気まぐれ批評集

演劇&パフォーミング・アート

Theater & Performing Arts

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[目次]


2012年



★★★ 「大麦入りのチキンスープ」 東京演劇アンサンブル

12/09/08
「ブレヒトの芝居小屋」にて。

「大麦入りのチキンスープ」は、英国の劇作家アーノルド ・ウェスカーの出世作である。わたしは、大学生のとき、シェークスピアの翻訳家として知られる小田島雄志先生の授業で読んだ。といっても長い戯曲だから途中までで、最後はどうなるのか気になって、日本語訳の本を探してきて読んだものだ。でも、戯曲を読むのと芝居を見るのとでは、青写真と実物の建築ぐらいにインパクトが違う。で、街でこのポスターを見かけて、すぐ見に行こうと決めたのだ。

実際、観てみて、とても良かった。ロンドン、ウェストエンドの下層階級の一家を描いた家族史で、 ウェスカーの自伝的作品でもある。翻訳はおそらく'60年代前半で、今から半世紀近いものだろう、いかにも翻訳調で生硬な日本語がつづく。それをまた、いかにも新劇風の演出で上演するわけで、まあ役者も演じにくかったろうとは想像する。しかし、この台本の素晴らしさは、そうした点をすべて補ってあまりある。

この作品では特に、母親のサラ役(名瀬遙子)がとても重要である。ユダヤ系で、教育はないが共産主義運動の闘士であり、善人だが意志の弱いヒョウロク玉の亭主ハリィ(竹口範顕が好演)を介護しつつ、子供たちを育てる肝っ玉母さんだ。その彼女が終幕、久しぶりにパリから戻った、尾羽うち枯らした息子ロニイに向かって言うセリフの中に、表題の『大麦入りのチキンスープ』が出てくる。それは質朴だが、暖かく滋養に満ちた同胞愛の象徴だ。

戦前の英国ファシスト行進と労働者の対決にはじまるこの芝居は、戦中、そして戦後の労働党政権樹立、そしてハンガリー動乱までの約20年間の現代史をカバーする。観ているうちに、なぜかブレヒトの「肝っ玉おっかあと子供たち」と対称型になっていることに気がついた。あの話も、ドイツ30年戦争を舞台に、強い母親が子供たちを育てながら奮戦する家族史だ。だが、戦場でうまく商売し利を上げようとする彼女から、戦争は一人ずつ子どもを奪っていく。この話では、娘と息子は国際共産主義の欺瞞に失望し、闘士であり続ける母親から立ち去っていくのだ。そしてどちらの話も、母親だけは懸命に、元の志のまま生き続けようとする。それが彼女たちの、いわば原初的な生命力の証なのである。

イギリスの「怒れる若者たち」の代表の一人であ ったウェスカーも今年でもう80歳だ(奥さんいわく、彼は“お父さんそっくり”の性格なのだそうだ)。近年は貧窮のうちに暮らしてきたウェスカーだが、昨年あたりから英国でも見直しの気運が高まっているという。労働者たちの理想と絶望、懸命なあがき、そして愛情を描いたこの芝居は、半世紀たった今、あらためて今日的な価値を再獲得したと思う。



★★★ 「ベッドトークバトル2」 ショーGEKI

2012/04/13
作・演出:羽広克成、出演:おのまさし・菅原泉、佐藤修二・吉川亜州香、鈴木とーる・竹内美保、宮脇タケシ・小林こずえ、辻崇雅・廣田朱美
八幡山ワーサルシアターにて

これは面白かった。「ショーGEKI実験シアター」と題する、5話のオムニバスを、男女5組で演じる。舞台セットは基本的に、真ん中にベッドがあるきり。最初は、おのまさし・菅原泉による「君は絶対、女子高生じゃないだろ」。中年男が、金を払って呼んだ女の子を、お前は女子高生じゃないだろ、と問い詰めていくうちに逆に自縄自縛に陥っていく話。次が佐藤修二・吉川亜州香とで「剣術指南家の夜の手合い」。これも、時代錯誤な剣術家とその妻のひどく真面目で滑稽な手合いを、殺陣師の二人が演じていい味を出していた。それから鈴木とーる・竹内美保「ベッドでカロリー計算」(これはまあまあ)。そして宮脇タケシ・小林こずえ「人妻の初夜」は、最初のエピソードとは逆に、臆病な人妻がホストを呼んでみたはいいが、逡巡し続ける話で、展開も面白かったし、小林こずえもうまかった。最後が辻崇雅・廣田朱美「人形プレイ」で、人気声優とその年下の夫が、指人形劇を即興で続けるという奇妙な話(よくこんなシチュエーションを考えるなあ)。

台本がいずれも充実していて面白かったし、それぞれの役者もぴたりとはまって上手い。こうした劇団の良いところは、役者のキャスティングにあった台本を作りつつ、その役者の新しい味を開拓していけるところなのだろう。R-15指定(?)のお話しばかりの実験シアターだったが、とても楽しめた。



