発音器官と母音図


 それぞれの言語を正確に発音できるようにするためには,native speaker の発音を繰り返し聞いて耳を訓練することと,繰り返し自分で発音して正しい発音の仕方を身体で覚えることの両方が必要です.しかし語学を勉強している人にとっては,これらの繰り返し練習に時間をかけることも,楽しみの一つともなるでしょうが,我々合唱人の目的はやはり音楽であり,発音練習にだけ多くの時間をさくことは出来ません.そこで,できるだけ効率よく正しい発音を身に付ける方法を工夫する必要があります.
 その際,発音を作っている各器官の状態や動きを知ることは,ただ口まねをして練習するよりも効率よく発音を身につけるのに役立ちます.また母音については,舌が口腔内の高い位置にあるか低い位置にあるか,舌の一番盛り上がった頂点が前よりにあるか後ろよりにあるかで,音色がかなり決まってきます.そこで各母音での舌の最高点を線で結んだ母音図というものがよく使われますので,この図の見方を知っておくと便利です.
 ということで今回は,発音器官の名前とその役割,母音図の読み方を知りましょう.


<発音器官>
1.呼吸器官
発音に必要な呼気を送る役目をします.肺や横隔膜などです.
2.喉頭(こうとう)
のどぼとけといわれる部分で,3種類の軟骨(輪状軟骨・甲状軟骨・被裂軟骨)でできており,中に声帯があります.声帯の振動によって声のもと(喉頭原音といいます)が作られます.

1と2については歌における使い方や注意(歌の発声法)と共通するものがあります.が,発音においてはベースになるだけで,個々の発音を特徴づけるような動きはありません.個々の発音を作っているのは次の3と4です.

3.共鳴腔(きょうめいくう)
喉頭原音を共鳴,拡大させるための空洞部分です.喉頭の真上が咽頭(いんとう),口の中が口腔(こうくう),鼻の中が鼻腔(びくう),鼻のまわりにある空洞が副鼻腔(ふくびくう)です.副鼻腔には前頭洞(ぜんとうどう)・篩骨洞(しこつどう)・上顎洞(じょうがくどう)・蝶形洞(ちょうけいどう)があります.副鼻腔の内壁は粘膜おおわれていて,孔や管で鼻腔に通じています.
4.構音器官
言葉を作る部分です.主なものとして舌・唇・軟口蓋などがあります.
次の図で,それぞれがどこの部分なのか確認して下さい.


 1.歯茎  2.硬口蓋  3.軟口蓋  4.口蓋垂
 5.舌先  6.前部舌背(舌端)  7.中部舌背
 8.後部舌背  9.舌根  10.喉頭蓋
 11.門歯  12.唇  13.気管  14.食道
 15.喉頭  16.声帯  17.咽頭  18.鼻腔
 19.蝶形洞  20.前頭洞  21.口腔

