第三十回

 一月になり、成人式を迎えたころから2月・3月にはいよいよ受験シーズンに突入し、受験生をお持ちの方は身の引き締まるような緊張感を感じられてくるのではないでしょうか。

 我が北村家も同じで、受験の時は父も母も気苦労が多かったようです。とはいっても、父や母の心配のもとはどちらかと言えば兄よりも妹の私だったようです。兄と私は3つ違いなので兄が大学受験の時は私が高校受験でした。兄に対しては男でもあるし、大学受験に関しては何が何でも現役合格!といった気持は両親には無かったので、あくまでも兄自身に勉強を任せていたようです。昔から兄には勉強方法は独自のものがあったようで、日頃あまりコツコツと勉強はしていなかったのですが、定期テストや実力テストでは夜も寝ないで短期集中型勉強法でいつもトップクラスの成績を収めていました。その兄とは正反対に、私の方は日頃から机に向って真面目にノート整理などしていたのですが、テスト本番では、あの苦労はなんだったのと言いたくなるような結果しか持ち帰えらない始末。親にしてみれば心配の種だったようです。

 妹から見て兄、マッスル北村の凄いところは、何かをやる時の超人的集中力ではないでしょうか。自分がやると決めたからには、どんな苦労もそして努力も惜しまず打ち込むのでした。受験勉強にしても「あれだけやればだれでも覚える」と言いたくなるような努力をするのでした。例えば皆さんは英語の単語や熟語をどのようにして覚えますか。最近の受験生はどのような本が広く使われているのかわかりませんが、兄が受験していたころは『でる単』(試験に出る英単語)、『でる熟』(試験に出る英熟語)という参考書が受験生の中でよく使われており、兄もその2冊を愛読(!?)しておりました。

初めは蛍光ペンで塗っていくのですが、それも黄色から始まり次にピンク、そして二色重なってオレンジ色になったところで黄緑や水色を塗るものですからもともとの印刷の文字はかすかにしか見えないようになってくるのです。その頃になると本も24時間朝から晩までお風呂の果てからトイレの供にまでされるのですから表紙もすれてよれよれ状態になって、ページの縁も手垢で汚れ、よくぞここまで使ったと言いたくなるほどボロボロで、それでもさらに繰り返し、繰り返し読んで覚えるのでした。

そして究極は折角かすかに残った単語や熟語をなんと真黒なマジックで塗りつぶすのでした。どこを開けても書いてあるのは真っ黒に塗りつぶした団子虫模様ばかり。でもこれで終わったのではありません。なんと兄はまた同じ本を買ってきてまた蛍光ペンから始まり本がよれよれになり紙が擦り切れてページをめくるのがやっとになるくらい繰り返し読んで覚えてそして最後は真っ黒に塗りつぶしながら覚えるのでした。私が知っているだけで同じ『でる単』『でる熟』をそれぞれ4冊ずつは使い潰したようです。私には到底まねのできない根性というか集中力だと思います。

ここまでやれば誰だって覚えられるとわかってはいてもそこまでの努力は私には真似できません。兄の努力を考えれば、自分がやったつもりでいた努力は努力でも何でもなく、ただ勉強をしていたという格好だけだったように思われます。兄の勉強方法は英語だけではなくすべての教科に対して同じような努力をしていたのでした。

 『僕は今から旅に出るので声をかけないでください』と部屋の前に張り紙をして自分が決めた所まで覚えきるまではトイレの時以外部屋から出ることもなく、ご飯も食べないで覚えるのでした。またある時は本当に本を一冊持ったまま出かけて行き、覚えるまで帰って来ないこともありました。今思えば、ここまで集中してやるからこそ、毎日コツコツとは出来なかったのかも知れません。ただもう一つ驚いたのは、どんなに試験勉強の忙しいときでも腕立て400回は欠かさずやっていたことです。ですから、こもって勉強をしていたにしては体の方はブルー・スリー並みの体型をしていました。これだけは毎日欠かさずやっていたのでした。

 昔、兄のファンだとおっしゃる方からお電話をいただき、あいにく兄が留守だったものですから私とお話をさせていただいたのですが、その時の会話で「マッスルさんは頭が良くていいですね。あんなにでっかい体をしているのに東大や医科歯科大の医学部にも簡単にはいれるんだから凄いですよ。普通の人と素が違いますよ。」と言われたことがありました。私は思わず「そんなことないですよ。皆さんの知らないところでものすごい努力をしているんですよ。」と言ったのを覚えています。兄のあの体も血の出るような並外れた努力をしていたからこそ出来たものです。それはそばにいた家族が一番わかっています。あそこまで徹底してやれば誰でも兄と同じような体はつくれると思います。あの受験の時の勉強のように。

 我が家のチビマッスルも早いものでまもなく小学校卒業となり、先月中学受験をしてきました。少しでも兄のように文武両道になってほしいと思い、塾にも行かせたのですが、いよいよ受験勉強本番という夏ごろから勉強に対して拒否反応をおこし、試験一週間前から試験前日までとうとう1ページも本をみることなく、家族に怒られると物置の屋根に登って下りてこない始末。この我の強さは兄の上をいくかもしれないと父も母もあきれるほどでした。

 生前、兄に家庭教師でもやればいいのにと勧めた時、兄が『勉強は本人がやる気にならないとダメなんだよ。僕は親の勝手で勉強をさせる手助けはしたくないんだ。』と言ったことを今になって急に思い出されました。

 結局、実力テスト状態で受験したのですが、運が良いのか、それとも秘めた集中力で解いたのか、希望の中学に合格できました。いつか兄のように本がボロボロになるほど自分から勉強したくなる時がくるといいのですが…それまで見守る家族のほうが根性を鍛えられそうです。