香港流ということ

 

浦上 清

 

はじめに

1995年12月初旬、私は香港に赴任した。家族を日本に残して生まれて初めての単身赴任である。赴任する前、香港といえば狭いところに大勢の人がいるごちゃごちゃした街のイメージと人々の近視眼的な仕事の動きというくらいの印象をぬぐい難かったのを覚えている。たまの出張で出かけるのは良いが、あんなところで本当に暮らせるのかなどと思っていた。赴任前のこの都市に関する私の印象は「閉塞感」という言葉で表される。今から考えるとなんて失礼な印象を持っていたことだと思う。こういう香港の印象は到着後の時間の経過と共に大きく変わった。特に、百万行、”Walk for Millions”というチャリティ活動に参加して郊外や山越えの道を何キロも歩いたり、西貢から船を出して魚釣りに出かけたりしているうちに香港に対する私のイメージは大きく変わった。

  

ミッドレベル高層ビルの谷間      西貢の漁港、釣り舟やサンパンでにぎわう

(左下で白い帽子をかぶっているのが筆者)

 

こうなると近所のビクトリアピークに登ったって自然の営みを感じるようになるものだ。この香港で6年と4ヶ月の間、仕事をし、生活をし、多くの同僚、友人に恵まれ、家族の支援もあって、私のビジネスマン人生で一番良い仕事ができたと思っている。小稿では、私が香港滞在中に観察した人々の生活及び日常の行動様式について「これは香港流だ」と思われるものの一部を取りあげてみたい。香港的な精神、気質もしくはエトス(ethos)などを探るというほど大げさなものではないが、私がみた香港人の暮らしぶりの一端を書き綴ることにする。レストランで、アパートで、ショッピングセンターで、街角での暮らし方、楽しみ方に触れることで「香港流ということ」について考えてみたい。

 

何と言っても都市国家

中華人民共和国香港特別行政区、香港の正式名称である。東京都の面積のおよそ半分ほどのところに約690万人の人が暮らしている。 150余年のイギリス支配の後、香港は1997年7月1日に中国に返還された。 返還後50年間はこれまでの社会、政治、経済のシステムを維持することが前提での中国復帰である。 オリンピックだって「中国香港」の名のもとに代表選手を送り込むことができる。 特別行政府の長官である董建華さんは極めて重要なポジションにある人。 全体から見ると北京中央政府あっての董長官という感じはぬぐえないが、それでも普通の省長とか市長とは多少違う。 香港には「一国両制」を保障する「香港特別行政区基本法」があるからだ。

 

香港の特徴は「括弧つきの都市国家」ということにある。都市国家の特徴は極めて高度な自治の存在が前提で、自由な出入りと税金の安さなどに特徴がある。古代のアテネ、現在のシンガポールなどがその代表選手。1997年6月30日までの香港もそうであった。 日本ではこういう存在はこれまでの歴史上は存在しなかったと思うが、強いて言えば織田信長、豊臣秀吉時代の堺の港がこういう概念に一番近かったのではないかと思う。 そこに行けばいろんな人に会える。「きっと何かが出来そうだ。」何故か人をワクワクさせる自由闊達な雰囲気、都市国家はこういう条件を兼ね備えたものであった。

 

九龍から香港島を望む         ビクトリアピークから

 

香港は中国回帰後もまだ都市国家としての良い面を維持している。 括弧つきとはいえ、香港人による自治が存在するし、イギリス統治下で養われた抜群の国際性としたたかさがある。2003年度時点の法人所得税は、これまでの16%からあがって17.5%、個人所得税(標準税率)は、これまでの15%から多少あげられたが、それでもマックスで15.5%である。都市国家は、本来、そこに住む人に何が起こっているのか、何が問題なのかについて分かり易いメッセージを伝えられるという意味で極めて効率の良い社会単位である。 そこに住む人たちが何をなすべきか、どういうことが課題なのかについて理解しやすい環境にあるからだ。

 

最近、香港の失業率は7%を超えている。これには三つの要因がある。まず不景気ということ、次に企業の構造的なリストラということ、そして最後が最大の要因であるが「中国へ」という大きなパラダイムシフトが進んでいるということ。 2年前から香港で「北へ行く(Go North)」という言葉が使われ始めた。「普通語」(中国語の標準語)の学習熱は高まるいっぽうだし、深圳市の仕事に関するセミナーは殆ど満席となる。「磁性」という言葉がある。人、物、金そして情報をまるで魔法の磁石のように引き付け、吸い寄せる中国大陸。これに反して香港は多少静かなたたずまいになってきている印象である。香港OBのひとりとしてさびしい。

 

物事は否定的に考えるべきではなくて常に前向きにということから見れば香港の良い面を捉えるべきだと思う。 抜群の国際性、転んでもただでは起きないという姿勢、足元で起きていることが重要という近視眼的なアプローチ、如何にして楽をして金持ちになるかという楽天度の保持等々である。 コストの高さやハイテク人材の欠如など香港の問題を挙げることは簡単だが、もっと香港の持つ優位性に目を向けるべきであろう。物事を見る時は優れているところを取り上げ、これをエンカレッジして伸ばす。前向きの姿勢とはこういうことだ。現在、世界で最も人をひきつける中国の入り口に位置するということ、 ここに焦点を当てながら香港の役割とポジションニングを行うことが大切である。 何と言っても都市国家、中国大陸の入り口に位置する都市国家である。

 

