(静岡県浜松市)

浜松市東部に「かば」と呼ばれる地域がある。かつてカバが住んでいたからこの地名?いえいえ違います。

 

かば かば

実は「かば」は河馬ではなく樺でもなく「蒲」。かつて蒲が一面に生い茂っていたことに由来する。

しかし、蒲幼稚園の送迎バス(左写真)、産科医院(右写真)にはかわいいカバ(動物)の絵。

そのほかに蒲小学校・蒲公民館などがあるがいずれも漢字で書いてある。

 

蒲神明宮

ここには平安時代の荘園・蒲御厨からの長い歴史がある。浜松一の古社・蒲神明宮が守り神。

源平合戦で活躍した源範頼(※)はここで育った。蒲冠者・蒲殿と呼ばれるのはそのためである。

明治以来このあたり一帯は長上郡(→浜名郡)蒲村だったが、1939年(昭和14年)に浜松市に編入。

蒲という町名はないが、大蒲町という町名と一帯の地区名に蒲の字が残る。

 

蒲御厨は現在の蒲地区(旧蒲村)の範囲より広く和田・飯田地区も含んでいた。

さらに歴史をさかのぼると、現在の大蒲町と和田町(旧永田村)にわたる一帯に

飛鳥〜奈良時代の長田(長上)郡役所があったと推定されている。

2003〜2004年の発掘調査(大蒲町村東遺跡)での発掘木簡でそれは決定的となった。

各時代の遺跡が多い地区であり、古くから営々と人々が暮らしてきた場所なのです。

 

(※)源範頼(みなもとののりより):平安時代末期の武将。                                     
河内源氏嫡流源義朝の六男。源頼朝の異母弟で源義経の異母兄。母は遠州池田宿(静岡県磐田市池田)の遊女。
蒲御厨の蒲氏(藤原一族)の元で少年時代を過ごす。兄・頼朝の挙兵に応じ、弟・義経とともに平氏追討で活躍。
各地を転戦。平氏滅亡後、頼朝に疎まれ1193年伊豆修善寺で殺害される※※。旧蒲御厨内龍泉寺に供養塔。
子孫やゆかりの者は「吉見」「蒲」「蒲谷」などの苗字で続いている。

※※横浜市金沢区、埼玉県北本市、鳥取県鳥取市、愛媛県伊予市などに落ち延び伝説がある。
北本市にある石戸蒲桜(国指定天然記念物)の名前は、源範頼由来という。

参考:「学芸百科事典(旺文社)」、北本市役所ホームページなど

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