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日本鳥類保護連盟 機関誌 「私たちの自然」 連載記事
第7回 蕪栗沼のゼニタナゴ
進東健太郎
 
 タナゴという魚がいます。一見フナ類に似ていますが、正面や上から見るとフナ類よりもスマートで、大きさは4〜12センチ程度の小魚です。コイ科タナゴ亜科に分類され、日本には現在15種(または亜種)のタナゴが生息しています。
 タナゴ類は二枚貝の中に産卵するという特殊な生態をもっています。産卵期のメスは二枚貝に卵を産みつけるための産卵管が伸長し、二枚貝の鰓葉内に卵を産みつけます。それと同時にオスが放精し二枚貝の中で受精します。産みつけられた卵は、貝の中で孵化・成長し貝より泳出します。
 蕪栗沼にはタイリクバラタナゴ・ゼニタナゴ・カネヒラの3種が生息しています。その中のゼニタナゴは、日本固有種で関東から東北地方にかけてしか生息していません(目次カラー写真)。ゼニタナゴは近年関東地方では水質の悪化や生息地の減少、産卵基質となる二枚貝の減少などにより姿を消しつつあります。そこでゼニタナゴは存続基盤が脆弱なためレッドデータブックの希少種に指定されています。そのようなときに蕪栗沼で希少なゼニタナゴの生息が確認されたことは、重要な生息地が増えただけでなく、蕪栗沼での調査研究が他の生息場所での保護・保全にも役立つことを意味します。
 今回は蕪栗沼でのゼニタナゴの生活や移入種との競合関係、これからの蕪栗沼におけるゼニタナゴの将来について考えてみたいと思います。
 
 ゼニタナゴの生活

 
 タナゴ類の多くが春に産卵するのに対しゼニタナゴは秋に産卵します。秋産卵のタナゴ類はゼニタナゴのほかにはイタセンパラやカネヒラがいます。

 産卵期を迎えたオスは婚姻色が現れます。タナゴ類は種類によってさまざまな婚姻色が現れます。ゼニタナゴは朱紅色を中心に、ヒレに白や黒といった印象的な婚姻色が現れます。メスは二枚貝に卵を産みつけるため、金魚のフンのような産卵管が伸びてきます。最大伸長時には尾びれの先より長くなります。

 成熟したオスは二枚貝の周囲になわばりをつくり、近づいてきたほかのオスを追い払います。メスは成熟すると、オスに誘われるようにして産卵するための二枚貝に近づき、産卵の準備が始まります(写真1)。

 ゼニタナゴの産卵は9月ごろから始まり、11月ごろまで続きます。タナゴ類が産卵に利用するイシガイ科の二枚貝のうち、蕪栗沼にはイシガイ・ドブガイ・マツカサガイが生息しています。その中でも蕪栗沼のゼニタナゴはおもにイシガイに産卵し、ごくまれにドブガイにも産卵します。

 メスは成熟し伸長した産卵管を二枚貝の出水管に差し込み鰓葉内に卵を産みつけ(写真2)、オスは出水管付近で放精し二枚貝内で受精します。その後、卵は貝の中で孵化し、一見ウジのような仔魚という状態で発生が止まったまま越冬します(写真3)。そして水温の上がる4月中・下旬ごろから再び発生が進み、目やヒレができ、5月中旬以降貝より泳出します。タイリクバラタナゴ(写真4)などの春産卵のタナゴ類は産卵してから1か月前後で二枚貝より泳出しますが、ゼニタナゴは約7か月も貝の中にいるわけです。

 貝より泳出した仔魚は、遊泳力がつくまで水際の浅い場所の表層で小さな群れを作ります。少し大きくなり遊泳力のついた稚魚は、中底層へと生活場所を変えます。その後の蕪栗沼での生活はよくわかっていません。中層へと生活場所を変えたころから蕪栗沼の中ではあまりゼニタナゴを見ることができないことから、少し別の場所へ移動しているのかもしれません。そして産卵期を迎えると、再び蕪栗沼にやってきて産卵を行うものと思われます。
 



写真1 ゼニタナゴの産卵行動。
オスがメスを呼び寄せ産卵をうながす。手前がメスで、奥がオス。


写真2 ゼニタナゴの産卵の瞬間。
メスが貝に産卵管を差し込んだところ。奥でオスが見守る。

 イシガイに産卵する理由

 
 ゼニタナゴは蕪栗沼ではイシガイ(写真5)に産卵します。一方蕪栗沼より約8キロ北に位置する伊豆沼では、イシガイのほかにドブガイやカラスガイにも産卵しています。ではなぜ同じゼニタナゴで利用する二枚貝の選択性にちがいがあるのでしょう。くわしいことはまだまだわかっておらず、今後調査しなければなりませんが、産卵に利用する二枚貝が異なるのは、産卵場所の環境に大きく左右されているのではないかと考えられます。

 蕪栗沼は水位の変動が激しく、秋以降は大雨でもない限り水位はかなり下がってしまいます。場所によっては産卵場所でも水がなくなることがあります。一方、伊豆沼は秋でも水位が急激に下がることはあまりなく、一定の水位が保たれています。これらのことがゼニタナゴが産卵に利用する二枚貝の選択性のちがいになっているのではないかと思われます。