朝には弱いのです

香港に移った直後は、アメリカでの仕事の影響もあり、朝食をとりながらの打ち合わせ、いわゆるブレックファストミーティングなるものを試みてみた。結果は見事に失敗、朝7時半などという打ち合わせの設定はアメリカでは日常茶飯事であったが、香港ではとても無理であるとのコメントを大勢の人からいただき、あえてこういうことに挑戦する気力もなくなった。

 

朝食会議はあまりプラクティスとしては一般的なものではないが、企業のトップクラスの間では常識的に行われているので、香港ではブレックファストミーティングは出来ないと言い切ってしまうのは間違いであろう。 私が言いたかったのは、朝食をとりながらの打ち合わせを提案した時の相手の表情、「出来れば避けてもらいたい」という顔になる。人間は正直である。遅いのは朝だけではない。香港では、通常お昼は午後1時から2時、私が勤務していた会社は午後12時15分から午後1時15分までがランチタイムであったがこれは例外に属するほうだと思う。正午の頃になるとお昼の気分というのは日本人であるが、私がいた会社の香港人は少し早いランチに慣れたことであろう。話は変わるが、午後1時と2時の間にタクシーを拾うのが難しいということも香港のランチタイム事情が背景にあると思う。夜も遅い。チャイニーズレストランで6時半から食事をしているのはたいてい日本人、香港人がレストランに現われるのは7時半以降である。夫婦で共稼ぎをしている場合、二人が6時半過ぎまで働いたとしてどこかのレストランで待ち合わせたとしても夕食開始は7時半近くになる。

 

もともと香港人は一般的に宵っ張りであるのかもしれない。夫婦共稼ぎの状況から夜が遅くなるということもあるが、子供を夜遅くまで外に連れ出すとか、窓越しに見るアパートの電灯が夜遅くまでついているというのは宵っ張り現象のあらわれだ。毎日ぎりぎりにオフィスに着く香港人スタッフ、朝には徹底的に弱いのだ。

 

朝とお昼の構造

香港も日本も朝とお昼の食事は似たようなものだが、それでも時間のかけ方とか楽しみ方に違いがある。 朝はどこの国でもどこの町でも大変忙しいのが特徴で例えば東京近辺と香港での差はない。朝食をとらない人もいるし、トーストと紅茶という人も多い。とにかく先に家を出て会社の近くで朝食というスタイルを好む人がいるのも東京も香港も同じである。久し振りの東京でJR駅の近くのマクドナルドに若いサラリーマンが大勢いる光景は私を驚かせた。香港の「大家楽」の朝粥定食(お粥、シュウマイとお茶)のほうにまだ朝を感じる私、朝はでんぷん質中心に始まると考えているからである。

 

私がいた香港の会社での典型的なお昼の光景 ― チャイムがなるととにかくエレベーターホールに出る。あらかじめ何人かで約束をしておいて食べに行くグループ、通常は飲茶にはならない。目指すのは通りの向こうにある「◯◯小廚」や「△△牛肉麺」などという小さなレストランである。お昼は30香港ドルから40ドル位か。簡単なお昼であるが、45分から50分かけてわいわいがやがやおしゃべりしながらゆっくりと楽しむ。弁当を買って来て事務所で食べる人も多いが(30香港ドル前後でスープが付く)、この場合もオフィスの小さなスペースに席を陣取り、おしゃべりしながらいただくことになる。新聞を読みながらゆっくり食べる。「とにかく週に一度は飲茶でなくちゃあ」 ― 特に金曜日はこういう風になることが多い。こういう時は香港のローカルスタッフと出かけるのが一番、何せ注文する点心の種類が違うし、こういうことで飲茶の楽しみ方の幅が広がるからだ。

 

残念ながら日本のお昼は朝の延長の域を出ない。あまりにも時間をかけない食事。久し振りに戻った日本でひどくショックを覚えた。「何でこうなるの?」 一息つくのにはもう少し時間的なゆとりが必要であろう。香港のお昼は小一時間の至福の時である、と同時にわいわいがやがやとおしゃべりしながら新しい情報を仕入れることも出来るコミュニケーションの場でもあるのだ。

 

金曜の夜は?

「あなたは金曜日の夜どこにいますか?」 「会社から早く帰ってアパートにいます」などというのは香港流ではない。 金曜の夕方は決まって道路が混み合う。人が車で繰り出すからである。特に九龍サイドから香港島に行く道が混む。香港島で何をするのか、多分食事やショッピング、そして街をぶらつくことだと思うが、ハーバートンネル周辺の道路は車で大渋滞。

 

  さあ、ハナキンだ(香港島の夜景)           魚を買ってレストランに直行(屯門)

 

私の見るところでは、香港人は夜が遅く、朝には大変弱い。金曜の夜に何をするのか? 食事をゆっくりとって後はブラブラという感じであろうか。尖沙咀のプロムナードなどは夜遅くまで大人も子供ものんびりと散歩をしている。どうしてあんなにゆっくりと歩けるのか。いつもは近視眼的でプラグマティックに動いている香港人が休みとなるとゆったりと動くのだ。大人も子供もゆったりと過ごす。こういう観点からは、仕事での香港人の動きとプラーベートな面での動きを結びつけて理解するのはたやすいことではない。仕事のアプローチと遊びのアプローチが全く違う印象であるからだ。香港ではまだ一部の企業では半ドンのところも残っているが、それでも金曜日の夕方になると嬉しさがこみあげてくるのであろう。

