万博記念公園

 大阪府吹田市にある万博記念公園、高度成長期の1970年、『人類の進歩と調和』をテーマに我が国最初の国際博覧会の日本万国博覧会が開催された場所だ。私は1971年生まれ、この日本中お祭り騒ぎに沸いた万博熱がおさまった頃だ。今は幾つかの恒久保存された施設が残り、大阪府民の憩いの場となっている。私は名神高速から太陽の塔を何度か見たが、実際に目の前で見るのが夢だった。会社の事業部でQC発表会があり、私が群馬工場代表に選ばれて、大阪本社に行く事になった。その帰りに吹田市に寄った。千里中央駅からモノレールで万博記念公園まで行く。駅を降りると、当時博覧会のアミューズメント施設だったエキスポ・ランドがある。お目当ての太陽の塔は名神高速を陸橋で横断する。

太陽の塔1 太陽の塔2 太陽の塔3


太陽の塔4 太陽の塔5 太陽の塔6
                      岡本太郎作 太陽の塔

 実際に太陽の塔を見れて感激した。日本万国博覧会のシンボル・タワー、当時は中に入れたそうだ。いろいろな3種類の顔がある。

    
   お祭り広場と太陽の塔     シンボルマーク    公式メダル        表           裏

 ここは当時おまつり広場といって、様々な催しが行われた場所だ。写真左に写るパイプの構造物が太陽の塔を取り囲むようにあった。現在は一つだけ残っている。公式メダルは私が持っている唯一のEXPO’70グッズだ。他に金、銅もあるようだ。デザインは佐藤忠良氏。大蔵省造幣局製造で、純度は925/1000だ。シンボル・マークのデザインは大高猛氏、日本を象徴するサクラをデザインし、5枚の花弁は5大陸、つまり世界で手を取り合って万博への参加を表している。中央の丸は日の丸で、それと花弁との空白部分は、発展への余裕と伸び行く様を意図している。

国立国際美術館 無垢の笑い前にて 無垢の笑い 道化役者と子供 
    無垢の笑い前にて              無垢の笑い          道化役者と子供

 太陽の塔の裏には恒久保存された国立国際美術館や、エキスポ・ホールがある。国際美術館に入ると色鮮やかな抽象的な陶板画があった。ジョアン・ミロ(1893〜1983 スペイン)作『無垢の笑い』(1979年)だ。この巨大壁画は、日本万国博覧会で日本ガス協会が出展したガス・パビリオンの為に制作されたものだ。大きさは5m×12mで、640枚もの陶板を使用している。実物を見ると圧倒されてしまう。写真は人物が入らなければいけない。常設展示の中にはパブロ・ピカソ(1881〜1973 スペイン)画『道化役者と子供』(1905年頃)もあった。ボール紙に描かれたパステル画だ。それぞれの作品は国立国際美術館ジュニア・ガイドブックからのものである。

 
                日本庭園
 万博記念公園の奥には、万博記念日本庭園がある。日本の庭園技術の粋を集めたものだ。まだ少し紅葉が残っていた。帰りに国立民俗学博物館に入った。世界中の文化を知る事が出来る。私は日本万国博覧会に行きたかった。しかし、1985年に開催された国際科学技術博覧会、1990年に開催された国際花と緑の博覧会には行く事が出来た。

番外編としてK紡績株式会社の大阪本社ビルにて撮った写真

本社ビル1 本社ビル2 本社ビル3
      重厚な円柱             玄関前にて      イチョウの紅葉が美しい