか、と聞いたら「分かりません」で
あった。解除された県同士はどうですかと聞いても「分かりません」。
 今は、越県した先生は、2週間自宅待機をしてください、となって
いる。
 保育幼稚園係りによると、国が県に指示して、
県が市に指示して、それから市役所が、各子ども園に
知らせるのです、とのことである。
 つまり、市役所は、県の通知をみないと分からない
のだそうだ。ついでに、14日に県が解除をだすのか
どうかも、自分たちは知らないのです、とも言われた。

 なんか分かったのようなわからないような
の話である。
 地方自治で、国は県に命令できないとか、自粛であって、
指示、命令でないとか、素人には、今一よくわからない。
宗教法人は自粛の対象でないとか、あるとか。分からない
ことばかりである。
 また、自粛を要請したら、補償しなければならないとか、
命令でないから補償はいらないとか、どう考えた
らいいのだろうか。

 昨日YMCAの会議にでたが、本当に売上が9割へって
おられた委員の方があった。国会の議論をきいてラジオ
を叩いたそうである。教会も、小さい所は、
ラジオを叩く先生があるのでないか。

2020年5月4日(月)
 昨日も礼拝休み、中山も休みであるが、
やはり気に掛けてわざわざ来てくれる方が、数名ある。
 正直嬉しい。牧師は結局、間違って来られる方の
ために、礼拝時間の待機になるので、時間の使い方としては
あまり変わらない。
 
 中山はまず誰もこられないが、昼は、支援員と
事務方の協議会をして、20年度の予算方針を
今一度確認した。
 
 久し振りに中山のオルガンを触ってみて、
神学校の時に、(故)古澤先生におそわった
賛美歌を弾いてみたが、全く出来なかった。
 当たり前であるが、見事に忘れているもので
ある。

 昨日は、横浜のクルーズ船(ぷりんせす号)の感染の対策のドキュメント
をNHKでしていた。厚生労働大臣の反省の言葉はなしであった。
 確かに精一杯をなさったであろうが、クルーズ船の
感染者712名の事実は残ると思う。死者12名。1隻の船であるから
あの留め置く方針は本当に良かったのか。
 厚生労働大臣とは、よくやったと言う人なのだろうか。
 やはり検証してほしい。

 それにしても、何十万円も料金を払って、病気をして亡くなる
のであるから、どう捕らえたらいいのであろうか。
 惨いというか、酷いというか。熱を出して、39度あっても
3日間そのままだったというから、奥さんも感染のご主人も、
何のための旅行だったのだろうか。 せめてクルーズ船の
お医者がいなかったのであろうか。熱冷ましもあげられない
のだろうか。
 ここから何を汲み取ればいいのだろうか。定年の楽しみに
お金を貯めて、楽しいはずの結果がこうであったとすれば、
どう考えたらいいのか分からない。

  連盟の文書では、500万以下の教会では、献金が
昨年比で10%落ちたら、10万と20万の支援をしますとある。
多分牧師の食費支援のことであろう。
 該当される教会、伝道所は、どうかためらわずに、申請してほしい。

2020年5月1日(金)
 本日は1日で、早天祈祷会であったが、もちろん休みである。
しかし、もしかして、休みを知らない人が来るかもと準備をして
祈っていた。結果的に誰も来なかったが、それでいいのである。
 原稿を、主日礼拝のところにアップしている。

 ところで、たまたまであるが、早天の聖書は、ユダのヨシャファト王の
祈りであった、歴代下20章である。ここにもやはり、戦争と疫病、飢饉
が主の裁きとある。「疫病は戦争だ」というフランスかどこかの大統領
のことを、オーバーな人だなと思った。しかし、これは聖書的かも
知れない。戦争と疫病と飢饉は、同じレベルなのかも知れない。

 まさか教会が、礼拝、祈祷会が出来なくなるとは、
第2次世界対戦以来であり、戦争以来だったことになる。
やはりそれなりの対応が必要なのである。
 そして、関わっている食料デーの働きも根底には、飢饉が
ある。ということは、教会は、3つの戦争に関わっているのでないか。

