花の歳時記

2006

睦月・如月・弥生・卯月

ヒガンバナ科の多年草。早春に、鱗茎(りんけい)から一本の花茎を出し、白や黄色で中央に副花冠をもつ花を横向きにつける。葉は根生し、平たい線形。耐寒性で栽培に適し、観賞用とする。らっぱ・口紅・房咲き・八重咲きスイセンなどの品種がある。主に地中海沿岸地方の原産。本州以西の海岸に自生するものは、野生化したものといわれる。《季 冬》「水仙や寒き都のここかしこ」蕪村

睦月の花

「水仙のそっぽ向いてる蕾かな」

花は光に向かって咲く本能からソッポを向いている蕾を見つけるのに苦労する。                 

ラッパ水仙です!

やっぱり芽出し時が好い〜♪
冬時の頃はさらに!

夏水仙(ナツズイセン)ヒガンバナ科ユリやキスゲに似ている、
葉はやっぱりヒガンバナ科の彼岸花の特性を持つ。

「 一斉に 海を向いてる 野水仙 」

だいたい、大山や丹沢の山並みがよく見えるのは珍しくないのだが今朝は真っ白の雪をかぶった富士山まではっきり見えた。〜東名を厚木で降り小田原に向かい熱海を通って久々に、伊豆半島の東側海岸線を走ったが最高だった大島は街並までよく見えた利島、新島、式根、神津…遠くかすんで三宅島も見えた、御蔵島は?視界良好、いやこの上なしだ!伊東、川奈を過ぎ最初の目的地<一碧湖>に着いたのが10時40分朝が早かったんで此処で昼食…此処から更に調子に乗って伊豆半島の先端、石廊崎を目指して南下・・大瀬で花摘に挑戦、と云っても千葉の花摘みのような訳にはいかない..
きた道を下田方面に引き返して、お目当ての <爪木崎>
須崎半島の先端にあって沼津から移転した須崎の御用邸の脇を過ぎると、真っ白い大きな灯台..なだらかな斜面が海まで続く・・その斜面東側弓形に膨らんだ内ふところ一杯に300万本の野水仙,はやる気持ちを抑えて尾根づたいに灯台まで歩いてみる…

何かと云うと野山を好んで徘徊するがやっぱ海もいいもんだと思う一度は行って見たい(きっと行けずに終わると思うが…)インド洋と大西洋が交わるケープタウンの希望峰〜こんな感じ?勿論そのスケールは比じゃないとしても何だか、ふ〜とそんな気にさせられた… … 「水仙の ゆれて海えと 続きけり」
尾根道は椿、カヤ、ハマユウ〜斜面にはイソギクとツワブキ〜手に手を取ってスクラムをがっちり組み潮風に立ち向かのようだ群がると言うよりは蔓延(はびこ)るような格好で群生していた・・浜辺に降りて振り仰げば斜面一面、野水仙!浜、一面、野水仙!時期が少し10日ばかり遅かった様で咲ききった姥水仙?…それでも、むせ返るような姿勢の正しい匂(そんな匂あったっけ?)〜好き嫌いは別にして〜媚を売るような、誘うような甘い香りではないことは確かなのだが花8分が良い!水仙は蕾も格別なり、花8分蕾2分が好い!
「 水仙の そっぽ向いてる 蕾かな 」                平成15年1月21日




梅 バラ科

「鶯宿梅(おうしゅくばい)」の故事  平安時代、村上天皇は御所清涼殿の梅が枯れたのを知り、
紀貫之の娘の庭にある美しい紅梅を移植させようとしたそうです。
ところがこの梅を大切に育ててきた彼女は悲しみ、この歌を書いた短冊を枝につけて献上したとのこと。
その歌には、「恐れ多くも天皇のご命令ですから、私はこの梅を献上いたしますが、
この梅を住処とする鴬がまた今年も飛んできて『私のお家はどこ?』と聞いてきたら、
私は何と答えればよいのでしょう」という意味が込められており、

その風流に感動した天皇はその梅を「鶯宿梅」と名付けて元に戻したと伝えられています。

「勅なればいともかしこし鶯の
 宿はと問はばいかが答えむ」

東風吹かば にほひおこせよ梅の花
   あるじなしとて春なわすれそ

 「飛び梅伝説」
菅原道真が太宰府へ左遷された際、京の邸宅の紅梅殿の梅に、この句を詠んで別れを惜しんだ有名な話ですね。
京に残された梅は主人を慕って、花開いた枝を大宰府まで飛ばした!飛んでいった梅の枝はそこに根づき、「飛び梅」と呼ばれて大宰府天満宮で毎年花を咲かせたという。

