今日のオマケ 特集
このコーナーが一番すきといってくれた皆様のために、ページを作りました。
私のつぶやきが、皆様の心に少しでも灯りがともせたら光栄です。
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波矢天童(なみや てんどう)
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| 今の私のからだは私? | 星にも寿命があるよ |
| ある苦しみ、ない苦しみ | 色感(しきかん)もいろいろ |
| 戦いの終わりはどこ? | いつもの気づかない所を磨く |
| 命の連なり | 大人が変わらないと・・・ |
| いつもが、いい | 長生きの薬? |
| 今、新しくなる | イチロウのバットと遺伝子 |
| いのちの危機? | 見えるもの,わかるものだけがすべて? |
今の私のからだは私?
植物は、種にしろ球根にしろ、その他の方法であっても
新芽を出し、花を咲かせ、実を結び、
次の世代にバトンタッチして、枯れていってしまう。
人には、同じように見える花であっても、以前のそれとまるっきり同じ花ではない。
幾世代かの結集が、今咲かせている花である。
私のからだもそうである。
父母の細胞が、私であるならば、その父母の細胞は、
父母の父母の細胞で、そして、・・・・。
とにかく私の中には、父母が生きているのは、明らかであるが、
祖先も同時に生きていることになる。
あったこともない祖先が今の時代に存在している。
私であって、私は誰なのか?
そんなことを考えても答えは出ないのだが、まことに不思議だ。
私の持っている治癒力は、祖先の生きる力を借りているようなものである。感謝、感謝。
(2003年12月28日) もくじへ
星にも寿命があるよ
子供が「星が爆発して、ブラックホールになるんやで。
そして、ブラックホールは、宇宙の掃除機なんや。」
「へぇ〜?」
広辞苑にあるかな?と引いてみると・・・、ありました。
『大質量・高密度で、大重力のため外部に物質も光も放出できない天体。
重い星がその終末に達して自らの重力で崩壊することにより生じる。』
とにかく、星にも寿命があるということで、この地球にも寿命があるということですよね。
「いつまでもあると思うな、親と金。」
この金は、おかねじゃなくて、金星のことかも??
今、住まわせてくれている地球に感謝して、一日を大事に生かさせてもらいましょう。
2003年1月28日 もくじへ
戦いの終わりはどこ?
いま,テレビアニメの機動戦士ガンダムSEEDの中で,印象的な言葉があります。
『戦いの勝ち負けは,どこでつけるのか? どちらかを倒すまで戦うのか?』
『なぜ,戦わなくてはいけないのか? 戦いたくないのに!』
『守りたい人がいるから戦わなくてはならない・・・』
『人類が理想としてきたものと,人類は戦っている』
あなたは,子供に
「なぜ人は戦争をするの? どうしたら戦争はなくなるの?」と問われて、
どう答えますか?
共に生きていける世界は,ありえないのでしょうか?
壊滅的にする必要性があるのでしょうか?
せめて、からだは,共に生きていく世界・宇宙でありたいです。
私たちのからだは,過去の多くの経験(遺伝子情報)により,
いま、生きていく上で、必要なものばかりですからね。
共存,共生の世界は,からだだけでは、ないはずなのに・・・。2003年3月3日 もくじへ
命の連なり
山の色,空の色,雲の形,風の音,
草のしずく,土の軟らかさ,川の流れ,水の音
顔色,皮膚の色つや,からだの姿勢,
声の強弱,体の柔軟性,血の流れ,心の声
畑にいて,ふと考えた。
「私が,この植物の命を頂く。
この植物は、土の中の命を頂く。
この土は、水や太陽や、その他諸々から命を頂く。
この土は,私の命の一部?
すべてが連なっていて,それぞれが命をつなぎ,生かされている。
いただいた命を,大事につなげている。
私の命も次の命につながっているのかな?」
ありがたい、ありがたい。2003年4月28日 もくじへ
大人が変わらないと・・・
いやな事件が多いですね。それも、こども犯罪は心が痛みます。
そのこども(男女)が、悪いのではないからです。
なぜって?
