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| ●目玉男と岡本太郎 (2006.7) 岡本太郎が1968年のメキシコオリンピック以前に完成させながら未発表に終わった巨大壁画「明日の神話」が公開されたという。 http://www.1101.com/asunoshinwa/ 先日テレビでその特集をやっていた。さかんにこの作品を最高傑作と語っていたがそう断じるのはどうだろうか?それはちょっと太郎画伯に失礼ではないだろうか?むしろ簡単にそういう風に結論づけてしまうより、作品に生で接してみて「これ嫌い!」とでも言ってしまうようなリアクションのほうを太郎画伯は喜ぶような気がする。(僕自身はまだ生で接していないので何とも言えないが) 番組は太郎ファンなら知っていることが多く目新しいものはなかったけれど(それでも彼のような人の生き方を観るのは楽しいことではある)、最も面白かったのは36年前に大阪万博で太陽の塔の目玉部分に立て籠もった所謂「目玉男」のインタビューだった(快挙!)。現在北海道でランジェリーショップを営んでいるという目玉男」。後悔していないという自分の行動は1970年という時代の空気がわからければ説明しても無駄であるとのこと。時代の熱気とそして岡本太郎に煽動されて(アジられて)あの行為があったという(ちなみに彼は岡本太郎を全く評価していない)。その時代の空気を子供の頃に少しだけ垣間見ながら、今でも心の中に深く渦巻いているような自分のような人間にちってはまさに至言だ。いい話を聞かせてもらったと同時に全く無関心な人を巻き込むパワーが太陽の塔には、そして岡本太郎作品にはあるということ、そして美術館ではなく、そういう場所に作品があることの意義も再認識させられた。 ところで太郎画伯の本では「自分の中に毒を持て―あなたは"常識人間"を捨てられるか」(青春文庫)が好きだ。表現することにちょっと挫けそうになった時などに読む。読んでるうちに胸が熱くなり、涙が出てくるぞ。 ●タイム・スリップ・グリコ (2005.5) この場を借りてお礼します。 しかしこれだけ精巧なフィギュア(当時売られていたようなものとは大違い)がこんなに沢山出るなんて、 ![]() ●MILES (2001.10) このあいだ携帯電話の話をEXPO70にからめて書いたが、タイミング良く徳間書店から最近創刊されたらしき雑誌、MILESに「EXPO70と21世紀に息づく70年代」という特集を発見した。当時の写真も満載で記事も結構面白く、知ってる人にも知らない人にもお薦めな内容だ。 折角なので、比較的最近読んだ万博関係の書籍、雑誌を紹介しましょう。 ●まぼろし万国博覧会(小学館) MILESにも寄稿している、いまや万博研究の第一人者ともいえる串間努さんによる単行本。 実 これは岡本太郎の作品と太陽の塔に焦点をあてた写真集。彼自身の作品への入門書として最適だし、 今は見ることの出来ない塔内部の写真も充実で嬉しい一冊。 ●大阪人vol.54,2000年5月号(大阪都市協会) 雑誌だから今、手に入るかわからないけれど、こちらも記事、写真ともに充実。 ●STUDIO VOICE vol.258,1997年6月号(インファス) これはだいぶ古くて、単一の特集ではないけれど、デザイン的な観点で各パビリオンが紹介されている。 ●「日本万国博」を観る (2000.11) 先週の土曜日、川崎、向ヶ丘遊園の岡本太郎美術館へ「太陽の塔からのメッセージ 岡本太郎とEXPO`70」展を観に行った。展示会自体本当に素晴らしいもので-岡本太郎の作品は彼そのもので、シンプルで可愛いくて、抽象的でありながら、とても分かりやすく、親しみ易く、大好きである-まだ行ってない人には是非お薦めしたいものだが、実はこの催しを僕は今年の春、大阪でも観ており、今回はその時見逃した3時間の長篇記録映画、「日本万国博」を観るというのがメインの目的であった。ということで、この映画を観て自分なりに思ったことを書いてみたい。しかし、このフィルム、万国博を全く知らない人にはもしかしたらただ退屈で長いだけの記録映画に映ってしまうかもしれない(実際好きな自分にも退屈で辛い場面が幾つかあった)が、万博好きにはたまらないものがありました。