「飛び梅と羽根木公園」
爺の店から徒歩3分の処に羽根木公園がある。なんと!此処に「飛び梅がある!」平成7年に太宰府天満宮から送られてきたそうです。まだまだ幼木ですが他の梅と違って柵の中に特別待遇で咲いている。
左:羽根木公園の飛び梅、右:太宰府天満宮の飛び梅
「外にもでよふるるばかりに春の月」
中村汀女の歌の碑もある。。

「えっ!アーモンドってこんな花なんだぁ〜♪」

おまけです?
桜や梅と同じバラ科なんですね〜♪
英語で「アーモンド」仏語で「アマンド」
ケーキやチョコレートの中に入ってる実は
果肉の中の実、更にその中の仁の部分です。
梅干の種を割った時出て来る「ほとけ様」部分!

毎・苺・海・晦・敏・繁のように梅も「母」と一緒なんだね〜♪

弥生の花

「桃栗三年柿八年、後家は一年、梅梨林檎が十八年、蜜柑の大馬鹿二十年   柚子ののろまは二十と五年 あなたと私は一生よ〜♪」

これは我々の先祖が長い自然との体験で見につけた知恵であり口碑でしょう。
「桃栗三年 柿八年」はその一部分だけを切り取って伝わっているのです。

春は名のみの 風の寒さや
谷の鶯 歌は思えど

時にあらずと 声も立てず
時にあらずと 声も立てず

氷解け去り 葦は角ぐむ
さては時ぞと 思うあやにく
今日もきのうも 雪の空
今日もきのうも 雪の空

春と聞かねば 知らでありしを
聞けば急かるる 胸の思を
いかにせよとの この頃か
いかにせよとの この頃か

早春賦(そうしゅんふ)

モモ(桃)  バラ科

左の写真は「源平桃」です。同じ枝に色の異なる花がつくのは他の植物にもありますが,これは一般的には「キメラ」と呼ばれます。同じ植物体に遺伝子の異なる細胞が混じっているのでこのようなことになります。キメラの例はサツキ(皐月)にも見られます。
キメラの語源はギリシャ神話に登場するライオンの頭にヤギの胴体、ヘビの尻尾を持つ生物である。

「源平の咲きそめてはや咲き分れ」鈴木花蓑

「ふだん着でふだんの心桃の花」細見綾子

「野に出れば人みなやさし桃の花高野素十

弥生の花

山地に自生しており、早春の妖精とも言われ、
斑のはいった特徴ある葉を展開し可憐な花を咲かせる。

初夏には葉を失くし球根のまま来年の春まで休眠します。一年間の内、春の数ヶ月しか地上に姿をあらわさない。
このようなライフサイクルは落葉広葉樹帯に於ける環境に良く対応しているようです。
カタクリは片栗であり、地下数十cmほどの深い場所に球根を作りその球根から片栗粉が作られる。
ヨーロッパでは 「スプリング・エフェメラル“春のはかない命”」と  呼んでいるエフェメラとは「かげろう」のこと。

片栗(カタクリ) ユリ科の多年草

←左の写真に松葉状の細いものが二本見えると思いますが、これが一年目の葉だそうです、2〜3年で同じ写真の左下隅のような小さな片葉になり、同じ写真の右側のような大きさになり、やがて双葉になって6〜7年でやっと花を咲かせるそうです。

失礼して?そっと下から覗いてみて下さい。
インナーもちゃんとお洒落しています〜♪

白花もあります!
四葉のクローバー
のように見つけたら
幸せになれるかも?
探してみてください!

黄花カタクリ

「おてんばの乙女の如くカタクリは 裾跳ね上げし花衣かな」野翁

「群がれどカタクリの花身を寄せず」野翁

「虫さん、ここよ〜♪」

PS;吾がふるさと新潟の城山(裾野から中腹まで)に一面見事な片栗の群生地が有ります。
   今年も訪ねてみたいと思っています。此処で報告しますね〜♪

「かたかごの 花や越後に ひとり客」  森 澄雄