そのこどもは生まれつき犯罪を起こしてやろうと思って、
この世に生まれてこないからです。
どんなこどもでも、生まれて,育っていく間の家族関係と,
その時代の社会に育てられているからです。
もちろん生まれ持っているものが、あったかもしれませんが、
こどもの悪い芽が育たない環境や,
いい芽がより多く育つ環境であれば,
次に,こどもなりの花を咲かせ,実を結んでくれるでしょう。
だから、
いい芽(こども)を育てられなかった,今までの大人に責任があります。
子どもだけが悪いのでは,決してありません。
今からでも,大人が変わらなければ,そして,
社会が変わらなければ,これから育っていく子どもは変わらないでしょう。
こどもも、健康も同じ!2003年7月11日 もくじへ
いつもが、いい
歳を重ねていく父を見ていると、気づくことがある。
若いうちは、人と同じ事をしていては、だめだ。
といった行動が多かった(私には、わがままに感じることもあった)が、
高齢者といわれる年齢になった今、
いつものことを、いつものようにできることが、よくなった。
それでも性格は残っているようで、私なりのいつもではあるが・・・。
高齢者に限らず、感じることは、
心身の変動が特別でないときは、健康に暮しているように思う。
年齢に応じて、いつものように、特別なこともなく、
自分を管理できる(自分を知る)ことが、健康につながり、
それにいつも感謝できることは、幸福かもしれない。
普通のことが、あたりまえのように、考えずにいつもできる事に感謝。
2003年9月12日 もくじへ
ある苦しみ、ない苦しみ
電気、ガス、水、いつでもある日常に、あなたはいつも感謝を忘れていませんか?
電気、ガスはなければないでどうにかなるが、水は生きる上で必要です。
空気もそうですが、最近はそれも汚れてきているので、不安です。
しかし、私は、時々感謝を忘れます。
阪神大震災のとき、建造物のもろさ、人の命のはかなさ(知人の死も含め)、
そして日常のライフラインのありがたさを痛感しました。
にもかかわらず、私は時々忘れるのです。
いつもあると、それがあたりまえのようになってしまう。
あるがゆえの苦しみというのは、他にもあるのでしょうね。
いざ、あるのがあたりまえだったものが、なくなるときの苦しみもあります。
ない苦しみも、人の数ほどあるでしょうね。
しかし、ある苦しみのほうがいいのか、ない苦しみがいいのか迷う時もあります。
もちろん、どちらもないほうがいいのでしょうが、それはありえないです。
尽きるところ、今、あるがままを受けいれる気持ちになれる心身の健康に、
私は感謝できることしか考えないことにしました。
あなたはどうしていますか?感謝。2003年11月3日 もくじへ
色感(しきかん)もいろいろ
寒い朝、霜で、白く盛り上がる土。
見上げた黒い雲からは、白い雪が降りてくる。
多くの人(日本人)は、この「白」に、清く、すっきりとした感じを受けるのではないだろうか。
言葉でも、「潔白」「明白」「あいつは白だ」など。
漢字は、中国からきたものではあるが、使い方だけではなく、感じ方も異なるものがある。
この白もその一つ。
中国の冠婚葬祭で、葬儀のことを、白色のものを用いることから、「白事」ともいい、
祝事は、「喜事」「紅事」といい、紅(赤)を良く使うのである。
日本では、祝事に紅白のお饅頭があるが、中国では、白は使わない。
中国では、子供が生まれた時に配るのは赤いたまご「紅蛋」。これは、日本のどこかにもあるようだ。
日本の中でも、遠く離れた国でも、もっと色の感じ方がいろいろあるだろう。
色彩療法(色に治癒力があるととらえる世界)では、
この白色は、完全な色と考えることが多く、健康に関係する白色。
完全な白にはなれなくても、少しでも白が多いと、遠目には白に見えます。
そんな白(健康)を、大事に養生していきたいですね。
世の中も、すがすがしい平和な白色の年になりますように、希望します。感謝。
2004年1月15日 もくじへ
いつもの気づかない所を磨く
ドアの取っ手がさびているところがあった。
いつも握る取っ手なのに、なぜ今まで気づかなかったのだろう。
少しだけ磨いてみると、きれいになった。
もっと磨くと、見違えるように、きれいになった。
「えっ!こんなに光るのか!」と感じたら、
自分まで、きれいに磨かれたような気持ちになった。
でも、他の人は、きれいになったことも、気がつかない。
気がついて欲しいけれど・・・。
そのうち、そんなことは、どうでもよくなってしまった。
自分が気づいた時が、磨き時だ。
いつものところも、こころも、少しだけ、磨いてみませんか!
2004年3月12日 もくじへ
長生きの薬?
貝原益軒の養生訓から。
「養生とはただ生まれついた寿命をよく保つ道である。
昔の人も、術者に惑わされて、
長生きの薬というものを使用した人が多いが、
その効果は何もなく、かえって薬毒に傷つけられた人がいる。
これは長生きの薬などがない証拠である。
内欲を制し、外邪を防ぎ、起居振舞を慎み、
運動と休息とを適時にすれば、生まれついた寿命を保つことができよう。」
今NHKテレビでは『火の鳥』をしています。
いつの時代も、人の欲は限りがありませんね。
しかし、
寿命には限りがあります。
限りある命です。日々感謝して、大事に過ごしたいものです。
皆様の、健康長寿【ことぶき】にお役に立ちましたか?
2004年4月17日 もくじへ
今、新しくなる
どんなに新しいものを買っても、そのものが作られた時点で、
中古品です。???
