第3回 ラテン語発音の基本
     <子音 1>



 子音は,明瞭に発音されるべきですが,そのことによってそれに続く母音を,明るくはっきり際立たせることができます.また,ラテン語は前へ前へと流れる性質を持っていますが,明確で強い子音は母音に跳躍感を与え,言葉を生き生きとさせます.その意味でも,子音の発音の仕方には,充分注意を払う価値があります.
 基本的にラテン語のローマ式発音はイタリア語の発音に準じますので,イタリア語の子音の発音の仕方で解説していきます.


<文字の通り発音する子音>
 ラテン字母は全部で25文字で,英語のアルファベットに比べて "W" が無い分1文字少なくなっていますが,他はまったく同じです.母音を表わす
  "A E I O U Y"
の6文字以外の19文字は子音を表わします.子音のうち,その文字の通りに発音するのは,
  "B D F J K L M N P Q R V Z"
の13文字です.これらは,他の子音字と結びついて特殊な発音をしたり,後続する母音によって発音が変わったりという変化がありません.これ以外の,
  "C G H S T X"
の6文字は,場合によって発音が変化しますので,その規則については次回扱いたいと思います.

 では,文字の通り発音する子音について,個々に発音上の注意点を確認していきましょう.

  上下の両唇を使って発音します(唇音).軽く突き出すような形で唇を閉じた後,その内側の呼気圧を高め破裂させて発音します.この時,声帯が震える(有声音)と "B" になり,声帯が震えない(無声音)と "P" になります.また,無声音の "P" の場合,後続の母音との間に息の出て行く音,つまり気音が入りません.この点英語とは違うので注意が必要です.
 唇に力が入っていると固い音になったり,聞えなくなったりしますので,充分に唇を弛緩させることが大切です.また,唇を弛緩することによって,喉の筋肉も弛みますので,のびやかな発音が可能になります.日本人は唇を横に引いて固く発音する癖がありますので,上下の唇の接する部分が線のようにならずに,唇の内側の表面全体が接するよう(面になるよう)に心がけるとよいと思われます.
 同じ唇を使う音 "F V M" も同様に唇の弛緩が重要です.

  下唇と上の前歯を使って発音します(唇歯音).下唇の内側を上の前歯の先に軽くあて,息を吹き出して発音します.無声音が "F" ,有声音が "V" です.
 日本語にはない発音なので,いろいろ誤解している方も多いと思いますので,ポイントをよくチェックしましょう.
 ・下唇が充分に弛緩していること.
 ・下唇を噛まないこと.
 ・下唇を上歯に押しつけないこと.
 ・上歯にあてるのは下唇の外側にならないこと.(上歯の内側に下唇を丸め込まないこと)
 以上のポイントは "F" と "V" に共通ですが,発音は単に無声か有声かだけではなく,次の点が違います. "F" は軽く息を吹き込むだけで発音できますが, "V" は下唇がくすぐったくなるくらいに振動させて有声化します.したがって "F" よりも抵抗が大きく,慣れない日本人はすぐにそれを解放してしまうために非常に弱く短い発音になってしまいます.クラリネットなどのリード楽器を鳴らすような感覚で,ブーブーと鳴らしましょう.言葉を発音練習する前に,この "V" だけを3〜4回ほど5〜6秒ブーブーと持続的に鳴らして,予備練習をしておくとよいでしょう.
 歌唱においては, "B P D T G K" など瞬間的に発音する子音(破裂音)に比べて,ある程度持続的に時間をかけて発音(連続音)する必要があります.そのためには, "F" や "V" の直前の音の音価の一部を使って,早めに発音する必要があります.つまり前の音節の最後に付く子音のように扱います.このことは, "L M N R S"にも言えます.

  唇と鼻腔共鳴を使って発音します(唇鼻音).唇を弛緩させて軽く触れ合うくらいにして,ハミングのように声を鼻に響かせて発音し,両唇を素早く離すようにします.ハミングすることによって鼻腔共鳴が充分出来,唇の分離によって音を飛ばし強調することができます.この一連の動きを, "M" の発音として認識する必要があります.決してハミング部分だけが "M" ではありません.両唇を素早く離すことは, "M" がはっきりするばかりでなく,次に続く母音が美しく発音できます.
 日本人は唇を横に引いて固く閉じ,短く発音しがちです.これですと充分響かないばかりか,次に続く母音の発音も固くしてしまいます.唇の内側表面を合わせるようにするべきで,唇の外側(口紅を塗る部分のこと)を合わせたり,内側に丸め込んだりするべきではありません

  舌と鼻腔共鳴を使って発音します(舌鼻音).舌の先端を上の歯の裏に軽くあてて,軟口蓋を上げて声が鼻に豊かに響くようにして発声し,舌先を歯から素早く離すようにします.英語のように舌先を歯茎に平らにつけるのではなく,日本語のように舌の前部を硬口蓋にあてるのでもなく,舌先を歯の裏にあてるようにします.したがって,英語や日本語よりずっと前よりの澄んだ音になります.また,軟口蓋を上げないと固くつぶれた発音になってしまいます.さらに "M" と同様,舌の分離によって発音がよりはっきりし,続く母音の響きを豊かにします.