★★★ 第15回 称名寺薪能

2012/05/06
金沢文庫・称名寺、特設能舞台にて
番組: 連吟「放下僧」「六浦」
    仕舞「六浦」「放下僧」
    狂言「長光」(野村萬斎、中村修一、月崎晴夫)
    能 「土蜘」(シテ:櫻間右陣、ワキ:森常好、ほか)
      囃子 藤田次郎(笛)、古賀裕巳(小鼓)、亀井廣忠(大鼓)、金春國和(太鼓)

「金沢文庫」を擁する名刹・称名寺で開催される薪能は今年で15回目を迎える。第1回目の演目は、文字通り称名寺を舞台とした能「六浦」で、わたしも家族と見た記憶がある。能を見たのはその時が初めてだったが、それまでの「地味で眠くなる伝統芸能」のイメージと違い、その衣装の息をのむような美しさ、詞書きのリズムのゆかしさ、そして緊張感に満ちた舞など、日本文化の奥深さに驚いた記憶がある。そしてまた、こうした良さは、単に西洋的な見た目の派手やかさに印象を受けていただけの若い頃にはピンとこず、あるていど中年になって初めて手の届く美意識なのだな、と実感したのもたしかだった。

称名寺の境内は奥が広く、木々も高く、実に静寂かつすがすがしい場所である。その特設舞台で、かがり火を焚きながら、夕刻見る能狂言は、それだけで実に気分が浄化される気がする。今回は雨の予報が心配だったが、幸い降ることもなく、最後まで見られたのはありがたかった。火入れ式は木遣り囃子保存会に同行して、ちょうど15年前に誕生した娘さん二人が振り袖姿で薪に灯すもので、こうしたイベントがいかに地元のコミュニティに支えられているか感じさせるものだ。

狂言は不思議な演し物だ。もう500年以上も前の演劇なのに、今でもちゃんと意味が分かって、じつにおかしい。あの発声に秘密があるのかもしれないな、と思い耳をすませたが、そのからくりはわからずじまいだ。

能の「土蜘」は、蜘蛛の糸を舞台の上に散らす見事な演出が、とても印象的な劇である。あのスローテンポに見える能が、いかに身体的なパフォーマンスに依っているかを、あらためて感じさせてくれた。お囃子も素晴らしい(ほぼ全員が無形文化財保持者なのだから当然といえば当然だが)。このような伝統的かつ高度なパフォーミング・アーツを、自然の下で見ることができる豪奢に、何よりも感謝した。



2011年



★★★ 「新撰組」 ショーGEKI大魔王
2011/03/29
下北沢・本多劇場にて

この劇団の芝居を、足かけ10年くらい見ているが、今回の「新撰組」が一番よい出来だ。見ていて、心から感動した。この芝居自体は、2003年に「維新士」と一緒に、(お得意の)ダブル公演で全労済ホールで上演しており、その再演である。あいにく前回は見られなかったが、今回の方がより充実している、と両方見た人は言っていた。さすがに、本多劇場進出にかけた気合いの一幕だけのことはある。

いつものように歌あり踊りあり殺陣ありで、舞台を所狭しと数十人が群舞する劇は変わらない。新撰組は近藤勇(七枝実)や土方歳三(内堀克利)もいいが、田中智也の演ずる総長・山南敬助が出色である。おのれの忠義と隊の規律との排反に板挟みとなり、切腹せざるを得なくなるまでの心の迷いと煩悶が、抑えた芝居の中に浮き彫りになる。

この山南敬助の悲劇と対称型になるのが、短筒を振り回し神出鬼没な、陽性の坂本竜馬(鈴木とーる)とお龍のペアであろう。その竜馬は周知の通り、自分の設計した新時代をその目で見ずに、新撰組に暗殺される。だが、冒頭では意気盛んで世の春を謳歌していた新撰組も、劇の最後では時代に取り残され、自らの剣の暴力性のみにすがって生き延びる道を探さなければならなくなる。そして、一切イデオロギーをもたず革命の暴力に徹する人斬り以蔵こと岡田以蔵(佐藤修二)ほか人斬り四人衆が、新撰組の影のような存在となって、その虚無性を際だたせていく。

「きれい事の似合う人間がいちばん悪いやつだ」というセリフは、この劇でも生きている。おのまさし演じる桂小五郎は、まさにその自己認識を持って革命の動乱を生きのびるのだ。武士の忠義や、意地や、革命の理想を抱いた者はすべて時代の中に姿を消してしまう。舞台に乱舞する役者達は、その歴史の渦巻きを視覚的に再現しているかのようだ。まことに見事な芝居である。殺陣・振付・照明・衣装・美術などいずれも素晴らしい。次回作にも期待したい。



