三井の、なんのたしにもならないお話 その一

(1999.8オリジナル作成)


 
 
 
 このWEBページ「MITSUI's monologues」も、開業後はや2年余(まだそれだけ?)、中身も形式ももっと広げていきたいと思い、ちょっと「例によって」ですが、「随想」「感想」ものも載せていくことにしました。

 どこのページでも、そんなのが多いんですけれどね。
 
 
 
 

 
「道頓堀川」、誰も知らない傑作TVドラマ
 
 
 宮本輝の小説「道頓堀川」(「泥の河」「螢川」と並んで、「川」シリーズの一つといわれる)は、映画化もされていますので、その名を知っているひとは少なくないでしょう。原作も、宮本輝の若い頃のみなぎる力と、「宮本輝調」とも言える、人間の定めなき生き方への寂しさ・情感が漂い、読ませるものです。「日本文学」と言われるものの伝統を、作者が現代に受け継いだということを、誰にも納得させます。
 
 しかし、この映画は、全くもってひどいものでした。原作のシチュエーションを借りてきた以外では、副主人公が玉突きの名手で、それにのめり込んで人生に躓いたということだけが「共通する」ものであり、あとは全く違う代物です。唯一、松坂慶子が脱いで(今じゃ「芸能ニュース」のベタ記事にもならないでしょうが)、主人公の真田広之とからむということだけが見せ場、そのほかには全然売り物もありませんでした(だから、「麻雀放浪記」と混同している人も少なくないかも)。
 しかも、どうにも許し難いのは、真田演じる主人公の邦彦青年が、間違いで刺されて死んじゃうなどという安っぽい「悲劇的結末」以上に、物語の基本テーマが、「玉突きなどというやくざな稼業にのめり込み、身を持ち崩す、あげくにあらゆる悲劇をひきおこす」という、情けない三文道徳小説のようなひどいものにすり替えられていたことです。やたらの血なまぐささ、裸身の「安売り」ぶりと、裏腹な、「こんなやくざなバクチ渡世に足を入れちゃあアカン」という、副主人公・喫茶店主の悔恨と、それがための、同じ道にのめり込もうとしている息子への説教、これだけで話を作ってしまったのですから、鼻持ちならないような「徳目」講義教材に堕してしまったのでした。これでは、演じた山崎努も、本心さぞ困ったことでしょう、彼こそ、「悪」を演じられる、ニッポンでは数少ない役者だったのですから(「悪役を演じられる」じゃあありません)。
 
 ともかく、こんな映画だけを見た人は、おそらく、宮本輝って、なんと薄っぺらな話を書く作家なんだろう、と思ってしまったことでしょう。人間の描き方が薄いどころか、人間のかけらも描かなかった、三流ホラー映画以下のゾンビ「ドラマ」でしかなかったからです。私にはいまもって、なんで原作者が「映画化権」を売り渡したのか、せめてあとから抗議を申し入れなかったのか、それが不思議でなりません。これこそは、どっかの文芸批評話で聞いたことがある、「投げ出すだけでは不十分、力を込めて、部屋の隅に投げつけるべきもの」です。題名と役の名前だけが似せてある、「贋作」と定義して、なんの不思議もありません。
 
 この、ひどさも通り越した「映画化」のおかげで(これを作ったのが、どうやら深作欣二とかいうひとらしいのですが)、「道頓堀川」という小説の価値が限りなくおとしめられてしまったばかりでなく、本当の傑作であった、TVドラマ版の存在を完全に消し去ってしまったのではないかと、私にはずっと気がかりでした。そしてそれはあたらずとも遠からずであったようで、いまもって、このTVドラマ「道頓堀川」のことを口にする人はなく、それどころか、その存在を知る人もまずないでしょう。全くとんでもないとばっちりです。原作小説の文庫版(角川文庫)にも、TVドラマの存在についての言及は見あたりません。

 しかし、このTVドラマこそは、若干の点をのぞいて、原作にほぼ忠実なものであり、なによりも原作の「心」と「雰囲気」をそのまま映像化していると言えるのです。忘れられないなにかが、いつまでも心に残ります。
 これを見過ごしていて、いいものでしょうか。
 

 ですから、まずこのTVドラマの概要から紹介をしないといけません。
 
 
 制作・放映は1982年のことで、NHKの「銀河テレビ」という、シリーズ連続ドラマ枠の一つ、20分全1520回の番組でした。このシリーズは、比較的低予算で、喜劇あり、シリアスものやミステリありの、多彩なドラマを連日放映し、なかなかおもしろかったのです。翻案ものを含めて、新しい題材や、若手の作家、演出家、俳優らの登竜門の趣もあり、飽きさせないものでした(北野たけしの実録少年時代記「たけしくん、ハイ!」も、ここでの放映で、そこから北野武は「世界的なメジャー存在」になれるきっかけをつかんだのかも)。こういったスタイルは、概してなんの益体もない「朝のTV小説」以外、現在のTV番組表からは消滅しました。
 
