日本フライトセーフティ株式会社
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NIHON FLIGHT SAFETY

創立20周年のご挨拶

日本フライトセーフティはおかげさまで20091020日、創立20周年を迎えます。これもひとえに真剣にパイロット
を目指す学生達の熱い思いと、真摯に教育に取り組み、優秀なパイロットを育て、きちんとプロとして就職させ、巣立ち
させることに熱意を傾けてきた私どもスタッフみんなの両方の努力の結果だと思います。20周年を振り返り、今まで応援
いただいた方への感謝の意味も込めて、ご挨拶させていただきます。

 パイロットという言葉に特別の響きを感じるのは私だけではないように思います。多くの子供達が昔あこがれた職業の
ひとつでした。そういう私も子供の頃、パイロットになれたらいいなという漠然とした夢を持っていました。私が社会人
になったのは日本がまだ高度成長期の流れが残っていた時代、親は子供を良い学校に入れ、卒業したら優良企業に入れる
のが最良の道と信じられていたそんな時代でした。大学を出て入った都市銀行の法人融資部で様々な企業の経営を見られる
仕事は、大変でもそれなりにおもしろく、気がついたときには
20代が終わろうとしていたとき、一冊の本に出会います。
海外留学で自費でパイロットになれる、確かそんな内容の本でした。ちょうど、企業がひいたレールの上をがむしゃらに
ひた走ってきた時に、ふと感じた疑問点、自分の将来が、先にいる上司の人たちとダブって見えてきたときの違和感、
夏の休暇で、寝袋に入って夜空を見上げたときに、都会とは違った澄んだ大気と空に、現実と理想が違って見えました。
自分の人生を自分で決めたのは、本当の意味ではそのときが最初かも知れません。一旦そうなると、その後の人生には
すべて自分の判断と責任がつきまといます。厳しくもあり、つらくもあり、でも楽しい日々です。良いことも悪いことも
すべて自分に跳ね返ってきます。パイロットと経営者はある意味、似ているかも知れません。乗客の安全を自分の手で守る、
社員の生活とお客さんの希望を叶えながらその安全も守る。
退職を決意してからの不安と希望と夢に向かって努力していた
時代は、今は懐かしく、充実した思い出です。アメリカに単身渡り、まだ珍しかった日本人のヘリコプターCFIとして
90名あまりの人に操縦を教え、ライセンスを取らせることができました。一塊の若者に大きな心でチャンスをくれた
アメリカの広さは、いくら感謝しても足りません。その後、日本ではバブルのかげりが見えだし、送り出した教え子達が、
アメリカでのライセンスだけでは日本でヘリパイとして就職が厳しくなってきたことから、日本に戻って、
日本フライトセーフティを始めることになります。当時は自衛隊と航空大学校ぐらいしか、日本でのパイロット養成機関が無いのを、アメリカで培った経験をもとに、一から作り上げました。


 基本は、自家用はアメリカで養成し、事業用を日本で取らせるということです。FAAとJCABは似て非なるもの、
いろいろな問題点をひとつひとつ解決しながら、がむしゃらにやってきました。気がつけば20年、巣立っていった卒業生が、日本やアメリカの空で活躍しているのが無性にうれしく、また厳しい時代も一緒に付いてきて乗り越えてくれたスタッフにも大変感謝しています。山椒は小粒でもぴりりと辛い、パイロットの養成という、航空界のなかでは最初の基礎になる小さな分野ではあっても、無くてはならないこの分野で、一番の信頼を得られるようになろうという、最初みんなで決意した目標が、今までもこれからも続いていくことを願い、20周年のご挨拶にしたいと思います。
これからも真摯に教育に取り組んでいきます日本フライトセーフティをどうかよろしくお願い申し上げます。




日本フライトセーフティ株式会社

代表取締役社長 山田 元昭