2010年



 ★★ 「マスカラッド」 ショーGEKI大魔王
2010/11/21
新宿全労済ホール「スペース・ゼロ」にて。

ビザールロックミュージカルと銘打ち、いつものように30人以上が舞台狭しと乱舞する。ロックは良いのだが、ちょっと音量が大きくて耳が痛くなる。今回の芝居は登場人物が多く、エピソードがぶつ切りになるので、追うのが精一杯。でも、結末は甘いエンディングのみではなく少しピリッとしており、まあ新境地を目指したのかな、とも感じる。ピエレット役の女の子(役名が覚えきれない)が上手で、良かった。

ダンパチの面々は佐藤修二(アラビア風の軍服が一番似合っていた)も含めて、いい味を出しているが、主役ではない。とはいえ、いい場面もあったと思う。愛が満たされない話は、やはりせつない。そういう話には、定番とはいえ、歌が合う。



 ★★ 三遊亭兼好の会 西洋音曲噺
2010/10/18

浜松町かもめ亭(文化放送ビル)にて。
三遊亭兼好(落語)、江崎浩司(リコーダー、バロックオーボエ)、長久真美子(チェンバロ)
演目:
 題不詳(上方見物噺) 三遊亭兼好
 西洋音曲演奏  江崎浩司・長久真美子
 「お見立て」  三遊亭兼好
 「西洋音曲噺『死神』」 三遊亭兼好(噺)・江崎浩司・長久真美子(音楽)

文化放送「かもめ亭」で、三遊亭兼好・江崎浩司・長久真美子という組合せの公演、というのか『西洋音曲噺』の上演を見てきた。落語が伴奏と照明のマジックで演劇に変貌する点が面白かった。芸術祭参加作品(大衆芸能部門)だそうだ。

第1部の江崎・長久コンビの演奏で一番良かったのは、エルガー「愛の挨拶」ジャズ版の曲だった。とくに、チェンバロのベースラインの動きが見事なほどJAZZで驚いた。チェンバロでジャズができる人って、長久さんくらいだろう! ただし「かもめ亭」の音響は、音が上に飛んでしまうらしく、高座が文字通り高い位置のために、バロックオーボエの音がやや薄くなってしまったのが残念。第2部になって、下で吹いた方が良く響いてきた。

三遊亭兼好という人の落語は初めて観たが、なかなか上手で面白かった。『死神』は明治時代に三遊亭圓朝が西洋の物語から翻案したとのことだが、軽い怪談話としてうまくできている。エピソードとエピソードのつなぎの場面で伴奏音楽が入り、その時に噺家への照明が落とされる。ふつう落語で噺家の照明が真っ暗になることなどありえないが、ここではその転換が効いていて、単純な噺に不気味な奥行きを与えている。

それにしても、江崎さんのリコーダーは(無論非常に巧いのだが)走りがちであった。この人は何をあせっているのだろう、という感想を持ってしまった。音楽的才能もあり才気もあり、かつ芸人魂もあるのに、この人の表現の欲求にぴたり、とかみ合う舞台が日本では得にくいのだろうか。だとしたら一遍、外に出てみるのも転機になるのではないか、などと感じながら帰路についたのであった。



 ★★ 「ダンパチ8」 ショーGEKIメンズ
10/07/24

このシリーズも、もう8年目を数える。毎年、真夏の一番暑い時期に、一番汗の飛び散る公演をやる元気は立派である。そして、それだけの観客数と笑いを得ているのも確かだ。比較的単純なコントと、定番となったキャラクターを演じるシリーズ、そして最後の「男塾ラ・セーラ」の大喜利といい、途中休憩無しでずっと観客の注意を引きつけている。

とはいえ、22歳だった若手も三十路になり、42歳だった中堅も50歳、となると、笑いの質が少しずつ変わっていくのもやむを得ないところだ。そして、脚本家もまたその変化の波にはあらがえないらしい。その点が、“やっぱり最近少しテンションが下がってきたみたい”という観客の感想などが聞こえる理由かもしれない。



★★★ 称名寺薪能
2010/05/01
金沢文庫・称名寺にて
演目:狂言『梟法師』、能『杜若』ほか

今年も称名寺薪能を訪れた。金沢・称名寺の庭という場所、そして春の季節、いずれも薪能には理想的な環境である。空は雲一つ無く晴れ、ゆっくりと暮れていく。木々もとても美しい。

「梟法師」は、ある意味、単純なスラップスティックの話である。そして、こうしたコメディは、役者の身体の動きを見て楽しむためのものだから、解説など不要だ。「杜若」の方は、伊勢物語にもある在原業平の歌を下敷きにした話である。お能はいつ見ても、その衣装のきらびやかな色彩と豪奢に心打たれる。そういう意味では、なんだかゆっくりしたファッションショーを観ているような気がした。とても贅沢な、そしてとても静かな、芸能を楽しむひとときを過ごせてラッキーであった。