 第2次大戦時代の本は、あまり読んだ事がないが、辻宣道先生
(日本キリスト教団 元議長)の幾つかの本を読んだ時、
牧師家庭は食べ物が無くなったとあった。
非常によく記憶している。その本は今手元にはない。
 たしか一人の信徒が、辻先生のお父さんが(特高に)逮捕されて、
家族は路頭に迷い、有力信徒が誰も助けてくれない中で、
貧しい信徒が毎日大根を持ってきてくれた、とかあった。
 お米はどうされたのかと思うが、それがおかずだった
と書いてある記憶がある。
 もしかして今も同じでないか。鹿児島教会それなりに蓄えもあり、
いざと成ったら、会堂、記念堂、特別会計がある。
 しかし地方の小さい教会は、それこそ今の中小企業と
同じで自転車操業であろう。恐らく潰れる教会がでて
くるのでないか。ただただしっかり祈ろう。
 主よ、成すべき事を示してください。

2020年4月29日(木)
 礼拝と祈祷会が休みの中の牧師の過ごし方
は、なんともやっかいであるが、聖霊を
待つ弟子達のように、じっと事態宣言の解除を
待っている。しかし説教や祈祷会の原稿を印刷して
教会受付において、インターネットにアップして
週報を印刷して、必要な人への郵送の手順が大体分かってきた。
ルーティーンにすると確かに楽ではある。

 昨日は、3年ぶりくらいに牧師館の片づけを
妻となして、ほっとした。その休み時間に
『通販生活』2020年夏号という雑誌の最新版に、アフガンの
中村哲先生の追悼の座談会が載っていた。

 すでに知らされているのことであるが、
1,先生は、改めて、キリスト教の基盤をお持ちで、
  良きサマリヤ人の話を知っておられたが、
  アフガンにいかれたのは、高山の蝶を見付けるために
  であり、そこで、たまたま酷い生活のアフガンの人に
  出会い、ほっておけなかったのである。

2,先生はお医者であったが、お医者ではアフガンの人を
  救えないと農業に必要な用水路工事に邁進された。
  医者では救えないという転換点があった。

3,アフガンにこだわられたのは、誰もここで働こうとしない
  ということであった。有名な支援のところは、誰かがやるから
  自分はアフガンで、ということだったらしい。

4,先生の死は即死ではなく、暫く弾が体にあったまま生きておられたが、
  その間、一緒に襲撃された方4名の命を最後まで心配されて
  いた。自分と一緒に行動を共にしてくれたアフガンの
  仲間達の命を最後まで心配された。4人とも亡くなられた。
   何か私は、十字架の上のイエス様が強盗の救いを
  なさった平行を見る。又十字架上で母マリアを弟子のヨハネに
  託された姿も重なる。

   改めて、中村先生のすごさと人としての当たり前を知らされ、
 ここに書く次第です。

2020年4月27日(月)
 教会、中山共に礼拝休み中である。
しかし、献金をもってこられたり、お祈りに
来られたりがある。
 礼拝休みは、牧師にとって、休みになるのか
返って忙しいのかよく分からない。祈祷会と
礼拝の原稿を作って印刷し、準備している。
 75才以上の方と持病のある方には郵送している。
18名である。
 最低知らずにこられた方のために、又献金のために、
その礼拝時間はいることにしている。

 教会のすぐ近くにある赤塚学園の陽性のでた53名の
濃厚接触者は皆陰性だったそうだ。良かった。 

 25日に、臨時執事会を開いて、鹿児島の緊急事態宣言が
解かれるまでの礼拝、祈祷会休みを決めた。
 他の方法がない。高齢者が多く、守らないと
いけない。5月のいつになるのだろう。

 今日は、幼稚園の教育部は22名で、保育部も
10数名になっている。どうしても、看護師さんや
公務員の方があって、いくら保護者が保育できる方は
休ませてください、と言っても、無理がある。

 児童クラブも同じである。医療関係の方は
預けられる。仕事のある方は当然となる。
 半分くらいであるが、それでも開いて
いる。

2020年4月12日
 教会は2名、中山は1名の祈りとなった。

 イースターおめでとうございます。
 しかし、まさか2020年のイースターが礼拝休みの中で
行われるとは、誰が預言できたでしょうか。本当に、
神様のみ知るとはあるのだ、と改めて思います。
 何度も書いていますが、疫病は、2サムエル24章では
神の怒りになっています。
 何か知らせることがあるのだと思います。
 医療関係者が大変のようです。ただただ守りを祈ります。
   鹿児島は小中高とも4月6日から開校しています。
お母さん達に聞くと、安心と不安の中にあります。