 脚本は砂田量爾、演出は大森青児ら、音楽は奥村貢、というスタッフで、哀愁を帯びたこの音楽もなかなかの出色でした。

 出演者は、金田賢一(安岡邦彦)、藤田まこと(武内鉄男)、内藤剛志(武内政夫)、辺見マリ(まち子)、范文雀(鈴子)、戸浦六宏(吉岡)といったのが主なところで、このほか、吉行和子、清水紘治、曽我廼家五郎八、松原千明、山本弘、島村晶子といった面々が出ていました。
 この顔ぶれでもわかるように、なかなか力が入っていますし、個性的な面子がならび、それだけでも、役のキャラクタを感じさせます。もちろん、すでに亡い戸浦六宏、曽我廼家五郎八らもいれば、この辺をきっかけに名をあげ、今じゃよく知られた内藤剛志、ゴシップの方で話題をにぎわす松原千明、などというところは、やはり制作からすでに17年という、時間の隔たりを感じさせずにはおきません。
 

 このドラマの成功の一つのポイントは、やはりこの配役でした。役者のキャラクタで、ドラマの役作りをしてしまうというのは、日本の映画やTVドラマにありがちな安直さで、あまりほめられたことでもありませんが、それがそれぞれ「はまって」いれば、結局納得させてしまうところは大であるのも否定できません。この場合、原作あってのことで、別に「俳優にあわせて役を作った」訳ではないので、キャスティングの妙は、ほめられるべきものでしょう。

 まず、藤田まことです。もともと「味がある」のを、コメディ芸人を脱して、いろいろはまってきた中でも、これはやはり出色の出来、他の俳優に置き換えてみるのがおよそ想像つかないほどです。温厚で洒脱な喫茶店「リバー」の中年店主・武内鉄男の横顔と、その陰にある文字通り修羅場を数々くぐり抜けてきた「勝負師」の手練と向こう傷と、そして心の底の重い痛み、恨みと悔悟といまだ断ち切れない未練と、そういったさまざまな心の姿を一人で自ずと示す、滲み出させる、こういった役はなかなか難しいものでしょう。一人息子政夫への冷淡さ、親心を超えた憎悪の念、こういったいわゆる「業」を演じるには、喜劇役者の顔こそ適していたのかもしれません。
 もちろん、藤田まこと自身が「玉突きの名手・ひねりの鉄」の妙技を披露するわけにはいかず、その場面は腕だけの吹き替えでしたし、終戦直後の若い日を演じるには、ちょっと無理もありましたが、なんとか説得力を守りきっていました。このドラマの成功の40%くらいは、藤田まことの起用と演技に依っていたと感じます。その彼が、今は借金返済のためにか、お家芸の「時代劇」の出演機会もなく、マンネリ一方の「刑事ドラマ」の主役を延々と続けているのは、本当に惜しいことです。
 
 もう一つの重要な役は、文雀です。この物語のモチーフを形作っている、若い日の鉄男を夢中にさせ、また嫉妬に狂わせた、底知れない不思議な魅力と、とらえようもない感情の奔走と、人生を半ば捨てたような刹那的な諦観、それゆえのひとの心を揺さぶるような笑み、こういったヒロイン鈴子の役をそのまま演じられる人間は、今どきそうはいないかもしれません。今日びの女優は、底の割れてしまったようなコケティッシュさを、ストレイトに「売り」とする方々ばかりですから。なにより、その声音としゃべり方、これが決め手で、あまりにも月並みなコンセプトである「妖しさ」を、これまたにじみ出るように表現する、そういった芸はなぜ消滅にさしかかっているのか、不思議なことです。
 文雀というひとが中国系で、顔かたちの輪郭やものの言い方にも、どこか古典的なリリシズムがあるのが、この役にうまくはまっていたのかもしれません。ともかく、昭和20〜30年代の物語なのです。「いま風」の顔や声音が並んだら、どうやっても興ざめなのです。
 彼女の登場シーンは全体のうちでは多くありませんが、見終わった後々まで、間違いなくその姿が目に焼き付いている、その声が耳から離れない、そういった余韻を残します。物語のなかの存在そのままに、ドラマを見ている私たちの中に迫り、心に住み着いてくるのです。
 彼女の消息は久しく聞きませんが、どこかにまた、「復帰」の話はないのでしょうか。でも、原節子のように、この輝いていた演技の時代のまま、永遠の記憶に留め置かれれば、その方がよいのでしょう。ただ、このドラマがあまりに無名のままであったがため、下手をすれば、文雀の名は、「スポ根少女ドラマ」のまま残ってしまうのかもしれません。残念な限りです。
 
 この文雀の対極を構成する位置におかれたのが、辺見マリの演じた、芸者あがりの小料理屋の主・まち子です。彼女もまた、今では「辺見えみりの母親」の方が通りがいいかもしれず、それではあまりにあまりとて、いままた、グラマラスなイメージを売りに、「芸能界復帰」で話題を作っている観です。しかしそれも、実にもったいないのです。
 このドラマでの彼女の演技は、そんなにしっかりしたものではなく、素人くさく、声音は甲高く、ちょっと「作っている」力みが随所に感じられました。ただ、それが計算されてか思わざる結果か、この役自身の持つべきキャラクタを巧まずに示してしまったのです。自分の人生を背伸びして生きたい、もっと夢を持って、輝いていたい、その年増女性の願いと、しょせんは囲われもの・雇われママという現実の厚い壁、失せていく力、そのはざまで、精一杯、邦彦青年への思いに打ち込もうとする、この心の焦り、空回りする日々には、つま先立ちしながらしゃべっているような(ますます背が大きくなってしまうわけですが)彼女の演技が、はまったと言えましょう。
 辺見マリのバタ臭い、70年代エキゾチシズム的な顔立ちは、これも本来の役柄とはズレているはずなのですが、なぜかそれを感じさせませんでした。原作のアトモスフェアの持つ、混濁を包み込む一種の透明感、大阪道頓堀という土地柄が象徴するアクの強さと正反対の澄んだ静けさ、このアンバランスなバランスを「絵の上で」示すには、バタ臭い顔立ちの芸者という表現こそふさわしかったのかもしれません。