2006年



 ★★ 「ゴーカク」 ショーGEKIメンズ
2006/02/07

下北沢「劇」小劇場にて
作・演出:羽広克成 出演:おのまさし、内堀克利、鈴木とーる、七枝実、佐藤修二、辻崇雅、金田誠一郎、三浦利恵、加藤通子

ショーGEKIの男優7人によるユニット「ショーGEKIメンズ」の公演。“密室のオーディション”と題して、売れない役者たちに奇妙なオーディション課題が与えられ、各人各様ににチャレンジする、というコミカルなストーリー。作者の羽広君による今回のテーマは「自分の夢に向き合っているか」だ。演劇としてはなかなか楽しめる作りになっている。女性役のエピソードもいい。しかし、残念ながら何人かは、役者としてはちょっと線が細いように感じた。いい個性をもっているのだが。



2005年



 ★★ タイ古典舞踊
2005/12/29
バンコク、レストラン「ピーマン」にて

「ピーマン」はバンコク市内にある民家風の店で、英語で予約を受け付けるあたり、いかにも外国人むけという感じだ。大部屋に掘り炬燵方式の座席になっている点が面白い。料理はそれなりに美味しいが、ちょっと外国人向けで全体に甘い。

タイの古典舞踊自体は、とても興味深く、面白い。タイは東西南北に地域性があり、異なる伝統文化を受け継いでいるが、それをうまくバリエーションとして見せてくれる。若い女性の舞踏が中心だが、手の表情が深い。ここまで典雅で、かつなまめかしい指先の表情を出せる舞踊はあるまい。伴奏も録音ではなくライブの演奏団だ。これは非常に重要なことだと思う。やはり、舞踏音楽こそ音楽の真髄かな。



★★★ タイ古典人形劇
2005/12/28
バンコク、Joe Louis劇場にて

ルンピニ公園に隣接するナイトバザールの中にJoe Louis劇場はある。タイ古典人形劇は、3人の人形遣いが1体の比較的大きな人形をあやつるもので、人形遣いが舞台にはっきり姿を見せるという点で、日本の文楽などにも似ている。おそらく東南アジアから東アジアへの伝統的影響があるのだろう。

主題はインドの叙事詩ラーマーヤナのタイ・バージョン、『ラーマキエン』である。なにせ長大な物語だから、2時間近い公演でようやく、本編の前のイントロの部分が終わる。しかし、非常にうまいイントロで(本編はイントロの登場人物たちが輪廻転生し、生まれ変わって演じる物語という設定)、ぜひ本編を見たくなる気にさせるのだ。音楽にもとても感動した。途中、子供たちの観客を飽きさせないような幕間の工夫もあり、お客を楽しませる伝統娯楽の王道を守っている。人形は3人の息があっていて、表情が豊かで、コミカルで面白い。



 ★★ 「チャンピオン」 ショーGEKI大魔王
2005/12/08
新宿全労済ホール スペース・ゼロにて

あいかわらず大勢の役者が舞台せましと乱舞する、ショーGEKI大魔王お得意の世界。ダンスシーンでは一人あたり1uもないんじゃないか。今回はスクリーンに映す映像もとりまぜて、「あっち向いてホイ」の世界チャンピオンの座をかけて戦い合う老若男女の生き様を描く。

羽広克成君の演出は最近つねに、同じテーマで二つの芝居を同時に交互にかける複眼的なやり方で、今回も「チャンピオン」(再演)と、その5年後の姿を描く「チャンピオン2」の同時公演だ。そして何より役者たちの肉弾的演技が、誇張つけて披露される寸法である。この芝居もいつも通りだが、ちょっとテンションが落ちていると感じた。たぶん役者が役柄に慣れすぎてしまったのだろう。だから、いつもの分かりやすいテーゼの決めゼリフが、今回はしけった火薬のようでやや炸裂力が足りないみたいだった。




  ★ 「ニセS高原にて」 三条会
2005/09/17
駒場アゴラ劇場にて。

平田オリザの戯曲「S高原にて」を、他人の劇団が換骨奪胎して演じるというシリーズの1作。平田の台本は例によって一幕一場で、しかも登場人物たちはあまり大声で叫び立てずに話し合うだけなのだが、そこから次第に生と死を取り巻くドラマが透けて見えてくる、という『静かな演劇』である。しかも舞台が高原のサナトリウム、とくればある意味、とてもドラマ構造の分かりやすい世界である。三条会はそれをひとひねりして仕上げようと企んだのだろうが、あいにくひねりは上滑りするだけで、ちっとも平田の世界がねじれてこない。だからなんだか台本の読み合わせにつきあっているような感じになってしまった。それなりに芸達者な役者もいるのに、惜しいことである。



