登山モノスキー万字峠

絶好の晴天に恵まれた万字峠登山モノスキー登りは、良かったのですが、下りでモノスキーが全く滑らず

予想を反して下りを永遠ストックワークのみで、コギ続けてゴールに着く頃には、真っ暗闇となっておりました。

その後車で、帰宅途中に体の異変で救急車のお世話になってしまいました。関係者の皆さんご迷惑を

おかけいたしました。また、I君、K君、妻と、後始末有難うございます。


夕張から岩見沢へ抜ける万字峠が1月9日に、冬季閉鎖となり(昨年は、12月末)、軽く雪が付いた1月18日に

夕張側のゲートから登り、下りの長い万字側へ滑り下りる計画です。

    
朝早くから2台の車で平地迂回路を使いゴール地点万字ゲート付近へI君の車を置きに行くと、前方にオレンジ

ジャケットを着た10名ほどの集団がこちらを睨んでおります。昨年も万字で出くわした鹿撃ちのハンターです。

皆さん肩から鉄砲を下げておりました。I君が挨拶に行くと私達が滑ってくる山の方向とは、違う山へ入るそうです。

こっちの山に来たら撃たれるぞと、冗談の脅かしを掛けられておりました。ゴールの万字へ一台車を置き、スタート

地点の夕張メロン城へと向かいます。メロン城ゲートには、スノーモービル軍団が来ており、トラッククレーンを使い

10台ほどのスノーモービルをゲート内側へ下ろしておりました。


    
道路に積った雪は、20pほどで、つぼ足で登っておりましたが、途中から積雪量が30pとなりカンジキ歩行と、

なりました。スノーモービル軍団は、蛇行した道路を進まず、前回登った丁未のズリ山から一直線に山を駆け上がり

丁未公園へと進んで行くエンジン音が聞こえました。


    
10時から登り始め動物の足跡以外何も無い眩い雪面を永遠進む事2時30分で、ほぼ山頂の丁未公園に到着し

昼食のパンを食べました。ここからもう30分登り、午後1時20分頃から下りの滑る用意です。


    
山頂付近の道路には、山から山へ移る移動のスノーモービルの跡が有り、2度ほどスノーモービルともすれ違い

ました。彼らも深雪スキーヤーと同じで、尾根の幾分緩やかな斜面から上がり深雪急斜面を木を交わして降りたり

障害物の無い斜面は、アクセル全開の爆音で車体停止一歩手前まで一直線に斜面を駆け上がっているようです。

山全体に一通りスノーモービルの跡が着くと、次の山へ移動しているようでした。初心者迂回通路並の斜面に

できたモービルの跡を利用してモノスキーに、スピードを付けて滑る作戦に出ましたが、予想に反して、ストックで

漕がないと全く前へ進みません。(積雪量が少ないと立ったままゆっくりと、直滑降で滑れると思いましたが、)

I君のスキーも同じで、ストックで漕いでおります。これは、大ピンチです。登った距離より下りの距離がかなり長い

この場所で滑る事ができません。I君は、踵が浮くビンディングモードに切り替えモービル跡を二人で歩くスキーの

用にストックワークでゆっくり歩くようなスピードで進みます。足がくっ付いたモノスキーの私には、なかり厳しい

条件です。途中からモービルの跡も無くなり山スキーの動きをするI君が先頭をラッセルして道を作り、後ろをモノスキー

をストック漕ぎで付いて進みますが太陽が山影に入り夕暮れが近づいて来た時、万字のハゲたズリ山とゴール

ゲート付近の大きな青い標識に最終民家が一家やっと発見し目標地点までの距離が解り最後の力を振り絞って

二人でストックを漕ぐ事1時間、最後の30分は、暗闇の中で地面の雪明かりを頼りに前へ前へと進み5時30分に、

万字ゲート到着です。登り3時間下り4時間二人共に、根性のみでたどり着きました。


      真っ暗闇の中、置いておいたI君の車前でヘトヘトポーズ

3時間登り峠山頂で私の力は、7割消費済み、I君も疲労で毎回現れる股関節の痛みに苦しみ始めてから

登りより長い下りを4時間ほとんどをストックワークの力で滑り首回りが固まり気味です。

I君のジムニーで暖を取りながら遅い昼食になる予定だったオニギリと、お茶が夕食となりました。

暖かな飲み物を飲みながら、岩見沢を回り夕張へ私の車を取りに向っている途中に、胸ぐわいが悪くなり

呼吸も苦しくなると、手、足がシビレ始め手の指が縮まったまま硬直して筋肉が固まり全く動きません。

最後に顔がシビレてきて、呼吸がやっとです。運転しているI君に救急車を呼んでくれと頼み、車を継立の町へと

急いで向ってくれました。私は、継立の町へ来た救急車に乗り栗山の病院へと運ばれました。

救急車が来た時点で5割ほど、ぐわいも回復しましたが10本の指が硬直して以前動きません。病院に到着

した頃には、指も動き始め、呼吸もある程度回復しておりましたが、口に、ビニール袋をかぶせられゆっくりと

呼吸しなさいと言われ処置室で1時間ほど横になっていると手足のしびれもとれ、最後に食べた物を嘔吐して

ほぼ回復。さらに1時間病院で休息後、帰宅の許可が出ました。先生も疲労とカカンキなど重なり呼吸が苦しく

なり、手足がシビレ動かなくなったのではないかと言ってました。私的には、疲労困憊している体が一気に入って

きた食べ物を受付られなかったのから始まった気がいたします。

私が処置室にいる間、I君が私の妻に連絡して、妻の車にモノスキー仲間のK君を乗せて来て、夕張へ置いて

きてある私の車をI君、K君が回収して我が家に届けてくれました。この事件に関係した皆様方ご迷惑をおかけ

いたしました。また、有難うございました。 私の計画したスキー登山に翻弄され、ヘトヘトな上に、私の救急車

事件の後始末もしてくれたI君には、一番感謝いたします。 


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作成   2009/1/21