削ろう会の鉋の薄削り
TOPページ >鉋、削ろう会

鉋、削ろう会

平成9年に生まれた削ろう会も平成21年秋で代24回を迎えました。最初は薄削りを遊び心で競う削ろう会も現在では大工道具を扱う方の一大イベントに発展したと思います。

今でも最初の趣旨と変わらず、いかに鉋屑を薄く綺麗に出すかと言う薄削りに変わりなく、毎回多くの参加者で会場はにぎわっています。数値的には2ミクロン、3ミクロンと言うもう限界に数値も見ることが出来、最終的には薄く削れているのに計測器は0を示すだろうと言われています。

会場で話しかければ多くの方と友人にもなれ、技術向上、情報交換も盛んに行われています。あなたもぜひ、削ろう会に参加して見ませんか?? 見学は自由で上記情報交換などは参加せずとも行えます。

それと地方の削ろう会も地域別にミニ削ろう会として行われており、私の住む九州でも、福岡、大分、宮崎などで毎年一回づつ行われています。

削ろう会全国大会

年1回の全国大会では二日に渡り講習、実演や薄削りが行われます。又、鉋鍛冶、鋸目立てなど多くの大工道具職人のブースが設けられそれらの販売を行われています。


第28回 削ろう会 宇和島大会


第26回、削ろう会廿日市大会

広島県で平成22年9月18日、19日に行われる全国大会の案内です。久々の西日本での削ろう会、西日本の方、よい機会ですので、お出かけ、ご参加下さい。


第22回与板大会

第八回に続き二回目の大会。大工道具の町だけあって、実演も多く実際指導も受ける事が出来て勉強になる大会でした。この大会で私は久しぶりに鉋削りの方に参加し、薄削りを一日中楽しみました。

第22回与板大会

第23回削ろう会東京大会

東京で行われた削ろう会、会場は幕張の高度ポリテクセンターでした。 この大会で私は大工道具の展示の方にいましたので、削りは行いませんでした。

第23回削ろう会東京大会

九州のミニ削ろう会


ミニ削ろう会IN久留米

福岡ミニ削ろう会


大分削ろう会

毎年6月に大分の職業訓練校で行われています。湿度も上がった時期で良い記録の出やすい会場です。 参加者も多く活気があります。高速道路のインター近くで交通アクセスも良いところです。別府温泉にも近いです。会場には超仕上げ鉋盤もあり、削り材の表面の通りが悪くなったら削り直せます。

大分削ろう会

宮崎削っちみろ会

宮崎削っちみろ会

「削ろう会」とは

大会を開催する意義

技術の伝承の場

削ろう会の世界への広がり

会報の会員紹介リレー投稿

前号の久留米のYさんから依頼され会報の会員紹介リレーを各事になりました。この文章は2017年の9月の削ろう会会報へ掲載される文面です。
私の父方の祖父は、削り台と道具箱だけで建具屋を立ち上げ、父も兄弟と共に後を継いだ建具職人です。母方の祖父も指物師で、数寄屋作りの邸宅の池にかかる屋根付きの太鼓橋をかけたり、箪笥や彫り物まで一人でこなす職人だったそうです。そんな血筋からか私は幼い頃から建具の端材を切り、鑿で削り釘を打ち想像した物を自分の手で作り出す楽しさを知り、遊びの中で大工道具を使う基礎も自然に身についたようです。

父の後ろ姿

父の建具を作る光景は機敏で無駄が無く、道具を使う手つきは正確で子供ながら見入っていたのを覚えています。父の背中を見て育った私はパイロットだったはずの将来の夢は、いつの頃からか建具屋になったのです。中学になると、夏、冬休みには強制的に父の職場に連れて行かれ建具製作の手伝い、現場の小取りをさせられました。今になって思えば亡くなった父に削ろう会を見せてあげたかったですね。

