気まぐれ批評集

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★★★ マエストロ さそうあきら

マンガの書評を書くのは本当に久しぶりだ。でも、この「マエストロ」全3巻は、夏休みに読み直して、やはり傑作だとあらためて感じたので、取り上げることにした。

不況で、日本屈指の名門交響楽団が解散する。行くあてを失った音楽家達が、謎の老人指揮者・天童のもとで少しずつ集まり、オーケストラを再結成する。演奏曲目は、「運命」と「未完成」だ。最初は不信と疑惑と、お互いへの反目に満ちていた音楽家集団が、しだいに天童の不思議な音楽づくりに引き込まれ、だんだんと一つにまとまっていく。だが、ある日、スポンサー企業から彼に関する驚くべき噂がもたらされ・・

これは、音楽と、音楽を演奏する人びとを描いたマンガである。そして、音楽を愛するすべての読者にとって、とても興味深く面白い物語となっている。念のためにいうけれども、別に「クラシック音楽ファン」だけでなく、すべてのジャンルの音楽ファンに、おすすめできる。どんな種類の楽器であれ、あるいは歌であれ、それに触れたことのある人、それを楽しんで聞いたことのある人なら、この物語のいくつものエピソードに、身をつまされ、あるいは引き込まれる思いがするだろう。

この話は、全体としてもストーリーの軸があるが、オーケストラの演奏家一人ひとりのエピソードをオムニバス形式のように積み上げて作られている。オーボエ、クラリネット、ホルン、フルート、ピッコロ、ヴァイオリン、チェロ、ティンパニ・・皆が、それぞれのシーンでは主役だ。ファゴット奏者は「地味だけれど、針に糸を通すような微妙な仕事なんだ」と独白し、トランペット奏者は「オーケストラで吹くのは、森の中で走り回るようなものだ」と若手を諭し、傲岸なホルン奏者は「歯は音楽家の命じゃのぉ」と指揮者の天童にからかわれる。それぞれの楽器が、どのような難しさと、苦労と、喜びがあるか、順番にソロを回して唄わせるのだ。まるで良くできた「オーケストラのための協奏曲」ではないか。

音楽家の物語を描くマンガは、これまで他にもあった。しかし、音楽を描くマンガというのは、表現としてはとても大きな挑戦である。何といっても、紙から音は出ないのだ。構図と、コマ割りと、漫符と、キャラの動きから、音楽のリズムや調和やドラマチックな変化を描かなくてはならない。マンガは基本、絵である。絵で音楽を表す−−たとえばマネの有名な絵「笛を吹く少年」から、あなたは音楽を聴きとれるだろうか? 正直、わたしには何も聞こえない。むしろせめて、クレーの抽象画の方に、よほど和声を感じるほどだ。

さそうあきらというマンガ家のキャリアについては、よく知らない。正直、表紙の絵だけ見ると、あまり絵の上手なマンガ家という印象は受けないだろう。率直にいって、マンガ的な観点からは、あまりうまい絵描きとはいえない。背景を含めて全体に絵が白っぽいし、キャラの顔もときどき不安定だ。だが、ときおりこの人は、若いときに古典的な『絵画』の勉強をした人かもしれないと感じさせる構図がある。そして、あまりウェットな情念の湿り気を感じさせない、ニュートラルで乾いた画風なので、かえってこのような荒唐無稽な話にぴったり合っている。

そう。荒唐無稽であるということは、マンガという表現形式の持つ最大の美点である。そして、さそうあきらは、その美点を最大限に活かす話作りをする。前作の『神童』などもそうだったが、この話は、落ちついて考えると妙に都合の良すぎる偶然が多い。天童の指揮者天才ぶりを示す眼力(聴力)もそうだ。だいたい、「運命」と[未完成」だけの演奏会プログラムなど、そもそも成立しようもないだろう。

もちろん、作者はそんなこと承知の上で書いている。でも、この二曲だけをクローズアップすることで、わたし達はいろんなことに気づかされるのだ。「運命」交響曲の第2楽章、アンダンテの変奏曲の歩くようなテーマの終わり近くで、なぜメロディは急に立ち止まるのか。あるいは「未完成」の第一楽章、突如ヴァイオリンだけが、他のすべての楽器の沈黙の中で、数小節だけ悲痛な歌をかすかに奏でるのはどういう意味か。そこに、ちょうどぴったりのエピソードが重なってくる。だから良い意味で、荒唐無稽を話作りに活かしているのだ。

