11歳になった日に
誕生日のメッセージをありがとうございます。
幼い私の言葉にいつも耳を傾けてくださるかたがたがいることに、
私は希望を持つことができます。
昨年は母が妊娠中のため、F.C.がなかなかできず、少し欲求不満気味でしたが、
今年はかわいい妹が生まれ、
話せないことより、自らそばに寄れないもどかしさを感じ、また欲求不満気味です。
この状態を少しでも良くしたいので、私は父と母の協力のもと、
またボランティアさんの協力のもと、暖かくなったらリハビリを再開する予定です。
私は、私の言葉が人々に言葉として通じないことにもどかしさを覚えます。
私は、私の行きたいとこに自由に行けないことにもどかしさを覚えます。
私の肉体は私の思い通りには動きません。
私の声は私が話したいことを紡ぎ出すことができません。
それはとても悲しい出来事です。
私は時として大変な孤独と戦わなくてはなりません。
それは、宇宙にぽっかり浮かぶ遭難者のようです。
私は生まれる前からこの孤独を知っていました。
私は私の世界を分かち合うことで私自身の孤独を解放していきました。
私は人知れずいつまでも孤独であることを知っています。
私が知る深淵の世界を語り尽くすには、この世は短すぎるのです。
時間という存在と空間という存在、それらがこの世で私を縛るのです。
私は重力に捕らわれた私の肉体を解放させるため、
私がし続けなければならない事を知っています、それが何かを。
でも、義務でそれをやっていたら、
私はこの世に生まれた意味を苦しみとしか受け取れなかったでしょう。
私は楽しむために生まれてきたのです。
悲しんだり、嘆いたりするために生まれたのではありません。
それを私の深い魂の部分は知っています。
どうしたらいいかをいつでも話し合う家族と共にある私は、とても幸運な子供です。
私は夢をあきらめることはしません。
いつでも夢を見続けています。
毎年毎年、私は決してあきらめることのない夢を見続けるのです。
私はいつでも楽しんでいます。
どんなときでも楽しんでいます。
昨年、左手を骨折したときも、今年、右足を床にぶつけて熱を持ったときも、
私は楽しむことをやめたりはしませんでした。
私は何かと戦ったり、だれかと戦ったりすることは決してしません。
ですが、自分を楽しませることだけは怠らないようにしています。
父のようにヘコまず、母のように感情豊かに、
私はそんなふうにずっと生きたいと思っています。
今年の1月18日に妹のソマが生まれました。
私の妹です。
自宅で生まれたソマは、生まれた時から家族四人で過ごしています。
父と母が、私が生まれてすぐ三カ月も病院で過ごさなければならなかったことを、
かわいそうだったねと言ってくれます。
私はその思いだけで十分満たされた気がするのです。
人々に起こった過去のトラウマは、
今現在どうしていくかですべて解消されていく気が私はするのです。
ですが、できうるなら、子供たちの始まりは、より良くあってほしいと願うのは、
今でも変わりません。
ソマは生まれる前から祝福された子供です。
人々がみんなで待ってくれた子供です。
もし始まりがそういう子供であったなら、愛されて生まれてきた子供であったなら、
どういう人生を歩もうと幸せになれると思うのです。
できるなら、この世に誕生する子供たちがすべて祝福されて生まれてきてほしいと、
私は願わずにいられません。
私が条件を付けられず、愛されたように、
すべての子供たちが無条件で愛されることを祈っています。
時間はそれぞれに使わなければなりません。
母の体は一つで、ソマにはおっぱいが必要で、
彼女はママを絶対に必要としています。
私は、話すだけなら父ともできますが、
文章を書くとき、母でないと微妙な部分が伝わらず、
とても時間がかかってしまうので、やはり私が話したり創作活動をするのに、
まだ母が必要です。
母の体は一つです。
細胞分裂して二つになってくれるわけにはいかないので、
私はソマにとって大切な時間を奪いたくないので、
今年もなかなか書くことはままならないかもしれません。
ですが、限られた時間で私は私の想いを大切に伝えていこうと思います。
ソマが、私が受けた愛情をしっかりと受けてスクスク育つよう、
私は私のできうる事を最大限するつもりです。
声をかけることができなくても、なでてあげることができなくても、
私はいつでもまなざしを送ろうと思います。
今の私にとって、ソマは最大の宝物です。
この世に彼女を送り出してくれた大いなるものに感謝して
11歳になった日に
流奈
2001/02/11
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