19.その日、鉛の雨が降った<情報提供>

〜日立航空機立川工場跡〜

(東京都東大和市)

 

戦時中、全国各地にあった軍需工場。もともとの軍需工場のほか、戦時に他用途より転用された工場もあります。

その多くが、戦時中米軍の攻撃目標となり破壊され、多くの人命を失うこととなりました。日立航空機立川工場もそのひとつです。

今回、地元在住のしゃりおさんよりこの工場跡の写真と資料を提供していただきました。

 

日立航空機立川工場変電所跡

これは、日立航空機立川工場の変電所跡。この工場では戦時中航空機エンジンを作っていた。

旧社名は「東京瓦斯電気工業」なので当時の国策にて軍需工場になったと思われる。

工場全体の敷地面積はおおよそ1Ku。今はこの変電所跡だけが当時の姿を伝えている。

建物に無数のへこみが見られる。このへこみは昭和20年の3回にわたる空襲の傷痕。

艦載機による銃撃およびB-29編隊(101機)による爆撃の弾痕が今に残っている。

航空機エンジン工場ということで重要攻撃目標だったのだろう。爆撃後、工場敷地内に600発もの爆弾跡があった。

戦後工場跡地は米軍立川基地宿舎および小松ゼノア(株)となった。

変電所は弾痕を残したまま1993年まで小松ゼノアの変電所として電気を送り続けた。

変電所としての役割を終えた後、東大和市文化財として修復・保存されている。

太平洋戦争を生で伝える貴重な建物だ。

 

日本本土空襲は約半世紀前と歴史的に見ればつい最近の話だが、意外とその爪痕が残っていない。

こういった比較的最近の遺跡も重要だとは思うが、その悲劇を直接知る者にとっては思いは複雑であろう。

なお、日立航空機立川工場跡にあった米軍宿舎は現在東大和南高校・NTTグラウンド・公園などになっています。(地図による推定)

しゃりおさん、貴重な情報提供誠にありがとうございました。

 

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