〜発音において最も活躍するのが舌です.多くの言語で舌と言葉を表わすのに同じ語が用いられているのも,そのためでしょう.下顎の中の舌骨の上にくっついていて,多くの筋肉からできています.前の方から舌先・前部舌背(舌端)・中部舌背・後部舌背・舌根といい,それぞれの部分を色々な形に作ることによって口腔の形を決め,母音の音色が決定されます.発音練習の際には,これら舌の各部分を意識できるようになっていると,母音を発音しわけるのに好都合です.また舌先は子音を作るのに結構使われますので,特に鋭敏な感覚が必要で,舌先を歯茎につけているようでも舌端(全部舌背)をつけていたりすることがあるので,注意しましょう.
口蓋〜舌の向かい側の部分です.口腔の天井を作っています.前の方から舌先でさわっていくと,上前歯(門歯)の付け根から歯茎となり少し後ろのところで段があるのがわかります.ここから後ろが硬口蓋で,さらに後ろの柔らかいところが軟口蓋(口蓋帆),軟口蓋の先を口蓋垂といいます.軟口蓋は動かすことができ,上にあがって鼻腔への息の通り道をふさぎます.口母音はこの状態で発音され,鼻母音の場合は軟口蓋がやや下におりて鼻にも息が通る状態になります.また軟口蓋を上げた状態でも口蓋垂は垂れ下がったままで鼻腔閉鎖には関係しません.口蓋垂はごく一部の子音(フランス語の r []など)を発音するときに使われます.
〜これも色々な形に動きますが,口輪筋と笑筋などの表情筋といわれる筋肉群が関与しています.発音の際口輪筋の緊張が強いと,固い音色になり,他の発音器官も硬直して自由に動かなくなり正しい発音ができなくなります.唇を横に引いたり丸めたりするのは,むしろ口輪筋は弛緩させて,笑筋を使うとよいようです.日本人はこれらの表情筋のはたらき(弛緩も緊張も)が欧米人に比べて弱い傾向にありますので,発音の際に意識して動かしたり,唇をいろいろに動かして顔の表情をいろいろ作るなどの体操をして筋肉を目覚めさせておくと正しい発音も早く身に付きます.さらに唇はスピーカーのラッパ(メガホン)としての役割もはたしていますので,その形には充分気を使いたいものです.
喉頭蓋〜食べ物を飲み込む際に,物が気管に入らないように喉頭にふたをする役目を持っています.[]を発音するとき,舌の頂点は最も前よりになりますが,この時喉頭蓋は最も開き母音に明るさを与えます.逆に[]を発音するときは舌の頂点が最も後ろよりになり,喉頭蓋は最も閉じた状態となって母音は暗い音色となります.喉頭蓋を意識的に動かすわけではなく,舌の動きに連動して閉じたり開いたりするわけですが,舌の位置と喉頭蓋の開き具合によって母音の明暗の音色が決まってくることは知っておいてよいでしょう.
下顎〜顎は咀嚼筋によって動きます.咀嚼筋には閉口筋群と開口筋群がありますが,発音の際下顎を開くのは開口筋群のはたらきです.日本語はあまり顎を大きく開いてしゃべる必要がないせいか,日本人は開口筋群のはたらきが弱いように思います.外国語を発音練習する際には意識的に顎を開くことも必要になってきます.また閉口筋群の中に下顎を前にスライドさせる筋肉がありますが,これを使って顎を前にスライドさせると咽頭腔が開きやすくなります.

構音器官は,筋肉のはたらきによって動きます.筋肉の運動は,繰り返し繰り返しトレーニングすることで身に付きます.つまり,頭で覚えるのではなく身体で覚える,というやつですね.それぞれの器官の動きを理解して,筋肉の動きが定着するまで地道に訓練しましょう.


<母音図>
 母音は口腔共鳴室の形によってその音質・音色が決まります.口腔の形を決めているのは主に舌です.他に唇や咽頭の後ろ側の壁,頬の内側の壁がありますが,母音を特定するのにあまり大きな影響は及ぼしていません.それに対して舌は各母音に対して,特定の位置をとります.したがって舌の位置を書き記すことによって,母音を特定できることになります.
 どのようにするかというと,舌の盛り上がった部分の頂点がどんな位置にあるかを,図を使って書き表します.左向きの顔を想定して,図の左側ほど前より(前舌母音),右側ほど後ろより(後舌母音)となります.また,上へいくほど口の開きは狭く,下へいくほど広くなることを表わします.すると左上に[]が,右上に[]が,左下に[]が,右下に[]がくる4角形を描くことができます.他の母音は全てこの4角形の線上かその内側に位置しますので,図の中にそれぞれの母音の舌の盛り上がりの頂点の位置を点で書き記すようにします.この4角形を母音図といいます.
 []は中部舌背が摩擦音を生じない程度に硬口蓋に向かって盛り上がります.前部舌背や舌先ではなく中部舌背です.
 []は後部舌背が軟口蓋に向かって盛り上がります.
 []は顎が下がって舌が前後に長くのびたとき,中部舌背がやや盛り上がって発音されます.
 []はやはり顎が下がったとき,後部舌背がやや盛り上がって発音されます.

ドイツ語
フランス語
英語

 各国の言語を母音図で比較してみると,同じ発音記号が使われていても微妙に位置が違っているものがありますので,発音練習をする際には注意が必要です.




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