 

私などは、金曜日の夜といえば、決まっていそいそとアパートに帰ることにしていた。単身赴任だったので、誰が待っているという訳でもないのに早く家に帰ろうとした。これは、香港人には決して理解の出来ない行動様式であるはずだ。家に帰ってどうするのか。簡単な食事を準備しながら、横目でテレビ、手には赤ワインのグラス、といったいでたちである。食事の後は、ほとんどソファーでごろ寝となる。一週間の終わりをアパートでゆっくりと過ごすか、外で食事をしてブラブラするか。本当に興味のある行動様式である。私の場合には、もし家族で赴任していたとしても、金曜の夜は間違いなく家に早く帰ろうとするはずだ。家でゆっくりしたいからだ。香港のかたでもこういう行動様式を取る人もいると思うが、概して金曜の夜は外出派が多いのが香港である。狭いアパートと会社の事務所の間を行き来し金曜日となる。気分の良い金曜の夜を近場でブラブラという楽しみ方はさぞかし最高のものであるに違いない。

 

街角レストランの賑わい

週末のお昼など飲茶も良いが、近所の街角レストランでのお昼もまた格別である。「◯◯小廚」や「△△茶樓」という名前のお店、英語でいうと何とかキッチンといったところだろうか。こういうお店に入るには少し意識してさっと入るのがコツ。何せ殆ど100%香港ローカルが食べているし、席の数が多くないので相席になることも多い。

街角レストラン(B級グルメ!)

 

こういうところでは野菜炒めが乗っかった焼きそばやぶっかけ飯が美味しい。他人が食べているものが美味しそうに見えるのが人の常、私が食べているのを見ていた近くの席の人が「あれが欲しい」といってオーダーしているのが分かったりすると思わずニヤリとする。メニューはもちろん漢字だけだが、壁の張り紙に達筆でメニューが書かれていたりするのは日本と同じである。香港に時折来る家内とこういうところでよくお昼を食べたが、ぐったりと疲れていてもお店の人が忙しそうに働いているのを見たり、小さなテーブルに焼き飯とかぶっかけ飯が並んでいて皆で美味しそうに食べているのを見たりするだけで元気になるから不思議である。

 

私は、苦瓜(沖縄のゴーヤ程は苦くない)と豚肉を中華のソースで炒めたものをご飯のうえに乗せたものが大好きである。苦瓜とイカをブラックビーンソースで炒めたものをご飯にかけたもの、スペアリブをタマネギ、ピーマン(緑と赤色の両方)と一緒にブラックビーンソースで炒め、ご飯の上にかけたものなどもいける。共通していることは、ブラックビーンソースが味噌であるということ。牛肉をトマト、タマネギとともに炒めたものをご飯にぶっかけても美味しい。街角レストランでは、圧倒的に料理の品揃えが多いのが特徴で、値段は35香港ドルから50ドルくらい、一番多いのは40ドル近辺だったであろうか。お茶をいただきながらひたすら食べる。立派なレストランに入らなくても本当に美味しいランチがいただける。街角レストランのお昼を楽しむ。支払いも席で行うのではなくて日本と同じようにレジに行って払うところも街角風であるのか。ちなみに私が香港滞在時の週末に良く行った街角レストランはロビンソン道のアパートの近く、いわゆるSOHO地区の南方小廚や貴如茶樓であった。

 

ビュッフェ、大好き

いつも会社のお昼は30香港ドル程度の中華のお弁当を買って来て事務所内で食べたり、近くのレストランで35ドルから40ドルのぶっかけご飯などを食べたりしている香港人スタッフであるが、金曜日ともなると仲間を誘って飲茶とかビュッフェなどに行く。香港人のビュッフェ好きについては以前から気づいていた。何かの記念でオフィスの人が大勢集まって食事をする時も大体はビュッフェスタイル。あっという間に列が出来て各自いっぱい皿に盛る。サラダ、刺身、オードブルなどで一皿目、時には二皿目もオードブル、三皿目でやっと温かい主食をとり、最後にデザートとお茶になる。特にお刺身やにぎり鮨でサーモンなどがあるとあっと言う間になくなる。

香港島コンラッドホテルのビュッフェ風景

 

週末にホテルでビュッフェを食べる。これはかなり理想形に近いコンセプトである。新界、九龍という地域の如何を問わずどこかのホテルでビュッフェをいただく、これは週末のお昼時の過ごし方としては飲茶に匹敵する過ごし方であろう。しかも好きなものを好きなだけいただけるというのだから最高のランチになる。通常のホテルでのビュッフェは香港ドルで120ドルから150ドルの値段、確かに飲茶に比べてかなり高くつくのだが(飲茶の場合は一人80ドルからどんなに高くても100ドルになることはまずない)、割引クーポンカードなどが発行されていて結構割安で食べることが出来る。

 

かく言う私も大のビュッフェファンである。香港滞在時には週に一度は同僚を誘ってホテルのビュッフェで昼食をとったものである。こういう時には日頃口にしない食材を中心に食べる。出張中ホテルに泊まっていると朝食でもビュッフェ形式のものが主流だが、こういう時には中華粥やビーフンといった中華系になっていた。時にはお粥さんをお代わりすることもあった。香港を旅行するかたも飲茶だけでなく時にはホテルでビュッフェなど試してみたら?