 めぐみ子ども園、中山の児童クラブは、開いていいます。
ラサール高校生が、感染しましたが、16名の濃厚接触者は
陰性だったそうです。ラサールは5月6日まで休校になって
います。

 子供達の守りを祈るのみです。

 バルトの『教会教義学』第7章、「神の恵みの選び上」が
きました。今読んでいます。宮田光雄先生によると
神の選びと摂理の箇所は、是非読んでくださいとあります。
 和解論だけ読んでいましたが、神論も読んでみる
ことにしました。

2020年4月6日
 教会は22名、中山は4名であった。

 4月4日の臨時執事会で、12,19,26日の
礼拝の中止を決め、5月3日再開とした。

 教会は70を越えた方が、半分であり、
お年寄りが多く、命を守るためにという理由である。
 
 礼拝中止は、鹿児島教会では第2次世界対戦以来の
出来事と思う。
 21世紀は、本当に大変な時代になった。
 牧師はなんとか、各自の礼拝を家庭で守れるように、
主日の原稿と祈祷会の原稿を、HPに掲げ、印刷して
教会受付においておくことにした。
 献金は、もしもってこられたら、牧師か
財務執事が受けることにした。

 ピネハスの祈りを続けるのみである。(詩編103編30節)

 昨日は時々くる電話の来る方から、給料が半分に
なったとあった。マスクを配り、お金を配るよりも
ラジオが言っていたが、雇用というか中小企業の
倒産をふせぐことが大切である。
 主の導きを祈るのみである。

2020年3月30日
 この3日間は、東京の方では、感染者が一番多かったそうである。
いよいよ非常事態なのかもしれない。
 鹿児島は少し余裕があって、、
 感染は恐いけど、やはり礼拝に来ましたと
来られる方があった。

 早稲田の方の教団の教会の新型肺炎対策
を持ってこられる方があって、なるほどと思い。
それを元に、鹿児島教会用に作り直してみた。
 ここにも掲載しておこう。誰か来られる方には、
少しは、役に立つかもしれない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
     日本バプテスト鹿児島基督教会 新型肺炎対応について
                        2020年3月29日
                        文責:田渕 牧師

☆ 新型肺炎にむけて、鹿児島教会では以下のように対応をします。
   ( 2020.3.26に、鹿児島にも新型肺炎がやってきました。 )

1,    ご高齢の方、体調が万全でない方、咳(花粉症や持病の方を除く)の出る方、同居の家族が体調を崩しておられる方、感染に少しでも不安の方、御家族が心配されている方は、どうか遠慮無くご自宅で礼拝を献げてください。

2,    できるだけマスクを着用し、礼拝中もマスクを付けておいてください。教会に入るときは、アルコール消毒液で手を消毒してください。(あるいはトレイの洗剤・石けんでもいいです)

3,    晩餐式をしていますが、できるだけ離れて受け取ってください。また、一度手を付けたら元に戻さないで、そのままその杯を使ってください。

4,    できるだけ1,5メートルほど離れて座ってください。前の席が空いています。挨拶は手を握らないでしてください。出来るだけ1座席に1人として、1座席に2人までとします。

5,    礼拝中は、時々窓側の人とサイドルーム側の人は、戸をあけて換気をしてください。

 ☆ 何か気ずいたことありましたら、牧師か執事に連絡ください。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 という具合である。
  出来れば礼拝を休むことだけはしたくない。神様に
お前は何をしていたかといわれそうである。
 誰かがフェイスブックに書いていたが、牧師だけは
礼拝時間に祈りを捧げていたいものである。
 しかしもちろん限界があるし、私が罹るかもしれない。


2020年3月23日
 中山は4人礼拝、教会は32名であった。
なんと、4月から鹿児島に引っ越されてくる方が礼拝
参加くださった。
 昨日は定期総会となり、19年報告、20年計画
20年予算を審議した、午後3時には終わった。
順調であった。