 彼女に比べ、邦彦をめぐって感情の対立が表に出てくる由紀子(松原千明)、邦彦の父を恩人と慕う金兵衛の娘の短大生は、いかにも「いま風」(1970年代で、ですが)の役を与えられています。鉄男の店の手伝いとなって「看板娘」化し、愛嬌を振りまき、出番も多いのですが、それ以上の存在感を示せません。邦彦に関心を持つものの、マチ子の「とりこ」となっていく成り行きを目撃し、嫉妬心よりも諦めの境地になってしまいます。それに、金兵衛の娘というには、設定も当人自身も若すぎたのではないでしょうかね。

 
 本来の主人公である、貧しい苦学生邦彦という役が、金田賢一という、いかにもの「お坊ちゃん」美少年に与えられたのは、このドラマ最大の無理でした。その彼が、自分の亡き父親と、働いている店のマスター鉄男の過去がそれぞれなんであったかを探っていくという、ドラマの展開からは、主役の担う負担は大なのですが、それは金田賢一では、たちどころに力不足を露呈してしまっていました。もちろん、彼の「当時はやりの」髪型、セーターやコート姿でのスマートな服装、これらも相当の違和感を伴っていました。
 
 それにもかかわらず、ここでもかろうじてドラマの作り上げる空気に留まっていられたのは、これまた邦彦という役の不思議な立場ゆえであったのかもしれません。この物語の持つ独特の組み立てに、それは発しているのです。貧苦に打ちひしがれ、両親の愛を奪われて過ごしてきた青年が、恨みや屈折や絶望を象徴するのではなく、「苦学生」でありながら、ナイーヴなまでの「好青年」「美青年」として、したがってまわり中からの好意と善意を手にし、まわり中の人々の過去へのわだかまりを解きほぐしていくという、この原作の持つメルヘン的な構想には、はじめから一種の非現実性があります。
 
 言うまでもなく、この主人公の邦彦青年は、原作者宮本輝の青春時代を映したものであり、したがって彼はどこまでも「語り部」なのです。自分自身の苦悩や怒りをそのまま周囲にぶっつけていくのでは、人間同士の愛憎や、とどめようもない情念や、心の奥の傷を、透明なフィルターを通して見つめ、最後には一種の癒しと諦観を想起させるこの作者の作風に、全くふさわしくありません。非現実的なまでの好青年が、自分のいまへの疑問と、自分を苦しめ続けてきた父親のネガティヴな存在イメージへの問い直しの作業を、周囲の人々との対話と心の通い合い、そしてそこでの愛と別れの経験を通じてまとめ上げていく、これが物語の骨格であり、したがって主人公は一つの「青春遍歴」の経験者であり、同時に他の人々にとっての「観察者」「語り部」であり、そしてその「癒し」への光となっているのです。そこに、混濁と苦悩を包み込み、突き抜けてしまった一種の透明感、静けさの情感風景としてまとめ上げられた、原作のアトモスフェアのすべてが凝縮されているのです。
 ですから、ちょうど邦彦の親友として現れる、鉄男の息子政夫の役を演じ、以来上り調子でさまざま演じてきた内藤剛志が、この金田賢一の役を代わりに演じていたら、と考えてみると、金田こそがこの役にやはりふさわしかったと、一辺に悟らされます。内藤剛志のあのアクの強さ、すばしっこさ、屈折しきった存在感、これではこのドラマの醸すべき雰囲気は、一挙に崩壊してしまうのです。やはり彼は、玉突き一筋にのめり込んでいく、世間の筋道から半ばドロップアウトした若き渡世人でなければなりません。

 いかにものお坊ちゃん、その憎めないナイーブさが、父に去られ、母に死なれた、これまでの20年の人生とまるでそぐわない、実はそこにこそ、主人公の果たすべき役回りだけでなく、主人公邦彦の人生にとっての「癒し」でもある、多くの人々からの温かいまなざし、愛情ともなって返ってきている、そう筋立ててみれば、この物語は説得力をもって完成し、読む人に、またドラマを見る人に、シンパシーを自ずと抱かせてくれるのです。
 

