1.セメントの通った道(その2)
〜旧磐城(住友)セメント浜松工場専用貨物線跡その2〜
山を迂回して反対側(北側)のトンネル口にまわってみる
こちらは扉が閉じていた(強行突入しなくてよかった)。車が通った跡がありますね・・・。
トンネルの長さは200mくらいだと思う。
トンネル北約350m地点には国道からも見える赤い鉄橋。鉄橋は骨格のみで下が丸見え。
横についていた銘板によると、1953年(昭和28年)製のよう。まだまだ使えそうな重厚な作り。
二十数年間、セメントを満載した貨物列車がこの上を走っていた。
線路をはがされても、橋は残った。
そして、この橋を渡ったセメントは、今でも各地で建造物やその土台として地味な働きをしているはず。
鉄橋から150mほどで自動車部品の工場に到達し、廃線跡の旅は終わる。ここにかつてセメント工場があった。
セメント工場跡には現在4つの工場が操業している。町がセメントに替わる産業を誘致したのだろう。
近くにあった石灰石(セメントの原料)採掘現場跡。テレビドラマのロケに使われることもあるとか。
今は人の気配もないが、かつて大規模な採掘が行われ、連日発破の音がして、谷あいの町全体が白かったという。
ここ、引佐町はかつては「セメント城下町」だった。合併による町発足とセメント工場稼動は偶然にも同年である。
セメント工場のあった「井伊谷」(貨物発送地)と、旧国鉄駅(貨物中継地)のあった「金指」が合併して、引佐町が発足した。
これはセメントと引込線が結んだ縁なのだろうか。地形的には「金指」は隣の細江町と合併した方が自然に見える。
また、採掘跡では多数の化石が発見され、学術的にも価値が高い場所なのだそうだ。
「遺跡!?」第一回はいかがでしたか?遺跡というにはあまりにも新しいですね。
今回紹介した路線は全長およそ1.3km、トンネルあり鉄橋あり。
途中で迷うこともなくほぼ全線線路跡を歩くことができます。
今、静かなブームの廃線跡めぐりの旅としては初心者にもおすすめの場所です。
旅客線でなく貨物引き込み線だというのがマニアックですが。
追記:この専用線は1954年から稼動したとのことです。(セメント工場の稼動は1955年から)
工場閉鎖・専用線廃線は1983〜1986年の間のどこか。