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日本鳥類保護連盟機関誌「私たちの自然」連載記事
第10回 ガンカモ類
戸島 潤
 
 蕪栗沼は干拓を免れた約100ヘクタールの台形状の河川敷と、1997年に水田としての利用に終止符が打たれ,現在は湿地への復元過程にある白鳥地区約50ヘクタールによって構成されています。ヨシ、マコモ、ヤナギが繁茂する豊かな湿地環境は、春秋はシギ・チドリ類や小鳥類の渡りの中継地となり、夏はサギ類やオオバン・カイツブリなどの水鳥が繁殖し、冬には越冬地・中継地として多くのガンカモ類が蕪栗沼を利用しています。記録された鳥類は214種で、このうちガンカモ類は27種(*1)。この中には天然記念物に指定されているマガン、ヒシクイ(亜種オオヒシクイと亜種ヒシクイ)、コクガンの3種(4亜種)すべてが記録されており、また絶滅の恐れがある環境庁の「レッド・リスト」に記載されている12種(13亜種)のうち8種(9亜種)が確認されています(表1)。そして現在もっとも注目されているのは、冬期にガン類の重要な生息地となっていることです。
 
表1 ガンカモ類の確認種
種(亜種)名 学   名 環境省レッドリスト 天然記念物
カナダガン※ Branta canadensis 絶滅危惧1A類  
コクガン Branta bernicla 絶滅危惧2類
マガン Anser albifrons 準絶滅危惧
カリガネ Anser erythropus    
ヒシクイ Anser fabalis  
(オオヒシクイ) A .f. middendorfi 準絶滅危惧  (○)
(ヒシクイ) A. f. Serrirostris 絶滅危惧2類  (○)
ハクガン Anser caerulescens 情報不足  
サカツラガン Anser cygnoides 情報不足  
オオハクチョウ Cygnus cygnus    
コハクチョウ Cygnus columbianus    
(アメリカコハクチョウ) C.c.columbianus    
(コハクチョウ) C.c.jankowskii    
オシドリ Axi galericulata    
マガモ Anas platyrhynchos    
カルガモ Anas poecilorhyncha    
コガモ Anas crecca    
トモエガモ Anas formosa 絶滅危惧2類  
ヨシガモ Anas falcata    
オカヨシガモ Anas strepera    
ヒドリガモ Anas penelope    
アメリガヒドリ Anas americana    
オナガガモ Anas acuta    
シマアジ Anas querquedula    
ハシビロガモ Anas clypeata    
ホシハジロ Aythya ferina    
スズガモ Aythya marila    
キンクロハジロ Aythya fuligula    
ホオジロガモ Bucephala clangula    
ミコアイサ Mergus albellus    
カワアイサ Mergus merganser    
※蕪栗ぬまっこくらぶでは、日本雁を保護する会にならい、種カナダガンと表記しています。カナダガンには複数の亜種が知られ、蕪栗沼には亜種シジュウカラガンや亜種ヒメシジュウカラガンなどが渡来しているとみられています。
 蕪栗沼のガン類はどこから

 
 蕪栗沼を利用するおもなガン類は、マガンとヒシクイ(亜種オオヒシクイ)です。
 マガン(写真1)は全長65〜78センチ、体重1.8〜2.5キロの中型のガン類で、全体的に灰褐色、ピンクのくちばしに白い額と腹の不規則な黒班が特徴です。おもに北極圏のツンドラ地帯で繁殖、アジアで繁殖する群れは日本、中国、韓国などで越冬します。日本に渡来するマガンは最近15年で急増し6万羽を越えました(*2)。このうちの約80%が伊豆沼・蕪栗沼を中心とする宮城県北部の水田地帯で越冬しています。渡りのルートは人工衛星を用いた渡りの経路追跡や標識観察記録によって徐々に明らかにされ、国内で伊豆沼・蕪栗沼→八郎潟・小友沼→ウトナイ湖→宮島沼と移動したのち、一気にカムチャツカ半島まで飛び、ベーリング海に面したロシアのコリヤーク地方まで達することがわかっています。
 オオヒシクイ(写真2)は全長90〜100センチ、体重3〜5.3キロの大型のガン類でマガンと似ていますが、くちばしが黒くて長く、先端部にオレンジ色の部分があり、腹の黒班がないのが特徴です。ロシアの森林ツンドラやタイガを繁殖地とします。日本で越冬するオオヒシクイはサハリン、北海道経由および千島・道東経由でおもに日本海沿いに琵琶湖まで南下しますが、くわしい繁殖生態はまだわかっていません。
 


写真1 マガン
(撮影:進東健太郎)