 これら以外の人々、分けても、戸浦六宏、吉行和子、清水紘治らの存在が、これまたドラマとしての実感を表現していることも、言うを待ちません。なかでも、清水紘治の演じる易者杉山は、鉄男と鈴子の人生を破滅へと導くメフィストフェレスの役回りそのものですが、「いかにも」と言うに過ぎるくらいの「はまり」ぶりです。もちろん、こんな男になんで鈴子が惹かれ、すべてを捨ててついて行ってしまったんだ、という「疑問詞」にこたえるものとはなっていないのであって、それはそれで、ドラマの筋書き通りを表現しているわけです。
 そこで、ドラマは原作ほどの、男女の「肉体的な情感」を描けはしていません。鉄男と鈴子、鈴子と杉山、この三角関係を心底解釈するには、セックスを通じての切れ目なさ、欲望と嫉妬を語らねば、答えは見つかりませんし、原作もそこを繰り返し描いています。しかし、NHKのドラマである以上、その辺をぼかすのは当然の前提だったでしょうし、ために、あとは杉山と鈴子の「目」で演技をしてもらうしかないわけでした。
 清水紘治と文雀が、これをかなり表現しているのは事実でしょう。初めて会ったときの、易者杉山の無遠慮に鈴子を見る目つき、これにこたえ、作り笑いをする鈴子、さらに、舞い戻ってきた鈴子の鉄男に抗する、絶望と憎しみをたたえた目、その後、二人が撚りを戻していく時の、今度はか細く歌う声、そして杉山の存在の象徴となった、ギヤマンの水差しを店頭で見つけ、離れない鈴子の見つめる目、最後に、落した杉山の、鉄男に再会しての逃れるような、輝きを失った目、これらがその証明です。ただ、それでもこの辺、「なぜなんだ?」という疑問はどうしても残ります。

 そうした「疑問」を、鈴子に対してだけでなく、邦彦の父(山本弘)の人間像に対しても多く残していったこと、これはドラマだけでなく、原作の姿勢でもあります。作者はあえてそれに答えを書かず、物語を閉じてしまいました。それは、単に「余韻を楽しむ」という以上に、人生の不条理、どこまでいってもこたえの見つからない問いを抱え、苦悩して生きなくてはならない人間の定めを象徴しているようでもあり、そして、だからこそ、その「こたえ」へのこだわりを捨てたとき、人間は透明な存在になれるのだ、あるいは透明な現実と一体になれるのだ、と語っているようでもありましょう。
 
 ただ、原作は、その透明さを、盤の上を転がり、ぶつかり合っていく紅白の撞球の玉に重ね合わせ、人間のいのちの過去と現在を描いて結びとしています。TVドラマの方は、撞球の行方を見やりながら、ゲームが終わり、夜が明けた、一瞬の静寂にある道頓堀川のほとりで、鉄男と邦彦がこれからの人生を共に歩んでいこうとしている、その街の光景に戻って、完結しています。動と静、どちらがこの物語の結末にふさわしいのか、何とも言い難いのですが、ドラマという「絵」としては、風景を描き、その中に人間をおいてこそ、「透明感」を浮き上がらせることも可能になったのでしょう。また、原作では、邦彦の存在がエピローグから消えてしまっていますから。
 

 低予算を特徴としたNHKのドラマでは、こののべ 6時間余のほとんどを、スタジオのセットで撮り、ラストの道頓堀川の橋の上のシーンさえも、脚本では大晦日あけの元日の朝の設定のはずなのに、どうにもそうは見えませんでした。「男はつらいよ」シリーズがいつもやっていたように、正月飾りやらを並べて、それらしく見せるという手も使っていなかったのです。もっともそれで、「ハレ」ではない、「日常」としての街の空間に戻ってくる、という、タイムマシンのような予期せぬ効果を生んでもいましたが。
 
 

 予算のこともあってか、このドラマはほとんど注目もされず、再放送もされませんでした(私の知る限り)。NHKは、番組穴埋めも意図してか、この「銀河TV」シリーズその他、いくつかのドラマ枠のものをその後再放送したことがかなりあります。でも、ついに「道頓堀川」を再度見る機会はありませんでした。
 けれども、数年前、沖縄に遊びに行った際、全く偶然にも、泊まったホテルの部屋のTVから、突然「道頓堀川」が流れたのです。それも、各回分が次々に上映されていく、というスタイルで。いったいどこの局なのか、あるいはNHKが有線TV用などにこの番組を丸ごと売ってしまったのか、今もってその真相は分かりません。ちょうど折悪しく、人と会う約束などあって、せっかくのこの機会にじっくり見ることもできず、放送の説明なども知るすべを持ちませんでした。実に残念な限りです。

 
 
 

時の流れとともに

 いろいろなTV番組がしきりとDVD化され市販されるこのごろとなりました。しかし「道頓堀川」にはいまだなんのレスポンスもありません。まことに寂しいことです。

 その一方で、范文雀はひっそりと亡くなりました。ドラマでの役と同じように、いくばくかの謎と悲しみを残して、二度と戻らないかなたへ去っていってしまいました。その彼女の訃報にはもちろん、「道頓堀川」での演技への言及はなく、もっぱら「スポ根もの」での「人気」の話ばかりでした。それで彼女は満足だったのでしょうか?


 ドラマの存在が過去のものになるだけではなく、そこで演じた人たちをも否応なく時間の経過の過去に押しやってしまうのです。


 

再放送?