 ところで,日本語の「ン」の発音は,4種類あります.
「トンボ」の場合は "M" に近い発音です.
「そんなこと」の場合は "N" に近い発音です.
「にほん語」の場合は英語の ing の発音に近い発音 []です.
「にっぽん(日本)」の場合は,日本語独特の発音になります.ヨーロッパの言語にはこの発音はありません.これは,舌の後部と口蓋垂が閉鎖して発音されます.発音記号は [] です.
 日本人は,これらの発音を意識して発音し分けているわけではありません.すべて「ン」と意識しているのですが,前後に続く音(おん)によって,つまり前後の発音器官の状態から一番発音しやすい「ン」が選ばれて発音しています.ですから,「にっぽん(日本)」と「にっぽん(日本)も」のように,同じ単語であっても場合によって発音が違ってきます.「にっぽんも」は "M" の発音になります.
 この癖が,注意していないとヨーロッパの言語を歌う時にも出てきてしまいます. "Amen"が "Amem" になったり, "In Paradisum" を "Iン Paradisum" のように n が「にっぽん」の「ん」のように発音したりしてしまうのです.ですから,ラテン語の発音練習をする時も,特に "M" "N" を発音する時には注意深く本当の発音をするように心がける必要があると思われます.

  上の前歯と舌先で発音します(舌歯音).舌の先端を上の歯の裏に軽くあてて,声帯を振動させ,息が舌の両側から流れ出るようにして発音します.舌先の状態や位置は "N" と同じで,息が鼻を通って発音されると "N" ,息が舌の両側を通って発音されると "L" になります.英語では舌の先端を歯茎に軽くあてたあと,舌を下方にはじきながら声帯を振動させて発音しますので,ラテン語のように前よりで冴えて鋭い響きは出てきません.
 二重子音 "LL" は,文字どおり2つ "L" を発音します.はじめの "L" は直前の母音を非常に短くし,音価のほとんどを使って歌います.2つ目の "L" は後続の母音が始まる瞬間に,舌先を素早く動かして力づよく明確に発音します.そしてこの2つの "L" は途切れなく発音するようにします.

T  上の前歯と舌先で発音します(舌歯音).舌の先端のみを上の前歯の裏に軽くあて,呼気を一瞬せき止めた後,舌先の上歯にあてていた力を瞬時に抜いて破裂させて発音します.その際, "D" は有声子音ですので声帯が振動します.同じ動作で無声子音として発音すれば "T" になります.ただし, "P" と同じように気音が入らないので,その点注意が必要です. "T" はただ一つの例外を除いて,後は普通に文字のとおりに発音します.例外については次回説明します.
 英語の "D" は,舌先を上の歯茎につけて発音し,決して歯にはつけません.会話では "l(エル)" に近く聞こえたりするのはそのためです.日本語の「ダ」「デ」「ド」の子音は, "N" のように舌先を上の歯茎に平らにつけて発音します.したがって,我々日本人はかなり舌先に神経を集中して,正確な形をつくって発音練習をする必要があります.

  上の前歯と舌先で発音します(舌歯音).舌の先端を上の前歯の付け根のところに数度打ちつけるように振動させて発音します.いわゆる巻き舌です.
 巻き舌が苦手,という方も多いと思います.なぜできないかを考えてみると,1)舌の先端が力んで硬くなってしまう=必要な舌先の筋肉が発達していない.2)舌を振動させるのは息であることを認識していない.ということではないでしょうか.そこで,こんな訓練方法はいかがでしょうか.
 同じ舌歯音である "N L D T" の練習を充分行い,舌先の動きになれる.
 あたかも途切れない1つの長い単母音を発音しているように聞こえるよう気をつけながら, [] という発音練習をする. [] を発音するために顎が閉じてしまわないように気をつけて行いましょう.
 舌や顎がコントロールできるようになったら, [] [] と順次変えていきましょう.最後に []にします.これで舌をはじく感覚が身に付くはずです.
 舌をはじく感覚がわかってくると,ときに [] が2回3回と振動してしまうことがあります.これが巻き舌です.この時の舌や顎の感覚をよく観察して覚えて下さい.
 また, [] [] [] [] など [] の前に破裂音をつけると偶然2・3回振動してしまうことがあります.その時の様子をよく観察して覚えるのも一方法です.
 また,舌先を上歯の付け根の方に向けておいて,急に強く息をはいてみます.この時あごや唇を動かして息をはこうとしないで,腹式呼吸でしっかり息の固まりをはきましょう.すると,舌先がぶるっと震えることがあります.ぶるっと震えたらしめたもの,この感覚を大事にしばらく練習してみましょう.
 いずれにしても,顎と舌が自由にコントロールできるまでに訓練され,感覚が鋭くなっていないと出来ません.以上のことを試してみて,まだうまくいまなくても諦めずに,顎と舌の感覚を磨いていきましょう.顎と舌が自由にコントロールできるようになれば,必ず巻き舌はできます.

 "L N R D T" は舌先の動きが英語や日本語とは違っていますので,よく注意して練習しましょう.

  舌の後部と軟口蓋で発音します.舌の後部をできるだけ軟口蓋の高い位置に持ち上げ,息をたっぷりと吹き込むと同時に舌を下方に破裂させて発音します. "Q" は前回解説したとおり,必ず QU* という形で出てきますが, "Q" 自体の発音は "K" とまったく同じです.

  発音記号 [] で表わされる発音.有声の破裂音 [] の後に有声の摩擦音 [] が続く形です.つまり, "D" のように舌先を上歯の裏にあてておき, "D" を発音するのと同時に [] を発音します. [] は舌の両側が上の歯の裏面に触れており,舌先は上の歯の中央に向け歯に接近させます.その状態が息の抵抗で動いてしまわないように気をつけながら有声にします.

  半子音の [] です.英語の joy のような発音 [] にはなりません.






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