15.人が変わり、道も変わる
〜宇津谷峠越え、ルート変更の痕跡〜
(静岡県静岡市、岡部町)
かつては自らの足で歩くことが主要な交通手段だった。交通手段・交通量が変わり、建設技術が進歩することにより道は変わって来たのです。
古くから日本の主要交通路だった東海道(現・国道1号線)。比較的平坦な海沿いルートながらいくつか難所がある。
その難所のひとつが静岡市と、その南西隣の岡部町の間。ここは標高400mクラスながら急峻な山々で隔てられている。
海側に迂回しようにも、海岸部も急な崖。その部分を通過する国道150号線の旧道は通ればわかる、凄い道。
遠い昔から、この部分の交通(宇津谷峠越え)は難儀だったようだ。何度もルートを変えている。

これが、平安時代〜室町時代に利用された東海道。道が狭いところがあり大量交通には不向きだったようだ。
上写真は現在の「道の駅宇津谷峠・下り線静岡側」から少し入った所。
左に静岡名産の茶畑。作業用の簡易モノレールの線路が見える。現在この道はつたの細道と呼ばれている。

次に、安土桃山時代〜江戸時代に利用された東海道の宇津谷峠。
豊臣秀吉の小田原攻めのとき、大量の兵馬を通すために作られたとの説がある。
江戸時代には参勤交代にも使われた道。松尾芭蕉や弥次さん喜多さんも通った道。
峠の直前はかなりの急坂。自分はもはや若くはないと自覚せざるを得なかった(泣)

明治維新の興奮さめやらぬ1876年(明治9年)、当時としては超長大203mのトンネルが完成した。(明治のトンネル)
画期的なトンネルだが自動車の対面通行は困難。現在人道トンネルとして利用されている。
国の登録文化財にもなっているようだ。写真は岡部町側。(南側)

1930年(昭和5年)、明治のトンネルのやや西側の標高の低い地点に、自動車の対面通行も可能な新トンネルが完成。
(昭和初期のトンネル※)この道は現在も県道208号線の一部として利用されているが交通量は少ない。
県道208号線はかつての東海道・国道1号線。旧岡部宿など古い街道の面影を残す道。写真は静岡市側(北側)
※着工が大正時代なので大正のトンネルと呼ばれることもある

現在の国道1号宇津谷トンネル(静岡市側)写真右が昭和中期のトンネル。1998年までこのトンネル1本で対面交通だったため
慢性的渋滞地点だった。平成のトンネル(写真左)が完成し、上下各2車線となったためこのあたりの渋滞はかなり解消した。
主要道路のルート変更は全国各地で見られます。ルート変更毎に味わい深い旧道が出来るわけですが
これだけ時代毎の道をこの足で味わえる場所は珍しいと思います。
なお、東海道本線、東海道新幹線、東名高速道路、国道150号線バイパスはこの部分、海寄りを長大トンネルで抜けています(日本坂トンネルなど)