バッハの“Jesu, meine Freude”とは


 ヨハン・セバスティアン・バッハはいくつかのモテットといわれる曲を残しましたが,その中の1曲が"Jesu, meine Freude" です.
 「モテット」とは,時代により地域により,様々な曲種や様式をさす言葉として用いられたため, 一言でこういうものですと説明することは不可能です.その解説だけで1冊の本が書けてしまうほどのものですが, 少なくともバッハの時代・ドイツでは,結婚式や葬儀などの際の特別な礼拝で用いられるドイツ・プロテスタント教会の宗教音楽で, 聖書の章句やドイツ語の聖歌(コラール)から歌詞が取られ,多声的に作曲された合唱作品をモテット」と呼んでいました.
 バッハの作曲したモテットは,研究者が今日に至るまでさまざまに追求しているにもかかわらず, 成立年代や作曲・演奏の機会などについてわかっていないことも多くあります. バッハの作品の中のどの曲をモテットとするかについても,確定できないものもあります. 現在では,9曲(BWV225〜231,BWVAnh.159,BWV118b)がバッハのモテットとして数えられているようです.
 当時冠婚葬祭などの特別の機会に音楽を注文することは,名士から一般市民に至るまでごく普通に行われていました. 作曲家にとってこの作曲の依頼は,特別な収入をもたらしました.バッハが大都会ライプツィヒにやって来たのも, この特別収入をあてにしてというのが理由の1つのようです.しかしバッハが友人にあてた手紙の中で,こうもこぼしています. 「ひとたび健康な風が吹くと,反対に収入は減り,たとえば昨年は,葬儀によって普段得られる臨時収入を百ターラー以上も失った次第であります.」
 "Jesu, meine Freude" もその成立については詳しいことはわかっていません. 現存する筆写譜の成立年代から考えて1735年より前に作曲されたと考えられています.そして,1723年7月18日に ライプツィヒの聖ニコライ教会で行われた郵便局長夫人ヨハンナ・マリア・ケースの追悼礼拝で読まれた聖書の章句が, この曲の歌詞として取られていることから考えて,この追悼礼拝のために作曲されたのではないかという見方が有力です. この礼拝では,教区監督ダイリングが「ローマ人への手紙」第8章からの章句について説教をしました.

 "Jesu, meine Freude" は,ヨハン・フランクが1653年に作詞しヨハン・クリューガーが1656年に作曲したコラール「イエス,わが喜びよ(Jesu, meine Freude)」の6つの詩節の間に,「ローマ人への手紙」第8章の第1,2,9,10,11節の章句を挿入する形で,構成されています.したがって全部で11の楽章からなる,バッハのモテットの中でも最も長大な作品となっています.
 コラールの詩節によった部分は,元になったコラールの旋律を定旋律として必ずどこかのパートが歌い,他のパートがそれを装飾する形で音楽が作られています.第1・3・7・11曲はSop.Tが,第5曲は変奏された形でやはりSop.Tが,第9曲はAlt.が歌っています.ただし,原曲とまったく同じのは第9曲のみで,他はバッハにより第3・4小節に変更が加えられています.コラールはA−A−Bの形式ですが,その後半部分BにあるH-Cis-D-H-Eの動きを先取りして使っています.
 聖書の章句によった部分は,コラール旋律の特徴を生かした自由な作曲となっています.コラール旋律の特徴とは,冒頭1・2小節に見られる順次進行による下行線,続く3・4小節に見られる順次進行による上行線,そして,バッハがオリジナル旋律を変更する際にも使った後半部分の動きの中のH-Eの4度の跳躍です.またA−A−Bという構成も形式的な特徴です.この下行線,上行線,4度跳躍,そしてA−A−Bの形式がいたるところに利用されていて,コラール楽章と自由楽章を有機的に結びつける要因にもなっています.