 新型肺炎は止まりそうにない。昨日は41名の感染であった。
聖書では、ダビデが戦争と飢饉と疫病とどれを刑罰と
して選ぶかと言われて、疫病と答えた箇所がある。第2サムエル24章。
 つまり、戦争、飢饉、疫病の内では、疫病が一番
被害が少ないという判断であろう。
 考え方によっては、神様は、ここにも恵みを
おいてくださっているとも言える。
 オリンピックも、延期の可能性がいわれだした。
確かに練習できる選手とそうでない選手がいるのは
おかしい。
  
 それにしても、人間の限界を知らされる。簡単に「人類の力
で、疫病を克服した大会をみせる」となどと馬鹿なことを言ってはならない。
 主のみ心ならば、あれもする、これもするとしか言えない。
 今回は、罹った方には、大変であるが、しかしやはり
神様の警告を思わされる。

2020年3月16日
 中山は5名、教会は28名礼拝であった。
先週は29名であったので、連続20名代と
なる。ここら辺が実力と言うことであろう。
 新型肺炎で、ご高齢の方の欠席は、むしろ
勧めている。

 じっと我慢である。中国は蔓延が終わるまでに
3ヶ月か係っているので、日本もここから5月末か6月には少し終息が
見えるかとと予測される。しかしそれぞれの国が時間差であるので
オリンピックはどうなるのかである。

 こうやって高校野球も中止、連合総会も中止となると
改めて、全てのことが神様の御赦しの中にあると
ひしひしと感じる。
 自分にできることをなして、後は感謝するしかない。
東北地震もそうであった。あんな大きな地震も予知できない。
人間はやはり、限界の中で生きているのである。
自然の一部として生きるしかないのである。

 助け合い、支え合い、励まし合って生きるしかない。
愛によって生きるしかない。生かされているのである。
だから感謝して生きるしかない。感謝することが赦されて
いる。

 ある姉妹が礼拝で倒れられ、救急車で運んだ、
応答讃美のところであった。疲れておられたようで、
脳、心臓、腎臓等のCTスキャンは何の異常もなく、
午後2時には帰ってくださいと、家に送った。御家族も揃われた。

 これもただただ感謝あるのみであった。
主を讃美せよとしか言いようがない。
 確か私の記憶ではAさんのお母さんの礼拝での搬送の
時があった。10年前だったと記憶する。2回目である。


2020念3月10日
 とうとう、南連合総会も中止になった。連合伝道研修会
も中止にした。
 100名に達しない会合であるが、仕方ないのか。
「 礼拝は、人間が中止できるのか」という
問いが、関西学園の神学部の在る方が言われていたが、
私もそう思う。主の招きを断れるのか。

 詩編106編30節を祈るのみである。 

2020年3月2日
 教会は30人ほど、中山は6名
先週と変わらず。

 児童クラブは、新型肺炎の学校休みに対応して、
朝から保育が始まる。市役所の担当の方が
直々に設置者に電話を掛けてこられた。よほどあわてておられる
らしい。何せ春休み保育の3週間前倒しである。
 給料補填は大丈夫ですかと聞くと、まだわからんので、
予算の範囲内でお願いしますとのことであった。
 政府の通達がまだ、自治体の末端まできていないの
であろう。

 それにしても余りにも準備のない通知である。しかも、
予算も計算してないらしい。また学校休みの効果ももともと
小学生は肺炎に係る子が少なく、重症化の例が少ないらしい。
 つまり、シュミレーションをせずに、お願いしたらしい。
 本当に困った安倍さんである。
  そもそも一人の人を大切にしない人が、安全対策をしても
またも恰好だけになるのである。
 自分は聞かなかったが、学校休業の要請のインタビューは
質問に答えずだったとか。どんな点が不備で、どこに問題が
あるのか、聞く耳を持たずで出したのである。
 交替の声があるのも段々当然になってくる。

2020年2月25日
 教会の礼拝は30人ほど、中山は6名であった。

 昨日の休みは、喉がやられて風邪引きそうで
あったので、1日中寝ていた。
 なんとか戻った。
 新型肺炎のために、連合少年少女会や
連合総会をどうするがあるが、執事会では、
なんとか参加し、会場提供を決めた。