 ★★ 「メアリーという名の姉」 劇団かに座
2005/06/25
かなっくホール(東神奈川)にて。

ストーリーとか、英語の混ぜ方・使い方はいかにも昭和時代の台本、という感じがつきまとう。昭和55年、戦争花嫁が何十年ぶりかで里帰りするという話なのだからしかたない。しかし、この劇団お得意の、生と死のテーマは今回もうまく活きている。ちょっと前の、小さな饅頭屋の家庭の雰囲気や、そこに闖入してくる外部経済社会の攻撃性など、こじんまりと手際よくまとまった舞台を見たと思う。なぜか視覚的印象が残る演劇だった。



  ★ ブラッセルズ寄席 林家たい平独演会
2005/04/10
ブラッセルズ神楽坂にて。

演目は「ねずみ」「幾世餅」の二題だったが、とても面白かった、とは言えない出来だった。ひどく暑い日で熱演だったが、どうも噺がすべりがちだ。「ねずみ」は左甚五郎が名乗りを上げるタイミングを間違えてしまって、それを観客に知られてしまう始末。「幾世餅」も、「紺屋高尾」と同じ筋の噺だが、前回ブラッセルズ寄席で聞いた柳家三太楼の方が正直言って楽しめた。きつい言い方になるが、練習不足だとしか思えない。



2004年



 ★★ 「ウィングス」 ショーGEKI大魔王
2004/12/12
新宿全労済ホール/スペース・ゼロにて
作・演出:羽広克成、出演:鈴木とーる・おのまさし・廣田朱美・三浦利恵・佐藤修二・内堀克利・他

羽広克成という人は、同じ物語を対立する両側から二重に見せる作劇法が好きらしい。以前の「新撰組/維新士」もそうだったが、この「ウィングス」も、都会に群れ集うハトとカラスの対決のドラマを(この設定はなんだかウェストサイド・ストーリーみたいだ)、ハトバージョンとカラスバージョンで見せてくれる。ちなみに私が見たのはハト版の方だ。

この劇団の特徴は、とにかく狭い舞台にあふれんばかりの大人数が登場し、殺陣と踊りを中心とした身体的パフォーマンスを見せることだ。しかも今回は、着ぐるみの『動物モノ』だ。どうやるのかと思ったら、一つながりの着ぐるみをつかって、3人の俳優が一匹の鳥を演じる、というチャレンジだった。これで皆が舞台狭しと動き回るのだから、振付(長谷川麻里子)・殺陣(内堀克利)の指導をほめるべきだろう。

3人の着ぐるみで高層ビルを飛び越える鳥たちを演出する、いかにも演劇的な作りは面白い。ただ、今回は役者達の意気込みに対して、物語性のインパクトがやや力不足に思えた。意欲がちょっと投入され過ぎたのだろう。まあ、何事においても過剰であることが、この劇団の持ち味なのかもしれないが。



 ★★ ブラッセルズ寄席 三遊亭歌武蔵・柳家三太楼
2004/06/19
ブラッセルズ神楽坂にて
演目: 
柳家三太楼「初天神」
三遊亭歌武蔵「首提灯」
三遊亭歌武蔵「新聞記事」
柳家三太楼「紺屋高尾」

落語を生で聞いたのは久しぶりだ。でも落語は客席を巻き込んだ身体ごとの芸だろう。生に限るかも。今回は神楽坂にあるベルギー・ビールを飲ませるバー「ブラッセルズ」で、本当に間近で見ることができた。こういう洒落たイベントをやれるところが、神楽坂という江戸の匂いを残した街の、懐の深さかもしれない。

落語家二人が、中休みをはさんで前後に2席ずつ演じる趣向も、面白い。とくに後半は歌武蔵の(題がわからなかったので調べたら、六代目圓生のつくった首提灯の変形らしい)は、たたみかけが面白く、文字通り腹が痛くなるほど笑ってしまった。三太楼の人情噺も時間はやや短いが、なかなかいい味を出している。

親子で聞きにいったが、ほんとに得をした感じの寄席だ。



★★★ 「ガンバレ」 ショーGEKIメンズ
01/24/04
下北沢「劇」小劇場にて
作・演出:羽広克成、出演:おのまさし・鈴木とーる・佐藤修二・内堀克利ほか。

ショーGEKIメンズは、ショーGEKIお嬢と同様、劇団「ショーGEKI大魔王」のメンバーによるユニットで、男性ばかり8名のグループだ。今回の「ガンバレ」は彼らのために書き下ろされた新作だが、非常に良くできている。昨年の「維新士」もそうだったが、最近の彼らの舞台はとても面白い。

その面白さの半分は、やはり羽広克成の台本から生まれていると思う。会社の中に作られた庶務第5課、別名「応援課」。彼らのミッションは、仕事や人生に疲れて元気をなくした社員たちを、あらゆる手段を使って熱く応援することだった。そこには業績の上がらない営業マン、仕事のない窓際族、不倫から手を引きたいOL、家庭問題に悩む中間管理職、倦怠に悩む中年女性などが次々と訪問してくる。しかし、懸命に彼らを応援しながらも、応援課のメンバーたちはそれぞれ、なぜ自分がこの課に配属されたのかを悩むのだった・・・。