 お気づきの方もあるかも知れません。

 この知られざる名作ドラマ、「道頓堀川」が2006年末に放送されたのです。ただしNHKではなく、CS衛星放送の「ホームドラマチャンネル」というところです。やはり、NHKはこの番組を切り売りしてしまったのでした。

 私自身この事実に気がつくのに遅かっただけじゃなく、そもそもCSなんて受信できないので、どうにもなりません。悔しい思いのみです。もっと前からこの放送予定を知っていれば、それこそ「万難を排して」受信する努力をしたでしょうが。


 このことは嘆いてみても始まらず、まあこの放送によって、少なくとも何人かはドラマ「道頓堀川」に接し、なにかを感じる機会を得られると思い、幾分気を休めるしかありません。

 ただ、誠にあきれるのは、この放送予告においてとんでもないことが書かれている事実です。「喫茶店のマスター武内は、かつて玉突きに命を賭け妻に逃げられた過去を持っていた」、何度でも声を大にして申さなくてはなりません。これは深作とかいった連中が勝手に「創作した」方の話しの展開で、宮本輝の原作とも、もちろんこのTVドラマともなんの関係もない、「別のお話」の世界です。原作では、いつしか玉突きにのめり込んだ武内鉄男の知らぬ間に、鈴子は杉山と出奔し、それをはじめは「自分のビリヤード狂いに愛想をつかした鈴子の、ちょっとしたお芝居」くらいに思っていたのが、いつまでも妻は戻らず、武内を絶望させる、そして彼は狂気のように玉突きに打ち込み、すべてを忘れようとした、こういうストーリーです。TVドラマでは、妻の突然の出奔に愕然とした武内が商売も投げ捨て、一度は離れていた玉突きの道にふたたびのめり込むという展開です。

 某映画においては、武内が玉突きにひたすら狂い、全財産を投げ捨て、ついには自分の妻さえ借金の抵当にした(つまり借金のカタに妻をほかの男に抱かせた)という展開になっています(そのあげくに妻が自殺してしまうというつながりですから、原作とは縁もゆかりもないことがあらためてわかりましょう)。なんとも安手で、紙切れのように薄っぺらな人間観の貧しい産物です。しかし、この本来原作に忠実なTVドラマの解説でさえ、そちらに引きずられてしまっている、つまりこのプレスレリース用の番組紹介を書いた人間は、ドラマ自体をまったく見ていないということがわかってしまうのです。まあ、どっかでこの深作映画とかいうのを見た記憶があるか、あるいはせいぜい、映画の紹介をちらと目にして、それを写してきたか、そんなところでしょう。ひどいを通り越していますね。


 もっともこの機会に、どうやらかつて原作者は映画会社に抗議したらしいということがネット情報から判明しました。事実だとすれば、まあ当然のことでしょう。まったくちがった、そして実に安っぽくて卑俗、ばかばかしい「お話し」の「原作者」と記されてしまったのですから。

 それにしても私自身はこの放送の機会をどうにも見ることができない、なんとも残念としか申すことができません。

 

(2010)

そしていま


 この「なんのたしにもならないお話」第一回を書いたのが1999年のことでした。

 それから数えても10年以上が過ぎ、時の流れはもちろんとどまることなく、ひとの存在も変えていくのです。


 ドラマ「道頓堀川」放映からもう28年、藤田まことも亡き人になりました。長年にわたりTV界の人気者で、ごく最近まで活躍していただけに、当然のことに大きなニュースになり、追悼再放映番組も少なくない数に上りました。

 でも、もっぱら取り上げられるのは、出世作となった大ヒットsitcomシリーズから、のちのサスペンス時代劇シリーズ、そして刑事物二時間ドラマシリーズという、いかにもの名ばかりでした。誰にでも予想可能な範囲の話しだけで、それは范文雀の訃報とまるで同じパターンです。

 それを故人は必ずしも不本意とは思っていないかも知れませんが、それでも私には、やはり藤田まことの演じた役はあくまで「ひねりの鉄」なのです。温厚洒脱な喫茶店のマスターの姿に、人間的な葛藤と断ち切れない過去への記憶を宿したままの影がいまも見え隠れしているのです。
 放送が82年でも、ドラマの舞台は70年代初め頃と設定されていました。そうすれば、亡くなった藤田まことの実際の年齢とそれほどずれていないのが、物語の主人公ということになりましょう。ですから、彼も世を去ったいま、鉄男は鈴子と冥界で、40年以上を隔ててようやく再会できたのじゃないのかな、などと、意味のない想像をどうしてもしたくなるのです(范文雀が亡くなったのは7年あまり前のことですが)。あくまで演じた役の一つでしかないのは重々承知の上ですが、その役の世界が絵空事ではないように錯覚してしまう、ありがちな心理に私もいつしか陥っています。

 すれ違い、ぶつかり合った二つの魂は、ようやくお互いにほほえみながら、心安らかな思いに浸っていられるのでしょうか。やはり先に世を去った、玉突き屋の旧友・吉岡(戸浦六宏)らと、「戦後」らしい数え切れないほどの思い出を語り合いながら。



 ついでのことに、このドラマをNHKが再放送に乗せず、他のマイナーなところへ切り売りをしてしまったことには、もちろんいろいろの事情があり、そんなに人気も「要望」もなかったから、という理解をするのが妥当ではありましょうが、私には別の「邪推」もあります。つまり、これはいまどきNHKでは絶対流せないのじゃないか、という”問題”が避けられないことです。
 簡単なことですね、このドラマのなかでは、撞球はカネを賭けた勝負として当たり前のように登場するのです。鉄男はその稼ぎで一時は暮らし、クライマックスの息子・政夫との対決も、ご近所・知人集まって大バクチの大勝負となるわけです。これみんな、違法ですよね。たまに賭け麻雀で一網打尽になったなんていう報道もあります。まして、胴元まで登場して、観衆みなで賭け勝負をやるなんて、とんでもない極悪犯罪となりましょう。

