第1回 音楽を演じること 2000.1.1.


 ステージで合唱曲を歌っている時,何を考えて歌っているでしょうか.練習したことを思い出しながら,ここはハーモニーをしっかり作らなきゃとか,ここは子音を立てて言葉をはっきり歌うぞとか,テクニック的なことを考えて歌っているでしょうか.あるいは,ここは夏の青空を思い浮かべて歌うぞとか,嵐の海の激しいしぶきが感じられるように歌おうとか,心情的なことを考えて歌っているでしょうか.
 私も少し前まではそんな事を考えていました.だから,難しい曲の演奏中なんかは考えなきゃいけないことがたくさんありますから,頭はフル回転です.しかも,歌っている時の顔の表情とか,身体の動きなども考えていました.したがって,その曲の世界にひたりこんで歌うということはなく,どこかに醒めたというか冷静な自分があって,客観的に自分の歌を評価しながら歌っているという感じでした.

 合唱のステージをいろいろ聴かせてもらうと,この人たちテクニックは今一だけど本当に楽しそうに歌っているな,と思う団体と,うまいなー,ハーモニーもばっちりだし難しい曲なのに軽々と歌っていてすごいなー,でもこの曲で何がしたいの,何が表現したいの,と思う団体があります.テクニックに関係なしに,音楽に表情を与える何かがあるんだと思います.

 先日お芝居をする機会がありました.ほんの短い出番でしたが,人前で真剣に演じてみて面白いことに気づきました.「ピーターパン」でウェンディたちのお父さんの役で,ウェンディ達を寝かせてお母さんとパーティーに出かけるために支度をしている場面だったのですが,身支度をしているまわりでジョンとマイケルが騒ぎまわりとうとうお父さんにおこられ,お母さんにやっと寝かしつけられて両親は出かけていくという流れです.この後ピーターパンがやってきてウェンディ達をネバーランドに連れていくという「ピーターパン」の導入場面です.
 練習の時は,本気で怒っているように演じなきゃいけないなとか,恥ずかしがっちゃいけないよなど,いろいろ注意も受けていましたので気をつけようと,もう頭はフル回転です.とても役にはまり込むことなどできなかったのですが,本番,まとわりつくジョンが本当にうるさいと感じた時から,なんか演技のような本気のような感じになりまして,練習のときのような恥ずかしそうな不自然な感じでなく,きっと役者さんのように演じられたのではないかと思います.頭で演技を考えてやっている状態ではなく,本当にお父さんになったようでした.
 こういうアプローチが演劇としてはいいのかどうか,私も演劇についてはど素人ですからわかりませんが,気持ちが入るとか,のめり込むというのは,こういうことかなと思いました.

 こういうことは音楽でも言えるのではないでしょうか.練習の時点では様々なことを考えて,時にはテクニックを磨かなきゃいけないし,時には気持ちをどう入れていくかを工夫しなきゃいけないのですが,いざ本番では,そういうことばかり考えて歌っていたのでは客席には歌い手の表情は伝わりにくいと思うのです.本番は,練習を踏まえてその上で,曲の内容に成り切って演じ切ることが大切でしょう.
 たとえば「夕やけこやけの赤とんぼ」と歌う時,雄大な夕焼け空やそこに無数に飛ぶ赤とんぼを思い浮かべるだけでは不充分で,本当にそういう光景を目の当たりにした感動を演じなければいけないと思うのです.もちろん音楽ですから,音楽的要素を無視することはできませんが,それは練習のときに充分考えましょう.そうすれば,身に付いた音楽の上に本気の表情をのせることができるでしょう.どこかに冷静に音楽をコントロールする自分を持ちながら,夕焼け空に感動した者の心を,幼い自分をおんぶしてくれた姉やの思い出を,心から演じましょう.

 合唱は,言葉を持っている分,演劇の要素を持っているように思えます.まだ,これらの考えは私の頭に浮かんできたばかりですので,うまく説明できない部分もありますが,これからの合唱への取り組みの中の一つの課題にしていきたいと思っています.また,いろいろな曲で試してみたら,面白い報告ができると思っています.





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