それにしても、オーケストラのメンタリティというのも面白い。この話の主人公は別に指揮者の天童ではない。天童(通称「ジジィ」)はむしろ、トリックスター役である。全体としては、コンサートマスターである第一ヴァイオリン奏者の香坂が、ナレーターに近い役柄を引き受けている。その香坂が、第1巻の最初の方で、

 「指揮者はオーケストラのだねっ。」

と大声で言うのである。招かれざる指導者としてやってきて、勝手な指示を出し(出したつもりになり)、しかも演奏が良ければ賞賛は全部、指揮者が持っていってしまう。まことに不条理な仕組みである。

それでも彼らがプロの音楽家として演奏を続けるのは、やはり何より音楽を愛しているからだ。彼らの、音楽の美に対する強い(しかし、めったにしか満たされない)憧れ。その失望と葛藤、だがやはり残る綿々とした愛情−−そうしたものが、この話を通して、よく伝わってくる。だからこそ、第2巻のおわり、香坂が、ちょっと三枚目的なヒロイン役のあまね(フルート吹き)に対して語りかける、

 「なあ、あまね・・・それでも−−
  この世で一番美しいものは 音楽だ

という夜の水上のシーンこそ、この話の中で描かれる、最も映像的に美しい絵なのである。



★★★ PLUTO 1・2 浦沢直樹×手塚治虫
2005/10/12

うーむ。面白い。近ごろ、これほど「面白い」マンガは久しぶりだ。たとえ浦沢直樹の描く人物が、みな顔が似ていても(眼の書き方が同じせいだ)、メカがちっともメカらしくなくとも、ストーリー展開に多少無理があっても、非常に面白い。

「面白さ」の理由はわかっている。これは自分が昔、子供のころ知っていた街を再訪する面白さなのだ。大人の眼で、大人の背丈で、かつてとは別の通り道と角度で。そこで、昔知っていた人と、思いがけない場所でばったりと出会う。面影が、残っている。でも、今は別のことをしゃべる別の人だ。なつかしさと新規な道が交錯する。

「地上最大のロボットの巻」は、『鉄腕アトム』シリーズの最高傑作だ。手塚治虫自身、仕事が一番面白かった頃の作品だと言っている。小学性の時、光文社から出たカッパ・コミックスを何度読み直したことか。何十年かたった今でも、いくつかのセリフやシーンや登場人物のしぐさを、まだ良く覚えている。

この作品の中では、他の巻でのキャラクターやエピソードもときおりちりばめられていて、読者の心をくすぐる。青騎士が重要な役で(まるで「羊たちの沈黙」の博士のように)登場したり、「アトム大使」のサーカスの話がちらりと触れられたり。

浦沢直樹の演出、つまりコマ割りや視点の角度、クローズアップの技巧はすばらしい。嘘だと思ったら、何の表情もないロボット警官の夫人をゲジヒト刑事が訪ねて行くシーンを見ればいい。そして、第1巻の最後、アトムが登場するシーンなど、ぞくぞくしてしまった。第2巻にはいると、若干テンションは下がるが、あいかわらず先が楽しみなマンガである。あの「サルタン、目が覚めましたか」という名セリフが、いつ、どう登場するのか、今から本当に楽しみである。




★★★ 方舟 しりあがり寿
2005/05/28

しりあがり寿という人はおそろしい作家だ。この人は産業社会を生きる人間の心の空洞を、深い所まで見抜いている。それを、個性の強い(アクの強い)ヘタウマ風の絵柄の中に正確に写しとる。旧約聖書の引用に続く終りなき雨と洪水の物語は、すなわちわれわれの心の中にいつでも起こりうる、心理学的なドラマである。”この期におよんで希望だと?”−−主要な登場人物の一人のセリフは、それをまっすぐに示している。

「滅びは未来を思い描くことのできぬ者の上にやってくる」と、彼はあとがきに書く。これほど明確に自作の意図を説明できる、知性を持った作家は少ない。「さあ、未来を失ったからには、せめてとびきり美しい『終末』を思い描こう」と。最終シーンの静けさと美しさ、そして恐ろしさに、この言葉は結晶化している。ちょうど世紀の変わる2000年の終わりに書かれた本書は、読むのに少しだけ覚悟が必要だ。それはわれわれの社会の、虚飾を取りのぞいたリアルな姿と行きづまりを描いているからだ。