 きょうびのNHKです。そんな「当然違法」の行為を堂々放送できるわけがない、そうした理解はおそらく間違いないのではないでしょうか。「時代劇」で、昔の賭場での丁半勝負を流しちゃいけないなんてなると、もう番組が作れなくなってしまうでしょうけど、「戦後ニッポン」でお上以外の非合法私営ギャンブルを「あり」にしたお話なんか(深作何とかのように、それで「身を持ち崩しちゃあいかん」という「教訓」付きででもなければ)、天下のNHKには間違ってもいまさら放送できるはずがない、そう私も早くに気がつくべきでした。




(2019.12.30)

ドラマ『道頓堀川』全巻見られます


 あっという間に2019年も終わりになり、年末大晦日といえば、『道頓堀川』のクライマックス、親子の撞球勝負だよな、と何十回目かの見直しをしようとして、大変なことに気がつきました。

 このドラマ全巻が、なんとweb上で見られるのです。


 厳密には著作権法上の問題がないことはないのでしょうが、ともかくドラマ放送の1982年以来、のちの民放テレビ局での放映以来、ドラマ現物に接する機会が永遠に失われたままだったのが、見られるのですよ。
 web上の某動画サイトで公開されているのです。



 これどうやら、上記の「ホームドラマチャンネル」でのCS放送(2006年)を、DVD録画したもののようで、ホームビデオより画質はよいのですが、突然「電波が切れる」ところがある、さらに音声がないとこもあると、問題はなきにしもあらず、です。その音声の切れたところには、なぜかセリフの字幕が入るという珍事態も起きます。録画してアップした個人が、音声のないところに字幕を手当てできるほど、オリジナルの台本を持ち、字幕テロップをタイミングよく入れられたとは想像しがたいので、あるいはオリジナルのビデオテープに欠陥があり、民放での(再)放送時に、そこを補った版を作ったのかも知れません。ことによると、NHKでの再放送が一切ないのも、そうした問題がらみで、私の勘ぐりは外れているのかも。


 ともかく、これで全巻いま見られるのです。それによって、私の記憶が曖昧だったところも分かってきます。

 実は、このようにくだくだと書き記しても、私の手元には数回分の録画しかなかったのです。昔のことで、またこのドラマの価値を放送時すぐに理解したわけでもないため、結構消してしまったりしていたのでした。

 その、手元に残っている回の放送と、自分の記憶とを付き合わせて、えらそーに書いていたのですが、ようやく今頃、いろいろ確認できるわけです。



 だいたい、これで今さら気がつくのではアホそのものであるのは、この銀河テレビ小説は全20回であったという、それを私は「全15回」と記してきたという初歩的ドジでした。各回の番号を見れば当然分かるんで、なにを今さら、ですが、恥ずかしながらいま訂正をさせて頂きます。


 それは別として、私の記憶違いは基本的にないものの、全巻を通して見ていくと、印象は相当に異なってくるところもあります。政夫と鉄男の親子の対立は、始めから終わりまで繰り返され、全体を貫く重い太い糸になっています。原作で書かれたエピソードですが、家出し、高校もやめ、玉突き暮らしの放蕩の一方、やたら食ってかかる息子に激怒した父は、したたかに殴り飛ばし、政夫の顔は腫れ上がってしまいます。それでもここで政夫は堪えます。それを含め、息子には父の突き放した冷淡さ、愛情の乏しさに、亡き母がらみの恨みをずっと感じられており、それだけに、政夫の親友としての邦彦は、なんとしてもその事情を詳しく知りたいと、同情とともに探究心に駆られるのです。

 そしてその展開の中で、4年ののちに出戻った母・鈴子の態度に逆上した鉄男の殴る蹴るの暴行、すさまじい顛末を、連れられ戻った幼い政夫がじっと見ている、その目が強烈な印象を与えます。子役でこれだけの目の演技をさせられるというのは、希有の部類に入りましょう。
 子役の演じる時代も含めて、政夫=内藤剛志の演技は、徹底してひね、反抗的、親にも世間にも逆らってばかり、しかしその心底に、自分のルーツへのこだわりと疑念のあることを感じさせてくれます。露店で靴を半足買う、珍エピソードもからみ、まさしく「いい役者」のとんがった演技でした。


 他方で、邦彦をめぐる、芸者あがりの小料理屋おかみ・まち子(辺見マリ)と、女子大生で、邦彦の父を恩人とあがめる金兵衛の娘、鉄男の喫茶店を手伝う由紀子(松原千明)のさや当て、三角関係とか、戦災孤児でひどく惨めな暮らしをし、鉄男に拾われ救われたアキ(島村晶子)の、残酷に過ぎる原体験とか、邦彦の父(山本弘)と弘美(吉行和子)の関係、邦彦少年の恨みとか、いろいろ詳しく見えてきます。特に、邦彦の父はここで単なる飲んだくれ、女たらしにしか見えず、それが弘美を含め、何人もの人間に終生の恩を残すというのは、かなり違和感ある展開で、ちょっと物語不足でした。母を苦しめられた邦彦の恨みしか見えないのです。
 政夫、邦彦、そして父鉄男を含め、ひとの愛に飢え、また傷つき、苦しんできた人間たちの重い人生模様が、戦後世界の大阪ミナミまっただ中で語られるという構図は明確でしょう。  



