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CAT BOOKS

写真集
動物写真家・岩合光昭の写真集3冊のほか、エーゲ海に住むネコたちのCD-ROM写真集、東京を舞台にした一冊など。
攻略本
ネコを上手に撮るための本「こっちむいてよジジ」は、失敗写真を減らし、よりかわいらしくネコを撮るためのポイントを紹介。
小説
ネコに変身した男の子を主人公にした「ジェニイ」という小説の、ちょっと長めの感想文です。
エッセイ
本の著者はある一匹の天才的なネコという驚きの本「猫語の教科書」など。

写真集

ニッポンの猫 ( 写真と文:岩合光昭、新潮社 )
 沖縄、尾道、奈良、琵琶湖、函館、横浜……。日本各地にネコたちを訪ね歩き、その土地で暮らすネコたちのごくありふれた日常を、訪問者の立場でファインダー越しに見つめた写真集。「ごくありふれた日常」の向こう側には、その土地の風土や人々の暮らしぶりなどが見え隠れする。たとえば尾道では、この土地にネコたちが住みやすいのは気候が温暖で狭い坂が多く、人の動きもゆったりしているからだとか。意図的にカメラの絞りを開き、ネコたちの背景がくっきりと捉えられているという点も、土地の様子を知る手がかりとなっている。それぞれの土地に、それぞれが居心地の良い場所を見つけ、ネコたちが暮らしているのが分かる。
 外ネコ写真を撮り歩くのは案外難しいのではないか、と思う。いや、かなり難しいに違いない。ネコたちがいそうな場所をかぎ分けられるカンが必要なのは言うまでもなく、大事なのはやはりネコたちとの「距離感」だろう。と言っても実際の距離ではなく(これも大事なことだが)、ネコたちとの気持ちの上での「距離感」である。ネコたちと気持ちが寄り添っていなくてはならないだろうし、あまりベタベタでも写真が撮れない。そのサジかげんが難しい、と思うのだ。
 そんなようなことを考えながら写真集をめっくていたら、ヒントと思えるような一枚があった。因島の農家でのひとコマ、並んで立つ、ご隠居さんと一匹の三毛ネコ。ネコは自分のからだを掻き、その数歩離れたところにご隠居さんが立っていて、彼は穏やかな表情を浮かべつつ、視線はネコのほうに向けられている。このふたりの関係は、そのまま、写真家とネコたちとの「距離感」ではないだろうか。
 さて、ヒントこそ得たが、僕にはやはりその「距離感」を保つ自信はないので(つまり、近づき過ぎてしまうと言うこと)、外ネコ写真はあきらめることにしている。
海ちゃん ある猫の物語 ( 写真:岩合光昭、文:岩合日出子、新潮文庫 )
 街なかのネコを撮ったもの、飼いネコを撮ったもの、日本のネコ、海外のネコ、カラー写真、モノクロ写真……。一口にネコの写真集と言っても、さまざまなものがある。この『海ちゃん』は、白に赤トラ模様の飼いネコ「海ちゃん」の一生を写真と文とで綴った、カラー写真集。
 ちなみに海ちゃんの「海(カイ)」はお腹のなかにいた回虫の「回(カイ)」からとったものなのだそうだが、そんな不憫さなどみじんも感じさせない、野や山、海辺などではつらつと過ごす海ちゃんの姿がある。
 海ちゃんを連れ出す場所が街なかなどではなく、野原や山あいなどというのがアフリカなどで野生動物を撮影するこの動物写真家らしいところ。ふだんはアパートの一室で暮らす一匹のネコの、秘めた野生を引き出しているのだろう。
 ネコと撮影者との間柄も、注目すべき点。撮影者が飼い主ならではの写真の数々なのである。特に、降り注ぐ日差しのなか、撮影者に向かって走ってくる海ちゃんを(置きピンで?)捉えた一枚は、飼い主でなければ撮れないカットなのではないだろうか(僕も撮りたいなあ、こんな写真)。
 また海ちゃんの顔ばかりをクローズアップで狙ったページは、ネコというのはなんて表情豊かなのだろうと改めて実感させてくれる。
ブルース・キャット ( 写真:岩合光昭、筑摩書房 )
 アフリカ、赤道直下のジャングル、北極圏など、野生動物を求めて過酷な土地に足を踏み入れるこの動物カメラマンも、ことネコの撮影となると、撮影フィールドは街なかや路地、はたまた屋内などに変ぼうする。それだけネコは人とのつながりが密接な、また人にとっても身近な動物と言えるのだろう。
 撮影地はギリシャ、イタリア、スペインなどのヨーロッパ、カナダ、アメリカ、ハワイなどの北米や、オーストラリア、ニュージーランド、フォークランド諸島と、比較的温暖で、住みやすい土地が多い。そのためかネコたちはのんびりしていて、毛並みも色つやも良く、同時にその国の美しい街並みまでもが背景に取り込まれているのだから、お得感も増してくる。ネコたちが主役になっていると、どの街並みも引き立って見えるのは、ネコの魔法によるものか。スペイン・バルセロナでのカット、天に向けて立ち上がるサグラダ・ファミリア聖堂を背景にしたネコの凛とした存在感には脱帽! 魅力的なネコの写真集が、ここにも一冊。
      CATS IN THE SUN   ( 写真:Hans Silvester、音楽:Morgan Fisher、SYNFOREST )
      CATS IN THE SUN U ( 写真:Hans Silvester、音楽:Sound Designers Union、SYNFOREST )
 こわれかけた椅子、塗料のハゲ落ちた木製ドア、ヒビの入った壁面、ボロボロの荷車。どのような被写体でも、それが絵になり、サマになってしまうのだからエーゲ海の空気というのは不思議なものだ。(僕はこれを「エーゲ海の魔法」と呼んでいる。) もちろん撮影者であるHans Silvesterの巧みなフレーミング、光の扱いかたの素晴らしさに負うところも大きいのだろう。
 エーゲ海の風土を扱った写真集のようでもあるが、決定的な違いは、どれもこの土地に暮らすネコたちが主役になっているという点。そう、これはエーゲ海の島々に住む、ネコたちの写真集なのである。
 優雅に、自由に、のびのびと暮らすネコたちの姿がそこにはある。時に俊敏に、時にコミカルに、時にほほえましく。「音によって時間と空間を心地よくデザインする」というSound Designers Unionによる音楽(CATS IN THE SUN Uのほう。CATS IN THE SUNの音楽はMorgan Fisher)とあいまって、光の降り注ぐ、風通しの良い場所へと我々を誘い出してくれる。
 さて、その土地のネコたちを見れば、そこに住む人々の気質も良く分かる、と僕は思う。たくさんのネコたちがこんなにも悠然と、そして堂々と暮らしているのだから、きっとこの土地の人たちはおおらかで寛大で、笑いの絶えない日々を送っているのではないだろうか。

