上告棄却


  「堀被告の上告棄却!」平成24年7月13日午後5時過ぎの一報に、全身の力が抜けて行くのを感じました。 直ぐに仏
壇の前に座り、娘に「ごめんね」と言葉をかけた途端、涙が溢れてきました。同時に、どうして?との疑問と、娘に何もやって
やれなかった悔しさで一杯になりました。


 「被害者が1人で、死刑がやむを得ないほど他の量刑要素が悪質といえないとした二審の判断に誤りはない」とした、最高
裁第2小法廷(千葉勝美裁判長)。 この国の司法の最高峰が、「無差別強盗殺人で一人殺しても、死刑にするほど悪質で
はない。」と公に示したのです。これまでの被害者一人の量刑相場で判断したとしか思われません。


 子供に、裁判官のようなことを言って教育する親はいないでしょう。私は「人殺しは死刑だ」と教えられて育ちました。だか
ら、人の命を奪うことは、最も凶悪な犯罪だと思っています。 当然、被害者の数など関係ありません。
 娘は、被告と何の関係も落ち度もなく、ただ家路を急いでいただけなのに、被害者一人で片付けられてしまいました。とても
悔しいです。私には、裁判官自身が人の命を軽んじ、社会秩序を乱しているとしか思えません。


 過去の判例にこだわり、被害者の数が重要視される判決なら、裁判など開く必要はありません。コンピュータにこれまでの
データを入力し、裁かせればいいのです。きっと公平に裁いてくれるでしょう。
 時代と共に犯罪内容や形態は変化してきています。裁判員裁判で、一審の裁判は少しずつ変わってきていますが、二審、
最高裁は何ら変わることなく留まっています。私には、世の中の流れに逆らうように、上から目線で旧体制にしがみついてい
るのが裁判官だとしか思えません。


 今回の判断は、一般の人の感覚では到底理解できない判断です。
 まだ事件の記憶が残る早々の時期の署名活動で、「三被告の死刑を求める」という内容にもかかわらず、多くの人が署名
をしてくれました。
 一般の人も彼ら三人を許せない、死刑は当然だと賛同されたのです。ネットでの署名ではなく、用紙に署名して郵送する方
法にもかかわらず、2か月で20万名もの署名が集まったことは、決しておろそかにして欲しくはありません。これが一般庶民
の感覚なのです。


  私がこれまでの裁判を通じて強く感じたことは、裁判とは、罪を犯した者が罪と向き合うことなく、生い立ちや責任能力等を
言い訳に、ただ減刑の方法を学ぶ為のものではないかということです。この国の司法は、真面目に生きている人を守るので
はなく、罪を犯した者を守っているようで大変失望しました。
 犯した罪と真正面から向き合うことなくして、どうして更生できるでしょうか。罪相応の責任をきちんと取らせてこそ、社会秩
序は保たれると思います。


 私は、これからの司法を変えて行くのは私達国民だと思います。裁判員裁判に参加される方は、過去の判例に縛られるこ
となく、法律の範囲内で、自らが思う刑罰を勇気を持って発言して欲しいと思います。今や誰でもが被害者となってもおかしく
ない社会です。もし自分が被害者だったらとの視点は無くさないで欲しいと思います。
 国民が信頼し納得できる司法界になることを願ってやみません。


                                                              平成24年7月15日

磯 谷 富 美 子