第7回 ラテン語のアクセントについて


 教会ラテン語のアクセントは,高さアクセント(pitch accent)といい,高揚性つまり音を高める性質を持っています.合わせて,アクセントの音節はいくぶん短めに軽く発音され,またわずかに強く発音されます.したがって盛り上がって聞える音節と沈みこむ音節とができることになり,この抑揚の流れがラテン語特有の飛翔するような優雅なリズム感をつくりだし,音楽の流れに結びついていきます.
 一方英語やドイツ語などのアクセントは強さアクセント(stress accent)といい,このアクセントは強さが主体になります.したがって,強い音節と弱い音節の交代が言葉のリズムを作り音楽の拍子とマッチしていきますので,拍節的な音楽を形作ります.

 アクセントの位置については,次のような規則があります.
 単音節語の場合はアクセントがありません.ただし,Rex, lux などそれだけで独立した意味を持つ単語は,文中においてはそこにアクセントがあるように振る舞います(後述の代理アクセント).それに対して,それだけでは独立した意味を持たず文章の中で他の語を助ける役割の単音節語は,アクセント的になりません.次の例で,太字の音節が本来のアクセント,斜体字の部分はアクセント的に振る舞う音節です.et はアクセントづけられない単音節語です.
例:et lux per-pe-tu-a lu-ce-at e-is.

 複音節語は,語尾から数えて2音節前か3音節前にアクセントがあります.語尾から2音節前にアクセントのある語をスポンデ語,語尾から3音節前にアクセントのある語をダクティル語といいます.どちらになるかは単語ごとに決まっています.
例: スポンデ語     ダクティル語
     De-us       re-qui-em
    ae-ter-nam    Je-ru-sa-lem
 また,4音節以上スポンデ語や5音節以上のダクティル語には二次アクセントがあります.二次アクセントは,上に説明した主要アクセントから前へ2音節ずつ逆行した位置にあります.また, libera me のようにダクティル語尾に単音節語が続く場合,その語尾に二次アクセント(代理アクセントという)を生じます.(libera me 下線部が二次アクセント)二次アクセントは主要アクセントに比べて非常に控え目なものであるために,単語を読む時にはほとんど知覚されませんが,音楽の上ではその抑揚が生かされています.

 主要アクセントは,その音節が高められるだけではなく,その前後の音節に影響を及ぼします.主要アクセントの前の音節群には,プロタジスといわれる発展相が認められます.また,主要アクセントの後に続く音節群には,アポドジスといわれる減衰相が認められます.したがって,アクセントはその音節のみが突然高められパルスのように発音されるのではなく,アクセントに向かって次第に高まっていき,アクセントで頂点をむかえてその後次第に減衰し落ち着いていくという動きができるわけです.
 歌唱においては,こうしたアクセントとその前後のプロタジス・アポドジスを感じることによって,生き生きとした旋律の流れを表現することができるようになります.グレゴリオ聖歌を始めルネサンス期ぐらいまでのラテン語の聖歌は,このアクセントを中心にした動きが音楽に生命を与えていることを,強く感じます.また,それ以後の時代の音楽もこの動きを拍子にうまくマッチさせて作られている場合が多いようです.
 以上をまとめると次のようになります.
 ’ 
 ae-ter-nam
プロタジスによって飛翔をはじめ,アクセントで上空にはじけるように花開き,アポドジスによってはじけたものが収斂し着地する感じです.



 さて,単語個々のアクセントの様子はこれでわかったと思いますが,1単語のみで音楽が出来あがることはまずありませんので,文を通してアクセントや代理アクセントがどのようになっているのかをみていくことにしましょう.

 Hostias et preces tibi, Domine の Hostias et や coeli et terra の coeli et は,2つの単語ですが強く結びついて語的統合体を作ります. Hostias et の場合 -as は語尾音節なのでアクセントはないはずですが,語的統合体として考えた場合, -as にアクセントがあるかのように(代理アクセント),また et は語尾のように(代理語尾)はたらき, -as et の2音節であたかもスポンデ語のような形を作っています.このような語的統合体を代理スポンデといいます. coeli et の場合は,スポンデ語に単音節語がくっついて,あたかもダクティル語のような形を作っています. et が代理語尾としてはたらくわけですね.このような語的統合体は代理ダクティルといいます.
 代理スポンデには,二次アクセントと無アクセント音節によってつくられる場合,ダクティル語尾に単音節語や無アクセント音節がついてつくられる場合,があります.またその際はその前のダクティル語主要アクセントと続く無アクセント音節(語尾から2音節前の音節)部分も代理スポンデを形成します.
 代理ダクティルは,スポンデ語に無アクセント音節や単音節語(代理語尾としてはたらく)がついて形成されます.
 以上のことから,単語の主要アクセント以後の部分が本来のスポンデ・ダクティルとして機能する場合と,他の音節がその後続くことによってスポンデ語が代理ダクティルとして,ダクティル語が代理スポンデとして機能する場合があることが理解できると思います.また,主要アクセントより前にある音節群では二次アクセントによって代理スポンデが形成されることを覚えておきましょう.

 文全体は,スポンデ・ダクティル・代理スポンデ・代理ダクティルが組み合わさって出来あがっているといえます.例をいくつか示します.太字のところが主要アクセントで,斜体字が代理アクセント,下線部が2音節の場合代理スポンデ・3音節の場合代理ダクティルを示します.

 Re-qui-em ae-ter-nam do-na e-is, Do-mi-ne:

 et ti-bi red-de-tur vo-tum in Je-ru-sa-lem:

 quando coeli movendi sunt et terra,

 このような語的類別を分析するには,若干注意が必要です.まず,単語のアクセント(主要アクセントと二次アクセント)を第一に考えます.これらが失われたりずれることはありえません.また,句読記号(,.:など)をまたがって代理スポンデや代理ダクティルが設定されることはありません.したがって,句読記号から前に逆行する形で分析をすすめるとやりやすくなります.その結果,文頭には類別されない単音節が残ることがあります.しかし,文末は必ずなんらかに類別されます.

 グレゴリオ聖歌をはじめよくできたラテン語の聖歌は,ラテン語のこうしたアクセントによって作り出されるリズム感を理解して作曲されているので,自然な躍動感を持っています.拍節的に作曲された曲であってもラテン語のリズム感をあてはめて歌うと,自由や飛翔感を味わうことができます.しかし逆にアクセントを英語やドイツ語のように強さとして感じてしまうと,途端にガチガチと拍子にしばられた固い音楽になってしまいます.
 ぜひラテン語のアクセントを会得して歌ってみて下さい.いままで難しいと敬遠していたグレゴリオ聖歌や中世・ルネッサンスの聖歌が,途端に息を吹き返し,生き生きとしてきて,その素晴らしさを面白さを感じとれるでしょう.




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