10年前の83日の夜、兄は他界しました。そして86日の今日、兄の肉体はこの世界から荼毘に付され消滅したのです。「肉体は滅んでも魂は生き続ける」と常々兄は言っていたので、3日の日、兄が亡くなった時も兄の魂は生きていると思い涙が出ませんでした。

 しかし、荼毘(ダビ)に入る兄を思うと涙がとまりませんでした。何のために兄はこの肉体を作ったのだろうか、これまでの苦労はなんだったのだろうか、そう思うと涙がとめどもなく流れてきました。腕を1p太くするのにどれだけの食事とトレーニングを費やしてきたのでしょうか。
 メジャーを持ってきては「ねね、ちょっと測って」と腕回りや胸囲を私に測らせ、「おお、太くなった、太くなった」とわずか5oほど増えた腕や足や胸を大喜びしたり、「全然増えてない… やり方が悪いのかな」などと落ち込んだり、一喜一憂して作り上げてきた兄の努力の結晶ともいうべき肉体が一瞬にして消えてしまうと思うと悲しくて、悲しくて、たまりませんでした。
 火葬場の方が窯から灰になってしまった兄を出し、「ご遺族の方、こちらにいらして骨を拾ってください」と言われてもなかなかそばに寄ることすらできませんでした。お兄ちゃんのため最後までちゃんとやらなくてはと思い、箸を握りました。そのときです。
 火葬場の方が「これがご本人の象徴である喉仏です」と言って沢山の骨の中から探し出してくれた喉仏を見た瞬間、「僕はここだよ。大丈夫だから、悲しまないで」という兄の声を聞いた気がして、先ほどまでの悲しみが吹き飛んだ気がいたしました。というのも、兄の喉仏は大きくまた、がっちりとあぐらをかいて胸のあたりで手を合わせている形をしておりました。
 「あ、お兄ちゃん… やりたがっていた精神世界のことを今度はやるのね。」と思わず心の中で問いかけました。このことを葬儀が終わってから両親に話すと、な、なんと父も母も同じことを感じ、思ったそうです。本当に不思議な気がいたします。

 あれから10年。時の流れだけをみると本当に早く、あっという間に過ぎて行ったようです。でも、その10年の間に我が北村家もいろいろなことがありました。兄の愛犬チビもブラッキーも兄の命日をちょうど前後に1週間あけて兄のもとに逝ってしまいました。なんだかまるで兄が左右に2匹を連れて歩くように計ったように連れて行ったのです。

 留守中の突然の火災で家も全焼し、兄と暮らした家は消えてしまい、今は新しい家に建て替えられました。だんだん兄との思い出のものが、消えていくのはさびしいものです。

 しかし、兄と共に生きてきた思い出は今もしっかりと脳裏に刻まれています。この思い出をどこまで皆様にお伝えできるかわかりませんが、ポツリ、ポツリと語っていけたらと思っております。日々の生活に追われなかなか定期的に更新できず、本当に申し訳なく思っております。どうか、長い目でのんびりと見ていただけたらと思います。皆様の心の中に私の知っている兄の姿を見ていただけたらと心から祈っております。

               2010年8月6日      妹 善美

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あれから10年