2020年牧師の週間日記
 つれづれなるままに書いています。
今年は忙しそうです。
 田舎牧師のつぶやきと所感です。
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2021年4月12日
 対応の忙しさが続く。本日は幼稚園の第70回入園式
である。
 70年も主は守り導き支えてくださった。感謝に尽きる。
後は、子どもの保育の課題に答えて、いくのみ
である。
 
 説教等の更新ができないが、ここにこられる方は
もう少し待ってください。本当に済みません。
  

2021年4月2日
 余りにも忙しいので、とうとう強制的に木曜の
休みは何もしないことにした。
 イオンの書店に、『100de災害』という100de名著
の特別版があって、買ってきて、寝ころんで読んだ。
 人間は、自然を克服できると考えることが、
そもそも無理だったのであり、自然と付き合うという
ことが、大切である、と改めて示される。
 1933年の3陸沖地震の津波の事実がきちんとあるのに、
2011年に備えられれなかったのは、なぜか。
 忘却であるとあった。

 また、もう一度自分の人生は計算通りにいかない
ことを、覚悟し、生きることを示される。

 結局、聖書の生き方になるようである。この本で、
キケロとイエス様が全く重なって時代を生きていることも
気がついた。一方はローマ、他方はガリラヤ。
 ネロ皇帝の参謀となって世界を動かした哲学者、
自分が仕えたネロ帝に自殺を強制された哲学者。
 イスラエルの片田舎に御誕生され、ひたすら愛を説かれ、
十字架に殺されたイエス様。
 しかし、その後の歴史は、反転した。

 哲人皇帝マルクスアウレリウスも、キリスト教を迫害するしか
なかった。
  イエス様の教えは、「ただ隣人を愛せよ」。
「恵みによって生きよ。」   これでいいのだ。


2021年3月30日
 多くの方が訪問して下さり感謝です。
できもしないのに、連合会計、食糧デー会計を
引き受けて、今年はコロナで、入手出金の
あり方が、ことなり、決算の仕分けが散々です。
 期待して来てくださる方には、もうしわけありませんが、
 すみませんが、暫くの間、更新できません。
 4月中旬あたりから正常化するかと思います。
 祈ってください。


2021年3月11日
 次々と事が起こり、更新が2週間できず。
来られた方には申し訳ない。
暫くこういうことが続くかも知れない。
 
 東北大地震から10年目である。
 復興とご冥福を祈るしかない。
 主が共にいて下さるように祈るのみである。

 最近、お金の無心が多くて対応できない。
これも主に祈るのみである。
 

2021年2月27日
 今週もまたも、更新できなかった。良く次々と事が起こる。
しかし、有る先生が言われていた。「教会はガタガタしている時が
神様が働いておられる時である。」
 「ガタガタしないときは、悪魔からも見放されていると思いなさい。」
いろいろな勧めがあるが、ふと思い出すことばです。
 
 総務省の接待の話しがニュースになっている。
それにしても7万円夕食接待とはどんな食事であろうか。
そもそも一人で食べきれるのだろうか。余るのだろうか。

 2月19日に書いた貧困層とは年収122万以下と
鹿児島市ではなっている。年収122万以下に7人の内の
1人の子どもがあると言う時代に、1食7万円の接待を受ける
というのは、どういう感覚であろうか。
 官僚(国家公務員の中央官庁の人)達が一番しっているの
はずでないのか。 

2021年2月19日
 今週も次々とあり、ここの更新ができなかった。
 仕方ないことある。
  コロナ感染は大夫収まりつつあるが、変種株が
また広がるとか言われている。

 オリンピックの話しばかりを、テレビはしているが
鹿児島市からバプリックコメントがきて、
読んでみると子供達の7人に1人、
一人親家庭では、2人1人がなんと122万の
年収に暮らしており、貧困家庭の子どもの支えを
どうするかということであった。
 教育、生活、就労、経済支援の4本
柱で支えたいとあった。
 本当は、日本は、オリンピックをしている余裕は 
ないのでないか。そんなことを考えた。

2021年2月8日
 教会、中山共にいつもの通りであるが、
昨日は、午前礼拝も午後礼拝も、人数が少なかった。

 昨日はNHKの番組で、2030年が世界の飢饉の分岐
点になるという啓発番組をしていた。
 今の食料システムでは、何と2030迄に手をうたないと
食糧難がくるそうである。

 なんかにわかに信じられないのであるが、
ふと、食料デーの働きや、YMCAの働きやは、
まさにSDデイーズの働きの中であり、本当に
この働きが大切なのである。
 きちんと学ばないと行けないとあらためて
しめされた。