 

中華レストランの早業師

日本に帰って日本のレストランで食事をする。日本料理の場合、いわゆるコースものを頼めば別であるが、そうでなければ一度ボンと持って来ておしまい。日本のお店のウエイターやウエイトレスのサービスはそれほど複雑なものではない。一品ものを何種類か頼んだ場合にお皿がドッと並ぶが、一つの小皿料理が食べられても特にそのお皿だけを片付けに来たりするようなことは稀である。お茶を注ぎに来てくれるということも含めてウエイター、ウエイトレスの人が客席に足を運ぶ回数は決して多くない。お皿の片付けも「お下げしてよろしいでしょうか?」などと聞いてからになる。

 

香港の中華レストランでのウエイター、ウエイトレスの行動は極めて動的である。飲茶を食べていると、だれかれとなくさっとテーブルに近づいて空いたお皿やセイロを片付けてしまう。食べるそばから空いた食器は持って行ってしまうのだ。テーブルのまわりを歩いているお店の人が空いたお皿などを見つけるとさっと寄って来て片付けてしまう。こういうことは何も飲茶の時だけとは限らない。夕食でディナーテーブルを囲んでいる時でも、空いたお皿やほとんど空きかけているお皿を見つけるとさっと持って行く。「はやてのように現われて」といった言葉がぴったりの動きだ。 時々、「まだ食べているんですけど」と言う場面も出てくるほどである。お茶などもこまめに注いでくれるし、お茶がなくなった時にティーポットのふたをずらして置いておくとお湯を注いでくれる。中華料理屋さんの場合、食事中に言葉であれこれ言わなくてもウエイターやウエイトレスがどんどん片付けたり、お茶を注いだりといった具合に行動中心に物事が進むのである。

 

同じ香港のレストランでも西洋料理屋さんとか日本料理屋さんではこうは行かないからまた不思議である。ウエスタンスタイルでは、日本に比べて比較的早くお皿などを片付けて次の料理を運んで来ようとする傾向にあるが、このような時には”May I take the plate?(お皿を持って行ってよろしいですか)などと聞いてからにする。

 

香港の中華レストランでは、言葉であれこれ言わなくても物事が進行するような感じすらあるのだが、「どんどん片付けちゃう」というのはどのようにして一般化したのか。中華以外のレストランでは必ずしも同じ現象を見ることはあまりないので興味をそそられる。

 

街角はニアミスの連続

香港に移った頃、どこの街を歩いていても何故か人にぶつかるような格好になることが多く、どうしてここでは人がダラダラと蛇行しながら歩くのかなどと考えたものである。香港の通りは、概して日本の街角に比べると狭いし、大勢の人が繰り出すので、肩が触れ合ったり、身体が触れたりすることが多いのは事実であるが、そもそも香港人の歩き方にも大いに関係するのではないかと考える。

ぶつかるように歩く(香港島中環の結志街)

 

まず、香港の人の歩き方は大変ゆっくりとしている。香港人にもいろんな人がいる。歩くスピードにつても統計があるわけではないが、私の感覚では香港人の歩くスピードは、東京近辺の日本人に比べて1割から2割は遅いと思う。次に、歩くことそれ自体に集中していない。何人かで話しながら歩いたり、お店を見ながら歩いたりで、日本人に比べると「ながら歩き」が多い。最後は、周囲のことを考えないということである。突然止まったり、急に歩く方向を変えたり、歩き方の変更が頻繁に起こる。従って、香港人同士でもかなりの程度はニアミスのように「ぶつかりながら前に進む」という感じになることが少なくないと思う。こういう風に考えて来ると、香港人はその経済合理的な行動とか近視眼的な行動様式から考えられるイメージとはかなりかけ離れたおおらかさを持っているのではないかとも思われる。

 

こういう環境に日本人(特に東京勤務をしていた人)が置かれると、最初のうちは「どうしてこんなにぶつかりそうになりながら歩くのだろうか?」などと不思議に思う。人によってはいらいらもするだろうし、私の場合のように、人波をくぐり抜けるように歩くようになる人も出て来ることだろう。「ぶつかりながら歩く」というのも香港らしい街角現象の一つである。

 

ペースメーカーってなぁに?

香港国際空港に飛行機が到着すると座席のあちらこちらからピーとかポーンとかいう電子音が聞こえて来る。何時もの到着時の機内光景である。アナウンスは「電子機器は航空機の運行に支障が出る恐れがありますので、機体が完全に止まるまでは電子機器のスイッチは入れないで欲しい」などと言っているのだが、乗客はかまわずどんどんスイッチをオンにし、そのうち遠慮がちな小声!で「ワイ」と言っているのが聞こえて来る。「ワ」より「イ」のほうが上がります。「ワイ」という文字は口偏に猥雑の猥の旁をくっ付けたもので、日本語で言えば「もしもし」という意味である。

 

久し振りに帰国した日本の電車通勤 ― 香港の電車に比べると何といっても電車のアナウンスがうるさいし、駅の構内のアナウンスもどうにかならないかと思う。香港の電車のなかでのアナウンスといえば「次は大埔墟です。Next station is Taipo Market」というくらいであるが、電車の中は決して静かではない。携帯電話である。あちらこちらの座席で携帯端末を耳に当てて大きな声で話している。たいした話をしているわけでもない(間違っていたらご免)。「いま沙田の駅にいるからあと何分くらいでそちらに着く」といった会話は広東語の分からない私にも大体のことは想像できる。競馬新聞などを読みながら電話をしている人、馬券を買っているのだろうか。

