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日本鳥類保護連盟 機関誌 「私たちの自然」 連載記事
第3回 どんな魚や貝がいるのだろう
進東健太郎
 
 わが国における湿地は各地で消滅しつつあり、また良好な湿地環境も急速に失われてきています。蕪栗沼は低地性湿地の原風景を今もとどめている数少ない湿地のひとつです。ここはマコモやヨシ、ヤナギなど水辺によく見られる植物が繁茂し、水禽類などの良好な生息地となっています。今回は、蕪栗沼に生育している植物を紹介しながら、今後の植生の維持管理について考えてみたいと思います。(編注:ここで紹介しているのは「蕪栗沼」の植物であり、湿地復元後の「しらとり地区」の植物は含まれていません)
 
 調査で歩いてみると

 
 「沼」と聞くと、多くの人は水面が広がっている風景を思い浮かべるかと思います。しかし蕪栗沼は、西側堤防の上から見ても広い水面は見当たらず、一面植物に覆われています。いったい蕪栗沼とは、どのようなところなのでしょうか。まずは、調査で蕪栗沼に入ったときの様子を紹介することにしましょう。

 北西側堤防から蕪栗沼に入り、ヤナギ林を左手に見ながら川沿いを南へ進みます。ここは、蕪栗沼の北西側から流入している小山田川が急に南へ流路を変えている場所で、土砂が堆積しやすく川より一段高くなっています。土も乾燥気味でヤナギが川に沿って帯状に生育し、草丈の低いクサヨシなどが地面を覆っています。 

 南東へ向かって歩いていくと急に視界が広がり、丈の低い草本類が地面を覆っています。一見単調な草原にみえますが、よく見るとさまざまな種類の草本類が小さい群落を形成しながら生育していることに気づきます。一面に広がる草原に、遠く加護坊山の丘陵も見え、まるで北海道の湿原にいるかのようです。
 

写真1 東側堤防から見た蕪栗沼。水面の対岸に湿生植物が繁茂している。
1996.9.21

 さらに奥へ進んでいくと、地面がだんだん湿ってきます。ところどころにショウブ群落が生育しています。ショウブのさわやかな香りを感じながらさらに進んでいくと、目の前に背丈よりちょっと高い植物が壁のように広がっています。マコモの群落です。この中にかき分けて入ってみると、地面がぬかるんで足がだんだん沈むようになり、とても歩きにくくなってきます。さらに進むと、地面は完全に水に浸り、急にマコモ群落が切れてやっと目の前に水面が現れました。水面はあまり広くなく、水深はかなり浅そうです。離れたところにも別の水面が見え、これらは細い水路でつながっています。

 こうして歩いてみると、蕪栗沼は「沼」というより「草原・湿原」に近い環境であることがわかります。蕪栗沼は湿生植物が非常に豊かで、しかも水際からやや乾燥した場所への生育する植物種の変化をみることができる数少ない貴重な場所なのです。
 

 まずは基礎データ

 
 これまで、蕪栗沼における植物調査はほとんどなされてきませんでした。唯一、『日本の重要な植物群落東北版2』(1988年、環境庁編)に、岩手大学名誉教授、菅原亀悦先生が調査された記載があるのみです。それによれば、蕪栗沼は「沼全体が水生植物や湿生植物に覆われ、宮城県に広く展開する水田地帯の昔日の自然の面影を残している唯一の場所として極めて貴重である」と記されています。

 私たちは、蕪栗沼を基本的な部分から知るために、ここにはどのような植物(植物相)が生育しているのか、またどのような植物群落(現存植生)が発達しているかを把握することが不可欠であると考え、菅原先生のほか、宮城教育大学の平吹喜彦助教授(植物生態)のご指導を得ながら、1996年秋から蕪栗沼の植生相と植生調査を始めました。調査期間が約1年間で、まだ蕪栗沼全体を把握したわけではないのですが、これまでの調査で得られた知見を以下に紹介します。

 蕪栗沼の植物相については、未調査の部分や時期があるのですが、現時点では表1に示したとおり66種が確認されています。

 