*この写真集はCD-ROMです。
動作環境はWindowsの場合、Windows3.1もしくはWindows95、モニタ1670万色推奨、640×480以上、サウンドボード必須、などとあります。ちなみに僕はこのCD-ROMをWindows98 SEで再生したのですが、問題なく動作しました。
Dear...Tokyo Cats 1999 ( 写真:岡田俊生、BeeBooks )
 被写体を大きくアップで捉えれば、イメージ的な広がりを連想させる写真になる。まわりの状況を取り込めば、周囲との関係が見えてきて、物語的な印象が強まる。この『Dear...Tokyo cats 1999』は、東京という雑踏のなかでしたたかに暮らす、外ネコたちの物語集。
 モノクロ写真の数々は、適度な緊張感とともに情感豊かに東京の街並みを描き出し、この街のまた別の一面が見えてくるようだ。色味を排除し、雑多な背景を整理することによって、ネコたちが浮かび上がり、ふだん我々が目にするような光景でありながらもどこか懐かしく、緩やかな時間が流れるような印象となった。
 「人間こそ写っていないが、人の存在を確かに感じさせる写真」というものがある。「準備中」という札の下がった食べもの屋さんの店先で待つ一匹のネコ。この日一番のお客さんは、いつもここで食べものをもらっている外ネコ君だ。ドアが開くのが待ちきれない様子。ちょっぴりユーモラスで、温かみのある一枚。
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小説