 

もともと香港の人は電話が大好きときているが、そこに携帯電話が登場。国際電話はもちろん別として、固定電話の市内料金は殆どただ(一月1000円程度の基本料金はあるが記憶に残っていないほどのもの)であるし、公衆電話の料金も安い。おまけに、携帯電話の市内通話料も安いのでそれはおおらかに電話を使うこととなる。こういう環境であると、電話のかけ方はうまくならないと思う。「誰に遠慮はいるものか」といった感じでおおらかに電話を使うのである。電車の中でも同じことである。日本の通勤電車のなかなどで若者が携帯電話とにらめっこしながら親指などで小さなキイを操作している光景を見ると笑いを止めるのに困ることもあるが、香港の場合、電車、地下鉄、バス、スターフェリーとあらゆる交通機関で携帯電話は大忙しである。東京の電車のアナウンスで使われている「心臓のペースメーカー云々」という話も結構だが、毎朝聞くのも如何なものかなどと思ってみたりする。

 

ちょっと待ってよ

海外ではこれまでロンドン、カリフォルニアと香港で生活した。仕事や生活面で様々な形で数字の伝達の経験をする。文章化した場合は、何も問題はないが、口と耳による数字のコミュニケーションではかなりタフなものがあった。電話となるともっと大変である。 日本では電話で住所や電話番号などを聞く時に相手の人も同じ情報を繰り返すことが多く、聞き手も確認のためにもらった情報やデータを電話口で繰り返して言ってみることが多い。ロンドン、カリフォルニアでは復唱ということはなく、実にたんたんと数字が電話の向こうで発声されこちらに伝わって来る。

 

香港での数字伝達環境も欧米と同じである。香港のゴルフ場で、プレーが終わって帰途につく時、何時ものようにリセプションデスクの近くにある電話で近くの駅までタクシーを頼む。受話器の向こうで忙しそうに車をアレンジしている女性の広東語が聞こえて来る。「○○駅まで一台ありませんか?」と言っているのでしょう。車がアレンジできると「Car number six four five seven coming in three minutes」などと言うが、その数字の読み方の速さといったら相当なものである。あっという間に四桁の数字が読み上げられ唖然とすることしばし、時には三桁の数字が読み上げられる。例えば、「Car number four double six is just coming」など。Double sixというのは66だから466ということだ。

 

タクシーなどはまだ序の口、電話番号などのやり取りもまず復唱するということはなくあっという間に上四桁と下四桁の数字が読み上げられる。八桁になり、おまけにDouble threeとかが入るので聞き取りは至難の業となる。英語が公用語の一つとは言え母国語ではない香港での話である。私が相手のかたに電話番号を伝えている時も、相手の香港人は黙って聞いていて「Thank you」などと言いあっさりと伝達プロセスは完了する。日本でも外資系企業、例えば銀行の人などと外貨預金口座番号などについて電話でやり取りをする場合には、これまで書いて来たような「復唱しないあっさり系のコミュニケーション」になるから不思議である。同じ日本人でも職場環境が異なればこういう感じになる。数字の復唱をしないという行動様式は世界的には多数を占めていると思う。多分、こういう分野では訓練が必要になると思うし、復唱なしの文化環境に慣れることも大切だと思う。私も、また日本に帰って来て、数字の伝達という局面では確実に緊張感を失いつつある。

 

浮世床の至福

香港滞在時は床屋に行く頻度は日本で生活をしているときに比べて多かったと思う。なにせ散髪代は日本に比べて安いし、時間もあまりかからないときている。散髪とシャンプー(Cut & Shampoo)で30分程度、お値段は場所によるが、香港ドルで100ドル前後から120ドル位(日本円で1500円から1800円)。私がよく通っていたホンコンホテルの近くの床屋さんは110ドルであった。床屋に行くのはもちろん整髪のためであるが、気分転換のためでもあった。

 

香港の床屋は、日本の床屋に比べると、概してスペース的に広く、またそこで働いている人も大勢である。 私がしょっちゅう来るものだから、お店の人も私が店の入り口あたりに来るとにこにこむかえてくれ、中に連れて行き、空いている席に座らせてくれる。まずは「コーヒーなど如何?」と聞かれ、軽く肯くと近くにおいてあるサーバーから一杯持って来てくれる。手の届くところに雑誌が置いてあるが、何故か決まってプレーボーイとかペントハウスである。広東語が出来ないので床屋の人たちと話をする訳ではないのだが、周りの人の動きを見ていたり何もしないでぼおっとしたりしているだけで良い。特に、シャンプーの時には顔を上に向けたまま洗ってもらうのだが、これがまた実に気持が良い。日本でシャンプー台に顔を突っ込むような格好をして洗ってもらうのに比べると天と地の差を感じるほどだ。 頭の中で何も考えないで床屋の人に身をまかせ、いや頭をまかせると心地良い快感が走る。「オーケイ」と言われて我に戻り、鏡と向き合い、「オーケイ」と返す。 約30分の至福の時。100ドル札と20ドル札を一枚ずつ出す。「トーチェ」(多謝)と言うお店の人、にっこりうなずく私、「また来よう」と思う。 この別れがまた心地良いのだ。

 

つきあい関係の広さ、大勢で祝うこと

春節(旧正月)の十日位前になると、銀行などが赤い小さな封筒のような紙袋を用意し、会社の事務所に配ったりする。赤い色をした小袋なので英語ではRed Pocketと呼ばれる。銀行では20ドル札が大量に準備され、人びとは忙しそうに両替に行く。お年玉の準備、香港の年の瀬風景である。