写真2 オオヒシクイ
(撮影:進東健太郎)
 マガンとオオヒシクイの生活

 
 マガンは日中、蕪栗沼の周辺に広がる広大な水田地帯に分散し、落ち穂やイネ科の雑草を食べています。日が沈むころになると水田を飛び立って鳴き交わしながら数羽から数百羽の雁行をつくって沼に向かいます。四方八方から集まった数千羽のマガンが沼の上空で旋回するさまは、まさに壮観です。沼で夜を過ごし朝になると、日の出とともにいっせいに飛び立って水田に向います。ときには放射状に広がった数千から数万羽のマガンが視界を覆いつくし、その姿はことばでは表現できない深い感動を与えてくれます(写真3)。 このようにマガンが生活するためにはねぐらとなる沼と採食地である水田が必要です。また警戒心の強いマガンは道路などで分断された狭い水田は利用できず、広大な水田が必要となります。日本ではこのような環境がほとんど残っていないため、マガンは蕪栗沼をはじめとする数か所に集中して越冬しているのです。またマガンは伊豆沼と比べ、渡来初期に最も早く姿を現し、結氷しやすい厳寒期は数が減り、春先は遅くまでいるなどの傾向があります(図1)。気候や周辺環境(稲の刈り取り状況や猟期)などによって伊豆沼と蕪栗沼を上手に使い分けているといえます。 オオヒシクイはマガンと異なり抽水食物のマコモをおもな食物としているため、1日中沼で生活しています。まだマコモが倒伏していない初秋や沼が凍結したときなどは、花山湖や一迫町の水田で採食している姿が見られますが、越冬中の大半は蕪栗沼のマコモ群落の中にいて、すらりとした長いくちばしでマコモの根茎部を掘り出して食べている姿が見られます。
  


写真3 マガンの飛び立ち
(撮影:進東健太郎)



図1 蕪栗沼と宮城県北部平野全体のマガンの渡来数(1997年度)
(日本雁を保護する会調べ)
 狩猟の自粛とガン類の増加

 
 蕪栗沼が現在のような多種多様なガンカモ類の安定した生息地になったのはごく最近のことです。図2は1985年の蕪栗沼の植生図です。沼の中央部にところどころ丸い水面があるのは、水鳥を集めるためにハンターによって掘られた穴です。このころはまだ銃猟が一般的に行われ、ガン類のように警戒心の強い鳥は定着しませんでした。 1980年代後半、宮城県全体のマガンの渡来数が急増し蕪栗沼でも非猟期にねぐらや日中の休み場として利用するガン類が増えましたが、これらのガンは猟期の始まる11月15日になると銃声とともに姿を消していました。そのため、農業との共生を視野に入れた沼の保護区化の検討が、地元行政を含め行われました。保護区化は実現しませんでしたが、1995年10月に県環境保全課が県猟友会に銃猟の自粛を要請、猟友会の合意を得て事実上の禁猟となりました。マガンの数はその後増加を続け、いまではマガン(最大37,000羽)、オオヒシクイ(最大1,000羽)がねぐらや採食地として利用するようになり、伊豆沼と並ぶ国内最大級の渡来地として認識されるようになったのです(図3)。
 



図3 蕪栗沼のガン類渡来数の変移(最大数)
(中塩一夫氏調べ)

 湿地に復元された白鳥地区

 
 狩猟の自粛とともに蕪栗沼の水鳥に大きな変化をもたらしたのが、白鳥地区の水田です。長年の課題だった洪水常習地の白鳥地区からの離農問題が、県河川課と地元農業者の話し合いで解決し、1997年10月、田尻町議会の承認を経て、白鳥地区の水田50ヘクタールの耕作を放棄し国に返還することが決まりました。つまり河川敷として蕪栗沼の一部となったのです(写真4)。そこで陸生の植物の進入を防ぎ、生物相をより豊かにするため治水に問題のない範囲でほぼ全域に浅く水を張り(最深部で70センチ程度)、水面を作ることになりました。その後モニタリング調査が行われるようになり、オオハクチョウ・コハクチョウ・マガモ・カルガモ・コガモなどが渡りの時期だけでなく厳冬期にも利用することが確認されました(写真5)。その数は飛躍的に増加しており、ハクチョウ類は最大で約400羽記録され、渡りの時期には数千羽のカモ類がオオタカなどの猛禽類に驚き飛び舞う姿が見られました。そして1998年10月12日にはじめて白鳥地区がマガンのねぐらとして利用されていることが確認されました。その後マガンの数は最大で約7,000羽まで増加し、蕪栗沼結氷時には白鳥地区のみを利用することもありました。このように蕪栗沼に白鳥地区が加わったことで、さらにガンカモ類が利用しやすい豊かな環境となったのです。
 