★★★ 小さなお茶会 猫十字社
2004/12/10

この本は素晴らしい。2004年に読んだマンガの中で一番感銘を受けた本だ。

もとは1978年から87年まで、9年間にわたって「花とゆめ」や増刊号に連載されていたもので、花のめ村に住む猫の「ぷりん」と「もっぷ」の夫婦を主人公にした、連続短編の形をとっている。この白泉社文庫版は、そのダイジェスト集だ。絵柄はじつにメルヘンチックで、とても少女趣味のものだが(少女マンガなのだから当然だ)、話がとても繊細で暗示的なので、よくバランスがとれている。

それぞれの短いお話は、エピソードや舞台や個性的なキャラクターからなっていて、ぷりん&もっぷの夫婦が狂言回しのようにつないでいく。ものわすれの蛇、数学の塔、あめじすと森、夢の捜索倶楽部、小さな姪のみとん、などなど、どれも印象深く忘れがたい。もっぷは職業が詩人で、この作者も自分が詩的な才能を持っていると時折思うらしいが、言葉の魔法という点では、それほどでもない。

しかし、そのファンタジーによる象徴の魔法は、賛嘆すべき腕前だ。後期の、一角獣のエピソードなど、絵の点でも内容の点でもほとんど神話の域に近づいている。本の背表紙に、「琥珀色の想い出の彼方に、あの日、本を閉じたときの光景が今もあなたを待っている…。時を越えてなお色あせない、珠玉のファンタジーメルヘン」とあるのは、まさしく本当だ。小さくつつましやかな宝石箱のような本である。夕暮れ色の表紙の絵も、とても美しい。



 ★★ 孔子・釈迦 手塚治虫編
2004/06/30

手塚治虫・編となっているが、どこまで彼が制作に関わっていたのかはわからない。手塚プロダクションのアシスタントと思われる人達が、それぞれを担当して書き上げた印象がある。だからという訳ではないが、マンガの技術としては、ときどき少し物足りないものを感じる。まあ「情報説明マンガ」「お勉強マンガ」的な範疇の仕事だ。

しかし、内容としては面白かった。じつは、孔子も釈迦も、読みやすくまとまった伝記があまり世の中に見当たらないのだ。彼らのことは、知っていて当然、というのが常識なのだろうか。でも、「論語」にも「浄土経」にも、教祖の詳伝などついていないのだ。

聖人といわれる孔子の、現実的な生涯を知ると、その倫理観が彼の政治的成功や挫折にいかに裏書きされているか、切実に理解できる。彼はきわめて誠実な人間だった。そして、(誰もが持つ)霊魂や呪術や来世などへの好奇心や願望を断ちきって、『この現世を立派に生きよう』とのスタンスを確立しようと心を砕いたのだろう。

29歳で王子の地位と妻子を捨て、真理の道を求めて出家した釈迦の問題意識は、少し違う。彼は、老・病・死など、人間の避けがたい苦難をのがれる解脱の道を探した。そしてスジャータの捧げた乳粥をきっかけに苦行を捨てて中道を選び、瞑想の中で真理を悟る。この部分は、手塚治虫自身の「ブッダ」の悟りのシーンよりも感動的である。

孔子も釈迦も、自分自身では何も書き残していない。原典に当たろうとしても、弟子たちの著述を読むしかない点が、ある意味ではもどかしい。むろん、彼らの生涯を描くこと自体は、解釈や神話の入り込む余地が大きく、客観的事実とはずれてしまう可能性が高い。それでも、この二人の偉大な思想家たちの探求したものが何かを考える、良い手がかりを与えてくれる。それだけの価値はこのマンガにあるといえるだろう。



 ★★ Love My Life やまじえびね
2004/05/05

短編集『夜を超える』が、この作家の初期の鋭敏であやうい感性を表わしていたとすれば、この長編は最近の安定した完成度を示していると言える。

本の帯には、「限りなくピュアなリアル・ラブ・ストーリー」という宣伝文句がある。また、「わたしの名前はいちこ 私の恋人はエリー ふたりとも女性です」とも。ある意味で、これだけでこの本の内容をすべて言い表している。が、いいかえれば、それだけの奥行きしかない長編だとも言える。

