17.戦国ロマンのコンクリート?

〜史跡・高天神城跡に謎の土台〜

(静岡県大東町)

 

有名な史跡は書籍等にもよく登場し、新発見の喜びが少ないかもしれませんが意外なものに出会うこともあります。

時代が違う遺跡の話です。

 

今から400〜500年ほど昔は戦国時代と言われる時代であった。

領土を守るため、各地に数多くの城が築かれた。

大きいのやら小さいのやら、一時的なもの、記録に残ってないものも沢山ある。

高天神城跡と茶畑 戦国ロマンの里

この時代の遠州地方(静岡県西部)の城で、特に重要なのがこの高天神城

徳川軍と武田軍の間で3回も壮絶な争奪戦が繰り広げられ2回落城、多数の戦死者を出している。

「高天神を制する者は遠州を制す」と言われたこの城の防御の堅さと弱点は実際に城跡を登ってみるとよくわかる。

国指定史跡にもなっているこの城跡は、書籍などで紹介されることも多い。

 

謎のコンクリ土台

で、今回紹介するのはこの部分。高天神城本丸の一段下の部分にあるこれ。

石垣風のコンクリート。鉄筋が飛び出ている。何かの建造物の土台のようだが?

 

長年疑問に思っていたが、最近疑問が解けた。ある書籍によると、

この城の麓の村出身の陸軍将校が日清戦争か日露戦争で名を挙げ、

それを記念して私財にてここにミニ天守もどきを造ったのだそうな。

今なら、国指定史跡なのでそんなことはできないが。

その後火事にて焼失、土台だけ残ったらしい。

 

謎の土台全景

現状はこんな感じ。史跡だけに各所に案内板があるがこの部分を説明してあるものは皆無。

今となればこの土台もひとつの遺跡である。

 

この城は戦国時代の城で、安土桃山時代になる前に廃城になったため天守はなかった。

しかし城=天守閣のイメージが強いためか、町おこしなどで本来天守のない城にまで天守もどきを造ってしまうことがある。

それは地元のためにやむを得ないことかもしれないが、少なくとも説明板等で正確な情報を書いておくべきと思う。

例えば、静岡県内では吉田町の小山城址(本来、天守はない)の模擬天守には説明板がない。

 

追記:2005年4月1日、大東町は掛川市・小笠郡大須賀町と合併し、「掛川市」になりました。

 

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