ジェニイ ( ポール・ギャリコ 著、古沢安二郎 訳、新潮文庫 )
  ―物語―
 道の向こう側にいたかわいらしい子ネコに駆け寄ろうとしたピーター少年は、その瞬間事故にあい、真っ白いネコに変身してしまう。世話係のばあやに放り出され、雨降りのロンドンをあてどなくさまよい、無情な人間たちに追い立てられ……。あげくの果ては意地の悪いボスネコにいやというほど打ちのめされてしまうのだ。
 そんなピーターを助けてくれるのは、ジェニイというやせた宿なしのメスネコ。彼女の優しさに接するうち、傷もいやされ、ピーターは元気を取り戻していくのだった。そしてネコとしての振る舞いかた、さらには人間には頼らない、自分の力だけで生きていく手ほどきを受けたピーターは、やがてジェニイとともに冒険の旅に出る……。

  ―『ふしぎの国のアリス』に通じる?―
 著者のポール・ギャリコは『猫語の教科書』でも分かるとおり、ユーモアのセンスも持ち合わせた作家。この小説は全体のつくりが、ルイス・キャロルの例の『ふしぎの国のアリス』を思わせます。きっと影響を受けているんだろうな。リアリティを持たせたファンタジー文学の手法のひとつとして。
 『ふしぎの国のアリス』では、最後には、なぜチョッキを着た「ウサギ」が野原を駆け抜けていったのか、なぜそれを追いかけていったアリスが大きな穴に落ちてしまったのかが分かりますが、この小説も最後にはなぜピーターが突然ネコに変身してしまったのかが分かります。種をあかせば、なーんだ、ということなんだけど、ネコになっているあいだピーターは確実に成長を遂げていく。ひとまわりもふたまわりも大きくなっているのです。そして大好きだったジェニイが最後にはどこにいるかと言えば……。これもファンタジーとしての処理が巧みです。
 ピーターを通じて、読者を街なかで暮らすいわゆるノラネコたちの世界へと連れ出し、彼らが過酷な状況の下でいかに一生懸命に生きているかもギャリコは教えてくれる。著者の外ネコたちに対する深い愛情も感じられる作品です。

  ―目線は床上20センチ―
 特徴的なのは、ほぼ全編をとおして、ネコの目の高さから捉えられているという点。つまり、床上20センチの目線です。ふだん僕たちは寝転がったりでもしない限りネコの目の高さからものを見るということはないけれど、この小説では見事にそれを実現しています。
 特にネコに変身したばかりのピーターがロンドンの街なかに放り出され、ワケも分からず人や車などの危険を避けながら走りまわる描写は圧巻。かと思えば、イヌに追われてジェニイとふたりでつり橋の塔に登ってしまい、数十メートルもの高さから下を見下ろすという場面もあります。塔の上ではニッチもサッチもいかなくなって、けれども帰りの船が港に泊まっているのをそこから発見するというまさにネコが主人公ならではの冒険小説っぷり。それにしても作者はほんとうにネコが好きなんだろうな。だって自分がネコの身にでもならない限り、こんな長編小説書けないから。
 見逃してはならないのが、ネコの行動やら習性の、作者の観察力のスゴサです。たとえば、にらみ合っている二匹が相手よりも有利な立場に立とうとする場合、視線の持っていきかたや身づくろいのタイミングが大きなポイントになるのだそうだ。つまり、相手がちょっと目をそらしたスキにすかさず身づくろいをすれば、それを終えるまで相手は攻撃できないのだそうです。それで次の動きはこちらが握ったことになるのだそう。