80年代後半から90年代にかけて書かれた初期の短編とは違って、ここには何となく全体的にアメリカのアーバン・ライフ的な雰囲気がただよっている。それは白地が多く、全体にきれいに整理されすぎてイラストレーション的な背景に現れている。そして一様にお洒落でかっこいい「個性的」な登場人物たち。なにより、彼らの顔には、鼻が無い。まるで奥行きの無さを象徴しているように。だから、お洒落で上手なストーリーで、ほっと軽い余暇の時間を楽しみたい人にはおすすめできる本なのだ。



★★★ コミック昭和史 第1巻 水木しげる
2004/04/16

水木しげるは戦争で片腕をなくした。南方の戦線に兵隊として送られているときに負傷したと聞いている。だから、というべきかどうかはわからぬが、この作家は戦争体験を語り継ぐことに強いこだわりを持ち続けている。そして、先の戦争とはなんだったのか、それをつねに意識し続けている。だから、たとえば劇画「ヒットラー」のような傑作も書けたのだろう。

水木しげるは妖怪もののマンガで有名だが、彼のノンフィクションの方が、ある意味ではずっと個人的で、面白いと思う。そして、本書はその集大成となる。昭和史と、自分史を重ね合わせて、時代を描いていく。このマンガで初めて学んだことは非常に多い。昭和史は、なかなか学べる機会がないのだ。しかし、昭和を知らずに現代日本を生きることはできない。その意味で、これは現代をお勉強するための、必読の参考書だといえるだろう。



★★★ 夜を超える やまじえびね
2004/04/14
やまじえびねの、比較的初期の短編を集めた作品集。

表題作の「夜を超える」が圧倒的に良い。この作家は'90年代の初めごろに2年近く筆を絶っていたらしいが、その時期の作品(公開する意図なく書かれた)。原作を松浦理英子「乾く夏」としているが、どこまで原作に忠実かはわからない。むしろかなり自由な脚色ではないだろうか。

それにしても、傑作だ。とくに、ラストシーンが素晴らしい。この作者がとらわれてきた生と性の限界を自由に飛び超える幻想のような夜のシーンは忘れがたい。日本を舞台にしているくせに、妙にフランスくさいエクステリアの描画なども嫌味がなく、美しい。

その他に、雑誌「ララ」でデビューしたこの作家が、'80年代後半に初めて本格的に大人の女性向けの作品をして発表した「キュールとカルト」も良い出来だ。作画に1ヶ月近くかかったというが、それだけの線の緊張感と絵の密度をそなえている。

この人は絵の達者な人だが、画風はかなり変遷している。固有のスタイルが決まらないのだ。それは、眼から鼻への輪郭線の描き方を見るとよくわかる。顔はマンガの描写の中心であり、鼻はその立体感の中核にある。そのスタイルが定まらないのだ。この人がマンガ表現に抱いた困難の一部は、そんなところにもあるのだろう。



  ★ ロボット傑作集2 手塚治虫
2004/03/20

「火の鳥」復活編から、七色いんこまで、ロボットをテーマにした手塚治虫の幅広い短編を集めている。が、なぜかあまり面白くない。なぜだろうか。

『ロボット法』が制定され、義務と権利を保障されながらも、人間からの差別と戦わなければいけなかった「鉄腕アトム」のロボット達の世界に比べて、この短編集には、ロボットを主題にしなければ書けなかった物語がない。“何のために生まれたのか? 操られる運命を背負ったロボット達の苦悶と葛藤!”と帯の惹起にあるが、全体を通読しても、そういうテーマ性を読みとれないのだ。有名なシリーズ作品からロボットを主題にした短編を集めてきただけ、という編集に見える。したがって、この巨匠の腕前に感服するまで至らない。残念なことである。



 ★★ セクシーボイス・アンド・ロボ(1) 黒田硫黄
2004/03/01

第6回文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞受賞! と帯に書いてある。そんな賞があったとは初めて知ったのだが、このマンガは面白い。