 蕪栗沼の植生の分布をみるとき、大きく開放水域、マコモ群落、ヤナギ群落、ヨシ群落、湿生草本群落の5つに分けることができます。図1は、この5つのタイプの分布範囲を地形図に示した現存植生図です。この植生図は1991年に撮影された空中写真を基に、現地調査の結果を加味して作製しました。

【開放水域】
 開放水域は常に水がある区域で、植生図では沼および河道の部分を示しています。これまでの調査では、開放水域にはヒシやヒツジグサなどの浮葉植物や水中で生育するクロモやフサモなどの沈水植物はまったく確認されていません。これは蕪栗沼のひとつの特徴となっています。

【マコモ群落】
 植生図に示されているように、マコモ群落はおもに開放水域を囲むように分布しています。また沼の北側と西側には団状にみられますが、そこはもともと開放水面があったところのようです。この群落は組成が非常に単純で、草丈2メートル前後のマコモが密生または疎生し、場所によってはわずかにホソバイヌタデ、イボクサなどが混生しています。
 マコモは根元の部分が水に沈む程度の浅水域だけに生育することができる抽水植物で、蕪栗沼においては開放水面の前線はほとんどマコモで覆われており、他の種はまったくといってよいほど見ることができません。

【ヨシ群落】
 ヨシもマコモと同様に抽水植物で、蕪栗沼においてはマコモより水深の浅い場所から湿潤な場所まで広く生育しています。ヨシ群落は沼の南側半分に広く分布しているほか、北側にもややまとまって生育しています。この群落は草丈2〜4メートルになるヨシが密生し、他種はほとんど生育していません。

【ヤナギ群落】
 蕪栗沼には植生高が2〜3メートルのヤナギ低木群落と6〜8メートルのヤナギ高木群落があり、ここではそれらを合わせてヤナギ群落としています。ヤナギ類はおもにタチヤナギとオノエヤナギで、数は少ないですがシロヤナギも生育しています。
 ヤナギ高木群落は沼の北側や小山田川左岸沿いにベルト状に小面積で分布しています。この群落は高さ6〜8メートルのタチヤナギが優占し、場所によってオノエヤナギが多くみられます。これらにはエビヅルやゴキヅルなどのツル植物が絡みついています。これらの下にはクサヨシが多く生育しています。
 ヤナギ低木群落は高木群落とは異なり、沼の中央部から北西側にかけて広く分布しています。この群落は2〜3メートルになるタチヤナギが優占し、これに混じってカナムグラ、ゴキヅルなどが目立っています。これらの下層にはクサヨシが多く生育します。

【湿生草本群落】
 上記3群落とは異なり、特定の種類で均一に覆われているのではなく、さまざまな種類の草本が各々小面積を優占し、それらがモザイク状に分布している地域を湿生草本群落としました。この群落では各々の優占種が表層を密に覆ってしまうため、種組成が非常に単純になる傾向があります。
 小群落の優占種としては、ミゾソバ、イボクサ、ショウブ、ウキヤガラ、ツルアブラガヤ、クサヨシ、オギなどが確認されていますが、これらは土壌の湿めり具合によって住み分けているようです。クサヨシ群落はヤナギ群落に隣接していることが多く、比較的乾燥しやすい場所に分布していますが、ミゾソバやショウブ、オニナルコスゲなどが優占する群落は、水があってジュクジュクしているところにみられます。
 


図1 蕪栗沼の現存植生図



図2 1985年頃の植生図
 蕪栗沼の植生の特徴は?