 
写真4 上空から見た蕪栗沼。右側が白鳥地区。
 さまざまな人為的妨害

 
 豊かな環境の蕪栗沼でも、さまざまな人為的妨害が発生しています。休日には必ず気球が上空を通過し、マガンやオオヒシクイを驚かして飛び立たせています。蕪栗沼周辺で行われている銃猟の銃声も問題です。また、ガン類の渡来数が増えて有名になってからは、休日ともなればたくさんのバードウォッチャーが訪れるようになりましたが、ときに蕪栗沼のガンカモ類にとって迷惑な存在となることがあります。特に問題なのは車のライトです。ガンがねぐら入りしたあとに、観察者が車のライトをつけたとたん沼のガンが飛び立って伊豆沼のほうへ飛んで行ってしまったり、白鳥地区におりていたガンが、飛び立ちを見に来た人の車のライトで、朝暗いうちに飛び立って沼に逃げたりする事件が相次ぎました。 このような妨害を防ぐ対策として具体的には車のライトの光が沼に入らないよう遮光帯を設置したり、人の歩く姿が見えないようブラインドを設けたりする必要があります(沼と白鳥地区を分けている白鳥堤防は1998年1月18日より車両通行止めになりました)。鳥への影響を最小限に押さえるには、ササや竹を利用したブラインドや木のゲートなど景観を崩さない自然の材料を使う方法が効果的です。またハクチョウに餌づけをしようとする人がいますが、蕪栗沼のようにもともと自然環境が豊かで自然の食物が豊富なところでは、餌づけは生態系のバランスを崩す有害なものです。見かけたらやめてもらうようお願いしています。
 



写真5 白鳥地区とそこに集まるガン、ハクチョウ。
(撮影:戸島 潤)
 より豊かな生態系を求めて

 
 休み場となる島を作ったり食物となる抽水植物を増やしたりして、ガンカモ類がより利用しやすい環境をつくることも大切です。蕪栗沼のマコモ群落は一部で減少が目立つようになりました。これはここ数年急増したガン類の食圧にマコモの復元力が追いつかないことが原因の1つと考えられます。さらに深刻なのは小山田川の拡幅工事が行われた結果、相対的に川の水位が低下し沼全体の乾燥化が進んでいることです。このため1998年に白鳥地区でマコモの植栽が試みられ、冬にはその場所でオオハクチョウやオオヒシクイが採食している姿が見られました。今後は範囲を拡大し、沼全体の環境収容力を増やしていくことが必要です。また小山田川の河道の一部を拡幅前の状態のように細くして、沼に水が入りやすくすることも考えるべきでしょう。いずれにしても水管理を含めた蕪栗沼の生態系全体を見据えた対応が必要とされます。
 

 農業との共生
 
 1998年5月、蕪栗沼に居残ったマガン12羽が植えられたばかりの稲を食べる事件が発生しました(写真6)。1羽が鉛中毒症状にみられる翼の垂れ下がりを見せていたので、弱った1羽に付き添って残っていた可能性が高いと考えられています。このマガンは6月になって姿を消し関係者をほっとさせましたが、今後同様の事態が発生することは十分考えられます。稲に対する被害としてはホニオ(*3)の下の部分を集中的に食べられるケースが多かったのですが、コンバインの普及に伴い減少しました。しかし減反と転作が進むなか、秋まき小麦や野菜の新芽など被害に遭う可能性の高い作物が次々と作られています。その反面、農業の先行きが不安視される中で、蕪栗沼という自然豊かな地域を持っていることは、ほかとの差別化を図る好材料でもあります。これからは被害が起きた場合の対応とともに、鳥がいることをメリットとして積極的に活用する姿勢が必要といえるでしょう。
 
(編注:蕪栗沼のある宮城県田尻町では、マガン等水鳥による食害の影響を補償する食害補償条例を2000年4月から施行しています。この条例の一つの特徴は、田植え後の早苗食害も補償対象となっていることです。)
 

写真6 田植え後の早苗を食害するマガン
 執筆者プロフィール

 
戸島潤(とじま・じゅん)

 1971年東京生まれ。東北大学理学部卒。日本雁を保護する会会員。大井野鳥公園(現在の東京港野鳥公園)に通ったきっかけで鳥に興味を持つ。東北大学野鳥の会元会長。ホームページで雁情報を発信中。http://www.asahi-net.or.jp/~sr7j-tjm/)。趣味は山登り。