主人公は14歳の女の子、通称「セクシーボイス」。さまざまな声色を使い分け、また他人の声を精密に聞き分ける特技を持つ。その特技を、テレクラの客の男達をだましてからかうことに使っている。しかしひょんなきっかけから、暗黒街に属すると思われる謎の老人に、その能力を買われて、さまざまな事件解決の依頼を受ける。頼りない相棒の男(ロボット玩具に弱いオタク系で、通称「ロボ」)と、冒険を重ねて解決する、というシリーズ。とても分かりやすい、しかも個性的な設定だ。

黒田硫黄は基本的にすべてを筆で書いているように見え、独特のタッチを出している。昔の高橋葉介の世界を少しだけ想い出させる。やや要素が多くてごたつき気味にも見えるが、そこも味なのだろう。話の展開は早くて、親切に全部を説明してくれないから、読者は自分で推測をはさみながら読み進めなくてはならない。しかし、面白い。いいシリーズだと思う。



★★★ 私の保健室へおいで・・・ 清原なつの
2004/01/09

タイトルはもちろん、ブラッドベリの傑作短編「ぼくの地下室へおいで・・・」のもじりである。清原なつのという人は、心底SF好きなのだなと思う。漫画家と同時に理科系の研究者でもあるこの作者にとって、動物学や医学もまたファンタジーへの大事なフックなのだ。その証拠にこの短編集には、医者の卵や動物の模型や保健室の先生が何回も出てくる。

それにしても、完璧な短編を描ける人だと思う。冒頭の短編「WITHOUT YOU」などは見事だ。大学の前後のほんの数年間に、同じ主人公の女性がすこしずつだが確実に顔つきもスタイルも、そして人生に対する希望の持ち方も、かわっていく。そんな微妙な描線の中で、せつない喪失の物語がつむぎ出される。ラストシーンの、かすかに寂しそうな女性の顔こそ、清原なつのの真骨頂だろう。

「Children Hour」や「空の色 水の青」「8月の森を出て河を渡って」などもいい。女性同士や男性との間の奇妙な友情を、ていねいに、そしてクールに描く。作品にはよく、見かけはおっとり古風だが、性格的にはとてもボーイッシュで歯に衣着せぬ物言いをする女の子が登場する。これは華奢で繊細な、しかしちょっととぼけた男の子と対になって、固定された男性対女性の観念を緩やかに回転させる効果を出すらしい。

彼女の登場人物たちは、けっして怒鳴ったり泣き叫んだりしない。感情との距離が、とても適切なのだ。それが、この人の持つ登場人物への暖かい思いやりや愛情とうまく調和して、美しいストーリーの旋律を産み出すのだろう。



 ★★ 少年少女(1) 福島聡
2004/01/04

「生と死のジュヴナイル」と帯の宣伝文句にあるが、たしかになかなか深い連作短編集だ。ティーンエイジに入りかけた男の子や女の子を主人公に、ちょっとヘヴィーで、ちょっとシュールで、ちょっとコミカルなお話を作っている。時代も設定も場所もバラバラだが、手描きの華奢な線が不思議な叙情をかもし出していて、全体に統一感を与えている。

7話ともそれぞれ面白い短編だが、とくに(現代・時のお伽噺)と注釈された「自動車、天空に」がいちばん好きだ。小さな女の子が女性になっていくまでの時の流れを、いつも同じ年齢のままの自動車修理業者の男性とのやりとりが、さまざまな断片に切り取っていく。その、説明抜きの感情の表現が、とても良い。

ときどき読み返すと苦笑いするような、ほっとするような、そんな本である。



 ★★ クルドの星 安彦良和
2003/08/23

なぜこれが「SF冒険活劇」なんだろう。トルコとイラクの国境地帯を舞台に、クルド人ゲリラに混じって日本人の混血少年が活躍するこの物語(湾岸戦争以前に描かれた)は、政治的冒険スリラーではないか・・そう思いながら読んでいくと、意外にも下巻でたしかにSFになっていく。なっていくのだが、だからそれだけ興趣が増すかというと、そうとも言えないところが読んでいて苦しい。

安彦良和という作家は、どことなくぼくには星野之宣を思い出させる。どちらもそれなりに画力のある人で、しかもややクラシックな劇画風のキャラクター設定をして、SF的な小道具がうまい。しかし、作劇があまり面白くないのである。安彦良和は、しかし取りあげる題材や舞台の面白さが、プロットの単純さをある程度救っていて、ときには「虹色のトロツキー」のような傑作を生む。ただ、この作品はもう少しふくらんでも良いと思った。それだけの起爆力のある設定だと思うのだが。