 すでに鹿児島まで来てると思うが、
熊本まできたということで、執事会で
どうしましょうとなったのである。
 聖書の審判に戦争、飢饉、疫病があるが
こういうことかと改めて、考えさせられる。
 治療に当たるお医者さんや防御に当たる
公務員の方々の守りを祈るしかない。
 今日は平田仮設訪問日であるが、入園説明会に重なり
断念する。ニシザカ、アリカワさんらの
覚えた方々の名前が頭を巡る。

2020年2月20日(木)
 昨日は何を思ったのか、突然カルバンの
『キリスト教綱要』を引っ張りだして読んでみた。
序章の初めの王様への手紙のところである。
 カルバンもまた、自分から綱要を書こうとしたのでなく、
人々から請われて段々足していってこうなったのです、
と書いている。 
 教会の信仰告白や神学はどうも、最初からでなく、
応答性が非常につよいことが分かる。
 それでいいのだと思う。請われて、必要に迫られて
聖書をまとめていくのが原点でないのか。


2020年2月18日
 教会は飛び入りもあって、40名ほど。
中山ははやり飛び入りがあって6名であった。
 2月の飛び入りは珍しいと思う。
 本日、鹿児島は雪のために高速が止まっている
らしい。

 新型肺炎は相変わらずであるが、
九州には時間の問題であろうか。
 ワクチンの製造状況やその他の薬の
情報がないのはなぜなのだろうか。

 宮田光雄先生の『カールバルト』岩波を
読み終わる。
 バルト自身は、神論の「恵みの選び」と
創造論の「摂理」のところが、中心ですと
考えていたらしい。和解論は当然であるが・・・。
 やはりバルトは改革派信仰であり、
カルバンの後継者なのである。
 和解論だけでなくて、せめてその2箇所は
読まないと思い、アマゾンでしらべると
どちらも中古本はもうないようだ。
 恵みの選びの方は、教文館のオンデマンド
であるようだが、摂理の方はどこにもない
ようである。

 ギルシュバウム女史が和解論に出ていないと
おもっていたが、和解論4の序論には、でていた。

2020年2月15日
 またも1週間遅れの更新である。
この時期は、報告、計画、予算の審議で
どうにもならない。これに、建築委員会が
あるので、半分あきらめで、行事を
こなすのみである。

 宮田光雄先生著『カールバルト』を
2015年出版であるが、今頃読んだ。
 神学の部分よりも、音楽の部分ところが
おもしろい。まだ全部ではない。

 しかし、バルトがひたすらイエス様を中心に
おいたことは改めて、示される。
 秘書のギルシバウムの働きが大きかった
ことも、改めて名前が教義学にでていないだけに
考えさせられた。
 しかし、私は、一人の人間を完全にするのは
賛成しない。人はいろいろな限界がある。

 バルトの音楽批評も、バッハを理解しなかった
らしいことも、それは限界である。モーツアルトが
好きだったで、神学者としては、それでいいと思う。
 バッハのマタイ受難曲に復活がないという見解を示した
というが、私も歌詞を見たときに、なんで復活がないの
と思ったことを、思い出す。しかし込められているのだ。
 
 とうとう沖縄、愛知、北海道に新型肺炎は広まる。
鹿児島も時間の問題であり、中国人が危ないとか
いうのは、もうあたらない。
 お医者さん看護士さんの働きを祈る。


2020年2月8日
 月曜の更新が、今日になってしまった。
1日1日が忙しいというか、やることがある。
 段々、新型コロナウイルスの肺炎が広まって
いる。いつ鹿児島に来てもおかしくない。
 アメリカは、客船のアメリカ人を救出するそうで
ある。昔のサンダーバードか何かを思い出す。
いや海底大戦争のスチングレーか。(年がすぐばれる)

 アメリカは市民であることを本当に大切に
するのかも知れない。言行録には、
パウロがローマの市民権をもっていたが故に、
守られて、福音が広まっていった経緯がある。
 日本人の私は最初、さっぱり意味がわからなかった。
しかし、こうして、自国民を救いに来るのである。

