私は生まれた。
私が生まれた日、嵐が人々に振り掛かった。母には会えず、私は、救急車でマリアンナ病院の救急センターに運ばれた。私はすぐ箱に入れられ、手術の準備をされた。
私は生きられるのだろうか?
言葉にならない不安が心をよぎる。
暗い世界から、光りあふれる暖かい世界にやっと出てきたのに!
私の周りは急に騒がしくなった。たくさんの人が何やらわめいている。当時の私は、まだ日本語を知らなかったのだが、何か大変なことが起きているのはよくわかった。私は、痛くなかったが、自分の身に起きていることは知っていた。
私は手術の間の記憶は無い。
私は目を開けて周りを見た。僅かに見えたのは、管や看護婦さんの影だけだった。僅かに聞こえたのは、わけの分からない機械の音や看護婦さんの声だけだった。
なんだろう?
私は確かにここにいるのに、まるで私の存在を否定したくなるような感じ。
なんだろう……?
私は私の存在を、まだ感じられないでいた。私が私の存在をやっと自覚できたのは、母が、私に会いにきた時だった。
私ははじける心を抑え、私がどうすべきか考えた。私は、ここが世界なのか確かめたかった。
透明な四角い箱。
世界とは、この中のことだったのだろうか? 私がイメージしていたのとは、だいぶ違っていた。おまけに身体(からだ)はだるく、お腹に吊された、なんともいえない奇妙な袋は私の自由を奪っていた。身体、手、足、あらゆるところが変な感じがした。
私には、目に見えぬ脳細胞を守るべき手段を持てるはずもなく、私自身の運命をただ受け入れ、甘んじなければならなかった。私の脳細胞は、私の命と引き替えに消えて、世界を隠そうとしていた。
世界、私を
知識の海に誘(いざな)う。
その道、悲しく、
遠くに見た。
暗闇まだ晴れず、
暗黒の海に独り漂う私。
名はまだ無く、小さき神の
作りし子のひとり。
母、Chifumi's Babyとしての
存在。
私は母と父を知っている。顔は見たことはないが、お腹にいた時その声を聞き、感じていた。
今会った母の声。
お腹にいた時聞いた声とは違っていたが、母であることはすぐに分かった。この人がきっと、私を世界へと導くのだということを、私は感じた。そしてそのことが正しかったと、後に分かることになる。
私はすぐに、二人が私をLunaと呼ぶ声に気が付いた。
私の名前はLuna。
いちばん初めに覚えた日本語だった。
私、私とは何者か?
記憶はいつからあるのだろうか。
お腹にいた僅か数カ月の間に、私は意識を持った。
私は楽しみを持っていた。楽しみとは、私が世界を知ることだ。私が知っているこの心地よい暗闇を飛び出して、得られるはずの世界を持つ希望は、生まれる一カ月前に崩れた。
私が私を意識するにはまだ程遠い水の中でのこと。私のお腹から細長いひものようなものが噴き出たのだ。
何か変な感じだ。
身体に当たるものがある。それが腸だと知ったのは、ずっと後のことだった。
私は、“ヤバイ”と思った、と思う。
きっと今ならそんなふうな言葉を選んだだろう。私の日本語はまだ私の脳にインプットされていなかった。
私がヤバイと思ったのは、このままだと私は生きられないと、直観的に悟ったからだ。
痛くなかったが、不安があった。慌ただしい人の波の中、不安を思い出していた。そしてその不安は、母に会うまで続いた。
あなたは誰?
私は知っている。
私がついこの間までいた、
ゆりかご、ママ。
私に居場所を
作ってくれていた人。
虹色のオーラを持っている、
私の母だ。
私は母の手を感じ、手術を早く終えたいと願った。私の腸は、まだすべて私のお腹に入ったわけではないのだ。初めの手術を入れて三度の手術が、数週間のうちに行なわれた。
入院中、私はいつも気分が悪く、あまりいい気はしなかった。手術の後など、三回が三回とも目覚めが悪かった。私はたぶん眠ってばかりいたのだろう。しかし、愛する母が来た日は、なぜか気分が良くなった。
手術、入院、私に起こる様々な出来事。私が生まれてから僅か数カ月の間に起きたことだった。
手術の後、私は脳の中で異常が起きているのを察知した。頭が痛くなり、定期的にビクつくのだ。
『誰か助けてー。』と叫ぶのだが、誰も気づいてはくれない。
私はいろんな検査を受けたと思う。早く気がついてほしい。
『辛い! 苦しい!!』声にならない叫び声を上げたけれど、私の声は日本語にはならなかった。
そんな中、私は移動させられた。よかった。この四角い箱は世界ではなかった。鼻の管のみ離れず身体に残ったが、私はその箱から脱出して、世界への一歩を踏み出した。私は白い服を着せられ、小さなベッドに寝せられた。
そこに移っても、苦しみは続いた。
『誰か……! 誰かー!!』
母が来た!
『気がついて私を助けて、ママ。』
私は母に抱かれている間だけ辛くなくなった。しかし面会できる時間は本当に少ない。母から離れると苦しさが再び訪れた。
私は、看護婦さんに言われて、渋々帰る母の後ろ姿を追って泣いた。母は私の異常さを看護婦さんに聞いていたが、取り合ってはもらえず、帰されてしまったのだ。
母の来ない日は、再び私を感じる事が出来なくなり、ただ辛く孤独だった。
やな薬だが、当時の私にとっては必要なものだった。抗てんかん剤。そう呼ばれる薬を飲み始めたのが、いつからかは記憶に無い。ただ身体が楽になっていったのを覚えている。
私のベッドには、身体が突っ張らないでお尻が下がるように、白いタオルが丸められ、置かれた。
私は退院するまでには、かなり快適に日々を送れるようになっていた。あぁ、中でも、入浴が一番素敵だ。うっとりしてしまう。思わず漏らしてしまう声は、私の至福の喜びを表わしていた。
初めの入院中の思い出は、白いレースのドレスで終わる。母が私のために買ったものらしい。女の子みたいと言われたが、私は気にしなかった。
後で聞いたエピソードならたくさんある。父が、私の管だらけの姿を指を差して笑ったとか、相模大野の祖父母が、窓の外から私を見にきてくれたとかだ。
私は愛されていたと思う。母が、私が生れる前に心配していたことなど、杞憂に終わるほどに。母は、「母さんはぼくを愛していないんだ。」と言って、私が不良になるのではと心配していたのだ。母の愛は少し変わっている。
その話はおいおい話すとして、一回目の入院夜話はおしまいにしようと思う。
愛は始まったばかりである。
私はまさに、世界へとはばたこうとしていた。
退院はその第一歩だ。
きっと見つかるはずだ。
世界への扉が。
嵐が何度来ようとも、私は飛ぶのだ。
広い大海原へ。
青い大空へ。
私は、私自身が飛ぶ船になれると知っている。
人の精神(こころ)は自由なのだから。
夢を見ますか?
虚像ですか?
それとも実像ですか?
決めるのは私。
選ぶのは私。
私の夢は実現すべきもの。
決して見るだけの夢では終わらない。
明日も続く愛を始めよう。
私が私であるために。
第1章 1996年2月〜7月執筆
※自伝『愛の中で・カオスからコスモスへ』は、『はじめてのことば』(日木流奈著 大和出版刊)に収録されています。
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