猪々道

(名古屋市千種区)

 

なんだかんだで長くなってしまった地名のお話です。

 

電話ボックス内の地名表記

携帯電話の普及で、活躍の場が減った電話ボックス。

しかし、出先での正確な地名の把握には便利なものだ。

ここのフル地名はかなり長いことがわかる。県名から大字小字まで付加すると

愛知県名古屋市千種区猪高町大字猪子石字猪々道

となる。「猪」が三回登場。「猪々」=「猪猪」ととれば四回。番地は2〜3桁で済む。

 

猪々道は沿道部のみ

この地名の範囲はこの写真に写っている沿道の建物+αの部分のみ。非常に狭い。

「猪高町」は名東区にもあるが、飛び地になる。理由は後述。

 

地内電柱での地名表記

表道から入った場所での電柱表示地名は後半のみ。

表道側では「猪高町」と表示している。(撮影忘れ)

幹線道路沿いで大きな地名、中に入ると細かい地名を示す手法は合理的。

この手法も大字小字方式(または複合地名方式)ならでは。

 

猪々道公園は現猪々道地内にあらず

近くに猪々道公園があるが、猪々道の範囲外(千代田橋)。

 

現在は都市化され、猪がたくさんいるような雰囲気はないですが、果たして猪との関係は・・・

 

・・・地名の由来など・・・

南北朝時代〜明治時代まで猪子石郷、猪子石村であった。

猪に似た大石が二つ(牡石、牝石)あることに由来する。(現存)

巨石が出ない洪積台地ゆえ、古墳用に他から運ばれた石と推定されている。

猪々道」(ししみち)に関しては不明。愛知郡村邑全図猪子石村(江戸中期)

で「下田」と記載されている場所の一部。(下田→下田、榎木、山ノ端、野田、猪々道。

猪々道以外の字名は1980年代に消えた。榎木の名は市営住宅名で残る)

旧猪子石村内の西端にあたることから「猪子石への道」だろうか?(私の推定)

 

1906(明治39)年猪子石村と高社村(高針+上社+一社村)が合併し

合成地名の猪高村が誕生、愛知郡猪高村大字猪子石字・・・となる。

1955(昭和30)年名古屋市に編入し、千種区猪高町大字猪子石字・・・となる。

1975(昭和50)年千種区から名東区が分離し、猪高町の過半は名東区となるが

一部は千種区に残る。その後1985年頃までに区画整理が進み猪高町・・・の大半は

旧小字名などにちなんだ別の単独地名に置き換わるが、ごく一部は昔のまま。

旧「猪々道」も旧「野田」「下田(東部)」とともに大半は「千代田橋ニ丁目」となったが、

道路を挟んだ南端が旧地名のまま残っている。いずれ整理統合されるのかも。

それでも猪々道公園の名が残れば、かつての地名を伝えることはできる。

「猪子石」は他所で残る。「猪高」は元地名が残っている合成名、残す必要はない。

 

←前へ  次へ→

地名!?に戻る

トップページに戻る