玉突きの勝負

 全編を再度通しで見ることができて、いろいろ確認できることの一つは、「玉突き」のドラマである以上、勝負の場面がどのくらい出てきたか、です。
 冒頭、「プロ」を志す政夫が、向こう見ずにも「大阪一」と言われる渡辺耕三に勝負を挑むエピソードが出てきます。かなり危ない雰囲気で、それを見越して政夫は邦彦についていってもらえるよう懇願します。地下の、換気扇の音だけがうるさい殺風景な一室で、4人だけが台を囲む勝負となり、「貫禄負け」の流れから、一転政夫に流れが変わってしまい、勝負がつく事態となります。チンピラ風の渡辺の「付け人」は、「これは練習、本番はこれからや」とひっくり返しにかかり、危うい雰囲気になりますが、「いろいろ言わんと、払ってやれや」と、名人の貫禄が示されます。彼は政夫の父親が誰だかもよく知っていました。そこから、政夫は自信をつけ、東京に遠征しますが、そちらではコテンパンであったと、のちに語られます。


 そののちでは、鉄男が戦後の若き日、「駆け出し」で玉突きの勝負師をめざす中のできごとが回顧されます。やはり、「名人」と言われた玉田老人に、鉄男が勝負を挑み、あっさりひねられてしまいます。外れる鉄男の玉、鋭い玉田老人の一撃、それぞれが写し出されます。その時、老名人の「おつき」のような存在だったのがまだ少女のアキでした。のちに老名人は急死し、寄る辺を失ったアキは街をさまよっているところを鉄男に拾われます。飢え、ボロボロの汚れた服をまとった彼女は、鉄男に飯を食べさせて貰い、銭湯にも連れてって貰います。その夜、鉄男の住まいに泊まった彼女は、「今夜はお風呂に入ったからいやや」と叫び、鉄男を唖然とさせました。この老人のもとでどんな扱いを受けていたか、その後、どのようにして日々の糧を得ていたのか、想像させます。

 こんな過酷な戦後体験を越えて、アキ(島村晶子)はミナミでいっぱしの焼肉店主になり、20年以上を経ても鉄男への恩義を忘れません。店を広げようと、相談に来ます。その一方で、邦彦は嫌がるアキを説き伏せ、マスター鉄男の半生、そのなかでの政夫との関係を聞き出しにかかり、ついには、妻が出戻ったときの修羅場を目撃していたことまで語らせることになるのです。
 アキはのちに、「自分の運勢見てもろた、変わった易者」のことを紹介し、鉄男に大変なことを思い出させます。鉄男の顔が凍り付きます。「片時も忘れたことのない」、妻を奪っていった杉山が大阪に舞い戻っていたという事実でした。


 鉄男の回顧での玉突きの勝負は、妻の鈴子の出奔ののち、ひたすらのめり込む時代の中でさらに描かれます。店は閉めてしまい、吉岡と組んで、カネのありそうな客をカモにし、負け続けて相手に過信させ、大勝負を仕組んで、ドンと儲けるやり口です。盤上の玉の動きも映ります、鉄男が「外す」ところとして。しかし鉄男の腕はもう負け知らずでした。そして、「スリークッションの日本一を決める」天下分け目の大勝負が芦屋の屋敷で組まれ、鉄男は36時間余の闘いを勝ち抜き、巨額のカネを手にします。ただ、このエピソードでは、盤上の玉の行方は映らず、勝負に敗れ、身代を失って悄然と去って行く挑戦者たちの姿だけが描かれます。


 最後は、まさに最終回での、鉄男と政夫の親子大勝負です。この構想は、物語のかなり早い回から周辺に登場しており、政夫は大いに乗り気になりますが、過去を口にしたくない鉄男は、ハナから拒否し去ります。息子が玉突きにのめり込んでいること自体、まったく受け入れられないのですから。しかし、邦彦らの尽力でいろいろの事実が次第に明らかになり、特に易者杉山と20年ぶりに再会し、その零落した姿とともに、天草で捨てられた鈴子の運命を知り、そして自らの怨念と苦悩と悔恨の一端を言葉にした彼は、それによってこれまでのわだかまり、とりわけ息子への態度に、何かの踏ん切りをつけられると確信するに至るのです。その先に、「親子の勝負での決着」という決断が生じました。

 かねてから、「親父との勝負で決着つける」、「勝ったら好きにさせて貰うわ」と意気込んできた政夫にはまたとない機会、このクライマックスの大勝負は、うえにも記したように、吉岡の店での大晦日晩の大イベント、劇的展開として描かれます。逆転また逆転の手に汗握る盤上の闘いには、このドラマでもいちばん長い時間が割かれ、玉の行方が追われます。観客の支持は圧倒的に、「現役ハスラーである」息子の方に傾き、勝負も政夫優位で進むのですが、鉄男と吉岡には数々経験してきた流れでした。そして、いよいよというところで、「昔の勘を取り戻したかのように」、親父の腕が冴え渡り、絶妙のキューコントロールで、あっという間に並んだ得点に持ち直してしまいます。そこは政夫も、親父の神髄を目の当たりにして、比較にならないと実感するのですが、鉄男は狙いを外し、勝負はまた五分五分になります。「お父ちゃん、俺をオチョクってんのんか!」「さっさと勝負つけたらいいやん」と政夫は鼻白みますが、鉄男は苦笑するのみ。「土壇場になったら、俺、絶対負けへんで」、といきまく息子に向けて、「政夫、これが勝負や、よう見とけや」と穏やかに語りかけ、そこからがひねりの鉄の本領発揮になります。神業のような玉のコントロール、どこからでも、どんな姿勢でも、自在にキューをふるい、間違いなく狙いをとらえる、これに満場息を呑み、政夫は茫然とし、そして親子で初めて、ほほえみ合うのです。