鉋の疑問から大工道具屋へ

高校卒業後そのまま就職し建具製作を覚えました。手柴建具店は仕事が綺麗な建具屋です。分からない事を聞くと的確な答えが返ってくるのですが、鉋に関してはそれぞれ答えが微妙に違いました。
私はどうしても鉋の疑問について納得いかずいつも大工道具を購入していた、大川市の志岐大工道具店で聞く事にしました。
当時はインターネットもなく削ろう会も有りませんでしたので、詳しい方に直接会うしかないのです。
その店は当時九州では有名な鉋に強い店で直ぐ使いの鉋がずらりと並んでいました。ご店主に鉋に悩んでいた疑問にうついて話すと的確なアドバイスをもらい、その通りに調整すると鉋が別物に生まれ変わったのです。
引きは軽く、建付けで思うままに削れ格段にスピードが上がり、疲れも減り自分の技術が一段上がったのを体で感じました。
それからは鉋にのめり込み更に探求するようになり、志岐大工道具店に通うようになりました。目の前で手掘りの台打を見せてもらい、毎晩台打ちし翌日仕事で使う事が楽しくなり、大工道具全体の奥深さに魅せられていきました。そしていつの頃からか大工道具屋をやると決めたのです。8年間のバイクライフに終止符を打ち、愛車を売り払いそのお金で宮崎県都城で赤樫の丸太を買い、鉋台に製材しました。周りは何を考えてるんだと思っていたでしょうけど、私は本気でした。

大工道具店の開業

道具店の開業については削ろう会の世話人をされていた故松田豐先生と知り合う機会があり、多くの方をご紹介頂き開業できたのですが、大工道具の商売は簡単でない事を直ぐに痛感しました。一番ショックを受けた言葉が「今頃鉋を売っているのか」と言われたのです。もはやそんな時代では無いと大工道具について現実を突き付けられ落胆しました。この頃が私が一番苦労した時期であり人として成長した時期かもしれません。
1999年インターネットを始めると直ぐに、売る側と買う側を結びつける強い力がある事がわかりました。買って頂いたお客様から、代金と共にお礼の品が届く事が何度も続いたのです。聞いてみると自分が住むところには無い良い品だから嬉しいとの事。それからは昼間は家具製作など木工業、夜はネットの世界で大工道具を売る日々。
まさに二束のワラジ履く生活でした。いつの間にか家具製作と大工道具の販売の比率が逆転し、どちらが本業かと聞かれますが、もちろんどちらも本業です。
ホームページを持っていると、たとえその内容が実際やってみれば簡単に分かる事でも多くの質問を頂きます。インターネットの出現により疑問はまず自分で考えて解決するのではなく、ネットから簡単に引き出すものと思っている方が多いようです。
もちろん鉋についても自分でやってみて分からない事や疑問に思う事は削ろう会などで聞かなければいけませんが、今の日本はまず自分で考えやってみるという力が減少しているように思えます。
資源の無い日本に技術が無くなってしまったら何で発展すればよいのでしょうね。人手不足が現実になった今、職人になっても仕事がきついと直ぐ辞めてしまうなど、楽な仕事を希望する人が増えていく傾向は残念です。

削ろう会との出会い

削ろう会については当初小規模な集まりが数千人規模の大きな集まりになりました。薄削りを競う場、技術や伝統継承など、学びである削ろう会の意義は大きく、私も第8回の与板大会からほとんどの大会に参加しています。
削ろう会では多くの方々と巡り合い、道具を使う側として、また販売する側として多くの事を学んでいます。
鉋を購入されたお客様を削ろう会へお誘いすると、興味はあるけど上手くなってからとか、見学だけとか、敷いが高くてなどと言われ残念に思います。薄く削る事、それは研ぎや調整、削り方などの鉋の基本を追求した結果でもあります。
この応用が色々な加工場面に生かされる事を、木工業に携わる私は実感しています。よく見ていくと手道具の切削理論は木工機械の基礎となっている事も見えてきます。手道具を使いこなすことは、木工機械や電動工具を使いこなす事につながり、綺麗な加工は工期短縮へとつながります。
日本の伝統技術の継承は、人口減少、熟練技術者の退職、後継者不足などにより消滅の危機を迎えています。削ろう会はそれを防ぐ大きな役割を担っている数少ない集まりです。多くの地域で全国大会を開催し多くの方に賛同会員を増やし、参加して頂きたいですね。



大工道具の曼陀羅屋について

店主は建具職人歴12年修行し独立して 無垢の家具製作と大工道具の販売の 二足のワラジを履いて25年以上になります。 長崎県佐世保市に実店舗を構え、ご来店の際には商品を手に取ってお買い求めできるようにしております。

詳しい案内
大工道具、ご購入案内

お急ぎ電話注文
TEL 0956-46-0903 出ない時 090-5247-6198

簡単メール注文
cbk99780@pop06.odn.ne.jp
件名に注文、本文に下記を記載
品名,住所,名前,TEL,支払方法(代引,銀行振込,カード)