そして、残りの半分は、次々とエピソードを畳みかける、休憩抜き2時間のハードなこの芝居を、体をはってやり通す8人の役者たちだ。舞台道具は椅子が1脚だけ、あとは水分補給のペットボトルがあるだけの舞台で、役者の肉体だけで劇を進めなければならない。キャスティングはどれもはまっている。

羽広君の台本は、いつもどこかでテーゼをわかりやすく台詞に盛り込むのが特徴だ。今回は、「他人を応援することは、・・自分自身を応援することだったんですね」という一言になる。いかにも不況時代の、ポストモダンな演劇らしいテーマと言えるではないか。



2003年



 ★★ Blue Man Group Live at Luxor
2003/11/17
Luxor Theater (Las Vegas)にて。
Matt Goldman, Phil Stanton, Chris Wink.

演劇というよりもパフォーマンス・ショーとしか形容するすべのない、不思議なショー。全身黒タイツで顔を青く塗り、個性を滅却した3人の出演者が、主にドラムそのほかの楽器と小道具を使いながら、言語は一切交えずに、強烈な音楽に合わせて視聴覚的なパフォーマンスをくりひろげる。そのパワフルな強烈さ、目を眩ませるライティング、ユーモラスだがちょっと品のない演出、決して観客を飽きさせない芸人魂、どれをとってもアメリカそのものである。

高いお金を取って観客を楽しませる娯楽としてのパフォーマンスの、ひとつの米国的な極限として、見る価値はある。わざわざこれを見るために遠くから駆けつける価値があるかどうかはわからない。が、そもそもラス・ヴェガスという町自体、そんな疑問を発してもしかたがない人工的都市ではあるが。



★★★ 「維新士」 ショーGEKI大魔王
2003/07/23
新宿全労済ホール/スペース・ゼロにて
作・演出:羽広克成、出演:おのまさし・鈴木とーる・三浦利恵・佐藤修二・鈴木寿枝・他

今回の公演は「幕末革命児列伝『維新士』」と、「幕末剣舞烈風伝『新撰組』」の2本を、10日間連続で交替に演じる、という意欲的なもの。同じ一つの幕末の京都の事件を、新撰組側と維新士側の二つの視点から見せる、二重の物語になっている。時間の都合で「維新士」の方しか見ることができなかったのが残念だ。

この劇団お得意の、舞台に大勢の役者が出て、殺陣と音楽を交えて乱舞する見せ場は今回も充実していた。芝居のパワーを見ているものに感じさせてくれる。

物語もうまくまとめられていた。“正義ってなんだろう”がキャッチコピーだが、「きれい事が似合いすぎる人間は悪いやつだ」というテーゼを、おのまさし演じる長州藩・桂小五郎と渡辺克己演じる薩摩藩・大久保利通が両面から浮き彫りにしていく。そして、その両者を、一切イデオロギーをもたずに革命の暴力に徹する、人斬り以蔵こと土佐藩・岡田以蔵(佐藤修二)ほか人斬り四人衆が、影絵のように輪郭を際だたせる。非常に巧い作劇だ。

人斬り四人衆と新撰組は、維新を見ずに歴史の舞台から去る。そして、唯一、きれい事が似合う純粋な精神の持ち主だった坂本龍馬(鈴木とーる)が暗殺され、自らの政治性をよく知っている桂と大久保の2名だけが、新時代の夜明けの光を見ることができる。キャスティングもうまいが、エンターテインメントとしての演劇の可能性をぎりぎりまで追求した力強い公演だったと思う。



 ★★ 「見果てぬ夢」 劇団かに座
2003/07/04
横浜演劇祭 関内ホールにて
作・堤泰之、演出:田辺晴通、出演:折笠安彦・村中眞理子・船越圀子・馬場秀彦、他

かに座は横浜のアマチュアの劇団だが、なんと今年で創立50周年を迎える。これだけの長い間、つぶれもせず、かといってプロにもならず(?)続けられている情熱は大したものだ。見たのは初めてだが、比較的地味でシリアスな戯曲を取りあげ続けている、ちょっと新劇系の集団らしい。

病院を舞台にするドラマは、はじめから生・死・病・楽それなりに道具立てがそろっていて、シリアスで感動的な話を仕立てやすい。だから、逆に作者の腕前を問われるところでもある。説明過剰になりすぎず、かつコミカルな味を混ぜてリズムを出していかなければならない。かに座は台本をかなり忠実に舞台化しているようだが、それなりにまとまってはいる。

