夕張福住人車(ケーブルカー)跡 調査滑走


以前福住地区は、傾斜地の山上まで段々畑のような土地を造成し炭鉱住宅を立て下から1区、最上部を

7区と分け多くの炭鉱労働者が住んでいた場所へ街へと出向く手段に、炭鉱会社が無料の人車(ケーブルカー)

を設置し一日80回の往復をしていた場所です。現在は、住宅も無く誰一人住民も居ない場所となりました。

3年ほど前までは、この斜面中腹にある花とシネマランド公園へ行けましたが、現在は、道道からの入口を

ゲートを締め人を寄せ付けない場所となっております。

    
道道から少し登ると、人車の下をくぐる道路を発見し、ここから人車跡路線を登って行きます。幅4mほどの一本道が

真っ直ぐ上へと続きます。同じ傾斜路線にするため山を削ったり、橋の下をくぐったり盛り土で一直線にして、時折

開けた平坦地は、停留所と思われます。左右に広がる傾斜地は、段々畑のような炭住跡が永遠に山上まで続き

住宅や住民の多さにおどろかされます。現在は、二トリ計画で全ての平たい段々土地へ2m四方おきに、細い桜や

紅葉の苗木が数え切れないほどの数が植えられておりました。近い将来、障害物の少ない土地が森へと帰り

モノスキー滑走が出来なくなる感じです。


    
中腹から上は、盛り土で路線を確保しており終点と思われる一番上までは、歩いて1時間ほど掛かりました。

左写真左下の建物は、この場所下部にある旧シネマランド公園の人工滝で使用していた水を循環させるポンプ施設

と思われます。この場所を登りつめた所で目の前をパジェロが通過して行きました。なぜこんな場所に道路が

あり人が居るのかと目を疑いました。彼らは、(救急車事件の)夕張〜万字線の冬季閉鎖ゲートから許可を得て入り

林道をブルトーザーで除雪し山奥から木を切り出して仕事をしておりました。彼らも私の存在にきずき、なぜこんな

山奥に人が歩いているのか驚いたと思います。ふと右方向を見ると見覚えのある丘が、12月に登った丁未のズリ山

でした。以前ベルトコンベアーの設置されていたと思われる緩やかな傾斜尾根を歩いて進み、ズリ山山頂を目指し

ましたが、物凄い強風にあおられ体が吹っ飛びそうで断念し真上にある山を更に1時間登って行きました。


    
この山も木が少なくモノスキー滑走には、最適の山です。車から2時間登りほぼ平坦な山頂へ到着です。

雪的には、粗目雪が固まった上へ3pほど昨夜の新雪が乗り、絶好の好天と合間って眩い白が引き立ちます。


    
滑り出しは、緩めの斜面ですが途中から急斜面へと変わります。右写真シュプール以外の真っ直ぐに付いた跡は、

以前スノーモービルが走った跡です。この後から人車の有った場所へ滑り下りていきます。


         
人車終点から、この一本道路のような斜面を滑りおり、途中から旧住宅地の段々畑風の階段を波乗りで滑りおりました。




昭和時代の人車跡写真




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2009/3/21