 

日本のお年玉といえば、自分の子供や親戚の子たちに一万円札が渡されるのが普通のであるようだが、香港のRed Pocket、中国語では利是(Lai See)はとんでもなく広範囲の人たちに渡される。アパートの管理人のおじさん、アマさん、事務所の女性にはじまり、床屋に行くとそこのおじさんや髪を洗ってくれる人にもさし出す。「恭喜発財(Kung Hei Fat Choi)」とか「Happy New Year」と言って赤い子袋を渡すのである。恭喜発財というのは、お金が儲かりますように、という感じが背後にはあるのだと思うが、「おめでとう」の代わりということでよいと思う。さりげなく渡す。なれてくると堂に入ってくる。なかみは通常20ドル札が一枚である。日本円で約300円。

 

お正月の三が日などにタクシーに乗ると、気分しだいでは運転手さんにも利是をあげる。正月明けに会社に出ると実に大勢の人たちにお年玉をあげることになる。週末のゴルフ場でもキャデーさんやプレー後のレストランで赤い袋が大忙しとなる。日本人は、なれないうちは、非常に親しい人には100ドル(1500円)とか自分勝手にランクをつけてお年玉袋を準備するが、もらうほうはこういうことにはほとんど無頓着である。こういうものをもらうこと自体がうれしいのであろう。お正月に福が来たということか。

 

結婚式の披露宴に何度か出たことがある。12人掛けの円卓が20位は用意される。普通の披露宴でもこれ位の人は出席する。新郎新婦に近い席は近親者、会社関係などは一番遠くのテーブルである。中華料理屋などで開催されることが多く、大体は夕方の5時半頃に来るような案内になっている。実際にテーブルについて食事が始まるのは8時半か9時である。それまでは皆さんは麻雀をしている。平服でよいと書いてあったと思って、ブレザーにネクタイなどをして出かけてみる。行ってみて麻雀などに興じている人たちを見て、本当に平服の人が多いのに驚く。こういうことが香港における結婚披露宴出席の初期段階では起こる。気取りはなく、ただひたすら「恭喜(Kung Hei)、恭喜」といってお祝いをするのである。こういうさわやかさもよいと思う。ちなみに、私は結婚披露宴に招待されたら大体500ドル(約7500円)のギフト券などをお祝いとしてさしあげていた。

 

ルールを重視する

香港の会社にいた時、何度もレクリエーション活動に参加した。クリスマスパーティ、アニュアルディナー(日本で言う忘年会)とかたまの金曜日にフライデーナイトなどというビュッフェパーティにも参加した。こういう時には決まって参加者で楽しめる遊びの企画があった。香港のテレビ番組でもはやっている”Who wants to be a Millionaire”、ポピュラーソングのイントロ部分を一、二秒テープで流して曲名を当てるゲームとか多少野蛮と思える早飲み競争、みかん早食い競争などである。早飲み競争ではコカコーラ、ミルク、オレンジジュースとかビールなどを個人もしくはチームで飲むのだが、より早く、より多く飲んだ人もしくはチームが勝ちになる。早食い競争では大きな中国のみかんを如何に早く如何に多く食べるかが競われるが、きれいに食べたかどうかなども審査の対象になる。 こういう機会に感じたことにルール重視ということがある。レクリエーション委員会などという組織でこういう遊びのルールを大真面目に議論する。

 

香港の会社で勤務していて、仕事のルールということについて、私は大変楽をしてきたのだと思う。特に仕事のルールについて、うるさく言わなくても、マニュアルがきちんとしていれば規則は守られるからである。 逆に言うと、ルール通り仕事をしていないと指摘を受けることは、香港人にとっては大変屈辱的なことに違いない。仕事の仕方や業務それ自体について時折監査が行われる。自己監査、内部監査や外部の監査機関による監査であるが、こういう機会に香港人スタッフの真面目さというか真摯な対応に心が打たれる思いを何度もした。輸出管理や情報のセキュリティ管理などについても取り組みは大真面目である。ルール違反と言われれことに対していやな感じを持つのだと思う。

 

逆の面もある。 これがルールだと書かれていると、マニュアル主義というのだろうか、その世界から出て行くことが難しくなるのである。仕事のルーティーンを変えるのは並大抵のことではない。私がいた会社で経理や財務関係の業務改善を行ったことがあるが、外部のコンサルタントに仕事を見てもらい、まずベンチマーキングによる他社比較と業務プロセスを徹底的に分析する。内部プロジェクトを組んで充分検討し、コンセンサスを得た上で仕事のやり方を変えたのだが、時間が随分かかった。このような経験で、私は、香港での仕事の展開に際してはマニュアルを作成したり、ルールを明確化したりすることが大切だと思う。香港人のルールを重視する志向性を充分理解して仕事を組み立てるとうまく行くと思う。

 

子供が子供らしくなるのは

前から考えていたことがある。香港の子供達はどうして子供らしさが全身にあふれているのか。道端で出会う子供、電車の中で出会う子供、レストランで食事中に見る子供の仕草。幼児の場合でも、幼稚園くらいの子でも、小学校の低学年の場合でも同じこと。 とげとげしさがなくてまあるい感じなのだ。

 