 ★★ 完結編 傷だらけの天使たち 喜国雅彦
2003/05/28

喜国雅彦の4コマまんがは面白い。しばしば抱腹絶倒だ・・これだけ言えば、もはや十分な絶賛だろう。4コマの展開のしかたはわりと古典的で、絵もオーソドックスな劇画風だ(この人はデッサンがしっかりしている)。しかし、この人のきわめて馬鹿馬鹿しい発想−−これはむろん誉めているのだ−−と、最後の4コマ目だけ拡大する単行本独特のテクニックによって、本当に吹き出しそうにおかしなマンガになっている。おすすめできるギャグまんがである。



★★★ 手塚治虫 ミステリー傑作集
2003/03/01

「二階堂黎人が選ぶ!」との副題つき。二階堂黎人は新本格派の推理作家だが、元ファンクラブ会長でもあるのだそうな。もっとも、彼が選んだから素晴らしいアンソロジーになったと言うよりは、さすがに多作で多彩な手塚作品はすごい、としか言いようがないが。

かなり初期の作品(エッセー風の小説を含む)まで収録されており、どれも面白い。中でも優れているのは、名作「落盤」や「ビルの中の目」、コミカルな「という手紙がきた」などだろう。鉄腕アトム・シリーズの「キリストの目」も懐かしい。手塚ミステリーと言えば、やはり私立探偵・伴俊作、またの名をヒゲオヤジ、が出てきて活躍してくれなければ淋しいというものだ。

SF風ミステリー「2から2を消せば2」は、

『モノレールが走り 原子力自動車が飛ぶX年後の都会・・・ なにもかも変わってしまった世の中にただひとつ・・・ どうしても変わらないものがあった
それは悪の根だった』

という名ゼリフではじまる。手塚治虫ならではの人間観ではないか。
手塚治虫とミステリー短編マンガが好きな人ならば、誰でも楽しめる短編集だ。



 ★★ 告白 福本伸行原作・かわぐちかいじ作画
2003/02/28

吹雪に閉ざされた山小屋。登場人物ははじめから終わりまで、たった二人だけだ。そして、過去のとある行為の告白をしてしまったがために、一人は他の男に殺意を抱いている。この、きわめて場所も時間も限定されたプロットの中で、壮絶なサスペンスのドラマが繰り広げられる。これは、いかにも福本伸行の描く世界だ。

ただし、ここでは珍しく福本は原作だけにまわって、作画はかわぐちかいじが担当する。この組合せは面白いが、福本の劇というのは、結局のところ、登場人物は記号で十分なのだ。そう言う意味では、かわぐちがマンガを描いているから、それだけ面白さが際だつ、とまでは言えない作品だ。面白いことは、たしかに間違いないのだが。



 ★★ 黄色い本 高野文子
2002/09/15

表題作は中編で、おそらく昭和30年代の北陸のあたりが舞台だ。田舎のふつうの中学生の女の子が、毎日を暮らしつつ、仏文学の大河小説「チボー家の人々」を読む。小説の登場人物たちと内的対話をかわしながら、母に叱られたり小さな従妹をお守りする日々が続く。

パリ郊外の美しい街メゾン・ラフィットに住む若き反逆家の魂と、雪深い日本の片田舎でメリヤス工場に集団就職して行く女子中学生の精神の、その目のくらむような距離。しかし、そのはるかな隔たりにもかかわらず、想像の中で通いあう心、物語の与えてくれる滋養分を、作者はそっけなく描いて行く。高野文子のペンタッチは、ラフを通りこしてほとんど殺風景だ。読者が、そのまんがの主人公に感情移入するのを拒んでいるかのように。

いうまでもなく、高野文子は天才だ。その絵の巧さは尋常ではない。絵書きとしての眼の良さは、この短編集でも随所に現れている。ただし彼女は、都会的でファッショナブルなものを書こうとしても、決してうまくできないらしい。彼女のテーマはつねに、恋愛ではなく家族のあり方で、指向としては脱都会的であり、和風かつ平凡な暮らしをする人々をていねいに描く。彼女がひどく寡作なのは、そうした傾向が今のマーケットに受けないことも一因かもしれない。これほど(本質的には)ロマンチックな話を、これほどアンチロマン的に書いてしまうのだから。