演出と舞台装置は、正直言ってあまりあか抜けたものではないが、キャスティングはとても良い。役者一人一人の持ち味が、ストーリーと良くマッチしている。地域に根ざしたグループとして、何よりも大事な点なのだと思う。



 ★★ 「カモメに飛ぶことを教えた猫」 劇団仲間 
2003/03/08
横浜おやこ劇場、神奈川県立青少年センター・ホールにて。

こども向きの原作を舞台化した翻訳劇。瀕死のカモメに預けられたひなを育てて、それに飛ぶことを教える約束をした猫の物語は、演じるには力がいる。役者はそれなりのレベルだし、演出も悪くないのだが、劇を最後の「飛び立つ瞬間」に引っぱっていく求心力には、やはり少し欠けている。演劇とは、舞台をはさんでフィクションを役者と観客が共有することで成り立つものだから、やはり力業なのだと思う。

舞台装置と美術はとても良かった。北ヨーロッパの港町の雰囲気をそれなりに出していたし、難しい3次元的なパースペクティブを見事に作り上げていた。感心する。



★★★ 「海よりも長い夜」 青年団
2003/01/12
三軒茶屋シアタートラムにて。

作・演出:平田オリザ
出演:山内健司、山村崇子、志賀廣太郎、和田江里子、辻美奈子、他

「青年団」の芝居は、“静かな演劇”と呼ばれるらしい。たしかに、ふつうの演劇のように怒鳴ったり騒いだり踊ったりが、ほとんどない。初めからお終いまで、登場人物がお互いにおとなしい声で話し合っているだけだ。舞台音楽も、一切ない。だから、最後に、登場人物3名が(同じ学生寮出身で同じ時代を共有しながら、今では折り合えない立場同士になってしまった3人の女性が)、古い寮歌を一緒に歌うシーンが、感動的に見えるのだろう。

この劇は、一幕ものの構成で、同時間に進行する。舞台中央には大きな食堂風の長方形のテーブルがあって、登場人物たちはその周囲に腰かける。何人かは、観客にまっすぐ背中を向けたままでしゃべることになるのだから、まあ普通の舞台演出の常識から少しずれているわけだ。しかし、そのぶん、作り物めいた部分が薄れ、リアリティが増すとも言える。そして何より、各人のセリフが役者のキャラクターや年齢・顔立ちにぴったり合っていて、おどろくほど自然に感じられる。ここらへんが、平田氏の演出の腕前なのだろうと思う。

ケレンみが無い分、全体として少し小味に感じられるが、これがまあ持ち味なのだろう。なかなか良くできた芝居を見たという気分になれたと思う。



2002年



 ★★ 「ルドルフとイッパイアッテナ」
2002/12/22

ミュージカルカンパニー イッツフォーリーズ公演
横浜おやこ劇場 神奈川青少年センターにて

原作:斉藤洋 作詞:岩谷時子 作曲:近藤浩章

子供向けのミュージカル公演だが、斉藤洋の原作をうまく生かしており、なかなか楽しめる。音楽はまあ、平均程度か。
でも、なぜかこの話、どこか村上春樹の「海辺のカフカ」を連想させるところが面白い(この作品の方が先に発刊されている)。



 ★★ 「サウンド・アラウンド・グラウンド」 ショーGEKI大魔王
2002/07/23
下北沢「劇」小劇場にて。
作・演出 羽広克成
出演:内堀克利、鈴木とーる、佐藤修二、藤沢哲広、おのまさし、他

ショーGEKIチャレンジ、と銘打ったシリーズの、今回のチャレンジは、野球の一試合分を、実時間で進行させながら芝居にしようという試みだ。そして、その試みは見事に成功した。

舞台正面は2段構成になっていて、上段には試合を解説するアナウンサーと解説員二人、そして下段は野球のベンチになっていて、控えの補欠選手たちが自分たちの出番を渇望しながら見方のチームの応援をしている、という仕組みだ。野球の試合そのものは、アナウンサーの解説とベンチの選手たちの声援から、観客が想像して理解する。この演出設定がなかなかうまい。

9回裏までの同時進行は、なかなか長丁場だが、それなりに飽きさせずに進めている。その分、最後への集中力が少し薄れた面もあるが、でも良くできた芝居だったことはたしかだろう。次回のチャレンジにも、また期待したい。



  ★ 「幻想図書館 不思議の国のアリス」 谷山浩子
2002/07/05
東京グローブ座にて。
正直にいって、やや期待外れだった。朗読(役者2人)に音楽(谷山浩子・石井AQ)がはさまる構成で、物語と歌芝居の中間といったところだが、あまり劇として筋の序破急がなく、演劇的な緊張の瞬間がたりなかった。

音楽も、この人特有のおとなしいテンポ・音域・リズムの曲が続いて、やや全体構成の中でののリズムが乏しい。アンコールでやった「ドッペルゲンガー」のようなリズムのものもはさんで、多彩な感じを出してもいいのに。それに、前にも書いたことだが、この人達はちゃんとドラムやパーカッションの演奏者を入れてやった方がいい。