次々と、新しいものが作られると、
それと同時進行で、古いものが増える。
そして、消えていくもの、今でも使われつづけているもの。
人の身体は、どうでしょうか。
私の身体でいうと、
いつもの顔で、いつもの手足、いつもの胴体、いつもの私。
少し疲れた顔をしている日もありますが・・・
きっと見えない体の中も、いつものように
働いてくれていると信じています。
もちろんそうでないと、困ってしまいますが。
つまり、いつも新しい細胞が生れて、
古いものは自然と消えていくのです。
但し、生きていく上で、必要な情報は残されています。
そして、それは次の世代に引き継がれていくことでしょう。
あなたの身体は、今新しくなっています。
本当のところ、昨日の私と、さっきの私とは少し違っているのですが、
大きな差がないので、気づかないでいるのです。
ああ、よかった。そうでないと私は、毎日驚きの日々になりそうです。
感謝。
2004年8月9日 もくじへ
イチロウのバットと遺伝子
人も、大腸菌も、情報の道具として使う遺伝子は同じ。
ということで、製薬会社は、これを利用して、
大腸菌に薬を作らせようという話がある。
大腸菌は、人の遠い親戚なのか?
人のたんぱく質を作る設計図である遺伝子の総数が約2万2千個で、
ショウジョウバエと同じぐらい(約2万個)の遺伝子数だそうだ。
ハエは、近親者なのか?
どちらも研究者にとって面白いことかもしれない。
コンピュータのおかげで測定も可能になったが、
今の人になるまでに、長い時間をかけて、
より複雑な遺伝子の働きとなっていると思う。
イチロウを人:いのちとして、
バット(道具)を遺伝子に例えるならば、
安打を産み出すイチロウのバットは、
生き抜くための様々なたんぱく質を作る遺伝子である。
イチロウが安打を産み出す為に複雑に、
そして、そのタイミングをはかりながら、
時間をかけて鍛え上げてきた「技術」と「記録」は、
今まで生き残った人:いのちが、
バットという遺伝子の凡打・ヒット・ホームラン・三振などの
いのちの記録である。
やはり、人は人なりではないだろうか。感謝。
2004年11月5日 もくじへ
いのちの危機?
親子の危機はいつからか?
昭和から平成へ、いまの若い親子も、
歴史、社会環境の変化を受け、育ってきました。
★昭和30年代
高度経済成長時代の幕開けの神武(じんむ)景気、
三種の神器は、電気洗濯機、テレビ(主に白黒)、電気冷蔵庫、
即席ラーメンを代表とするインスタント食品の幕開け、
夫婦共稼ぎが増えて、「かぎっ子」もマンションも増える。
★昭和40年代
高度経済成長とともに浮上してきた、公害問題、過疎化。
学生運動家、ヒッピーやフーテン族、落ちこぼれ。
エコノミックアニマルと呼ばれた日本人。
オイルショックによる省エネ。
何か目に見えぬ不満、不安が芽吹いていた時代か?
★昭和50年代
落ちこぼれを懸念する親心に、塾が増えるが、
非行、校内暴力、家庭内暴力、登校拒否、いじめも増えていく。
偏差値、マークシートは、子どもの何を評価したのだろう?
不況下、就職は、都会から故郷へと、Uターン就職。
記憶にございません、灰色高官不確実時代へ突入(未だに・・・)。
30〜50年前、いまの若い親の親の日本社会を振り返って見ました。
浮き足立った日本の社会で、中流意識にさせられた多くの庶民が、
心の安定を失っていった時代ではないだろうか。。
いのち(心と体、生と死)は、
古い(祖先)も、新しい(今生かされている私)もひとつ。
古いものが悪く、新しいものがよいということではありません。
今の危機は、子々孫々にとって、いのちを考える
とても大事な種まきの一歩となることでしょう。
2005年3月吉日 もくじへ
見えるもの,わかるものだけがすべて?
『今の危機は、子々孫々にとって、いのちを考える
とても大事な種まきの一歩となることでしょう。』
前回の続き。
親子,兄弟,家族の悲しい事件に,ため息が出ます。
急に変わるはずもないが,少しでもいい方向に変わって欲しい。
いのち(心と体、生と死)は、
目に見えるものだけでもなく,
学識者が見ている一面で、分かるものでもないと思う。
年間の交通事故より多い自殺者。
殺人事件の低年齢化、その他さまざまなこと。
日本の中では,今目に見えない戦争がおきています。
「目に見えた」生きている自分も、
わからないけれど,
何か「目に見えないもの」に生かされている自分
があるということ(感謝)も考えてみてはどうだろうか。
現在,未来の子供の為に、今生きている大人が
生かされていることに気づかなくてはならないでしょう
感謝
2005年6月吉日 もくじへ