香港人の家庭では夫婦の共稼ぎが前提であり、専業主婦は数少ない存在である。どうやって子供を育てるのか。それぞれの家庭の置かれた状況によって対応は異なるはずだ。統計があるわけでもないのではっきりしたことは言えないが、子供が一、二歳までであれば家族や親戚の人に見てもらうことが多いようだし、人のつてをたどってアマさんを探し、面倒を見てもらうことも多いようである。最近はアマさんといえば、香港人ではなくてフィリピン人のことを指すほどフィリピンからの若い女性の出稼ぎが増えている。親が子供に接する時間が多くなく、家族、親戚もしくはアマさんなどが育てるので、全体としては子供にかなりやさしく対応していると思われる。また、若い親たちも、朝の出勤前や会社から帰宅した後しか自分の子供に接しないのでとてもやさしく育てることになるのだと思う。

 

子供たちを先頭にしたパレード(中国回帰5周年のお祝い)

 

住宅関連の費用が高すぎるための共稼ぎである。私が勤務していた会社のスタッフも月曜日から金曜日まで夕食は殆どレストランでいただくというカップルが圧倒的に多く、どういう生活をしているのかなどと考えてしまったこともあるが、子供を見ると安心する。ちゃんと育っているどころか日本などで見るよりも子供が子供らしいのである。他人が子育てを行うという香港の環境下で育った子供たちのほうが子供らしくなるというのは興味のあることである。

 

海と山のある風景

日本に帰って毎日の通勤。だだっ広い関東平野の中、総武線で一時間くらい電車に乗ったって車窓からの眺めといえば街並みと商業ビル。 津田沼、 船橋、市川、新小岩、錦糸町と続くが、殆ど同じような街の風景が続く。 何とも言いようのない気持になることがある。香港の面積は東京都の半分ほどだが、ここには海と山があり、香港島、九龍、新界、離島部のどこに行っても海と山が楽しめる。イギリスの統治下の時代に香港の山の各所にトレイルが作られ、週末ともなると子供から老人までピクニックで汗を流したり、散策をしたりして楽しんでいる。 私が住んでいた半山区のアパートからもビクトリア湾が望めたし、バスで30分も行くと深水湾の海が目の前に開ける。週末になれば、お昼前から浜辺のコーナーでバーベキューの準備をしている人たちの楽しそうな笑い声が聞こえて来る。 小一時間、バスや電車に揺られるとそこは喧騒の国際都市香港ではなくて海と山のある風景、ここもまた香港である。

 

海の見える小さな街が大好きな私、日曜の朝はスタンレイ(赤柱、Stanley)によく出かけた。尖沙から地下鉄で金鐘、ここで6番台のバスに乗り、目指すのはスタンレイ。260番の快速バスが来て、私の前で待っていたドイツ人とおぼしき男性二人がそそくさと二階席に向かい、最前列に陣取る。なんと素早いことか。二列目の私と目が合ってお互いに笑みを浮かべる。家内が香港に来ていた時もこの海辺の小さな村にはよく出かけた。フィリピン人の若いアマさんのおしゃべりが小鳥のさえずりのように耳に響く。アバディントンネルを通ると海洋公園。ディープウォーターベイ、リパスルベイを通ってスタンレイまでおよそ30分である。西貢(Saikung)や南Y島、こういうところにも一時間ほどで行ける。こういう場所に身をおくと、時間の流れがゆっくりとしていてなんとも言えず、うれしくなり、心の凝りも和らぐことになる。時間の流れがゆっくりとしているのがなにものにもかえがたい。

 

香港の良さはコンパクトな空間のなかに、都会や山や海辺があるということだと思う。日本に帰り、だだっ広い関東平野の片隅で東京勤務を繰り返していると、あのような風景を日常空間にビルトインしている香港の人たちは天賦の環境に恵まれているとうらやましく思う。あんなに狭い空間なのに、山や海がいっぱいという感じになるのはどうしてなのか。やはり狭いところにいろんな自然がつまっているというコンパクト空間の利点なのか。

 

ビクトリアピークから薄扶林貯水池を望む  新しい赤柱(スタンレイ)、ムレイハウス

 

日本が好きです

日本の政治、経済はかつての「栄光」を忘れたかのように全くの自信喪失の状態であるが、おっとどっこい文化面(ここでは文学、音楽、芸能、食文化等幅広く捉えている)では「日本」がどんどん海外に進出している。アジアの国際都市香港でも街角には日本文化がいっぱいである。

 

古い話で恐縮だが、私が滞在中の香港でチャゲアスや酒井法子のコンサートに大勢の人が集まっていた。宮崎駿監督のアニメもおおはやり。もののけ姫のテーマソングが香港に流れる。香港のMTR(地下鉄)などでグラビアの頁がたくさん入った日本の週刊誌を抱えている男女をよく見かけたものだ。ファッションに対する興味なのか?日本料理屋での香港人、大声でわいわい言いながら皿に大盛りのサーモン(三文魚)のお刺身をほおばる。単身赴任であった私は食料品の買出しで銅鑼湾(Causeway Bay)にある崇光(そごう)デパートによく足を運んだが、いつ来ても食料品売り場は香港の人たちでいっぱい。何を買っているのか、というと実は日本のお菓子や食べ物である。日本のお菓子屋さんは、香港で良い商売をしている。誰がこのような状況を作り出したのか知らないが、たいしたものだと感心する。良い匂いがしているので近寄ってみると黒山の人だかり、何とたこ焼きの販売を行っているのだ。

 