不思議の国のアリス、という素材もどうなのだろうか。谷山浩子という人も、聞きにきている客層の年齢からも、このテーマはもはやミスマッチではないのだろうか? そうしたことを、どうしても考えさせられる演奏会だった。



 ★★ 「キック先生」 動物電気
2002/06/12
下北沢、駅前劇場にて。
動物電気の舞台を初めてみた。
面白かった。
こういう芝居は、筋書きを説明したからといってどうなるという訳でもなく、ただその瞬間その瞬間に、演劇らしいスピリットを感じられるかどうかで価値が分かれてくる。
この芝居は、ギャグのリズムや配分が見事で、それが達者な役者達の体ぐるみの動きで生きている。また見に行く価値のある劇団だ。



2001年



  ★ ショーGEKIお嬢 解散LIVE
2001/4/17
新宿シアターモリエールにて。
もう解散ライブかよ! などと驚く必要はない。7月にまた“偶然再結成される予定”なのだそうだ。
今回も面白かったが、正直に言うと笑いの点では前回の方が密度がまさっていた。羽広克成の台本は所々で辛口の味を出そうと試みていたように見えるが、あまり成功していない。重さよりもむしろ軽さが身上なのだ。だから導入部分のような可笑しさが生きてくる。殺陣は前回よりも見応えがあり、踊りも悪くない。
舞台に映画フィルムを持ち込む演出はなかなか効果的だった。単純なキャプションに徹していたところが秘訣なのだろう。デザインもなかなかしゃれていた。
吉川亜洲香・三浦理恵・加藤通子のキャラクターの個性をもう少し使い分けられるともっといいと思う。いつものゲスト、おのまさし、内堀克利、鈴木徹、佐藤修二、金田誠一郎ももっと暴れてもらいたい。音楽は前回同様、素晴らしい。



 ★★ ショーGEKIお嬢 お披露目LIVE
2001/1/22
新宿シアターモリエールにて。
いやいや、とても面白かった! 期待よりもずっと素晴らしい出来だ。単純にお客に楽しんでもらいたいという情熱があって楽しい。歌あり(たいして巧くない)、踊りあり(まあまあ)、殺陣あり(なかなかやる)、お笑いあり(かなり可笑しい)、の女性ユニットというふれ込みは嘘ではない。
吉川亜洲香の殺陣と元気もいいが、三浦理恵が一番演技は芸達者で、加藤通子の不思議な持ち味も面白い。いい組合せである。おのまさし、内堀克利、鈴木徹、佐藤修二、金田誠一郎のゲストもどれもいい(正直言うとゲストが出てきた方が舞台がずっとしまる)。
羽広克成の演出、山本ヒロアキの音楽も素晴らしい。また次の舞台も見に行きたいと思う。



2000年



★★★ 「DREAMS」 ショーGEKI大魔王
00/11/17
作・演出 羽広克成。新宿シアターモリエールにて。
とても面白かった。やや長丁場だが、途中でだれることもなく、楽しんで最後まで見ることができた。
あの狭い舞台にあれだけの登場人物を出して、歌って踊って、殺陣もやって、それで狭さを感じさせない演出力はさすがだと思う。音楽もなかなか良い。殺陣のレベルも高いと感じた。


  ★ 「Doctor Shopping」
00/04/27
!OJO! Produceの作品。うーん。悪くはないのだけれど、もっと劇的な瞬間を感じさせてもいいのではないだろうか、演劇って。


1999年



 ★★ 「芝浜の魚屋」 古今亭志ん輔
11/30/99
鈴本演芸場にて。
人情話だが、なかなか良かった。それなりにうまいと思う。


  ★ 「彼らはバスを待っている」 月光舎
99/08/05
横浜STシアター
原作 高行健 脚色・演出 小松杏里
台本は中国で上映禁止になったもので悪くないが、喜劇になっているはずなのに笑えないのは演出のせいなのだろうか。


  ★ 「半神」 野田MAP

申し訳ないけれど、ぼくにはどこが良いのかさっぱり分からない。



1998年



  ★ 「コッペリア」 東京シティバレー
10/11/98
ホフマン原作・ドリーブ作曲のバレー。パントマイムの説明もあり十分楽しめた。
バレーという美学の発明はやはり不思議だ。



★★★ 薪能(蝸牛・六浦) 金原流
05/23/98
金沢文庫・称名寺での薪能。
「六浦」は文字通り称名寺を舞台にした能で、その衣装の美しさ、謡の渋さ、そして何よりも屋外の舞台に感動した。狂言もなかなか。



1997年



    「名づけえぬもの」 川村毅=作・演出
02/27/98
唐十郎が出演しているわりにずいぶんつまらない芝居だった。






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