 日本も中国を助けられないのであろうか。
帰ってくるの支援は当然であるが、せめて、何か
できることはないのか。
 マスクの輸送も何もない。しかし確か中村哲
先生の本に、品物よりも現地の流通を動かす方が
支援になるのですという箇所があった。日本からは
義捐金が一番良いのかもしれない。

 オリンピックはありますと会長さんが
言われていたが、延期に備えますでも良かった
のでないか。しかし、本当に半年も続くのだろうか。
 それにしても、何もできないが、祈りはできる。

2020年1月31日
 中国の新型コロナウイルスがとうとう
WHOで緊急事態宣言となった。
 日本も各国も、自国民の輸送を始めた。
ただ、帰ってきた人が言っていたが、
中国の肺炎治療を支援するとかは全く言われないのは
当たり前だからであろうか。

 マスク支援でもいいような気がするが、
他の国はどうしているのであろうか。
 カフカの『ペスト』を思い出す。

 ラジオでもし肺炎が納まらないなら、オリンピックも
危ないですという解説者がいた。そのくらい
大変らしい。


2020年1月27日
 教会は日曜登園のために少し多め、
中山は4名であった。

  昨日は、礼拝の後、臨時総会、
愛餐会・誕生会、連絡会、執事会、
伊集院での新春の集いであった。
50人くらいの集いとなる。
 
 夜は、中山夕礼拝となる。
土曜には、幼稚園の研修会がはいる。
 この時期は仕方がない。
 ただ、西南神学部は、今年も、入学者0だった。
いよいよ働き人がいなくなる。
 主に働き人を祈る祈りが少ないので
あろうか。ただただ祈るのみである。
 主よ、働き人を送ってください。

  中国のコロナウイルスは、エゼキエル書を読んでいると
神様の成される審判を思い起こしてしまう。
 エゼキエル14章では、4つの厳し裁きの中に、
疫病がある。エゼキエルでは、主は、国が
主に対して、不信を重ね、罪を犯すなら、飢饉、
悪い獣、剣、疫病の4つのを送る、とされている。
  そして、その時「お前は私が主であることを
知る」とある。中国が何か、主に罪を犯したのが
あるのであろうか。
 むしろ無茶をしているのはアメリカのトランプさんのように
見える。どちららにしろ、裁きは、主に立ち返る
ためにある。
 日本は何か中国のコロナウイルスに対して、
支援できることはないのであろうか。邦人を助ける
ために、飛行機を飛ばすそうである。
 これは当たり前であろう。中国の疫病のために
祈ろう。
 

2020年1月21日
 教会は30数名、中山は4人礼拝であった。
昨日は、月曜礼拝に経営委員会、主日は、
一致祈祷会となる、今日は市民クリスマス反省会。
 その間を縫って、南連合の伝道部の報告と予算
食料デーの予算案を作る。
 平田仮設には今日はいけない。残念である。

 今年も、毎日何か在りそうである。
1日1日である。

2020年1月14日
 教会、中山共にいつもの通りであった。

 新年になっても相変わらず忙しい。
会堂建築があり、仕方ないかもしれない。
ある先生が、体だけは気をつけろと言われた。
 また、会堂建築はやはり若いときでないと
できないとも言われた。
 もう少し、なんとかならんかと思う。

2020年1月9日
 元旦礼拝、新年礼拝と続き、帰省もあって
とうとう、ここに書く時間が今になってしまった。
 やはり段々体が動かず、力が無くなっているのは
否めない。
  年賀状も返事がまだ終わっていない。
これが年をとるということであろうか。
 しかし、神様に赦されている体力と能力で
仕えていくしかない。

 イランとアメリカは戦争しないように、祈るのみである。
相手は「目には目を、歯には歯」を国である。
 中村哲先生の本を読むとよく分かる。
アメリカは、そのことを知ってしているのであろうか。

 ゴーンさんも、どこまでの罪になるのか、今一
ニッサンを私物化したことが、よくわからない。
 取締役で、報酬を200億にしますと決めていたら、
良かったのであろうか。
 とうとう出国の罪になるとか言っている。
その前の段階での問題が、素人にはわからないの
で、妻と会えないという訴えが、非常によく分かる。
 
 マロン派というキリスト教がシリアにあるらしい。
私は、全く知らない。日本だけの小さい教派を連想すればいいの
だろうか。