2021年2月5日
 忙しいのか忘れたのか、ここに書くのを忘れていた。
教会、中山共にいつもの通りであるが、分散礼拝のお願い
が少し、分かっていただいたのか、午前礼拝から午後礼拝に
来られる方が、多くなっている。全体はかわらないであるが、
感謝である。

 緊急事態宣言がでて、少し、感染者はすくなくなっている。
鹿児島は、昨日は3名の感染であった。

 青野先生の本を読んでいたら、神様は、創造されたら
後は、そのままにされたのでないかとあった。 
 確かに地震やコロナ感染やで、神様が全部自分のみ手において
おられたら、神様に非難集中である。摂理信仰が今はむなしい
ことばになっている

 しかしどうだろう。ホロコーストの時、バビロン捕囚の時、
ユダヤ戦争の時、主は、見ておられるだけであったのだろうか。
 恐竜たちが滅んだ、隕石落下の時も、偶然と自然の法則が
それをなしただけであろうか。


2021年1月26日
 教会はいつもの通り、中山は3名であった。
ライブを聴く人は、2名であった。
 
 連盟の宣教部と他の件で話したとき、今年の
教勢報告は大変だと聞いた。
 つまり、3回に分けて礼拝するところは、礼拝のスタッフが
3回出ている。またライブで礼拝を守っている人達は
数えるのかどうか、礼拝者数にいれるのかどうか、がある
らしい。
 コロナ感染はいろいろなことを、問題提起している。
他の教会も大変だろう。
 鹿児島は、実際に来てくれた人とだぶった人を
2つ記録している。でも連盟に教勢報告するときは
どうしたもんだか、注意書きを良く読んでということ
だろうか。

 聖書では、イスラエルの民は、民数記1章では、
100人単位になっている。民数記2章には50人
単位がある。3章には一桁人まである数字がある。
 どう理解したらいいのかわからない。
 コロナ感染はいろいろな課題を突きつけている。

2021年1月19日
 昨日は朝からめぐみ会、その後、建築委員会と
更新する時間が無かった。
 17日の礼拝は、朝の礼拝、午後の礼拝、
さらに中山夕礼拝と3つであった。
 中山が、最近はいつも2人であるが、
ライブ配信を見てくださる方が数名あって、
これに力付けられて成している。

 コロナ感染は段々酷くなる一方であるが、
山中神弥先生のHPをみると県別の感染者数に一喜一憂するので
なくて、重症の方の数や人口当たりの感染者に
注意されたらいい、とあった。
 鹿児島をみると下から7番目くらいにあり、
鹿児島は東北の秋田、青森、岩手のレベルらしい。九州で
いうと熊本あたりが大変である。

 数字もいろいろな見方があるのである。
 ここのところさっぱり本が読めない。
  昨日は、YMCAのリモート運営委員会もあったが、
皆80才に近い方、越えたが方が多くなって、
年頭の感想を話されていたが、「活字を読むのが
苦痛になりました」と言われた方が3名あったので、
本を読めるのも、80までなのだろうかと思った。
 大変な時代になって、自分もそうなって
くるようである。


2020年1月12日
 10日の礼拝は、短縮主の晩餐をする。
袋入りのパンもだんだん慣れてきた。
 中山は2名であるが、中山礼拝ライブを3人が聴いて
おられる。誰だかわからないが、つい力が入って
くる。
 教会礼拝後に、執事等選挙総会をする。2021年の執事
監事は決まる。感謝である。
 後は、会堂建築の主の導きをいのるのみである。
ただただ祈るのみである。

 東京、関東に続き、関西地方も緊急事態宣言を出される
そうである。一旦全国の緊急事態宣言になるのだろうか。
昨日は、鹿児島は18人であった。鹿児島は少し
落ち着いているようではある。
  
2021年1月4日
 昨日の礼拝は、教会が20名足らず、中山は2名であったが、
ライブを聴いている方が、2名あった。時々3名になった。
まだ、お正月で礼拝にはこれないのであろう。

 2021年が開けた。新聞テレビの言うとおり、コロナ感染の
すごい中にある。鹿児島も1000人を越した。
東京は大晦日に1000人罹られたようである。
 この先さっぱり読めない。

 ただ、ラジオで県別の人口密度の話しをしていたが、
やはりこのコロナ感染は、人口密度とほぼ比例している
そうである。
 密になると感染が増すのである。