★★★ 千の王国 百の城 清原なつの
2002/08/28

自分が清原なつのが好きなのは、ただ単に絵が可愛くてきれいなのと、話にSFっぽいフレーバーがただよっているからだ。と、ずっと思ってきた。しかし、解説の大森望が、清原SFのテーマは『異種間恋愛』だ、と書いてあるのを読んで、なるほどと初めて納得した。この、通じ合わない気持ちの隔たりの不思議な切なさが清原なつののマンガの最大の魅力だったのだ。

この短編集はハヤカワ文庫から出ているが、たしかにSFフレーバーの作品を集めている。有名な「アンドロイドは電気毛布の夢を見るか」(いうまでもないがP・K・ディックのタイトルのもじりで、ぼくも『サプライチェーンは電子カタログの夢を見るか』でまねをさせてもらった)と、その短く切ない姉妹編である「お買い物」、そして歴史ロマン(?)風の連作「千の王国 百の城」、「真珠取り」三部作、「金色のシルバーバック」「銀色のクリメーヌ」・・どれも異種間恋愛のバリエーションを奏でている。

清原なつのの魅力について考えるときは、この視点をはずすことができないように、思う。



★★★ ヒカルの碁 ほったゆみ原作・小畑健画
2002/08/11

今年の前半で、(活字本を含め)最も熱中して読んだ本だ。原作も作画もレベルが高く、素晴らしい。

原作のほったゆみは、ぼくの数歳年下で、もう40代の主婦で名古屋郊外に住む2児の母だという。どうみても変哲のないありきたりの主婦だが、これだけの作品を生みだす能力を持っているのは驚異だ。主婦だから驚異だ、というのではなく、それだけの人材が平凡にまぎれて暮らしているこの国と、なおかつこれだけ才能を発揮できるチャンスが残っているという社会のダイナミズムに、あらためて驚くしかない。無論、ラッキーだといえばラッキーなのだろうが、それでも努力と才能がなければここまで見事には成功すまい(ほったという人は、自分でもかつてマンガを書いていたことのある人だろうと思う)。

小畑健の絵も素晴らしい。この人は、プロの「絵師」に徹していて、そこがうまい。ことに、この人が描き分ける各キャラクターの衣服に注目してほしい。主人公のヒカルにせよライバルの塔矢にせよ、あるいはプロの棋士たちから碁会所のおじさんたちに至るまで、それぞれ、これしかないというリアリティーに満ちている。非常に眼のいい人なのだろうと思う。室内のインテリアの正確さも見事である。

囲碁という、古くてかなり爺むさい、かつ動きに乏しい地味なゲームを主題に、これほど面白いマンガを創り出した二人の才能には脱帽である。このマンガのおかげで、囲碁の面白さを知った若い(幼い)人たちの数は膨大なはずだ。日本の囲碁会の底の厚さをひろげた功績で、日本棋院はこの作者たちを特別表彰すべきであろう。



 ★★ 砂の上の楽園 今市子
2001/1/22
絵のうまい人だな〜。ちょっと森脇真澄美を思い出させるけど、おそらく美術を勉強した人なのだろう。古い家の中のつくりや奥行き、光と影の配分など本当に見事だ。人の顔をもう少しかき分けてくれるともっといいけれど。
話の作りもまあうまい。短いものの方がすっきりまとまっているのは、この人の特質なのだろうが。


★★★ オートバイ少女 鈴木翁二
00/09/28
80年代のはじめに書かれた「海の実」3部作が何よりも良い。最初の短編「突堤」はたしか初出の時は「チャリネ・ギーム・コトンの夜」というタイトルで、大晦日に女の人が自販機で買うのも避妊用具だったはずだが、ここでは書き換えられている(初出の方がいいようにぼくは感じる)。しかし、「灯」から「運河」にかけての流れも絵も、何とも言えずに鈴木翁二の独特の雰囲気をただよわせていて、絵もとても丁寧で素晴らしい。他に「オートバイ少女」「皎々」もなかなか良い。


  ★ はれた日は学校をやすんで 西原理恵子
00/04/20
絵のうまい人だなあ。ギャグもうまい。こういう話もうまい、と思う。思うけど、ちょっとできすぎのような気もする。そこがいまいち引っかかる。