 
 蕪栗沼の過去の空中写真を見てみると、時間的な植生変化にはいくつかの特徴がみられます。まず、マコモ群落の被覆面積や開放水域の面積が時間の経過とともにどんどん減ってきていることです。これは、枯死した植物遺骸の堆積や定期的な洪水で年々運搬されてきた土砂の堆積によって沼底が上昇してきていることと、近年行われた小山田川の河道拡幅などによる相対的水位の低下などが原因と考えられます。また、過去の空中写真には、水鳥を撃つためにハンターが掘った「おとり池」がたくさん写されており、これが非連続の水面となってマコモ群落の発達に寄与していたと考えられますが、現在はそうした小規模な「浚渫」が行われていないため、マコモ群落が発達しないのではないかとも考えられます(編注:1985年当時の空中写真を元にした植生図を上に載せました。沼の陸地化の様子(開放水域だったところが)を垣間見ることができます)。

 一方、沼の南側に広く分布しているヨシ群落は、年を経ても前線の位置はほとんど変わっておらず、長い間分布をあまり拡大していないことがわかります。

 また前述のとおり、現在のところ蕪栗沼の水面では浮葉植物や沈水植物はみつかっていません。蕪栗沼の北約8キロのところにある伊豆沼が、ハスやガガブタなどの浮葉植物に覆われているのとは対照的です。実は、蕪栗沼は大雨が降るたびに沼全体が水没する遊水池で、水位は多いときで3〜4メートル近くも上昇するのです。このような大きな水位変動が年に数回あるので、浮葉植物や沈水植物が定着できないのではないかと考えられます。また、蕪栗沼は伊豆沼より滞水時間が短く、水質が悪化しにくい(富栄養になりにくい)と考えられるため、ハスやガガブタなどの生育には不向きなのかもしれません。
 

 マコモを維持するためには

 
 マコモは地下茎に豊富にでんぷん質を蓄えるため、ガンやハクチョウなどの重要なエサ資源となっています。水面は彼らの休息場所でもあります。この観点からも、蕪栗沼を乾燥化・陸化させることなく維持し、将来的にかつてのようなマコモが広く生育できる環境を取り戻していくためには、総合的な湿地管理計画を考えなければなりません。その中でも植生管理は重要な課題のひとつです。

 マコモが広く生育できる環境を取り戻していくためには、水面を確保・拡大し、マコモを維持・増殖していく必要があります。したがって定常的な流入量を今後も確保し続ける必要があります。合わせて、土砂の流入量を抑制する対策も考えなければなりません。かつての「おとり池」のような小規模な部分浚渫の必要性も議論すべきです。

 

写真2 マコモ。盛夏の頃に穂を出す。
1997.8.23

 沼の半分近くを覆っているヨシ群落に手を加えていくことも必要でしょう。ヨシは陸化を促進する作用も持っているため、部分的にヨシを除去し水面やマコモ群落を拡げていきたいところです。

 ところでスウェーデンでは、完全にヨシに被覆されてしまったHornborga湖を、元の広い水面を持つ湖に復元した事例があります(Sven bjork,1994)。この際に用いられたヨシの除去方法は、まず地上部を刈り取り、さらに堆積しているヨシ遺骸を取り除き、トラクターで地下茎を細かく切断しながら耕して除去した後水を張るという、とても根気のいるものでした。しかし蕪栗沼でも同じまたはそれに近い方法でヨシを管理できれば、より理想的な湿地管理を行えるはずです。

 今年も蕪栗沼にガンやハクチョウが渡ってくる季節になりました。私たちは、蕪栗沼という湿地環境の原風景を後世まで残し、そこに住む多様な生物の生息環境を維持していきたいと考えています。そのためにもさらに植生調査をすすめ、蕪栗沼遊水地全体を見すえた湿地管理計画のための基礎データを蓄積していきたいと思います。
 

 引用文献
 
環境庁,1988.日本の重要な植物群落.東北版2.大蔵省印刷局.
 
Sven bjork,1994. Treatment of overgrown shallow lakes - macrophyte control:Lake Hornborga,Sweden. Restoration of Lake Ecosystems. IWRB Publication 32.
 
 執筆者プロフィール

 
阿部功之(あべ・よしゆき)

 1971年宮城県生まれ。宮城教育大学卒。東北緑化環境保全(株)勤務。本職は植物だが、週末はグッピーの世話に余念がない。(編注:最近はトンボばかり追いかけています。)

香川裕之(かがわ・ひろゆき)

 1972年東京都生まれ。東北大学理学部卒。日本雁を保護する会会員。阿部の同僚で、本職は鳥類調査。日々野山を巡る。