大きな住宅が建ち並ぶ一角。「終の住まい」を目的として、M邸は2006年の秋に完成しました。50歳代のMさん夫婦にとって、老後の暮らし方を視野に入れた家づくりです。
「家族との関係が、とても心地良く感じる家になりました」と、にこやかに話される奥様。 この家は、もともとご主人の実家で、高齢のご両親とお姉様が暮らしてきました。利便性と安全性を考慮してマンションに移られ、そっくりここを譲り受けることに。新築を検討しましたが、思い出を残したかったのでリフォームを決意。実際、新築と同じぐらいの経費をかけたようです。
設計を依頼したのは、建築家・桑原廣氏。もともと友人を介しての知り合いで、自宅に招いてのバーベキューなど、家族ぐるみの付き合いがあり、互いの趣味趣向を理解していたので安心して任せられました。
お願いしたコンセプトは、これから老後を迎えるにあたり、「終の住まい」としたいというもの。特に夫婦の心地よい距離感の演出を要望されました。それはご主人の退職後、家で常に顔を合わせる暮らしに変わっても、ほどほどの距離を保ち、互いに気ままにできるようにと。
上がってきたプランでは、1階にLDKと畳の部屋、2階は家族の寝室。1階を共有スペース、2階を個人のための部屋と、用途をしっかり分けた間取りです。そして納戸部屋など、収納専用コーナーもしっかり確保。ひとつのドアでウォークイン・クローゼットを振り分け、夫婦の寝室は別。「つかずはなれず」の距離感です。
「1階での夫婦のほどほどの距離感を、どう具現化させるか苦労しました。開放感とプライベートという矛盾するものの両立ですから」と、当時を振り返る桑原氏。
「そこで、ひらめいたのが、例えばリビングの飾り棚です」
仕切りのような棚が、キッチンとリビングの微妙な距離感を演出しています。互いの姿は見えながら、何をしているかまでハッキリはわかりません。ダイニングとリビングの間は段差があり、心理的な効果も実現。また、ダイニングとキッチンの壁も絶妙です。すぐ近くなのに、壁1枚で仕切られて、視線が一切合いません。
奥様は料理関連の仕事をされていることもあり、広々と使いやすいキッチンを家の中心に据えました。それは、いつでも家族の気配を感じられるためでもあるそうです。吹き抜けの2階まで、しっかりと声も届きます。
キッチンはベルテクノ製。決めては広いカウンターでした。幅が110cmで、ワークトップにサイルストーンが使われています。パンの生地をこねるのにうってつけの頑丈さです。
玄関からダイニングまでの廊下と平行して、ダブル通路になっているのも特長です。バスルームから大型の食品庫、キッチンまでの動線が2つあります。
「大人の住まいを意識して、開口部を小さく絞りました。1階は明る過ぎない落ち着きのある空間に。しかし、吹き抜けのトップライトからしっかり明かりを取り込み、白い壁の間接光でけっして暗くは感じさせません。さらに、壁面を増やすことで、耐震性の向上も図れました」と語る桑原氏。
老後の穏やかな時間。安心して暮らせる細かい配慮が、建築家の技によって施されました。互いに好きなことに熱中している夫婦の暮らしを、この家が見守り続けることでしょう。 |