  ―人間たちにも注目―
 この小説にはネコ好きの人間というのはほとんど出てこないのだけれど、ピーターとジェニイが乗り込んだ船の船員たちにはほんとうに笑えます。個性あふれる、というか、風変わりな連中の集まりで、皆それぞれの趣味やら道楽やらに熱中するあまり肝心の船の仕事のほうはおろそかになってしまうというオソマツぶり。
 海と海に関するありとあらゆるものが大嫌いで、ほんとうは農業をやりたかった船長をはじめ、フェンシングの標的人形に突き返しを受けて大ケガを負った一等航海士、カウボーイものを執筆中に突然飛び上がり、腰の拳銃を抜き取るしぐさでおもむろにセリフを吐く二等航海士、刺繍をするのが趣味なほおひげを生やした大男の水夫長などなど。
 彼らはネコたちとつかず離れずの関係を保ち、あわよくば彼らを自分たちの利益のために利用しようとしたりもするが、ネコたちがほんとうにピンチに陥ったときには助けてくれたりする一面も持っています。ネコだけでなく、人間たちに着目してみるのも面白い?
 それと、ネコに変身しているあいだ実は心のなかは半分男の子のピーター。ほぼ全編にわたってネコの姿かたちこそしているけれど、実は八歳の少年としてのピーターは影の主役なのです。だってもしも大人が変身したならどうなっちゃう? それまでの習慣がガラリと変わってしまったというのに、一匹の宿なしネコとして一生懸命に生きていこうとするだろうか。きっと飢え死にするか、あるいは川に身を投げてしまうかのどちらかでしょう(僕だったら後者だろうな、たぶん)。
 純粋でそれまでの経験に捉われない八歳の少年だからこそ、しっかりと地に足を踏みしめているんじゃないかしら。それに、このようなのっぴきならない経験をしたからこそ、彼ら宿なしネコたちの気持ちが痛いほど良く分かる。ピーターの今後の成長ぶりが楽しみなのです。
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エッセイ

猫語の教科書 ( ポール・ギャリコ 著、灰島かり 訳、筑摩書房 )
 この本には「子猫・捨て猫・迷い猫のために」というサブタイトルがついています。なにを隠そう、この本の著者は実はネコなんです。経験豊かなネコが恵まれないネコたちのために書いた本。
 そもそもはある一匹の天才的なネコがタイプライターを使って原稿を仕上げ、それを近くの編集者の自宅に放り込んだのだそうな。ところがその原稿はと言えば、なにしろネコが前足でキーを叩いて書いたシロモノだからメチャクチャな暗号になってしまっている。内容がさっぱり分からずに、相談を受けたポール・ギャリコがあるヒラメキによってこれを解読したのだそうだ。そういういわくつきの本なのである。
 著者であるネコは生後六週間で母親を事故で亡くし、たったひとりで世のなかを生きていかなくてはならなくなった。そこで人間の家を乗っ取ろうと決意。つまり、ある一家をわがものにしてしまおうというコンタンなのであった。たった六週間とは言え、母ネコは生きるためにいろいろなことを教えてくれた。実行すべきは、居心地の良い家を見つけ、そこに取り入ること。家の人たちを降伏させたらもうこっちのもの。「以後人間は、猫のために生きる」のです。

 はじめてこの本を読んだとき、僕はがく然とした。わがポピーが実はこれを読んでいたのではないかと思えたからだ。図書館で借りたのか、あるいはネコ仲間でまわし読みをしたのか。ただ、僕の本棚から取り出したのではないことだけは確かだった。なぜなら僕がこの本を手にしたのは、ポピーがわが家で暮らすようになってからずっとあとになってのことだから。
猫はどこ? ( 林丈二 著、廣済堂出版 )
 ヒマ人的街角観察エッセイ。『我輩は猫である』の子孫探しという何やら追跡調査的項目に、きっと綿密なリサーチやら取材に基づいてのモノなのだろうと思いきや、ただ漱石が住んでいたあたりをそれらしいネコを探して歩いただけ。そのほかに植木鉢に乗っかった「肥やし猫」や、オートバイのシートで寝そべる「バイク猫」などなどはなはだノーテンキな内容っぷり……。けれどもあきれることなかれ。一見どーでもいいようなことが、世のなか思いのほか大事だったりする。学術的に意味があるとか価値があるばかりじゃ息が詰まるものね。ヒマと少しばかりの好奇心、バンサイ!
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攻略本

こっちむいてよジジ 猫を上手に撮る方法 ( 心交社 )
 ネコを写真に撮るのは案外難しい。うまく撮れたつもりがブレていたり、ストロボをたくと赤目に写ってしまったりする。そこでこの本の登場。赤目の防ぎかたやピントの決めかた、またネコが小さく写らないようにもう一歩前に出て撮ること、けれどもあまり近づき過ぎるとストロボの光が強すぎて白っぽく写ってしまうから注意など、飼いネコの写真をもうワンランクアップさせるための方法をカラーのネコ写真とともに紹介。さらにはレフ版の使いかたや光の選びかたなどの上級テクも。とはいえ結局のところ良いネコ写真の秘けつは、根気とフットワークの良さ、そしてネコの愛らしいしぐさを引き出す飼い主の愛情か。