 この曲の構成の特徴は,いま見てきたように奇数楽章にコラールを,遇数楽章に聖書による自由楽章を配しているだけではありません.さらに,全体を通して求心的な構造を作り出しています.
 第1曲と第11曲(作品の両端)はまったく同一です.(ソプラノの最後がわずかに異なるだけです)
 第2曲と第10曲は,第10曲が第2曲の短縮形と考えられます. 歌い出しは同一です.
 第3・4・5曲のセットと第7・8・9曲のセットは,パート編成,作曲技法など共通する点がたくさん認められます.
 そして,曲の中心は第6曲となり,対位法的に作曲されたこの曲は,聴き手にもはっきりと他の曲と区別され作品の中心であることを意識させます.
表にすると,もっとわかりやすくなります.

  (1)コラール第1節 4/4拍子 4声部
    (2)自由合唱 3/2拍子 5声部
      (3)コラール第2節 4/4拍子 5声部(下声部に装飾)
      (4)自由合唱 3/4拍子 3声部(S.S.A.上3声)
      (5)コラール第3節 3/4拍子 5声部(自由な変奏)
        (6)コーダ付き二重フーガ 3/4拍子 5声部
      (7)コラール第4節 4/4拍子 4声部(下声部に装飾)
      (8)自由合唱 12/8拍子 3声部(A.T.B.下3声)
      (9)コラール第5節 2/4拍子 4声部(定旋律変奏,上4声)
    (10)自由合唱 =第2曲の短縮形
  (11)コラール第6節 =第1曲

 このような幾重にも縁どられた構造は「交錯配列」といい,同一要素を結ぶ線はギリシア文字のChi(キーまたはカイ,Χ)となります.これはキリストというギリシア名の最初の文字であるとともに,十字架を象徴します.単純化すると,次の図のようになります.
   a b b a        a b
   │└┘│   →     X
   └──┘        b a
 十字架の中心は第6曲のフーガで,歌詞内容は「神の御霊があなたがたの内に宿っているなら,あなたがたは肉におるのではなく,霊におるのである.」です.この歌詞内容は,「ローマ人への手紙」第8章のメッセージのまさに中心であり,「神の御霊が内に宿る」のはキリストによるのです.バッハは,曲の構造からも歌詞の内容を強調する手法をとったと言えます.

 さらにバッハは歌詞に即して特徴的な音型を用いて作曲し,歌詞内容がより聴き手に豊かにイメージされ,その象徴するものにまで思いが至るように配慮しています.
 たとえば,第5曲「Abgrund 奈落」という言葉に対して,全声部が一斉に下行跳躍します.またその直後に出てくる「brummen つぶやく」という言葉に対して,あるパートは長くうつろに伸びる音で,あるパートは不規則にさ迷う八分音符の動きで表現しています.「つぶやき」は聖書によれば罪人の象徴で,罪あるものの空ろさやあてもなくうろつく様が,音響的に聴いて取れます.
 このような例は全曲を通じてたくさん出てきますので,それぞれの曲の詳説の項で詳しく見ていくことにしましょう.

 この曲を聴くと,バッハは持てるすべての作曲技法を用いて,歌詞にあらわされた表面的な意味内容に留まらずその解釈までをも,そしてバッハ自身の信仰を伝えてきているように思えます.そして,さらにすごいと思うのはそれらの技法が作為的ではなくて,音楽芸術として非常な高みに昇華されていることです.したがって,バッハ研究者たちに次のような言葉を言わせることになったのです.
 ドイツの音楽学者シュピッタ(1841-94)は「ローマ人への手紙の部分で,バッハは使徒の熱烈な信仰でもってキリストによる救いの業の意味を説く.歌詞の教義上の内容に即して教会内で一般に抱かれる感情のあり方は,コラールの各節ごとに,キリスト教徒の信仰告白へ直接に適用される.こうして,この堂々たる作品の中には,プロテスタント信仰の核心が具現化されて現れるのである.」とこの曲を言い表しています.
 医者であり神学者・哲学者・オルガニスト・バッハ研究家のシュヴァイツァー(1875-1965)は,この曲を「生と死に関するバッハの説教」と呼んでいます.





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