32.車を運んだ鉄の道

〜トヨタ自動車専用線跡〜

(愛知県豊田市)

 

トヨタの街、クルマの街、豊田。

この街にある遺構も、クルマ関連です。鉄道関連でもあるけれど。

 

跨がない高架橋

豊田市内に、こんな風景がある。

コンクリート高架橋が道路を跨ぐような形で対面しているが、跨いでいない。

高架橋はそれほど古いものではなさそうだ。この写真左側(東)500m先は愛知環状鉄道の線路。

右側(西)の高架橋はトヨタ自動車上郷センターの敷地内にある。

これはかつて、トヨタの新車を搬出していた貨物専用線の痕跡。

旧国鉄岡多線(現愛知環状鉄道)に接続し、全国に向け新車を運んでいた。

 

跨がない高架橋・別角度

最初の写真の左側高架橋の向こう側から見てみる。

奥に見えるトヨタ敷地内で高架橋は徐々に高さを減じ、その途中でぷっつり切れている。

このトヨタ上郷センターは現在でも新車搬出基地のようで(?)、広い敷地内には多数のトヨタ車が並んでいる。

ここから全国・世界へ向け新車が旅立つのは変わらないのだろう。が、その新車を運ぶのはもはや鉄道ではない。

(注)一部は名古屋貨物ターミナルで鉄道に積み替えて運ばれているかもしれません。

手前側の高架橋は30m程で、その先は道路や工場敷地などになっている。

 

この貨物線が接続する旧国鉄岡多線は1970年に貨物専用線として開業。

旅客線としての開業(新豊田駅まで延長)は1976年。

つまり6年間は全線貨物線であった。トヨタと、ユニチカ岡崎工場が荷主。

当時は鉄道による自動車運搬需要がかなりあったことがわかる。

国鉄岡多線(当時)から左上のトヨタ上郷センターへ専用線が分岐している

写真出所:国土画像情報(カラー空中写真)国土交通省、1983年撮影

その後トヨタは新車搬出をトラックに切り替え、1984年にこの専用線は廃止された。

旧国鉄岡多線はその後1988年に第三セクター愛知環状鉄道に引き継がれた。

 

貨物ヤード跡は車両基地

貨物線が旧国鉄岡多線と合流していた部分には、かつてトヨタ専用貨物ヤードがあった。

現在その跡地には愛知環状鉄道の本社と車両基地などがある。

周囲より盛り土で高くなっており、周辺道路とは完全立体交差。

写真左方がトヨタ上郷センター。右側が北野桝塚駅、さらに進むと岡崎。

 

この貨物線が新車を運んだのは1970年〜1984年の14年間です。その間に何台のクルマを運んだのでしょうか。

もう当時のクルマは大半が廃車になっていると思いますが、あなたの子供の頃の実家のクルマ

またはあなたがかつて乗っていたクルマがトヨタ車なら、この線路を通っていたのかもしれません。

 

参考文献:「第三セクター鉄道」(鉄道ジャーナル社)、他

 

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