 ★★ ロング・ロング・ケーキ 大島弓子
99/11/04
 「秋日子かく語りき」を読みたくてずっとさがしていたのだが、白泉社文庫から最近出ていたのだった。この人の本は文庫本だと小さくて残念だ。
 1987年頃の作品を集めた本。「綿の国星」の長いシリーズをやめて、短編にもどった頃なのだろうか。しかし並べて呼んでいくと、少しずつ世界が変化しているのに気づく。しだいに人格のドラマがとりとめなくなっていくのだ。顔のない宇宙人を愛する「終わらないケーキ」もそうだが、主人公が日常を踏み外したままで終わってしまう「山羊の羊の駱駝の」などは典型的にそうだ。この人の話はエンディングの後味の良さが持ち味なのだ。それなのにふっきれないで終わってしまう。
 「秋日子かく語りき」は得意の生まれ変わりの物語なのだが、主人公が50代の主婦なのでそれなりにいきている。
 この本の中では、ぼくは「ジギタリス」(なんつう題名だ!)が一番好きだ。この不思議な後味が何ともいえない。とてもすてきだ。良い。


★★★ ケーキ・ケーキ・ケーキ 萩尾望都
99/09/01
ずいぶん久しぶりに再読したが、これは傑作だ。ラブ・ロマンスになりそうな導入なのに、じつは菓子職人に弟子入りして行く女の子の成長の物語になるところがいかにもこの作者好みの話だ。だが今回読み直してみて、社会に対して自分を見つけて行く女性の物語であることを痛感。本当に良い物語だと思う。


 ★★ マッチ一本の話 鈴木翁二
99/04/25
表題作は本当に素晴らしい。絵もネームも詩情があふれて見事だ。


 ★★ あさきゆめみし 大和和紀
12/11/98
源氏物語とはこういう話だったのかあ。ぼくは光源氏には感情移入できないけれど(できるひとはいるのだろうか)薫の君には少し親近感を抱く。
やはり宇治十帖が良い。



  ★ 水の夢 森雅之
10/31/98
ちょっと無理にメルヘンチックになろうとして甘いところもあるがやはりさすがに美しいし、面白い。



★★★ おたんこナース 佐々木倫子
09/23/98
結構ヘヴィーだけれど、じつに面白かった。



★★★ 虹色のトロツキー 安彦和男
09/22/98
これは非常に面白かった。今年のベスト5にいれてもいい。旧満州国を舞台に有名人総出演でドラマを作る。絵も(新しさはないが)顔などに非常に画力がある。
何よりもノモンハンに至るまでの満州国とそのあり方がとても興味深かった。



 ★★ 蒼天航路 王欣太、イ・ハギン
09/05/98
これは本当に面白い。人物描写が破格で(顔も面白いが原作がまず良い)、気宇広大な素晴らしさを感じる。まだまだ続く筈だが、まちがいなく傑作だ。




 ★★ なにわ金融道 青木雄二
07/06/98
全19巻。確かに面白い。バックにいいブレーン(弁護士など)がいるのは確か。



 ★★ めんず 内田春菊
06/06/98
うーむ、やはり内田春菊は素晴らしい。



★★★ 風の谷のナウシカ 宮崎駿
05/28/98
全7巻。なかなか圧巻。アニメとは随分話の展開が違う。しかしよく書きつづけたな。



 ★★ 物陰に足拍子 内田春菊
04/30/98
ああ、ヘヴィー。



 ★★ 奇子 手塚治虫
02/08/98
幕切れがあっけなくて惜しい。
途中の戦後史を背景にした部分はなかなか圧巻だ。



★★★ 南くんの恋人 内田春菊
02/02/98
最後が、じーんとした。



  ★ 未来の二つの顔 星野之宣
01/23/98
全二巻。P・ホーガン原作。
これだけのハードSFをよくまんがにしたなあ、とは思うけれども米国の映画を見ているみたいで今一つこくに欠けるなあ。



  ★ ラグナロクは来ない KEITH
01/20/98
うーむ。この人って、絵はうまい絵かきだけれど、マンガ家ではないんだよねえ、やはり。



 ★★ ワン・ゼロ 佐藤史生
01/04/98
ちょっとこりすぎかも・・絵は美しい。



 ★★ OZ 樹なつみ
01/03/98
なかなかハードなSFで登場人物がかっこいい。






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