香港では子供たちも「日本、大好き」。街角でキティーちゃんグッズを抱えている子供たちをよく見かけたものだ。テレビ番組も日本の漫画ものを広東語の吹き替えで放送し、子供たちは画面を食い入るように観る。

 

香港中文大学が行ったアンケート調査では、最も好きな国として日本が何度も選ばれていたし、香港観光協会の統計でも、何年間か連続して、日本が香港からの旅行先として第二位のポジションを占めていた。もちろん、この統計では中国は除かれている(隣の深圳などは毎日香港から通勤している人も大勢いるからである)。一位はタイ。これは「安、近、短」傾向のあらわれと思う(タイの人、ごめんなさい)。日本への旅行は近隣諸国と比べて、コスト的に割高感があることは間違いないのに何故?香港のローカルのテレビ番組で、日本の温泉やテーマパークの紹介の番組が多いのは何故?温泉でお風呂に入った後、浴衣でお膳いっぱいの料理を香港の人がつついている場面が出て来る。実は、香港人はテーマパークが大好きときているが、海洋公園(Ocean Park)などに何度も行くと、時間があれば、日本のテーマパークに行きたくなる。九州にはこういう公園施設が多いと聞く。従って、九州に足を運ぶ香港人の家族は少なくない。香港人は、東京や大阪、京都などだけでなく、地方都市近辺にもよく出かける。安芸の宮島、兼六園にだって香港人は出かけているのだ。

政治、経済では落ち目の日本だが、香港では日本が文化面で大健闘である。フレー、フレー、JAPAN。

 

仕事場としての香港と日本人

香港で生活している日本人長期滞在者は約二万五千人と言われる。香港企業、欧米企業や日系企業で働く日本人。現地で独立、起業した人、日本料理屋を開業した人とそこで働く人たち、お医者さん、学校の先生、現地のホテルで働く日本人等々。「第二志望の人生でも生きる基準をつかめば充実する」というのはアジアで新しい人生を築く人に向けた邱永漢さんの言葉だが、第一志望が日本の国内にいることであるかどうかは別にしても、香港で働く人たちのモチベーションが極めて高いこともよく知っている。私の香港勤務時代の同僚で何年も香港に住み続けている人は少なくない。香港駐在組みは独立志向が強く、親会社から帰任の命令が出てもそのまま現地に居座る人も跡を絶たない。アジアは広く、香港は中国大陸のゲートウェイなのだ。

 

2003年の秋に香港を訪れた時、この土地で会社を起こし、仕事をしている二人のかたにお会いした。日曜日の夕方、IT関連の仕事をしている友人と中環の有名なホテルのロビーで落ち合う。友人の顔を見つけ、路面電車で東へ数分、湾仔(ワンチャイ)の路地裏にこの中華屋さんはある。調味料が無農薬の素材を使っているというのがこの店の売りものという。自分で会社をやっていると、いつもは公私の区別なく、多忙な毎日であろう。この日は北海道の集まりがあり、あるところでバーベキューをやっていたという。百人を超える参加者であったというから大人数である。香港交流会という組織があり、近く日本からスピーカーを呼んで講演会をやるという。企業家はつねに活動的であり、仲間を求め、ネットワークをひろげていく。「六十歳を青春まっただなかという感じで通過したい」という。動き続ける人生である。

 

翌日、葵芳(クワイフォン)のビル街にかつて同じ企業グループの関連会社の代表者をしていた人を訪ねた。三、四ヶ月前に六十代半ばで自分の会社を起こし、経営コンサルティングを行っている。以前より若くなった感じで張り切っている。自分の事務所を構え、開業初期の段階で数名の香港人スタッフを使っている。日本企業の華南地区における活動を支援している。これまで香港で蓄積したノウハウやネットワークを活かしての仕事である。自分の考えを実行に移せることがすばらしいが、いずれにしろ毎日を楽しく暮らせるのが一番である。

 

自分流で動き続ける

会社に入って数年経ったところで、イギリスのロンドン大学(The London School of Economics and Political Science)に留学に行ったことがある。大学の始まる前の二ヶ月間、ロンドン郊外の英語学校に通っていた。下宿先のおばさんが毎日を実に立派に暮らしているのを見て、自分もいつかは堂々と生きていきたいと考えていたことがある。とにかく背筋を伸ばして自分のペースで日常を送る。

 

日本に帰ってからも時折訪れる香港、ここに来て街角を歩いたり、海辺の村に出かけたりしていると、ここのところ忘れていた暮らし方の精神を思い出すような気がする。香港の街にいると妙に気持ちが和らぎ、とげとげしい感覚もすっとなくなるから不思議である。これからの人生設計についての構想なども自然体の構えから出てくる。

 

魔法の磁石であらゆるものを引きつける中国、その中国の南の玄関口に位置するアジアの国際都市香港。「流れは中国」というなかで経済的にも社会的にもまだまだ多くの問題を抱える香港であるが、香港は香港であり続ける。したたかに動き続ける都市国家香港、そしてそこに住む近視眼的で根明(ねあか)の香港人たち。とにかく、動いてみる、間違っていればまた直せば良い。”A Rolling Stone Gathers No Moss.”という表現があるが、アメリカ英語で言えば、「転がる石に苔は生えない」は前向きのフレーズである。とにかく転がり続けること、動き続けていればなんとかなる。「明天更好、A Better Tomorrow」、私の好きな香港にエールを送りたい。

(2004年2月)