死刑の判断基準である永山基準はもう変えるべきです。
人数で命の重さは量れません!



 

怒りの判決


 今私の腹の中は、怒りと悔しさで煮えくりかえっています。
 「被害者が一人である本件では、死刑選択がやむ得ないと言えるほど、悪質な要素があるとは言えない」とし、事件から3年8カ月を経て迎えた控訴審判決では、堀、川岸両被告ともに無期懲役という、最悪の判決が下山保男裁判長より下されました。

 「被害者一人でも、犯罪内容に見合う全員に死刑判決を!」と、何年も闘ってきたことがすべて否定されて、また振り出しに戻ってしまいました。司法の壁は、とてつもなく高く分厚もので、加害者を防御する壁でした。

 インターネットの掲示板を使った犯罪の特異性が、1審とは逆に評価されたことによるものです。計画は綿密でないために、最終目的の預金引き出しに失敗した。だから、さほど巧妙なものではないと。

 失敗したのは、どんなに脅迫されても悪に屈せず、正義を貫き通した娘が導いた結果です。彼らが暗証番号を確認もせずに殺害に及んだのは、本当だと思うほどの状態で聞き出した番号だったからです。いかに脅迫が酷く、娘が怯えていたかと思うと、何と甘い判断をされたのかと怒りを感じます。何人の人が、このような状態でうその暗証番号が言えるでしょうか。通常であれば、拉致した段階で成功です。本当の暗証番号を聞き出し、この計画は簡単に成功していたのです。

 「お金を手に入れたら、分配してバイバイ。また闇サイトを使って何かやっていただろう。」
 自首した川岸被告は1審でこう述べました。計画が成功していたら、自首はせずに、次の被害者を出していたのです。すべて娘の正義感がそれを阻止したのです。

 殺害方法が残虐化したのは、被害者が簡単に絶命しなかったので、結果残虐になった。意図的に残虐な方法をとったのでないから、悪質性に差がある。と1審2審共に述べました。

 意図的であろうとなかろうと、殺すつもりで着手しているではありませんか。残虐になったのは、娘がさっさと死ななかったからだというのですか。娘にしたらたまったものではありません。必死で生きようとするのは当たり前です。
 想像して欲しいです。包丁で脅された後、両手錠の中、自分より力も体格もある大の男三人に囲まれ、あの手この手で殺されていくことを。司法こそ、被害者の大切な命を軽んじているのではないでしょうか。だから裁判は、被害者の目線ではなく、加害者の目線で裁くのでしょうか。
 「人の命は地球よりも重い。」と、最高裁は言いました。それは被害者ではなく、加害者の命だったのですね。

 娘の最後の言葉に耳を貸さずに命を奪った被告達。にもかかわらず、司法は、死刑は重すぎるとして、被告達の矯正を選びました。被告達の言葉を寛大すぎるほどに受け止め、望みを叶えてあげたのです。


 未だに、心の底から反省し悔いる様子のない川岸被告です。「悪いことはばれなきゃいい。」という彼の言葉が、善悪に対する根本的な考え方を示しています。「また闇サイトを使って何かやるだろう。」と言っている者を社会に戻せば、必ず次の被害者が出ることでしょう。

 反対に、謝罪をしきりにアピールする堀被告。その行為は、減刑だけを願ううわべだけのもので、遺族の心には何も響いてきませんでした。本心から反省し償いたいのであれば、当然遺族の望む死刑判決を受け入れているはずです。また、供述を変遷させたりしないで、真実を述べるでしょう。
 「自分にとっての極刑は生きて自分を苦しめることだ。」「償う方法は一つではなくたくさんある。」とは、償うという意味をちゃんと分かっているのかと問いたいです。遺族は、死刑が最低唯一の償いの方法だと言っているのに。

 死刑が確定した神田被告も、自首した川岸被告、死刑を逃れた堀被告も、目的の為に同等の立場で協力して犯行行為を行っており、2審判決で言うように、決して神田被告が上ではありません。
 むしろ、堀被告の犯罪提案に載せられて、行動していったとさえ受け取ることができます。

 私共にとっては当然の死刑判決が、こんなにも遠い所にあるのかと悔しい思いで一杯です。これでは、娘に報告することができません。
 二度と、娘や私のような被害者や遺族を出さないためにも、真面目に生活している人を守るためにも、法は厳しく裁くべきです。社会正義を見せてください。

 控訴審でも願いは叶いませんでしたが、三年半に渡った署名活動は、当初予定されていた判決日の平成23年3月25日、娘の月命日をもちまして終了いたしました。しかし、判決に不服の多くの方々から、継続するようにとのメールを頂きました。再度活動を継続することにいたします。

 これまでご協力いただいた方は、私共の予想をはるかに上回る33万人近くとなりました。事件を他人事ではなく、身近なものとして受け止めて下さった皆様の励ましや応援が、どれほど大きな支えとなったことでしょうか。落ち込んだ気持ちを闘うエネルギーに変えてくれました。本当に有難うございます。娘も天国よりお礼を申し上げていると思います。また頑張りますので今後とも宜しくお願いいたします。

 さて、裁判はこれで終わったわけではありません。検察に上告していただき、最高裁まで闘う気持ちでいます。皆様には、この事件がどのような判決で結審するか見届けて頂きますようにお願いいたします。
 私は、一日も早く願い通りで結審し、速やかに刑が施行されることを願っています。その時こそ、私が事件と決別するときです。その後は、多くの笑顔を娘に見せながら、残りの人生を歩んでまいります。今後とも応援宜しくお願いいたします。


平成23年4月12日
 被害者遺族  磯谷 富美子