 ゼニタナゴはなぜ水位が低下する場所ではイシガイを、水位が安定している場所ではイシガイのほかにドブガイやカラスガイを利用するのでしょう。それは各々の貝の運動能力にちがいがあるためではないかと思われます。
 イシガイは氾濫原などの水深の浅い場所に多く生息し、ドブガイやカラスガイはイシガイよりも水深が深く安定した水域に生息しています。イシガイは水位が下がると水を追いかけるように底層を移動します。水位が下がったときには、川や沼の岸近くの底にイシガイが水のあるほうへ動いた跡をよく見かけます。しかしドブガイやカラスガイは、水位が下がるとイシガイとは異なり泥などの中に潜ろうとします。そのために急激な渇水が起こったときには、底層に潜ったまま死んでしまったドブガイやカラスガイをよく見かけますが、イシガイの死亡個体はあまり見かけません。

 ゼニタナゴの卵は、水位変動が激しく、水面が干出することも多い蕪栗沼で、約7か月間も貝の中で生活しなければなりません。蕪栗沼でゼニタナゴが好んでイシガイに産卵するのは、水位低下に対して適応力を持つこの貝を選ぶことにより、種を維持しようとするためと思われます。同様な傾向は淀川に生息し、同じ秋産卵のタナゴで天然記念物のイタセンパラにもみられます。一方、伊豆沼では秋以降でも渇水することはないためドブガイやカラスガイにも産卵するのではないかと考えられます。以上のことはまだくわしくは調査されていません。これからの調査で詳細を明らかにしていきたいと思います。

 



写真3 イシガイの中で越冬するゼニタナゴの仔魚。
少し発生が進み、目ができてきている。


写真4 タイリクバラタナゴ。中央上下がメス。


写真5 蕪栗沼で採集したイシガイ。
ゼニタナゴやカネヒラが産卵に利用する。
 カネヒラとの競合関係

 
 最近東北地方ではカネヒラが生息場所を拡大しています(写真6)。カネヒラはもともと琵琶湖淀川以西に生息していましたが、おそらく釣り魚のゲンゴロウブナ(ヘラブナ)などの放流魚に混じり増えたものだと考えられます。このカネヒラは現在蕪栗沼では、ゼニタナゴよりもかんたんに採集することができるくらい多く生息しています。

 ゼニタナゴ、カネヒラの両者は産卵期が同じで、イシガイに産卵するため、競合関係にあります。オスは産卵期になるとなわばりを持ち、ゼニタナゴとカネヒラは同じ時期に同じ産卵基質となる二枚貝を奪い合うことになります。そのとき強いものが貝を優占します。
 カネヒラは本来の生息地以外にも生息地を広げ、ゼニタナゴは生息地や生息数などが減少していることなどから、カネヒラのほうが強くゼニタナゴのほうが弱いと考えられます。産卵期を迎えオスがなわばりをもったとき、「弱い」ゼニタナゴは「強い」カネヒラに追い立てられ、産卵ができなくなるかもしれません。

 このままだと蕪栗沼のゼニタナゴはその生息地や産卵場所を移入してきたカネヒラに奪われてしまう恐れがあります。今後蕪栗沼ではカネヒラとの競合関係を考えながら調査を続けていくことが必要と思っています。
 



写真6 蕪栗沼では移入種のカネヒラのオス。
 今後の蕪栗沼におけるゼニタナゴ

 
 蕪栗沼に生息するゼニタナゴは、カネヒラの移入により減少してしまう可能性があります。まずカネヒラとの関係を調査し、対策を考えていくことが重要です。 また蕪栗沼におけるゼニタナゴについては稚魚期の生活、産卵後の生活など、まだわからないことがたくさんあります。これらを把握する調査を続け、そのうえでゼニタナゴが生息できる条件を維持する方法を考えていかなければいけないと思っています。

 その一方で蕪栗沼以外の場所に新たなゼニタナゴの生息場所を確保できる可能性ができました。蕪栗沼に隣接し、沼へ復元されつつある白鳥地区水田跡地(第5回参照)を、ゼニタナゴの新たな生息地にしたいと考えています。もちろんゼニタナゴだけでなく、産卵基質となる二枚貝や他の魚、ガンなど多様な生きものの生息できる場所として、利用できるようにすることも必要です。
 この水田跡地をゼニタナゴの生活場所とするためには、安定した水面を作ることが必要です。この安定した水面が確保できると、今まで蕪栗沼でゼニタナゴが利用しなかったドブガイが、産卵基質として利用されるようになるかもしれないからです。先に述べたように安定した水面がある伊豆沼では、ドブガイなどが産卵に利用するので、白鳥地区でもその可能性があると考えられます。 本当にこの計画が成功するかどうかは、実際に白鳥地区で実験を行ってみないとわかりませんが、ここがゼニタナゴの産卵場所・生活場所となるように努力していく価値はあると思います。

 この蕪栗沼にいつまでもゼニタナゴの姿が見られるように、また白鳥地区がゼニタナゴをはじめさまざま生物の新たな生息場所として保存されるよう願っています。そのために、これからも調査研究を続け、多様な生物の生活場所として自然豊かな沼を後世まで残せるよう、努力していきたいと思います。

 執筆者プロフィール

 
進東健太郎(しんどう・けんたろう)

1973年兵庫県生まれ。北里大学水産学部卒。日本雁を保護する会会員。最近田尻町の蕪栗沼のすぐそばに移住。ますます蕪栗沼とつきあえるようになった。ゼニタナゴの調査を行いながら仲間と共に蕪栗沼の将来を考えている。