ビデオで出して欲しい、絶対買うのに... 万博についての詳しい説明はまたそのうちするとして、僕が泣けたのはここに映し出される1970年という時代の訳のわからない熱気や風俗、かたことの日本語を話す、多くの子供達が初めてみたであろう外国人、そしてその時に子供達を魅了した、パビリオン達が見せてくれた近未来の縮図である。先週の日本赤軍幹部の逮捕とあいまって僕は強く、時代がいかに変わり、多くのものを生み出しては、多くのものを失ってきたのかを痛感したのであった。EXPO`70も赤軍派の事件(事件そのものは本当に悲惨なものだったが)も幼年期の自分の幸福な時代に重なっている。昔に戻りたいとは思わないけれど、風化してしまったことも僕の中ではまだまだ大切なものであって欲しいという気持ちは強い。それは例えば僕にとっては、初めて食べたレトルトカレーの味だったり、初めて聴いた外国の音楽だったり、初めて女の子を好きになった時のことだったり、初めて乗った飛行機の感覚だったりするのだが.... こうして、僕がこれまで生きてきた間にも本当にいろんなことがあった20世紀の終わりをなんだかしみじみ感じてしまったのであった。 私が大の万博好きということはこのホームページ上で何度も触れているので御存じの方も多いと思う。とくにここ2,3年は自分でもあきれる程グッズを購入したり、万国博への思いに耽ることが多くなっている。この思いについてはまた次の機会にゆっくり書く(のかい!)として、今日はこういうことになったきっかけである万博記念公園について書いてみたい。以前、大阪でやったライヴのMCで万博好きを告白したところ、それに反応してくれて、現在の万博記念公園について手紙で教えてくれた人がいたのだ。コンサートなどで年4,5回は大阪に行くので、3年前、僕は仕事の空き日を利用して千里中央からモノレールに乗って万博公園に行ってみたのであった(実はその時の印象で作ったのが「君を迎えにいく」なのであった)。 当時のパビリオン群はほぼ撤去されているし、隣のエキスポランドには当時の風情は見る影もないが(万博記念公園は現在、巨大な自然公園になっていて地元の人の憩いの場として、デートコースとして機能している)、公園中央にそびえたつ岡本太郎作、太陽の塔は今も現役で、モノレールから金色の頭部が見えてくるともうなんとも言えない気持ちになってくる。公園に入り、間近に太陽の塔を見る。大袈裟でなく、私にとっては至福の瞬間である(アブナイ奴だと思うなら、思ってくれ)。でかい、とてつもなくでかい。なんだかよくわからないけれど、もの凄くよくわかる気もする(最も抽象的なものは最もわかり易い。芸術はこうありたいものだ)。 それから私は大阪に行く度、チャンスさえあれば、この公園に通うようになった。晴れた日などに行くと、素晴らしい眺め、日本庭園なども素晴らしい。機会があったら行ってみることをお勧めしたい。万博を知らない人でも充分遠足気分を楽しめることうけあいである。 ただ、恐いことが一つあって、当時のパビリオンのうち、撤去されていないものの一つ、鉄鋼館。当時、どちらかというと地味で人気のなかったパビリオンではあるが、何故か朽ち果てるがままに放置されていちょっと痛々しい風情(殆どのパビリオンが撤去された時、随分寂しい思いをしたが、今の鉄鋼館を見ると逆にそうして良かったのだとも思えた。やはり、万博は半年だけ存在した、幻の街だからこそ、こうやって思いを寄せることが出来るのだ)でひっそりと残っている。最初は喜んで写真をパチパチ撮っていたのだが、何故か連れのカメラが壊れ、その写真は見れずじまいになってしまった。そして、次に行った時に今度こそ、と僕のカメラで再チヤレンジしたのだが、その写真は何とか映っていたものの、その時に僕のカメラも壊れてしまったのだ。単に両方とも寿命だったのかも知れないけれど、この偶然は一体と思わざるをえない。くわばら、くわばら。皆さんも、万博公園はお勧めだが、鉄鋼館の写真を撮る時は気をつけよう!(なんて鉄鋼館の写真を撮る人あまりいませんよね、自分以外) |
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