 玉突きの勝負を通じ、ようやくに心を通わせることができた父と子、その姿に、吉岡も邦彦も、安堵の表情を浮かべます。賭けに敗れた観客の皆はがっくりしますが、二人には、この勝負の持つ真の意味が十二分に納得会心出来たのでした。そして当の息子は、父の偉大さと、その教えの中の愛、親心を受け止めることができたのでした。


 その後、エピローグとして、「リバー」の店内で新年の夜明けを迎える鉄男と邦彦の対話で、物語は閉じられます。政夫はかねての予定通り、東京に旅立ったこと、「政やん、『負けたら親父の言うこと何でも聞く』と言うてたのに」と問う邦彦に、鉄男は穏やかに答えます。「そやから、お前の好きなように、何でもせいと言うてやったんや」、そこにはやはり、父は若き日の自分自身を、野心に燃え、彷徨する青春像を見ていたのでしょう。それを見守ってやる、それが最上の親の愛だったのでしょう。




 いずれにしても、私も残り少ない人生の中で、あらためてドラマ全20回を研究できます。もちろん、いまweb上で公開されているものも、いつアク禁になるか分からず、しかしこうした動画サイトからのダウンロード保存は近頃非常に難しくなってきており、まずうまくいかないので、私として思案のあげく、超「奥の手」を用いることにしました。要は、私の手元に動画が何らかのかたちで保存できればいいのです。

 「容易ならざること」などと思わず、つべこべ言わずに、関心ある方は試してみて下さい。映像を見るのなら、容易にできますよ。題名を入れて検索するだけで(ぬけさくとかいうひとの映画とは区別して下さい、そっちばっかしが出てくる恐れ大なので)。


こちらを参照



『道頓堀川』全編を通して見られて、あらためて気がつきました。

 NHKがこれを再放送もしない、どこでも「公式に」見られない、それは「公然バクチ」としてのビリヤード勝負を取り上げていたからだけではないんじゃないのか、と。

 このドラマのなかでは、主に喫茶店での会話の場面などで、当時のポピュラー曲が盛んに流されます。喫茶店といっても、主人公の店「リバー」にはバックミュージックもないのですが、それ以外で、こうしたシーンが数々あるのです。ほかに、街中や、バーや居酒屋の場面も多いのですが。
 70年代頃の、アメリカンポップス、ヨーロピアンイージーリスニング、果てはビートルズやフォークのアレンジまで、実にさまざまな器楽曲がバックで流されます。これは間違いなく、当時の雰囲気を再現するに効果的で、私のようにその時代を「生きていた」人間には、懐かしさとともに、ああ、あの頃のサテンではこんな曲流れてたよなと、ドラマの「いかにも」さを盛り上げてくれるのですが、さて困ったことは、今どき、著作権問題がモロ絡んできますよね。

 放映の1982年当時は、結構いい加減で通っていたのかも知れません。それをいまから、きちんとクリアーするとなると、かなりえらいことになりそうです。わずかの時間流れるだけのバックミュージックで、巨額のカネを、作曲者、演者など「権利者」に払わなければいけないとか。
 それ無理線だから、永久にお蔵入り、というのはあり得ましょう。

 web上で見られるものでも、ときに音声がない、果ては字幕が出る、これもバックミュージックの「著作権問題」で、音をカットせざるを得なかった、そういう可能性も想定できます。もちろんwebにあげた人物がそんなことを考慮するはずはないので、それが録画した2006年の再放送時(多分)、こうした措置が原ビデオテープ記録に施され、部分音声カットで放送されていたのかも知れません。もっとも、そういった放送例が他に多々あるとも思われないので、やはり奇妙でもあるのですが。




(2020.8)

いろいろわかってきましたが、しかし


 全編を詳しく見ることができたおかげで、いろいろわかってきました。
 「音声が途切れる」のは、ほぼ間違いなく、バックミュージックの著作権問題だと想定できます。シーンの設定、また時には「字幕」が入る、ここからわかるのです。ホームドラマチャンネルでの再放送時、これが引っかかったのでしょう。だからそういった場面は音なし、というのも残念至極ですが。


 それ以上に残念なのは、やはりアップロード公開はなくなってしまいました。どっかからクレームが来たのでしょうか、いまはアクセス不能になっています。つべこべ言う前に、容易ならざることどころか、不可能です。
 「権利者保護」の理念もわかりますが、「誰も見ることができない」のが理想的な状態と言えるのでしょうか。ほかの公開手段があるのであれば、考えますけどね。


 ということで、以下は想い出の一助。

出会いと、破局への道


☆この続きは、こちらへ



つぎへ